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ガレンディア王族との会食では、国王のアーサー、王妃のファルティリ、第二王太子のユーロ、その妻のセイレーン、そしてアンジェに遅れて到着した第三王太子のレオンと、婚約者のアンジェが参加した。


そこに立会人として参加したのは、先程アンジェへ批判的な態度をとった宰相のレガートだった。彼の姿に気まずそうな表情をするアンジェをよそに、アーサーやレオンとは違い黒い漆黒の髪色をオールバックにして纏められた髪型のユーロと、水のような透明感のある水色の髪をしたセイレーンが目を合わせて立ち上がった。


「アンジェ王女、先程謁見の間では会えなかったからここで自己紹介をさせてもらっても構わないか?」

「はい、第三王女の代行で参りました。アンジェ・リリィ・フォン・アストレリアと申します」


アンジェも同様に立ち上がり、ドレスをつまみ上げて挨拶をすると、うんと頷いてユーロとセイレーンも自己紹介をする。


「第二王太子のユーロ・ガレンディアだ。こちらが妻のセイレーン、人との交流が得意ではなくてな、女性の友人は少ないんだ。仲良くしてもらえると嬉しい」

「よ、よろしくお願いします…。アンジェ王女殿下…」


視線があちらこちらしてよそよそしく頭を下げるセイレーンに、アンジェは孤児院にいた引っ込み思案の子達を思い出して表情が緩む。


「よろしくお願いします。セイレーン様、私の事は気軽にアンジェとお呼びいただけると幸いです」

「もちろん、セイレーン様以外も是非」と付け加え、アンジェの自然の笑みを見られて満足そうに頷き、立ち上がった者は皆席に着いた。


そんな穏やかな空気の中レオンだけは、レガートの様子を一ミリも見逃さないと言わんばかりに見張っていた。


会食の会場となっている食堂には、各壁に侍従が控えており、アンジェの背後にもナージェが控えていた。


食事をしながら、レオンだけがレガートへ敵意をむき出しにしている事に気づき、それを不思議に思ったアーサーがレオンを見た。


「食事中くらい殺気を消さないか、レオン」

「アーサー、レガートはどうやらアンジェとの婚約を快く思っていないようだぞ」

「……そうなのか?」


一同が忌々しげにアンジェを見るレガートへと注目する。


視線が集まった所で、レガートはようやく自分の立場の危険性に気づいたとでも言いたげに冷や汗をかきながら「いやはや…」とわざとらしく両手をあげた。


「快くと言いますか、やはり王族の血筋というものは重要ではないかと考えておるのですよ。国王陛下」

「それでお前は大勢の貴族の前でアンジェ王女を愚弄したのか」

「……そこまでご存知でしたか」

「お前は少し軽率すぎる。それとも慎重さを欠くほど焦る事があるとでも言いたいのかな?」


意味深に問うアーサーの言葉に悪びれた様子もなくレガートは話を続ける。


「平民の血が流れた王族など、下賎な血が混じっているのですぞ。これはガレンディアの将来に関わります」


平民の血という言葉にセイレーンがびくりと肩を震わせ、隣のユーロがそっと肩を抱いて引き寄せる。まるで敵と認識したような眼光を光らせ、軽蔑の眼差しを宰相へ向ける。


穏やかではない空気が部屋の中に立ち込め始め、アーサーも呆れた吐息を深く吐き出して手を室内に響くように叩く。その音に弾かれたように全員がはっと我に返った。


「アンジェ王女、すまなかったね。この空気の読めない者がうちに〝も〟居るようだ。以後気をつけさせるから許して欲しい」

「……〝も〟」

「きっと君の国にも居るはずだよ」


にこりと笑いながら返す国王の顔は意味深に感じるが、身に覚えがあるような気がして少し思い返す。そう言えば、初めて女王の所へ行ったときに貴族達へ反感を買うような事を女王がわざと言っていたような気がした。


覚えがある反応を見せると、ほらねと言いたげにアーサーは食事を食べながらフォークを振った。


「陛下、お行儀が悪いですよ」

「あぁすまないね。若くて可愛らしい子を見るとつい浮かれちゃうんだ」


嗜めるファルティリに笑いながらフォークを置くと、目の前にあるグラスを手に取ってアンジェに見せつけるように縁に触れた。


何かのサインだろうかと自分の前にも置かれたミネラルウオーターの入ったグラスをみると口をつける部分の縁が少しくぐもっている。部屋の温度で湿気がついたのだろうかと疑いながら、レオン達のグラスを見てようやく理解した。


瞼を閉じて見せてグラスを持ち、やんわりと持ち上げて自分の膝へ手を滑らせたフリをして落とす。


「アンジェ様!替えのグラスをご用意させます」

「すみません、疲れで手に力が…」


毒が塗られていたのだろう。自分以外のグラスは美しく光が反射して曇りひとつない。そう感じたアンジェは自然にグラスを変えてもらう為にわざと粗相をした。


これもエリーゼに仕込まれた対処法だ。


ナージェが幸い落ちて割れなかったグラスを拾って給仕役へ渡し、ポケットからハンカチを取り出してドレスにこぼれた水を吸い上げる。


「喉が渇いたのか?俺の水を飲め」

「ありがとうございます。いただきます」


レオンが自分のグラスを差し出すと、口角だけ上げた笑みを向けて素直に受け取り、小さい口で水を口に含んだ。その様子をアーサーに見せると、満足げに笑って王妃に笑いかけた。


「ナージェ、さっきのグラスを保管しておくように指示してください」

「……かしこまりました」


自分の横に膝をついてドレスを拭うナージェに耳打ちをすると、慌ててすぐに退席した。


それを横目に見ながら食事をするレオンは、もうレガートを見る事はなくずっとアンジェの顔を見ていた。


レガートは気に入らない展開に顔を真っ赤にして拳を作って握り締めている。おそらくアンジェ暗殺計画でも企てていたのだろう事はすぐに理解できたが、まだ何か考えているのかそのままアンジェの様子を観察するように見る。


みることこの様子だと食事にもなにか仕込まれている事を考えて一切手をつけていない料理を見つめ考える。すると、レオンがアンジェのフォークを持ち取り替えようとしていた。


「あっ……レオン殿下」

「なんだ?」

「あぁ、いえ…あのぉ……」


レオンがアンジェのフォークを持った途端、慌てた様子でレガートが制止する。


しかし、ぎろりと睨みつけ手に持ったフォークを握り締めながらレガートを見ると、まごまごとなにか言いたそうにするが、何か話して都合が悪く言えないのかアンジェの顔をチラチラと見てはっきりしない。


いい加減にうんざりしたレオンは立ち上がりはっきりしない男の前に立ち、見下すようにじっと見ると、「ひぃっ」と弱気な悲鳴が漏れた。そして、フォークをレガートの口元へ持って行く。


「主の食事の毒見をするのはお前達の役目だったな?お前も立派な宰相ならそれをする義務が有るな?そうだろう、早く舐めろ、口に付けるであろう食器類は全てだ」


有無を言わせない威圧感を与え、あと一寸程の距離で口についてしまいそうな状況にアンジェが立ち上がり、小走りで駆け寄ってレオンとレガートの間に強引に割って入った。


思いがけない行動に誰もが目を瞠り言葉も出ないでいる。


「……どけ」

「いけません。仮に毒が塗られていたとしても、このような事でレオン様の手を汚す必要はありません」

「お前は殺されかけたんだぞ!!」

「っ!」


レオンの堪えきれなかった声が感情が怒声として溢れ出る。その声量にふわりとアンジェの長い金色の髪が揺れ、大声に慣れていない分恐怖でびくりと跳ねた。


しかし、退くわけにはいかにとじっと目の前の怒り狂う婚約者の目を見て訴えかけた。


「……まだ私は生きています。大丈夫ですから…」


――そんなに悲しそうな顔をしないでください。


彼の行動の上に恥をかかせない為に続く言葉を飲み込み、ぐっと両手で力を込めてもびくともしない相手を押して席へ促す。


「レガート宰相、恐れながら…。平民の血一つで王族との違いに物申されるのであればこんな回りくどい事をなさらなくても私が話を伺います。それでも気に入らないというのであれば、とても悲しい事です」


母はれっきとした正真正銘の王族だ、ただ平民の血が混じっているが、それでもしっかりアストレリアの血を継いでいる。しかし、あまり母の所在を知られるわけにはいかない為ぐっと堪える。


ちらりと背にいる男へ語りかけるように言うと、負けだと諦め膝を付いて頭を抱え、アーサーは手をあげて控えさせていた兵士を呼ぶ。


「この者は王家暗殺を企んだ。未遂とは言え反逆罪に抵触する、事情を吐かせるから地下の牢獄へ入れておくように」

「はっ」


あっという間に兵士はレガートを連れて行き、その光景を全員で見送った後、アンジェは優しくレオンの手を取り歩き出そうとすると、振り払われてしまった。


「……出過ぎた真似をして申し訳ございませんでした」

「アンジェ王女、君は見た目より強気な子なんだね。でも、もっと自分を大切にするんだ。わかったね」


アーサーに警告混じりの注意を受け、深々と頭を下げ、席に着いた。


レオンは、フォークを控えていた侍従に預けてから席に戻って座り、予備のフォークをアンジェに渡した。それを目でありがとうと返して受け取り、ここでようやく食事ができた。


外から戻ってきたナージェは何事だとぽかんとしていたが、すぐ平静を取り戻しアンジェの後ろに控えた。


その後、何もなかったかのようにしばらく談笑をして、疲労の限界に達したアンジェがうとうとし始めたのをタイミングにお開きとなった。


「すまないね、滅多に揃って食事をしないから楽しくて長く話してしまったよ」

「……いいえ、私も楽しかったので。またお招きしていただける事を心待ちに…しております」


そろそろ朦朧としてきたアンジェにファルティリも娘を見るかのような優しい眼差しを向けてつい頭を撫でてしまう程に愛らしくいじらしい努力を賞賛した。


食事を一緒してもらった礼と、騒ぎを起こしてしまった詫びも込めて、食堂を出て行くガレンディアの夫妻に出入り口でぺこりと頭を下げて見送る。


セイレーンがアンジェの耳元へ口を寄せて「お時間のあるときにお茶してくださいな」とだけ残し、「是非に」と眠気の限界でへにゃりと力ない笑みを返すとそれが面白かったのか、最初の緊張が何処へやらくすくすと笑いながらユーロのエスコートで外へ出ていった。


他に部屋に残されたのは、給仕役とナージェ以外は誰もいなくなったのを確認し、ふらつく体が傾くと、ぽすっといつの間にか背後にいたレオンが支えてくれた。


「部屋に行くぞ」

「はい…」


部屋まで歩いていく力も残っておらず、観念してこくりと頷くと軽々しく横抱きにされあっという間に部屋へ連れて行かれ、ベッドへ寝かせると、後をついてきたナージェに着替えを任せて出て行った。


「レオン様に…、きらわれてしまったかもしれません…」

「そんな事ありませんよ。ここまで連れてきていただけたでしょう」


でも…と言いかけて、それを遮り「お着替えはさせて頂きますのでこのままお眠りください」という言葉に安心しきって、何も言わずに眠りに落ちた。


「アンジェ様は頑張りすぎなのです…。もっとご自愛下さい」


すやすやと眠る天使のような目の前の王女の髪を優しく撫で、さっさと着替えさせて布団の中へ入れてやると、明かりをすべて消して部屋を後にした。



◇◇◇



主を寝かせたあと、さっと部屋を出ると、壁にもたれかかっているレオンを発見した。


「アンジェ様はお休みなられましたよ」

「あぁ、分かっている。何か言っていたか?」

「そうですね……。レオン様なんて嫌い、あんなに乱暴な人は嫌とおっしゃっていましたね」


容赦のない嘘をぽろっと零すナージェを疑う事もなく本当にそんな事を言ったのかとショックを受け、心なしか落ち込んでいる様にも見え、流石に強すぎたとこほんと軽い咳払いをした。


「冗談です」

「お前も結構王族へ容赦ないな…」

「アストレリアの女王の侍女を三年させていただいておりましたので」

「なるほど」


納得して頷いてみせると、ナージェはつかつかとレオンの前に立ち、少し声を潜めて喋る。


「差し出がましい事を申し上げますが、あの方は少し図太い部分がございますが、中身は少女なのです。あまりきつい事を言われると自分を責めてしまわれますのでお気をつけくださいませ」

「分かっている…。今回も言いすぎたと思っている」

「然様でございますか。アンジェ様は、あなた様に嫌われてしまったとおっしゃっておりましたよ」


こちらが本当ですと付け加えて、本当の事を述べると、苦虫を噛み潰したように表情が歪んだ。おそらく感情的になった事を後悔しているのだろう。ぺこりと頭を下げてアンジェの隣に用意された侍女の部屋へと入っていった。


残されたレオンは、アンジェの部屋の扉をしばらく見つめた後、私室へ戻ろうとナージェとは反対側の隣の部屋へと入っていった。


会食の時のように簡単に命を狙われてしまう事を考え、自分の部屋の隣にアンジェの部屋を用意させたのは正解だったかもしれないと着替えて湯浴みを済ませて夜着に着替えてさっさと眠りに落ちた。



◇◇◇

2019/05/11済

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