24
アンジェは、アストレリア王国の王宮で女王と謁見した際の貴族の反応や、ガレンディア王国へ来る最中に襲撃された時の野党の事や、捕まっている間の事を語ると、こんなに若い女性が受けていい仕打ちではないと口を押さえて何かに耐えるように聞いた。
その間も、構わず全て語り終えて再び淹れてもらった紅茶を飲んで乾いた喉を潤した。
「やはりアンジェ様の政略結婚をよろしく思っていない方は多いようね。これからも命を狙われる可能性は考えておいたほうがいいわ」
「そうですね、食事には特に気をつけるようにします」
「一番手軽な殺害方法だからこそ、口に入れるものには特に気にかけたほうがいいわ」
「はい、善処します」
「それにしても…貴女を生け捕りにしようとした、という事は貴女を攫ってなにか目的があった可能性もあるわよね…」
その台詞の後、王妃は考え込みこちらの話に耳を傾けなくなってしまった。
セイレーンは、表情が暗くなんて言葉をかけるべきか迷っているようだったが、アンジェがそれに気づいて語る。
「私は、その…あまりこういう事を言っては不快に思われるかもしれませんが。平民育ちですので荒っぽい扱いはとくに気にしないのですが、国同士にとって重要な人間である自覚はあったので、傷つきはしていません。ここに無事に来れた事を誇りに思います」
「あらアンジェ様、怖い事は怖いと言った方がいいわ。だって、まだ十代の女の子でしょう?」
考え事の海にのまれていたファルティリは耳に入ってきた言葉にそっとアンジェの腕に手を添えて優しく励ますように撫でた。セイレーンは、黙って聞いていたが、また平民という言葉にぴくりと反応する。
昨日の会食でレガートが平民の事について触れた時もあまりいい表情をしていなかった事を思い出し、目の前のクッキーを一つ持った。
「平民だからとか、貴族だからとか、生まれも育ちも違いますが、それでも上手く折り合いをつけて生きてこれているから国が成立しているんだと思うのです」
紅茶の入ったカップの上でパキッと半分に割り、割れた際ぽろぽろと落ちたカスは紅茶の中に溶け合っていく。それを眺めながらぼんやりとそう言うと、セイレーンは跳ね上がるようにアンジェの顔を見た。
視線に気づき、セイレーンの視線と合わせると自然な笑顔が浮かび、そして頷いた。
「失礼ですが、セイレーン様は、身分に関してなにか思う事が……?」
「あ、いえ…」
「大丈夫よ、ここには私達以外いないもの」
厳密には、アンジェ、ファルティリ、セイレーンの侍女は居るのだがこの際は数にはいらないようだ。それ程に信用できる存在という事である。
不安げに王妃の表情を読み取るように、セイレーンはアンジェから視線を逸らしてはちらりと見て少し考えた。
「わたく、し…は…、その…」
もじもじとして、何かを言いたげにするが、やはりまだ勇気が出ないのか言う勇気を振り絞る為にも二人は口出しをせずにじっと待つ。
次第に沈黙が始まり、じっと立っている侍女達はちらりとお互いに視線を合わせてなにか目で話しているようにも見える。王族の血筋というものは侍女は目で会話ができるのかと感心していると、セイレーンはアンジェの手を握って自分の胸に押し付けた。
突然の事にぎょっとしたアンジェは逃げる事もせず間抜けな顔で見つめ返す。
「あの、せいれ――」
「アンジェ様、私も平民育ちで…あ、でも血は王族で…えっと…あの…!」
一生懸命話そうとするセイレーンを止めないように口をぎゅっと閉じて話を聞く。つまり、同じ環境の育ちである事を言いたいのだろうか、ずっとそれが引け目に感じていたのか、それで親近感を感じていたのだろう。
セイレーンは、次第にその勇気がつらく目尻には涙が浮かんでいる。とうとう泣かせてしまったと、どう反応すればいいか分からずおろおろと握られた手を握り返して体を寄せた。
「大丈夫です…。落ち着いて下さいセイレーン様。私は、人を地位や権力、生まれで判断したくありません」
そう返すと、求めていた言葉が貰えたと嬉しさで声を出して泣き出してしまった。
その様子に、王妃は首を縦に振りながら嬉しそうに微笑み見ている。セイレーンの侍女はそんな姿を見て良かったと目頭を熱くさせた。
「本当にアンジェ様は慈愛に満ちた方ね、アストレリアの聖王女様のようだわ」
「聖王女というのは?」
「神にも性別があって、アストレリアでは女の神だから王女のなかで数十年に一度その力を強く引くものが生まれるのだけど、聖王女として大切に育てられるのだけれど…貴女は少し育ちが異例だものね」
アンジェの神の力神聖魔法を付与されたのはつい最近だ。
しかも、その力を使ったのはアストレリアで、付与されたかを確認する為に兵士の擦り傷を癒した程度の為力の程度は分からない。
そしてアンジェはあまり加護をおおっぴらに使う事を好まない為、無駄に使う事はしない。人間の自然治癒で早急にどうにかなる程度であれば使わないようにしていた。
予想だにしない話題の変わり方に、そろそろ話についてこれそうにないアンジェは、ひとまず「まだ見ていない所もあるので」と失礼する事にした。
落ち着いたセイレーンは、「またゆっくりお話しましょう」と言ってくれた為すっかりここに馴染んでしまった気分でぜひにとこくりと頷いた。
お茶会をしていた王妃専用の離宮にあるサンルームを後にして、外で待っていたエシリアとタクティクスが笑顔で迎え入れてくれる。
「すみません、遅くなりました」
「いいえ、王妃様がた……とくにセイレーン様は貴族令嬢の方とお茶会をあまりしないので仲良くしていただけると幸いです」
「コミュニケーション苦手そうですよね」
特に気にした様子もないエシリアとタクティクスは気を効かせて思った事を言い返すと、余計な事を言わず頷いて見せて、そのあとも王宮内の色んな所へ案内してもらい、満足して部屋へ戻った。
部屋に戻り、ゆっくりソファに腰を下ろす。外はすっかり昼時になっており、日が高く登っており、テーブルには昼食の用意が始められていた。
体を落ち着かせていたが、ふと脳裏をよぎった事を思い出して顔を青ざめながらまた立ち上がった。
「いかがされました?」
「いけないわ…、…ないと…」
「あ、アンジェ様?…お加減が悪いのですか?」
「大変!…陛下かファルティリ様にもう一度会わなければいけません!いえ、先にレオン様に相談した方がいいのでしょうか…」
突然狼狽し、いつもなら落ち着いた様子の彼女の素振りがあちらこちらして挙動がおかしい。何が起きたのだと傍にいたエシリアが慌ててアンジェの前に立つ。
困惑で判断力がおかしくなり、混乱したアンジェに正気に戻るようにエシリアが細い肩に手を置く。
「落ち着いて下さい。一体何が……」
「せめてレオン様に今すぐ会って聞きたい事が…!」
「…何の騒ぎだ?」
騒ぎ声に一度だけノックをして扉をあけて入って来たのは、漆黒の髪色でオールバックが印象的の第二王太子のユーロだった。
◇◇◇
2019/05/11済




