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思いの丈をぶちまけ、相手の言葉も聞かずに出ていったレオンは、後悔の念に晒されて自己嫌悪に陥りながら自分の仕事へ戻ろうと足を動かした瞬間の事だった。


――トンッ!……トンッ!


殴ったにしては弱々しく、何か投げたにしても優しい音が背後から聞こえた。


何だと振り返るが特に何かが落ちている様子も壊れた様子もない。アンジェの部屋の中から何かが投げられたのだろう。


少し小さく扉を開け覗き込むと、アンジェは侍女に抱き着いて顔を埋めていた。壁際にはクッションが二つ落ちている。八つ当たりでもしたのだろうか。しかし何もない所に柔らかいクッションを投げて憂さ晴らしをする程度で済んでいるのだから心底優しい少女であることは誰でもわかる。


侍女に抱きついたアンジェに視線を戻すと、泣いているのだろうか?まさか、自分のせいで?相手の事を思って言ったつもりが裏目に出たようだと心臓が握り潰されそうな気持ちになりながらその場を離れた。


レオンはその日、騎士団に所属している為、部下の鍛錬の相手をして過ごした。


アンジェの専属騎士に任命されたタクティクスも、アンジェの部屋の警備はガレンディアの兵士が概ねやっている為、特別やる事もなく、退屈で公務の護衛のない日や、呼び出されない限りは騎士団に混じって鍛錬をしている。


「レオン殿下はアンジェ様の事好きなんですよね?」

「ぶっ」

「あーあ、レオン様水を噴出さないでくださいよー」


休憩中に、タクティクスの思いがけない質問に口に含んだ水をレオンは吹き出した。それを見て、レオンの乳兄弟で側近のエリックがけらけらと面白おかしく笑う。


「いやー、レオン様がアンジェ様に向かって〝こんな細い体でよく無事でいられたな。あまり煩わせるな〟だもんなぁ。意味わからなすぎて笑いをこらえるの大変で――」


訓練用の木製の剣をエリックの喉元に向ける。


ヒッとわざとらしく両手を挙げて降参を示すと、剣は下ろされてほっと胸を撫で下ろす。傍で見ているタクティクスは相変わらずいい笑顔を浮かべてこちらを見ていた。


彼が破顔したのは、後にも先にもアンジェが攫われた時依頼ではないかと記憶している。彼はおそらくあまり動じないタイプだろう。感情表現が傍から見ていると胡散臭い。


だからアンジェの専属騎士を任命されたのではないかとも考えたが、攫われるようなヘマをしでかした事を考えると、騎士としては人並みのものかも知れない。


何にしても、分かりやすいようで謎が多い男だ。


「いやでも本当にあれはまずいですよー、どうせ、〝こんな華奢な体で長旅ご苦労だったな。途中いろいろあったが無事でなによりだ。疲れて足元おぼつかないだろうから気をつけて歩け〟的な事を言いたかったにしてもあれは――」


懲りもせずエリックは追い討ちをかけるように続けると、ぎろりと睨みつけたレオンに「本当の事じゃないですかー」と茶化すように言った。


実際そのとおり過ぎて、ぐうの音も出ないわけだが。


「出立の時に、アンジェ様がタクティクス殿に専属騎士を任命してた時もすごい眼光でしたよ。もうまるで、〝俺の天使に近寄るな〟みたいなオーラがねー」

「あ、それすごくわかります。俺もこんな平和な国でどんな風にしたらあんな殺気をはなてるんだろうって思いました」


レオンと共に、アンジェのアストレリア王国からガレンディア王国までの道すがらを護衛していたエリックは動向を全て見ていたため、それを蒸し返していじるのが好きだ。


レオン本人を前に言いたい放題の二人に頭を抱えて、先程のアンジェに言い放った事を思い出す。まったく最低な事をしてしまった。


自分がいない方が彼女の為だ、しかし政略結婚の事もあるから最低限アンジェの為にも近寄らないように善処しようと思った。しかし……。


「と言うかお前ら……」

「レオン様がアンジェ様の事を天使だと思っているのはアーサー陛下が言いふらしているからですよー」

「またあいつか…!」


アーサーについ口から〝孤児院で天使に会った〟と言ってしまったのが全ての始まりだが、本人にそんな事知られてしまえば恥ずかしくて生きてはいけないだろう。


……と、言いたいが、もう本人に自ら言ってしまったのだ。おそらく引いてしまっただろう。らしくないと…。


と心配したが、先程話した時にはさり気なく〝天使〟と称してはいたが本人は話の内容に気を取られて気付かなかったようで、この軽い口をどうにかしておかないとまた言ってしまうかもしれない。


謹慎を命じる前に二人で朝日を見たときに見た、普段からは想像もつかない程の柔らかい笑顔に魅せられてからはアンジェの微かな表情の変化が愛おしく感じ、心臓の高鳴りも異常だ。


これ以上俺を苦しめてどうしたいんだ?あれが無意識なのだとしたら残酷にも程がある。


「レオン様、どうかしたんですか?」

「……アンジェ様と喧嘩でもしましたか?」

「喧嘩〝は〟していない」

「〝は〟?じゃあ一体何やったんですかー」


レオンが苦しげに頭を抱えていると、タクティクスが優しく気遣う。それに返すと、逃さず拾い上げて追い打ちをかけるかのように聞き返すエリック。


もうままよと洗いざらい話して聞いてもらう事にした。


「……いやー、それはやばいですって」

「やばい…?」

「アンジェ様絶対に恋愛に無縁の生活してただろうからここで押していかないと多分結婚式も出たくないとか、婚約発表パーティーにも参加したくないとか言うかもー…」

「なんだと?!」


ストレートな物言いに不快感を見せる事はせず、気になった部分にだけ聞き返した。


「下手に距離あけてあの無表情王女様が心揺れ動くかなぁ…」

「アンジェ様は頭を撫でると目を細めて笑われますよ。頭を撫でられるのが好きなようです」

「まじか」


物怖じせず気さくに話すエリックに、笑顔でアンジェの情報を小出しにしてくるタクティクスは〝アンジェは見た目は人形のような方だけど本当は可愛いんですよ〟説を布教するのがうますぎると感心した。


アンジェの笑った顔を見た事がない人間が多いゆえに、数少ない機会をこの専属騎士にも与えられているのが少し妬けた。


――しかし、今の俺にはそれを言う権利はない


「レオン様は婚約者なんだし、天使って言う程好きなら嫌われる覚悟でどんどん攻めて行ったほうがいいですよー。恋愛結婚したいでしょ?」

「まぁ、そりゃあ…」

「じゃあここで距離をあけてたら結婚式が決まった時に、アンジェ様はちゃんと取り組んでくれるかわかりませんよ!しっかりしてください!」


歯切れの悪い返答にエリックはガミガミと小言を言って説得をする。


タクティクスは横目で「あの方ならある程度ひどい事言われても忘れてくれそうな聖女感ありますけどね」とへらっと笑った。


男の恋愛相談なんて誰が聞きたいんだろうかとレオンが内心悪態をつく。


しかし、周りの兵士や騎士達が傍から聞いててこれまでに見た事のないレオンの状態がおかしくて生暖かい眼差しで見守るのだった。


あの一件から三日後、騎士団の勤めを終えて部屋に戻ると、レオンの湯浴みの準備を済ませたエリックが手紙を渡してきた。差出人は、三日前に泣かせてしまった――実際は泣いていないが、アンジェからだった。


開いてみると


〝レオン様


先日は私の紡ぐ言葉の少なさに誤解を沢山させてしまい申し訳ございませんでした。


明日以降で、可能な日があれば朝日の迎えをご一緒したいです。いつでも構いませんので、お返事いただけると幸いです。


アンジェ〟


と愛らしい字体で書かれていた。


あんな事があってもアンジェは懲りずに関わってくれるというのか、健気でいじらしくてたまらなくなった。


エリックに、紙と書くものを用意させ、湯浴み前に軽く返事を書いてすぐに渡すように命じて浴室へ入った。


「さて、早速行ってきますよーっと」


こっそり中身を覗いていたエリックは、にやにやと緩んだ顔を叩いて平常に戻し、隣のアンジェの所へ行き侍女のナージェへ預けると、夜の淑女の部屋に入るのは流石に気が引けるとそそくさと退室した。



◇◇◇

2019/05/12済

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