35
手紙の返事が来た翌日、アンジェは明日の朝きちんと起きれるかそわそわしていた。
ナージェは、「出来るだけ起こせるように努力します」とは言ってくれたが、こんな事まで世話を焼いてもらっては申し訳ないし、一日中自分の面倒で大変なのにこれ以上負担をかけるのも忍びなかった為、丁重にお断りをした。
と、なると。アンジェは、自力で起きなければならないのだ。
自分から誘っておいてレオンを待ちぼうけさせるなど言語道断。朝日をみて、ちゃんと話をしようと決意したのだ。
今度こそ自分の言葉で、周りが察してくれるばかりではいけない事くらい分かっていた。ただ甘えていたのだ。
だからこそ、今回はレオンに自分の今思っている事をきちんと話し、今後も時間を見つけてたまに一緒に朝日を見て軽く談笑できたらと考えた。
日中は、騎士団の事で付きっきりだったり、アーサーの押し付けられた雑務や任務が多く、隙があれば自己鍛錬に勤しむような休むという事を知らない人間だった。
レオンは朝方に起き、夜遅くまで仕事をして眠るのは深夜、睡眠時間の少ない人間だと言う事をファルティリや側近のエリックに聞かされていた為、少し誘うのには気が引けたが、きっかけがこれしか思い浮かばなかったのだ。
ティータイムを楽しむような人に見えないし、ただ部屋に招くだけではきっと退屈させてしまう。ならば、朝方を見て、早起きは三文の徳を利用しようという事になった。それなら一時間程度で済みそうだからだ。
「アンジェ様、まだ昼前ですよ」
「そうだけど…、緊張してしまって…」
「ふふ、本当に可愛らしい王女様ですこと」
そわそわとガレンディアの歴史本を読みながらベランダの方を見やる。そんな主の姿に困った人だと笑ってみせるが、それは妹を見るような眼差しだった。
「昼食を食べたら、気晴らしに中庭へ参りましょうか」
ナージェの提案にアンジェはこくりと頷いた。
昼食を食べている間にタクティクスに護衛を頼み、お昼の散歩にファルティリのお気に入りの中庭へと向かった。
「そう言えば、図書館の使用許可を結局まだお願いしておりませんね」
「そうですね…。明日一緒にお願いしてみます」
「アンジェ様、図書館を使いたいのですか?」
「はい…アストレリアから持ってきた本はもうすべて読んでしまって……」
勉強用にと用意された本ばかりで物語を綴られたものはひとつも入っていなかったような、結構な数の教材ばかりだったはずだがと思ったタクティクスは、色々察して心の中で可哀想にとぼやいた。
それに、ここに来て一ヶ月は経過している。そろそろレオンとの婚約公表のパーティーがあるはずだ。そして、結婚式を行ったあとは王太子妃として公務が多くなって忙しくなるだろう。
その為の国の歴史くらいは頭に入れておかなければならないとヘレンに言われ付け焼刃ではどうにもならない部分を読書で補ったり、分からない情報は全てエシリアとコーティカルテに聞いた。
アンジェの王太子妃になる為の努力は短期間とは言え目覚しい物があった。
おそらくそこらの令嬢ではここまで頑張れなかったと誰もが思うだろう。
中庭へ入ると、筋肉質な体格をしている中年男性の庭師のガイが大歓迎と満面の笑みで招き入れてくれた。
「ごきげんよう、ガイ」
「ご機嫌麗しゅうございます。アンジェ様、今日は珍しいですね」
滅多にふらりと外に出ないアンジェがここに現れる事は希な事だ。
草花は好きだが、ファルティリの聖域のように感じてあまり踏み込むのを遠慮していたが、アンジェが顔を出してガイはとても嬉しそうだった。
「すこし気晴らしに散歩をしています」
「どこかお加減でも……?」
違いますと首を横に振ると、安心したと微笑み目尻に皺が寄る。とても幸せな人生を歩んでいるのだろうか、目尻に皺が多くあるのはそれだけよく笑う証拠だ。
マザー・シスターの目尻もそう言えば皺が多かったように思える。少し懐かしい人物を思い出して、咲き乱れる花をみて心を癒した。
「アンジェ様、ファルティリ様がまたここにいらした時にと伝言を賜っております。お聞きになられますか?」
花に見とれていると、ガイはそう言ってアンジェに問いかける。
お願いしますと頷くと、胸に手を当て恭しく礼をして口を開いた。
「気に入った花があれば部屋へ持って帰って飾っても構わないとの事です。わざわざ許可を取りに来る必要はないから、飾った時はまたお話の種にして欲しいと仰られておりましたよ」
「ファルティリ様……、嬉しいです。ありがとうございます」
花が咲いたように嬉しそうに表情が変わると、心の底から嬉しいのだなとその場のものは同じように表情を緩めた。
滅多に表情を変えないその少女の表情ですら、それは嬉しいものだった。
その後、アンジェは飾る分だけの小さな向日葵を数輪分けてもらい、すこし暑いくらいの風が吹き抜け額が少し汗ばんできた。
「そろそろ…夏ですね」
ガイにお礼と、ファルティリが来たら大切に水換えをしますと伝言を頼み、汗だくになる前に部屋へと戻った。
タクティクスとは部屋の前で解散し、なにか用事があるらしく部屋に入るところを確認するとどこかへといってしまった。部屋に入り、ナージェは小さな向日葵を花瓶に挿し、テーブルの真ん中に飾った。
少しずつ暑くなる季節に、部屋の中を換気する為、ベランダの扉を開いた。
ふわりと入る風が、汗ばんだ肌にひんやりと掠めた。風にふわりと靡くカーテンが風情を見せる。その光景をソファに座りながら風に当たると、うとうとしてきてそのまま背もたれに身を任せて眠ってしまった。
微笑ましい姿にナージェは、タオル生地のブランケットをアンジェの膝にかけて部屋を後にした。
◇◇◇
今何月になってるのか上手く計算できてませんが、もうそろそろ初夏だと思います(適当




