02
――約束した日から数日後
アストレリア王国に極寒期が訪れ、雪が高く積もり教会の扉も開かなくなった時期の事。
とうとう外に出る事が出来なくなり、暇を持て余すこの時期の夜は特に冷え込み、特別やる事がない日々のせいで体も疲れるわけもなく上手く寝付けず、アンジェは散歩がてらに聖堂まで足を伸ばす。
普段はシスターの装いをして出歩く施設内は少し背徳感を感じ、緩やかな波打つ天然の巻き毛と月明かりに照らされた金色の髪は肩より少し短い。そしてそれに相応しいと言わんばかりの翡翠の瞳を持つ少女はいつもどおり表情の筋肉が弱いのか無表情で歩みを進める。
すると、ふわりとどこからか入ってくる風が夜着のワンピースの裾を揺らす。
人為的な明かりはなく、月明かりで照らされただけの廊下で少し不気味だ。聖堂までたどり着き、薄暗い主祭壇へと踏み込めば、中ではアンジェと同じ夜着を着たナナリーがぼんやりとステンドグラスを見えあげていた。
就寝前だからなのか包帯は外しているようだ。シスター用の装いはしておらず、普段は隠れているアンジェと同じ巻き髪が銀色の髪が下ろされている。月に照らされた灰色の瞳も不思議と輝いて見え、火傷の痕なんて気にならない程美しく見える。
――何をしているのかしら……。
聖堂の主祭壇の背後に飾られているステンドグラスには、まるで人々を見下ろして微笑んでいるような女神の姿と、名産の林檎や林檎の花が描かれている。見慣れているとは言っても、一級品の出来である神聖な場所に飾られているステンドグラスは月明かりに照らされて更に美しさに磨きが掛かっている。
足音をたてる事もなくゆっくり近寄ると、ナナリーはこちらの気配に気づいてアンジェへ視線を向け、驚いた様子もなく不思議そうに首を傾げた。
「…アンジェ?そろそろ寝る時間ですよ。何か私に用ですか?」
普段は優しく微笑みかけ、小さなアンジェの視線に合うように屈んで話しかける彼女が、今日は少し突き放すような言い方をするナナリーに、アンジェは軽く傷ついた表情をする。
――貴女も何しているの?
なんて事を口が裂けても言えず、ぎゅっと声に出ないように唇を縫い付けたように黙る。
しばらく無言が続き、しんと静まる聖堂で沈黙に耐え切れずナナリーはこちらへ近寄ってくる。
「ごめんなさいナナリー。眠れなくて……」
言い訳がましくそう弁解すると、くすくすと笑いながらしゃがみこんで目線が上になったアンジェの顔を覗き込んだ。
「こちらこそごめんなさい。私もそうだものね」
ほっと安心したように笑みをこぼすアンジェの頬に両手で添えながら、ナナリーは愛しげに微笑む。
ナナリーは今年で二十八歳になる。未婚の女性でもあるが、何よりアンジェが来たのが赤ん坊の時の為、十八歳の頃にこの教会に来てシスターをしている計算になる。
この年齢でアンジェのような子供がいてもおかしくはない。
「ふふっ…。アンジェはいい子に育ちすぎたのかしら」
シスターの姿をしていない間は素が出るのか、悪戯っぽく微笑んで口調を崩すナナリーの顔には、焼け爛れた痕の顔半分はとても痛々しい。
その火傷の痕にそっと触れると、嫌な顔一つせずその小さな手を目を閉じて受け入れる。その皮膚には、苦労と苦難と悲しみを受け入れてきた、そんな気がした。
ナナリーが幼い頃に、自分の住む家を燃やしてしまい、その炎に焼かれてしまったと聞いた事がある。そのせいで住む所もなく、両親も死に、引き取り手も居なかったため教会に一人でやってきたのだと聞いた事があった。
その時に、同じタイミングでアンジェの母親が訪れ、居合わせたナナリーにまだ生まれて間もない赤子を預け消えたのだと言う事を、物心がついた頃から刷り込むように聞かされてた所為もあり、アンジェにとってはナナリーこそが母親の代わりのようになっている。
――ここで、ナナリーにお母様なんて呼んだら怒らせてしまうかしら…。
口には出せない事をぐっとこらえ、お互い離れて小さく会釈をして「おやすみなさい」とだけ言い残し、部屋に戻った。
「アンジェ……」
一人聖堂に残ったナナリーの表情には、何かに耐えるような表情と、瞳の奥に秘められた悲しいの眼差しを向けている事をアンジェは知る由もない。
◇◇◇




