31
――俺が十歳の頃、ガレンディアの第一王太子のアーサーは、最初に差し出された第二王女を面談の為に出向いてくれたにもかかわらずひと目見て拒絶した。人種的に受け付けないといったのだ。
次に第三王女を娶るという話で大騒ぎになったが、その直後に、肝心の第三王女が行方をくらませてしまいアストレリアとの交渉は白紙となった。一応ガレンディアでも第三王女を捜索する部隊は作られたが痕跡も見当たらないと捜査は停滞した。
それから、二年が経過して、俺が十二歳になった。
アストレリアにお忍びで潜入して観光をしていた時だ、金髪に翡翠の瞳が特徴的な幼児を教会で見つけて目が離せなくなった。その時は早く戻らねばならなかった為、ガレンディアに帰った。
更に三年後、十六歳になった俺は成人式を済ませたが、特別公務を言い渡される前だった為、最後にまたお忍びでアストレリアに赴くと、教会の聖堂で一人勉強する金髪の少女が居た。
そういや昔、アーサー達が金髪の王女を探していた時があった事を思い出し容姿の特徴しか知らない俺は聖堂に居る金色に輝く肩にも掛からない短い髪の翡翠の瞳をした天使のような少女を見て年齢が違うからまさかと思った。
一回り少し年下であろう少女に話をかけたら、勉強をしているのだといい、俺も気付いたらそれを教えていた。
しばらくアストレリアには滞在するつもりだったから、数日少女に読み書きの復習をしている所を助けた程度だったが、その翌日、俺はガレンディアに帰る為に挨拶に教会に行った時にはもうその少女は居なかった。
入れ違いか今日は休みの日なのだろうと諦めて帰り、次にまたアストレリアに行けばまた勉強を教えてやれると思って、ガレンディアでも普段読まない本を読んだりした。
アーサーには、それらしい人物がいたが、俺の事を信用されていないから仮に王女の娘だったとしても打ち明ける事も難しいだろうと伝え、もう一度アストレリアへ行く口実を作って許可を取り、再び公的に赴いた。
しかし、少女は文字の読み書きや計算を覚えてしまい、今は街への買い出しや孤児院の子供の面倒に明け暮れてしまって多忙なのだとシスターから聞くと、少しの努力は報われないまま終わった。
結局それからは少女の顔を見れないまま渋々ガレンディアへ戻った。本当はあの段階で、いや教会で幼児の天使を見つけたあの日から俺は少女の事が気になって仕方がなかったんだ。
表情一つ変えない少女、勉強を教えると真面目に取り組み、分からない部分が解けると少し緩む小さい口元、知らない事の教えを乞う姿、孤児だと言い張るその容姿はどう見ても貴族の出身のものだった。本当に第三王女の娘なのではないのかと疑っても仕方のない程。
本当は本人は自分の出身をわかっていないと言うことが少女の口ぶりで確信した。
だからアーサーには「ただの孤児だった」と報告するしかなかった。
そして数年が経過して俺の結婚適齢期が危ぶまれ始めた頃、俺はまたアーサーがしたためたガレンディアの信書を届ける為にアストレリアに使者として駆り出された。
再び政略結婚を要求するものだった。
女王には子供がいない、第二王女も不在、第三王女も居ない。そうなると、アストレリアの貴族の娘でも構わない、アストレリアの加護を得ている人間なら構わないから政略結婚として差し出して欲しい、という苦肉の策だった。
正直に言うと、アストレリアの加護を受けられるのはアストレリアの人間だけだ、だからこそアストレリアの力の存在力は重要視されていた。
十年ぶりかそれ以上かそこらのアストレリアは、昔以上に栄えて、ふと立ち寄った教会も綺麗に建て替えられたり、隣に建てられていた孤児院の施設は修繕どころか新たに建てられていた。
それが、女王の采配の結果なのだとよくわかる。
ここで偶然と言うには安すぎる奇跡が起きた。遠目に、シスターの服装をし、落としてしまったのか、汚れたベールを指で摘んで持っている。あんなに会いたかった彼女はシスターになっていた。
その少女は、金色の腰まで伸びた巻き髪の少女で、大きな荷物を持って戻ってきた。荷物が重くフラフラと歩く姿はとても庇護欲を掻き立てる程に愛らしかった。
その場から離れ、隠れて様子を窺うと、よく見ると瞳は翡翠の色をしていた。確実にあの勉強を教えたあの時の少女だった。
あんなに大きくなったのかと成長に感心する反面、相変わらずの少ない表情と女性らしく育った姿に見惚れてしまった。
下手に動揺させてもいけないと直接会うのを避け、女王の信書を届けた後すぐにガレンディアへ戻った。
その時に「いい人がいたの?」と問いかけるアーサーの瞳には早く結婚しろと言いたげなものを感じ、「孤児院で天使に会った」と言うと、目をらんらんと輝かせ、「その子にしよう!」と言い出した。
しかし名前も知らない彼女をどうやって調べるかと考えているうちにアーサーは何やら手紙を書いていた。
「アストレリアと和平を結ぶには、アストレリアの人間だったら誰でもいいから!うちは何を要求されてもいいように準備だけはするんだ」
にこやかに弟の俺の恋路が面白いのか早々に書いた手紙をこちらに押し付けてまたアストレリアへ迎えと言われた。
しかし、その直後、アストレリアの女王から、第三王女の娘が見つかったからその娘をガレンディアに送らせるという内容の信書が届いた。
アーサーにとってもガレンディアにとっても願ってもいない事だった為、俺の意思を無視し、手渡した手紙を奪い返して破り捨てた。
ここで俺の気持ちなんてお構い無しとなった。
無事に穏便な政略結婚の為にも俺にアストレリアからガレンディアまでの道中に兵士にまぎれて護衛をするように頼まれ、出立の半月前から控えておけという命令が下り、アストレリアの王宮に滞在した。
第三王子に対しての扱いとは思えないが、毎日つまらない公務をするよりは幾分マシだった。
なんだかんだとあったが、アストレリアの女王に挨拶を済ませ、隠密に護衛をするように言われている旨を伝えると快く了承してくれた。どうやら第三王女の娘に溺愛しているようだった。
ついでだから挨拶をしておけと言うような事を言われたが、今は嫁入り修行の為に頑張りすぎて熱をこじらせてしまったから会うのは落ち着いてからにした方がいいとも言われ、健気な事だと気に求めていなかった。
俺は孤児院の少女が良かったのだ、あの少女が自分の初恋でまさかここまでこだわって女を求めてしまう事があるとは思わなかったが、政略結婚の相手が決まってしまったのであれば仕方ない。
この感情を殺し、妻に迎える女がどんな人間か後で見に行こうと考えた。
出来る事なら口うるさくない方がいい、可能ならば大声を出して笑うような人間じゃない方がいい、できれば……考えるだけであの少女と比べてしまう。
重症だと思った。
そんな事を考えていると、すっかり日が沈んでいた。部屋に戻り、慣れない部屋では休まらないと気晴らしに外に出ようと見回る感覚で夜な夜なに出かけた。
歩いていると、妻になると言われている第三王女の娘が休む部屋に通りがかり、淑女の部屋に入るなど言語道断だが、眠っているだろうから見つかりはしないだろうと出来心で忍び込んだ。
天蓋付きのベッドのカーテンレースを避けて顔を見ると、目を瞠った。
信じられなかった。
そこに眠っているのは、あのシスターの少女だったのだ。
目を閉じられているが、髪の色、形、顔をみて一目瞭然だった。
恋焦がれた少女が自分に嫁ぐというのかと考えると手が震えた。はやる鼓動を無理やり落ち着け、苦しげに呼吸をしている目の前の彼女の額に熱を計る為に手を置くと、薄く瞳が開かれた。
しかし、朦朧としているのかよくわかっていないようで、再び瞳は瞼に隠れた。あんなに会いたかった人物を前にしてどうすればいいのかと考えたが、とりあえず髪に軽く触れ、アーサーが女に愛情表現として行っていた事を思い出し、本人が意識が無い事を良い事にその艶やかな髪へ口付けを落としたりした。
少し自分の早まる鼓動が落ち着き、そそくさと出て行って、外に出かけるのをやめさっさと用意された客室の寝床に戻った。
◇◇◇
年齢の計算がおかしかったので修正もしました。
2019/05/11済




