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「――レオン殿下、アンジェ様。到着したようですよ」
ナージェは、馬車が停止してちらりと外を覗き込むとガレンディアの王宮の前に到着した事を知らせた。
アンジェ救助した地点からはガレンディアまで近かったようで、その日のうちに到着したが、少し日が傾いており、空はレオンの髪のような色のように染まっていた。
タクティクスが扉を開けてくれ、到着を知らせようと覗き込むとアンジェはレオンの広く厚い鍛えられた胸に寄りかかって眠っていた。普段無表情の彼女は眠っている寝姿は本当に天使のように美しかった。
起こしましょうとナージェがアンジェに声をかけるが、拉致され精神的な疲労もあったのか、なかなか目を覚ます事なく安心しきっていた。
起きないと分かると、レオンがアンジェを無言で横抱きにして馬車から出る。
降りた衝撃でようやく目を覚ましたアンジェは、外に出た事に気づき、ここで自分が寝ていた事を思い出す。
「れ、レオン王太子殿下…!?あの…」
人が見ている中、寝起きを晒してしまい、流石のアンジェも顔を真っ赤にして肩をぺちぺちと叩いて降ろしてくれと頼む。
先程まで離すまいとしていたレオンは、アンジェの要求に渋々降ろして立たせると、ずっと立っていなかったせいかバランスを崩して転びそうになる。すぐ傍にいたレオンが受け止め支えると、アンジェは恥の上塗りに言葉も出ずぺこりと頭を下げた。
「早く行くぞ。…こんな細い体でよく無事でいられたな。あまり煩わせるな」
エスコートしてくれるのだろうか、手を差し出してくれるレオンの口から出た言葉はガレンディア王国で待ち構えていた女官や、ここまで護衛として連いてきたアストレリア王国の兵士達を唖然とさせた。
とくにナージェとタクティクスは、開いた口がふさがらなかった。そして、目の前にいる言葉を向けられた当の本人アンジェの表情は、いつもどおり無表情に戻っており、冷静に手を添えて何かを考えている様だった。
「こら、婚約者に言うセリフじゃないよ」
「……アーサーか、今戻った」
しんと静まり返ったこの場の空気を壊したのは、ガレンディアの青色をまとった正装姿のアーサーと呼ばれた男だった。戦の神の加護を得た国であるからなのか、ここの人間の服装は少し騎士服に似通った所があり、アーサーもまたマントを着けている。
ガレンディア王国とアストレリア王国の者達は、アーサーと呼ばれた男の方へすかさず膝をついた。
アンジェもアーサーへ淑女の礼を極力美しく意識をして行うと、緊張した面持ちで口を開いたおうこ。
「アーサー国王陛下。アストレリア王国第三王女の代理でまいりました。アンジェ・リリィ・フォン・アストレリアです。この度は、私の不注意でお騒がせしてしまい申し訳ございません」
「あぁ、よく来たねアンジェ王女。ガレンディア王国、国王のアーサー・ガレンディアだ。ガレンディアではミドルネームの習慣がないんだ、気にしないでくれて構わないよ」
優しく微笑みかけてくれるアーサーの風に揺れる薄い橙色の髪がふわふわと揺れる。まるで貴族や王族の見本のような立ち振る舞いに非の打ち所を見つけられない。
政治ごとに巻き込んでしまった謝罪も込めて、アンジェへ跪いて手の甲に口付けを落とした。
初めてではなくなったアンジェは、恐れ多いと思いつつ「ありがとうございます」とだけ返すと、立ち上がったアーサーはまた優しげににこりと笑った。
「謁見の間へ行こうか、…と、言いたいけど。その前にそれどうにかしないとね」
レオンに渡されてずっと羽織ったままのマントを指すと、アンジェは申し訳なさそうに頭を下げた。
「彼女の侍女は君かい?」
「……はい、ナージェと申します」
「うん、レオンに部屋の案内をさせるから先に体を綺麗にしておいで。砂だらけの女性を歩き回らせるわけにはいかないからね」
それだけ言うとアーサーは「ではまた」と立ち去り、残されたレオンはアンジェの手を掴み、アーサーが口付けを落とした所を袖でゴシゴシと不機嫌そうに拭った。
それをまるで面白いものを見るかのように周りは見守るが、当の本人は綺麗好きなのだろうかと考えていた。
「レオン王太子殿下…」
「お前は俺の婚約者なんだから、あんまり触れさせるなよ。あとレオンでいい」
「はい…レオン様の手を煩わせないように気を付けます」
一回り程年の違う彼の態度に、不思議に思いながらも先程言われた「煩わせるな」という言葉を思い出して返すと、周りは深い溜息を吐き、当の本人のレオンは目を瞠り、しばらくして後悔をしたと言いたげに表情を歪めた。
傍らで、ナージェとタクティクスは心底呆れた様子で見ていた。
「優しい婚約者でよかったなぁ…。ほかの令嬢だったらキレて暴れるところだぞ」
「俺もそう思います」
それを見ていたガレンディア王宮の見張り兵の小さくぼやいた言葉を聞いて、それに同意するタクティクスだった。
◇◇◇
2019/05/11済




