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湯浴みを終えてバスローブに身を包んで出てくると、ガレンディアの侍女が二人待ち構えていた。側には朝食の乗ったワゴンが置かれている。
「おはようございます。アンジェ王女殿下」
「朝食をお持ち致しました」
真面目そうに話す侍女達に、アンジェは近寄って「私の事は気軽に呼んでください」と指示すると頬を緩めて「はい、アンジェ様」と返した。
ワゴンに乗せられている食事をチラリと見る。今日は数種類のパンにコーンで作られたスープ、そして艶やかなスクランブルエッグと、健康志向なのかサラダも添えられており、彩りも完璧なメニューになっていた。
「着替える前に朝食にします」
「かしこまりました」
昨日は食事もあまり食欲もなかったせいか、その反動で空腹を訴えてソファにちょこんと座ると、並べられた朝食に手を付けた。
「このままでごめんなさい。貴女達のお名前を教えていただけますか……?」
籠に入っているパンを一つ取り、手で千切りながらそちらを見て首を傾げて尋ねる。
侍女二人は、お互いに目を合わせて変わったものを見るようにアンジェを再び見た。
「申し遅れました。私は、エシリアと申します。アンジェ様の侍女として配属されました」
「私は、コーティカルテと申します。よろしくお願いします」
恭しく深々とお辞儀をする二人に、こくんと頷いて「ありがとう、よろしくお願いします」と返す。
あまり下々の人間へ敬語で喋るとヘレンが怒る事を思い出し、少しずつ改善の努力を見せようとしたが結局諦めそうだ。
「……ガレンディア王国では…その、侍女達に名前を聞くのは珍しい事なのでしょうか?」
スープを一口飲み、先程気になった事を聞くと、「そうですね…」と歯切れの悪い回答が返ってきた。
「それもそうなのですが、人見知りとお伺いしていたので、アンジェ様からお言葉をかけていただけると思わなくて、とても好意的な行動をされるのだなと驚いておりました」
失礼な事を言った自覚はあるのか、ペコリと頭を下げるコーティカルテ。それに対して背中を叩いて叱るエシリア。
「申し訳ございません。コーティカルテは新人の為ご容赦ください…」
「大丈夫です。そうですね、話をするのは少し苦手です」
「ではご無理にお話になられなくても――」
「でも、誤解されやすくて、極力ここでは私も意思表示はするように努力するので、たまに話し相手になってもらえると嬉しいです」
言いたい事を伝えられず勘違いがひとり歩きするのも嫌なアンジェは、食事を終えると立ち上がり、少し背の高い二人を見上げた。
「これからよろしくお願いします」
そう伝えると、納得したのか、微笑みを浮かべてニコリと愛想よく笑ってみせた。
◇◇◇
アンジェの着替えを済ませ、今日の予定は無い事を侍女達から伝えられると、城の中の探索をしたいと希望すれば、コーティカルテは用事があるらしく、エシリアが案内してくれるという事になった。
少し動きやすい装飾の少ない物の中で、ブルーの爽やかな雰囲気のドレスを選び、足が痛くならない為にヒールのない汚れてもいい黒の靴を選んでもらった。
「これならアンジェ様も心置きなくうろつけますね」
それでは自分がやんちゃな子供ではないかと言いたげにナージェに、頬を膨らませ不服と抗議の表情で見上げるとにこりと悪びれた様子もなく「まぁまぁ」となだめた。その光景にエシリアはくすりと笑い、姉妹のようだと見た。
「仲がよろしいですのね」
「アンジェ様が平民慣れし過ぎているのですよ」
露骨に呆れの意を表しながら、廊下を出ると、それはもうキラキラと朝日を浴びて元気になった植物かのように笑顔を振りまくタクティクスが待っていた。
どうしたのだろうとアンジェは軽く「おはようございます」と声をかけると、上機嫌でぴしっと背を正し直して立ち「今日もご機嫌麗しゅうございます」と返した。相当機嫌がいい。
「タクティクス、今日は上機嫌ですね」
「はい!昨日はレオン殿下に稽古をつけていただきまして、少し気分が晴れました」
どうやらガレンディアまでの道中で襲われた時の事を木にしていたのだろう、色々とバタバタしていたとは言え彼なりに自分の役目を果たせていない不甲斐なさに心を痛めていたに違いない。
「これから城内を散策されると伺いましたので、護衛に参りました」
「今日はガレンディアの兵士の人達と稽古しなくていいのですか?」
「もとより鍛えてはいますので、次からはこのような事が無い様に致しますよ」
意気込みを語るタクティクスにこくりと頷いて、エシリアに案内されてナージェとタクティクスを伴って歩き出した。歩き出してまもなく、エシリアはアンジェの隣の部屋を指した。
扉はアンジェの部屋と同じ材質のマホガニーを用いられてはいるが、それより少し大きめの扉の作りになっているのは何故だろうとまじまじと見つめる。
装飾は、比較的細かい細工施され、植物の蔓や、ガレンディアの象徴と言われている獅子のようなシルエットが刻まれており、そこには〝レオン〟と名入れもされていた。
ここで、ようやくアンジェは二・三歩下がった。
「レオン様のお部屋ですか」
「然様でございます。レオン殿下がアンジェ様に何かあった時にすぐ対応出来るようにと急遽こちらをアンジェ様の部屋にいたしました」
レオンの気遣いを全て言ってしまうエシリアは、それを話してしまった後に本人から何を言われるかわからないにもかかわらず、物怖じしない所はどこかナージェと似たものを感じる。
ナージェの髪は赤く、どことなく王妃のファルティリに似ているような気がしたが、強さを感じるのはナージェとエシリアの二人の侍女だ。
類は友を呼ぶというが、これもその類なのだろうかと考えた。
「レオン殿下は夜はお戻りになられるのが遅いので、何かご要件があるようでしたら我々侍女に言っていただけましたら伝言いたしますので」
「あ、ありがとう…」
と言われても、なにか伝言をするような事はあるかと言われると特に何もない。正直、何を話せばいいかもさっぱりわからないから出来るだけ何かをして話題を作るしか方法がない。
今朝は偶然、母の事を思い出して朝日の話をする事ができたが、今後同じ話をするわけにも行かない。となると、城内を散策して何かを見つけていかねばならないのだった。
「次行きましょう」
「はい、かしこまりました」
その後も、ユーロやアーサーの部屋、そして離宮の方にも案内され、途中ファルティリとセイレーンがお茶していると聞いて少しだけお邪魔する事になった。
「突然来てしまったのに申し訳ございません」
「いいのよ、お誘いしようかと思ったのだけれど昨日の事もあるでしょう?来たばかりであれもこれもとは流石に言えないもの」
ファルティリは屈託のない笑みを見せて安心させるように言うと、にこりとだけ笑みを返して淹れてもらった紅茶を口に含んだ。
今日はどうやら何かと合わせたブレンドティーのようだ。あまり飲んだ事のないフレーバーに探るように舌で味わう。口の中でゆっくりと広がる風味に覚えがあるのに思い出せないもどかしさを感じた。
「なんの味かわかるかしら?ふふ、それセイレーンの淹れた紅茶よ」
突然出された問題に、答えなければと少し頭にある余計な事をとっぱらい無にしてこくりと音を立てて飲み込む。
一口では思い浮かばず、もう一口含んで目を閉じて考えた。
「ダージリンをベースにした、林檎の風味が少しします…それと」
「……それと?」
期待でわくわくするファルティリの姿は子供のようで、女王という貫禄はここには完全にない。隣に座るセイレーンは、おどおどしながらよそよそしい態度を示しながらもチラリとアンジェの様子を観察するように見る。
どうやら口に合うかどうかというのが気になるのだろう。
「……このスッキリした後味はミントでしょうか」
「まぁっ」
「正解よ」
アンジェの答えにセイレーンが口に手を当てて驚いたように見せる。上手く答えられたようで安堵しながら美味しく紅茶を頂いた。
「そう言えばレガートはあれから拘束されて地下の牢獄へ連れて行かれたわね。あと、その後に吐かせたらやはり貴女の国の方にも仲間は潜んでいたようね」
「そう、ですか…」
持っていたティーカップをカップソーサーに置いて、話を聞く。
セイレーンは、あまりこういう話題は得意ではないのか、扇子を広げて顔を隠してしまった。それを気に止めず、ファルティリの方へ向くとふぅっと吐息を漏らして困った表情になった。
「今急いで使者にこの事を知らせているのだけれど、野党に捕まった時になにか言われたりしなかったかしら?」
「…なにか、そうですね」
さりげなくこの話題に移したのは、おそらくアーサー達が尋問のようにアンジェに質問攻めにするわけにも行かないだろうという配慮から、お茶会という名目で聞き出そうとしていたのだろうか。
今日ここへ来たのは偶然だが、もしかしたら近いうちに同じ話題になっていたことだろう。流石は王妃だと思うアンジェは感心するのだった。
その反面、エリーゼの時にも重要な話を部屋で個別で話すような事をした事も思い出し、自分の事を壊れ物を扱うかのような対応をとられている事に申し訳なさを感じた。
「いつか報告をしようと思っていたのですが、言うタイミングを逃していた事があります」
「…聞かせていただけるかしら?」
いつもは飄々としているファルティリが王妃の表情へと変わった。この切り替えの速さこそが王妃に相応しい人間なのだろうと納得して、記憶を掘り返すようにぽつりぽつりと当時あった事を話した。
◇◇◇
2019/05/11済




