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気まずい状況に直面している。
男に抱き上げられたまま馬車に乗り込んだのはいいが、座っている間もアンジェは命の恩人でもあるこの男の膝の上に横向きに座らせられ、片腕で腰をしっかり抑えられていた。
それを目の前で繰り広げられている侍女のナージェはまるで現実逃避をするかのごとく目をそらし、王族の前にもかかわらず無作法に深く溜め息を吐いてみせた。
「あの…」
「なんだ」
恥が勝り、ナージェが助けてくれるという望みを捨てたアンジェはおずおずと話をかけてみると間髪を容れずに返事が返ってきた。意思疎通をするつもりはあるようだとほっとした所で、慣れない異性がこんな間近にいて、しかも密着した状態など落ち着いてはいられない。
相手はカーテンを開けられた窓の外を眺め、こちらに顔は合わせないものの、アンジェは出来るだけ目線は身長差のある男の方を見た。
「助けていただき、ありがとうございます」
「さっきも聞いたぞ、それ」
「気持ちの問題といいますか…」
空気が読めないのだろうかと返答に困りまごまごしていると、頭上から気を抜いたのかふぅっと息を吐くのを感じる。密着した男の胸板が、酸素の入れ替えで大きく動いた。
「お前は、どうしてそんなに危なっかしいんだ」
「…と、言いますと?」
まるで前から知っているような口ぶりで言う男にアンジェは不審げに尋ねれば、男は眉間にシワを寄せ、支えていた片手を離しアンジェの顔を両手で挟んで視線を合わせた。
「…抵抗しないのか?」
「……敵ではないので、振り払う必要はないと思っています。ですが、自分で座れますので降ろし――」
膝に座らせられているこの恥ずかしい状況をどうにかしたいアンジェと、そのアンジェの話と、それをさせまいとする男の攻防はしばらく続いた。
その光景を延々と見せつけられているナージェはいたたまれない。
ようやく諦めたのはアンジェで、「では…」と口を衝く。
「もうこの状況は諦めましたので、自己紹介をさせてください。こんな体制で無礼もいいところですが…」
と不服を漏らしながら包まれたマントの中で小さくドレスの裾をつまんで小さく頭を下げた。
「アストレリア王国第三王女の娘、母の代理、アンジェ・リリィ・フォン・アストレリアと申します。何卒よろしくお願いいたします――レオン王太子殿下」
「……気付いてたのか」
驚いた様子を見せないが、感心して少し嬉しそうににやりと笑うと、アンジェは困った表情を浮かべ薄々気づいていましたと頷いた。
ナージェも驚いたのか、目を瞠ってアンジェを見た。
「言葉遣いと、この状況がそれを表していると思われます」
「頭は切れるようだな」
それはどうもと肩をすくめた。
「レオン王太子殿下は私達の一行に紛れ込んでいたのですよ。アンジェ王女殿下」
「ナージェ、私の事は言いやすいようにして下さい。それだと咄嗟の時に呼びにくいと思います」
流石に呼ぶには長すぎる事を気にしていたのか、ここぞとばかりに指示をすると、ナージェは「ではアンジェ様で…」と恭しく座りながら頭を下げた。
「兵に紛れていたという事ですか?」
「そうだ」
「ではいつからアストレリアに…?」
「…半月前程からだな」
その回答にアンジェだけが唖然とした。つまりは、アンジェが心身ともに疲れてしまい熱を出して寝込んでいた頃から居た事になる。
一体どこに潜んでいたのだと言いたげに目を向けるが、素知らぬ顔でそれを無視した。
そのタイミングでふと思い出した事を尋ねようと、今度はレオンの方を顔ごと見上げた。
「では、深夜に私の部屋へ来たのは…」
「なんだ、気付いてたのか?」
「婚姻もまだの淑女の部屋に入るなんて…」
流石のナージェもぼそっと小さく悪態を呟いた。
それを聞かなかった事にしたのか、再びアンジェの腰に手を回してぐっと動かないように固定するとアンジェはその大きな手を軽く叩く。
「…ですから、私は平気ですから」
「黙ってじっとしてろ」
エリーゼの言うとおり粗暴な態度が見受けられるレオンだが、アンジェは人の性格なんてそれぞれで、王族だからといってみんながにこやかに優しく微笑みかけてくれるわけではない事を理解していた。
それゆえに、彼の態度に特別不愉快な思いをする事もなく、この手にこめられた感情を読み取る努力をしようと誓った。
「でもやはりこれはやり過ぎなので降ろしてください…!」
この切実で、珍しく言葉を荒げるにしては弱いもので、当然のこと聞き入れてくれる事はなかった。
◇◇◇
16話と17話が重複し、16話がなかったため、差し替えました。申し訳ございません。
2019/05/11済




