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図書館を後にして、部屋までアンジェを送り届けると、ありがとうございますと律儀に頭を下げる主ににこやかに頷いてみせた。


――四つ下とは思えない小さい子だなぁ。妹に似てて可愛らしいし守ってあげたくなる。


アンジェを見ていると実家に居る妹を思い出す。十五のアンジェよりも年下だが背丈はアンジェと同じで本当に十五かどうか疑ってしまったのが最初だった。


しかし、タクティクスは、心底アンジェを主として慕っている。出来る事ならアンジェの傍で常に護衛をしていたいくらいだが、部屋の中で男性が控えると、落ち着かずストレスがたまるとナージェに言われてしまい渋々部屋の外の護衛だけは許されているが、ガレンディアの兵士も部屋の護衛を言いつけられている為、正直やる事がない。


大体の令嬢は外に出たりとにかくお茶会を開いて親交を深めたりするのだが、アンジェに関しては飛び抜けて大人しい。本当にやる事がない。


今日は騎士団の訓練も休みらしく、皆は街へ出掛けているらしい。しかし、アンジェがなかなか出掛けられないのに自分も出掛けるのは忍びない。レオンともう少し仲良くなればおそらく街へ連れて行ってくれるかもしれない。その時は護衛として一緒に行こうとタクティクスは思った。


――あるいはデートだという事にして、一緒に外に出るよう唆してみるのはありかも知れない。


「アンジェ様、私はこれにて失礼します。また何かあれば呼んでください」


微笑んでアンジェにぴしっと姿勢を正して見せると、普段は表情を表に出さない人形のような顔に口角が上がり目元も細めて微笑んでいるのが分かる。本当に第三王女によく似ている愛らしさだ、なんて口に出して言ったら喜んでくれるだろうかなんて考えてしまう。


タクティクスは、第三王女に幼い頃に社交界について行った際、一目だけ見ただけだが、第一王女の絶世の美女とは違う、美しく愛らしいという印象だった。こんな方が居る国に仕えられるなら、きっと騎士達は喜んで守ってくれるだろうと言う程の容姿だった。


最初、任命の際に見た姿はこんなに美しく愛らしさを兼ね備えた瓜二つのアンジェについ見惚れてしまったが、恋人にしたい人かというとそうではなく、どちらかというと妹を重ねてしまう感覚だった為、レオンがアンジェを好いていると知った時は心底嬉しかった。


訓練のたびに、レオンの側近のエリックが主であるレオンに容赦なくアンジェにああしろこうしろと話している所を傍観いるだけで楽しかった。


「レオン様は自主鍛錬でもしているだろうか…、きっと借りた本の話が気になるだろうから教えてあげよう」


口元が緩むのを片手で抑えて隠しているが、横をすれ違う女官達に何かいい事あったのかと聞かれるごとに「頑張っている方は素敵ですね」とにこやかに答えれば女性たちはそうですねと顔を赤らめた。きっと誤解されただろう。しかし、そんな事はどうでもよかった。


騎士棟へ向かうと、人気もなく誰もおらず、騎士棟の中へ入りレオンの執務室まで向かう。ノックをすると少し「なんだ」と面倒くさそうに返事が返ってきた。


もしこれでアンジェだったらどんな反応だっただろう、なんて考えつつ扉越しに名を名乗る。


「タクティクスです」

「……開いている、入れ」


ぶっきらぼうな返事が返ってきて、失礼しますと告げて入ると、今日はアンジェが図書館へ行く為の護衛で居ない事を知っていたレオンは少し驚いていた。


「アンジェ様は本を借りて部屋へ戻られました。ゆっくり読まれたいそうなので暇になってこちらへ来ました」

「そうか、ならお前も少しは休め」

「いいえ、アンジェ様が街へまだ出掛けられない限りは遊ばせてもらうわけには行きませんので」


笑顔を崩さずに肩を竦めて丁重に断ると、レオンはぴくりと綺麗に整えられた眉が動く。アンジェの名前につい反応するこの王子は年上ながら恋愛経験がないせいもあってかとても面白く可愛い反応をする。


このまま上手く話を転がし、アンジェと街へ出掛けるような事に発展しないだろうかと期待してみる。


「あいつはどんな本を借りていた?」

「そうですね……」


借りてきた本の内容を思い出しながら、ここに来てからは殆ど教材しか読んでいなかった為、物語の本を孤児院で読んでいたのかは知らないが、こちらに来てからは教材の四冊をずっと読み続けていた為、物語に興味を示していたのを見るとせめて自分達でも街から購入して差し入れをするべきだったのではと猛省した。


しかし、彼に素直に借りた本を教えてやっても大丈夫なのだろうかと悩んだ。いかんせん純愛系の恋愛小説だから、あまりにも恋愛未経験者のアンジェが少し恋愛に関する事に興味があると示すには露骨すぎるだろうと感じたのだ。


しかし聞かれて秘密だというとこの百獣の王のような傲慢な男はきっとこちらへ胸ぐら掴んで怒りを思い切り出すだろう。誤解して前より悪化しても面倒だ。


嘘を教えてもきっと後でバレてしまう。あまり刺激するような事はしたくない為、とりあえずそれっぽいこと言っておこうという判断を下した。


「……少し大人になる為の勉強をされていますよ」

「なんだと…?」


意味深に返すと、ぎろりとこちらを睨んだが、大人になる為という部分で初夜の事でも考えたのだろうか突然頭を抱えだした。よく見ると耳が赤い。本当に可愛い男だ、アンジェには劣るが。


再びニコリと笑うタクティクスに溜息を吐いた。


「俺の天使は恋愛経験はあるのか?」

「っ……それはないと思います」


この男天使って言ったぞ。と口に出しかけて慌てて笑いそうになる口を自ら手で覆って堪える。


あんな純情恋愛の本を選んだという事は不慣れも不慣れ、それじゃなくても若い男性に免疫がほとんどないアンジェがレオンと二人でどんなやり取りをしているのかすごく気になった。


今朝も朝日を見る約束をして二人で見たというじゃないか、エリックに聞いたら教えてもらえるだろうか、とにかくこの初心な二人の色恋沙汰が気になって仕方ない。


しかし口が裂けても言えない。そして、レオンの〝俺の天使〟と呼ぶ精神に笑いそうになるのを悟られぬようにこやかに流す。


「アンジェ様の事を、名前で呼ばれた事はありますか?」

「呼べるわけがないだろ……」


まるでそれができたら苦労しないとでも言わんばかりに机に突っ伏した。


エリックが居たら恋する乙女かと叫んだだろう。


「では、レオン様はまずアンジェ様のお名前を呼ばれた方がいいかと。今朝は朝日を見られたのですよね?」

「あぁ……」


これはチャンスなのではとこのまま聞いてみようと思った。


「……どんな話をされたのですか?」

「……先日距離を置くという話をしたんだが、それを止めて欲しいという話だった」


――そりゃそうでしょうね……。


笑顔を維持したまま内心では突っ込みを入れるタクティクス。本人はアンジェがもっと距離を縮めたいと本心で思っている事に気付いていないのではいかと危惧してしまう程にこじらせているようだ。


「レオン様、アンジェ様とどこかお出掛けになられてみては?街へ巡回を兼ねて案内して差し上げてください」

「天使を連れて街へだと!?」


――だからその天使と呼ぶのをやめてほしい…、


がたんっと立ち上がり、目を泳がせたが次第に冷静を取り戻し、しばらく考えたあとに、ガレンディア王国では年に一度のアストレリア王国の収穫祭に便乗して祭りがある。


それに誘ってみるのはありだと思ったのか、「明日出掛ける、町娘の変装で門の付近に来い」と簡潔な伝言を受け、再びアンジェの部屋へと戻った。


ここにこれ以上居たら笑ってしまいそうになる。次来る時はエリックが居る時にしようと誓った。


伝言を上手く脚色してアンジェへ伝えると、無表情の瞳は輝きに満ちた。本当に可愛い人であるとタクティクスは相変わらずの笑顔を深くした。



◇◇◇

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