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アンジェがユーロ達へジャカルト帝国の事を話して二週間が経過した。あれから食欲がわかず、落ち着いていられないと言いつつもレオンには何かしでかさないか不安に思ったのか、詳細を語られないまましばらく許可が出るまでは部屋に謹慎となった。
まだ何もしていないうえ、謹慎という状態に納得はいかなかったが、安全上の事を考慮した事だと解釈すれば渋々了承するしかない。この一週間は、アストレリア王国から持ち込んだ本を読む事以外にやる事がなく暇だった。
しきたりを教わる等を初日にアーサーから伝えられていたにもかかわらず、それすらもされる空気ではなく、教師らしい人が来る事もなかった。
しかし、これを機にジャカルト帝国の事を調べる事にした。
ジャカルト抵抗は、アストレリア王国やガレンディア王国が出来る後に存在しており、建国されたのは、アストレリア王国、ガレンディア王国、ジャカルト帝国の順だ。
帝国には、特別神の加護がなく、侵略し従属させた国には加護の付いた所は一切ないという。噂では神を皇帝が信じていない為、見放されているのだという。
ナージェにいろいろ聞きたかったが、一週間前に謹慎を告げられた直後にしばらく留守にすると告げてから一度も顔を出していない。その間は、コーティカルテとエシリアが手厚く面倒を見てくれている為、不自由はしないが、よく知っている侍女が一人居ないだけでこんなに心細くなるとは思わなかった。
「二人共、ジャカルト帝国に関して分かる事を教えて欲しいのです…」
何かわかりませんか?と首を傾げてみせる。二人は、菓子の入った籠をテーブルに置いて、何か言いたげにまごまごとした。
「申し訳ございません。レオン様にアンジェ様を刺激しないようにと仰せつかっておりまして…」
しゅんとしながら力になれないと落ち込んでみせるエシリアに、これ以上彼女に悲しい思いをさせたくない為、肩を落として申し訳程度にせめて物のと図書館から持ってきてもらったジャカルト帝国の本を開きなおす。
もう一週間ずっとこれを読んでおりすっかり暗記してしまったが、読み落としがないか何度も何度も読み返す。しかし、もう読んだ内容を何度も見るのは骨が折れる。先程置かれた菓子の入った籠を覗き込んでマフィンを見つけてそれに手を出す。
「そちらのマフィンは私がお作りしました。実家が製菓の店をやっております」
「お菓子屋さんをしているの?」
「はい、お菓子作りが得意なので仰っていただければお作りしますよ。陛下からも厨房の使用の許可を頂いておりますので」
得意げに胸を張るコーティカルテに、くすっと面白そうに笑うアンジェをみてようやく侍女二人はほっとした。
この一週間とりつかれたように本を読み漁り、食事も残す事はなかったが少なめにするように頼む事が多くなり、まともに摂れていなかった事をひどく心配していた。
そんな時は、お菓子を用意してどうにか胃に入れてもらっていたのだが、ここでようやくここの所、用意された菓子がコーティカルテの手製である事を知った。
「アンジェ様、少しはきちんと食事をとらないとお体を壊されますよ」
「そう…ですね」
エシリアの指摘に眉をひそめて、視線をそらした。まだ食欲がわかないのだ。心配事があってもここまでつらくなるのは初めてだ。頑張りすぎて熱を出す事はあれど、不安な気持ちが強すぎて食欲が無くなる程の事だという事だ。
マフィンを口に入れると、不思議と口の中でぴりっとした感覚に襲われ、口内炎ができたのかと思い特に何も考えず一つ食べきると紅茶を飲んでまた本を見た。
そうこうしていると、扉からノック音が響いた。
――コンッコンッ
アンジェが「どうぞ」と返事をすると、一週間前にどこかへ行ったナージェが侍女姿で現れ、恭しく礼をした。
「……お帰りなさい」
「ただ今戻りました。しばらくあけてしまい、申し訳ございません」
「いいの…、どこか行っていたの?」
部屋の内側の扉の前に立つナージェへ弱々しく問うと、ようやくアンジェの様子がおかしい事に気付いて静かに駆け寄る。
エシリアとコーティカルテは、一歩下がり、久方ぶりの二人の再会を見守る。
「お痩せになられましたね…。あれからずっと落ち込んでらしたのですか?」
「そうでしょうか…」
視線を合わそうとせず、目を逸らしているとナージェは困った顔をして膝を折ってソファに座るアンジェと視線を強引に合わせ、膝に置かれている手を握った。
「あれからいかがでしたか?お教え願えますか…?」
優しい声色で問いかけると、アンジェは少し目頭を熱くして今にも泣きそうになる。今までの積み重なるストレスで限界なのだろう。握られた手を握り返し、小さく囁くような声で話した。
この一週間、ジャカルトの本を読み、毎日同じ物ばかり読んで中身を暗記してしまった事、食欲がなくて心配をかけてしまった事、レオンが忙しくて顔を出してくれない事、謹慎中という名目で誰とも会わせてもらえない事を話しているうちに耐え切れずに止めどなく涙が流れてくる。
「エシリア、コーティカルテ、申し訳ございませんが紅茶のフレーバーを林檎に替えて頂けませんか」
そう言うと、二人は何かを察して頷き退室した。
誰もいなくなった事を見回して確認し、アンジェはその途端ナージェの首に腕を回して抱きつき、肩に顔を埋めてこれを殺して泣いた。
普段ならもう成人されているのに、と馬鹿にするような事を言って小言をいうナージェも流石に可哀想に感じて細くなってしまった背中に手を回して優しく撫でた。
「寂しかったです……」
「申し訳ございませんでした。ナージェはここにおります」
ぐずるアンジェの珍しさと、ここまで追い込まれた状況にある事情を理解した上で何も無駄な発言はせずに慰めた。
少しして落ち着いてきたアンジェをソファに座らせ、ポケットから一つの紙を取り出し、涙で目が赤く腫れた目の前の主に差し出す。
それを受け取り、広げると花が咲いたようにぱっと目を見開いた。
「エリーゼ様が話を聞いてアンジェ様へ親書をしたためて頂きました」
「親書…?」
「親書とは言っても軽いお手紙ですが」
なる程と開いて中身を確認する。
◇◇◇
2019/05/11済




