03
あれから五年が経過し、アンジェが十五歳の成人になるまで大切に育てられ、アンジェは立派に成長した。
「アンジェ、とても綺麗ですよ。おめでとうございます」
「本当に…こんなに綺麗に…、うぅっ」
「……ありがとうございます。マザー・シスター。泣かないで、ナナリー…このドレスとても綺麗ですごく嬉しいです」
目の前で目尻に涙を浮かべるマザー・シスターと、涙腺が弱いのかハンカチを口元に当てて嬉し泣きをするナナリーに、少し困った表情をするアンジェ。
あれから、肩にもかからなかった金色の短い髪は、すっかり腰辺りまで伸び、顔つきも幼さが薄らいでおり、体も背は低いものの、膨らみを帯びてすっかり女性らしい美しさが出ていた。
今日は、聖堂で孤児院の子供達や街の平民たちの十五歳の成人式が行われるため、皆は各々可能な限り着飾って訪れており、アンジェはナナリーお手製のひざ下丈の清楚な白く、レースを重ねて付けられたふんわりとしたドレスに、スカート部分に付いた飾りのレース部分に林檎の花の刺繍が施されていた。
見ようによってこの美しさは聖女にも見えるし、愛らしさが残る彼女は天使にも見えた。
子供達に定期的に配られるお小遣いを受け取らなかったアンジェのお金を、コツコツ貯めていたマザー・シスターの機転によりここまでの衣装を作る事が出来たのだ。周りの子供達は羨ましげに眺めたが、アンジェの美しさには見惚れる者はおれど文句を言う者はいなかった。
その後、厳かに成人式が執り行われ無事に終了し、アンジェはマザー・シスターに呼び出されてそのままの姿で執務室へと向かった。
◇◇◇
「……失礼します」
「アンジェ、成人式の後に急ぎで呼び出してすみません。以前約束していた事を覚えていますか?」
「…神聖魔法、の話でしょうか」
執務室へ入ると、早々に本題に入るマザー・シスターは少し神妙な顔つきで机に肘をついてこちらを見つめる眼差しは少し不安げだ。執務室のドアを閉めて、改めてマザー・シスターを見つめ返す。
案の定、十歳の時に約束した神聖魔法を授かるための儀式の話だ。
「そうです。貴女はまだ神聖魔法を授かりたいと考えていますか?」
「――もちろんです。私は今でも気持ちは変わりません…。皆さんの役に立てるような存在になりたいです」
アンジェの返答にほんの少し吐息した後、しばらく沈黙が流れる。執務室の窓が開いており、ふわりと春の風が吹き込みふわふわとしたドレスのレースが揺れるのを手で押さえると、今度は髪が頬を掠めくすぐったくなるのを堪えた。
しばらく沈黙が続いたあとに、コンコンとドアが叩かれた。
マザー・シスターが、「どうぞ」と返し、入ってきたのはナナリーだった。
「ナナリー、見せておやりなさい」
「…はい」
入るなり、そう告げられるとナナリーはアンジェをちらりと横目に見て、突然シスターのケープとローブを脱ぎ始める。
アンジェは突然の事に無表情が崩れてぎょっとするが、脱いだローブを来客用のソファーに畳んで置き、顕になったコルセットから覗く背中をアンジェに見せるように髪を前に垂らして背を向けた姿を見て、驚きで手で口元を押さえ目を瞠った。
「これが…、神聖魔法の代償ですか…?」
向けられたナナリーの背には、鳥や天使の翼のような火傷の痕が背中全体に刻まれていた。儀式というのは、つまり身に焼印を刻み天に誓いを立てて証明し、神の力を授かると言う事なのだろう。
その壮絶さに、困惑と驚きでアンジェは手が緊張で震える。
――あんな火傷をナナリーは耐えたというのかしら…?でも小さい頃から顔の火傷でもあるし…。
ナナリーが一度火傷を経験してもなお、神の力を欲してさらに体を焼いたというその精神に普段以上の尊敬の念が芽生える。
震える手を握り締め、「考えさせてください」と答えた。
困った人を救いたい、その気持ちだけに考えていたアンジェは、求めた力の代償の体のあの火傷を見て怖気づいてしまった自分の不甲斐ない思いから唇を噛むと、じんわりと鉄の味が口内に滲んで広がる。
唇なんて噛んだのは初めてだ。でもそれだけアンジェは自らの考えの甘さを痛感し猛省した。
ローブを着直したナナリーは、それに気づいて慌てて口元に手を添えて祈りの言葉を唱えると少しずつ傷が癒えた。傷は癒えてもアンジェのこの感情はすぐには消える事はなかった。
「申し訳ございません…。わた、しは…人を救いたいと言っておきながら…ふっ…」
「泣く必要はありませんよ。さぁ、涙を拭いて…」
アンジェは人前では決して涙を流さない娘であったが、こんなに自分の弱さと不甲斐なさに気づいたのは初めてだった。
親のいない自分、どんな境遇でも幸せに暮らしてきた自分は甘やかされてきた事に気づきポロポロ止めどなく涙がこぼれ落ち、先程まで感動で泣いていたナナリーが使っていたハンカチはアンジェに使われる事になった。
◇◇◇
2019/05/09済




