16
野党に連れて行かれ一時間近く走り続けている。馬車で走っていたガレンディアではない違う方角へと向かっていた。
次第に険しい岩の多い山道になり、馬が疲れて速度が落ちてきた頃にちょうど休むのに適した大きな洞穴を見つけて休む事になった。
「今日はここを拠点として休むぞ、明日はジャカルト帝国へ向かうからな」
「ジャカルト…?」
髭男は、ずっと小脇に抱えていたアンジェを下ろすと腰につけていた縄を持ち逃げられないように拘束しようと両手を後ろに持っていこうとする。
これでは、胸元に隠したナイフに手が届かないと焦り「あの」と声をかけた。
「何だ?連れて帰れと言われても無理だからな」
「いえ…、私は体が硬いので手を後ろに痛くて持っていけないと思うのです。前にしてください…」
困った表情を見せながら懇願すると、髭男は本当かどうかをアンジェの両手を後ろへ持っていこうとすると「うっ…」と声を漏らし痛そうに呻く。
「あんたダンスとかやってるんじゃないのか、すごい体が硬いんだな」
だから言ったのにと言わんばかりに恨めしそうに見つめると、わかったと了承して前の方で縛ってくれた。きつく縛られて少し呻いた。
案外悪い人間ではないのかもしれない、なんて呑気な解釈をするのも束の間、仲間のうちで一番大柄の男に引渡し、見張っておけと告げるとさっさと出て行ってしまった。
見張りとして入ってきたのは、タクティクスを押さえ込んでいたガタイのいい体をした大男だ。洞穴の奥へと連れ込むと、アンジェはここで一夜過ごす事になるのかと周りを見渡してその場に座らされた。
簡素な孤児院のベッドで寝て生活していた為苦にはならないが、せっかく着せてもらったドレスが汚れてしまったのが少し悔やまれた。
少しの沈黙のあと、男はアンジェの姿をジロジロと見てにやりと怪しげに笑った。
「王女サマはあんまりビビらねえんだな。今まで攫ってきた王女は泣き喚いたり叫んで逃がしてくれだの金ならあるだの騒いでたんだがな」
不思議そうにアンジェの姿を舐め回すようにみる。
居心地の悪い状況に、アンジェは身を縮めてこちらに近寄ってくるなと控えめに睨みつけて大男を見上げた。
「今までも、どこかの王女を攫っていたのですか…?」
「俺らは攫った王女を売り飛ばしている集団だからな……いや、一人は別の目的のようだがなぁ」
「一人…?」
「さっきの髭の男に頼まれてお前を攫ったんだぜ」
舌舐りをしてアンジェの肩を掴まれて背筋が凍り付いた。
なんて事をするんだと叫びたい気持ちを押さえ込み、まずは自分の身を守らねばならない為、相手をこれ以上刺激しないように口を噤む。
これ以上は喋らないと確信した大男は、「食事を持ってきてやるから大人しくしてろよ」と言い残して出て行った。
これは好機だと踏んだアンジェは、動き難い手元を懸命に動かして胸元からナイフを取り出し、口で鞘を抜いて削るように縄を切った。上手く切れた縄を傍らに捨て、ナイフを鞘にしまうと再び胸元の奥に隠すように戻した。
声を出さないように息を殺して静かに動き、外の様子を覗き込もうと顔を出した瞬間、先程食事を取りに出た大男が怪しげに笑いながら立っていた。
「おいおい、やんちゃな王女サマだな。どうやって縄を切ったんだぁ?」
「いや…!」
小柄なアンジェの手首を容易く掴み、再び洞穴の奥へと戻されてしまった。
抵抗する事も虚しく、あっさりと元居た場所へと引きずり戻され、アンジェを押し倒し腹の上に潰さない程度に体重をかけて跨った。大男が少し体重をかけただけで全く身動きがとれず、また殴られるとぎゅっと目を瞑った。
しかし、衝撃は来ず、うっすらと目を開けるとアンジェのドレスに手をかけていた。
「な、にを…」
「いたずらっ子な女王サマには大人しくしてもらわないといけねえからな」
そう言って、前ボタンのドレスを無理やり引きちぎるようにサイドに引っ張るとブチブチとボタンが外れ胸元が晒されていく。
今から行われる行為に頭が冷える思いで、止めて欲しいとじたばたと暴れて抵抗をするがやはり相手には何も効果はない。
このままでは、政略結婚も出来ないまま何をしていたと言われてしまいかねない。どうにかしなければと思考を巡らせる。
「本当に、やめて下さい…!」
「大人になったら少しは淑やかになるだろう、へへ…ちょっと痛いかもしれねえが大丈夫だ。依頼人も別に無傷で捕まえろとは言わなかったしなぁ」
ギラギラした眼差しを向けられ、背筋が凍る感覚に襲われゾクリと身を震わせる。変な汗が止まらなくなる。
ボタンを壊されてしまい、肩を抑えつけられ、上半身がはだけてしまい、胸元の中心にあるアストレリアの印が現れた。幸い胸が全て晒されている訳ではなかった為、不幸中の幸いか胸の下に隠していたナイフに気づかれていないようだ。
「おぉ、流石は王女サマだな。ちゃんと神サマとやらのご加護ってもんがあるじゃねえか。それに……小さいわりにここは立派な大きさじゃないかぁ」
指の先でなぞるように印が刻まれた柔肌を滑らせると、ざらつく大男の荒れてザラザラとした指にびくりと体が跳ねる。じわじわ顔が赤くなるのを感じ、両手で胸元を交差にして隠す。
これ以上触れさせては自分の貞操の危機だと判断し、どうやって切り抜けるか考えていると――。
――ゴンッ
何かで殴られたような鈍い音と共に、大男はこちらに倒れ込んでくる。その瞬間がゆっくり時間がなめらかに動いているように見えて、それを呆けて眺め逃げる事もできずまた目を閉じた。
「…こんな危機的状況でも声を上げないんだな」
「……え?」
男が倒れてくる様子もなく、呆れたような若い男の声が聞こえて、目を開くと大男は若い青い騎士服の男に髪を掴まれてこちらに倒れてくるのを阻止してくれていた。
そのまま、横に捨てるかのように大男を軽々しく投げると、男はアンジェに騎士服のマントを外して彼女に投げる。
「ドレスが破れているだろう、それで隠しておけ」
「は…はい」
呆然としていると、男にぶっきらぼうに言い捨てられ、投げられたマントを羽織って胸元が隠れるように肩の方で結んだ。
それを確認して、男はアンジェを片腕で抱き上げ、首に抱きつくようにさせ、もう片手で剣を構えた。
目の前に映るのは、朝日のような落ち着いた赤みを帯びた橙色の髪が両サイドに少しはねていてアンジェの顔に少し掠めてくすぐったい。ちらりとこちらを見た海の底ような深い青の瞳がばちりと合う。
何か胸騒ぎをして目をそらすと、不快に感じたのかふんっと鼻を鳴らしてすたすたと歩き出す。
「あの…」
「なんだよ」
「貴方は…」
「野党は俺の部隊が取り押さえているはずだ。あとはお前を保護するだけでいい話になっている」
何者かを聞きたかったのだが、的外れな回答が来た。よく見ると騎士服の色が青いという事はガレンディアの騎士なのだという事がひと目で分かった。
ただ疑問がひとつ生まれた。普通の騎士であれば、王女相手にこんな言葉遣いをしてしまうと不敬で捕まってしまうだろう。王族がここに居ない事をいい事に気を緩めているのだろうかと考えたがそれはない推測した。
「この…き、さまぁ!」
「まだ立っていられたのか、――おい」
背後から大男がよろめきながら立ち上がり。助けに来たであろう男はちらりと声のする後ろを見たあと、アンジェの方をみた。
なんだろうと次の言葉を待っていると、くるりと振り返り大男と向き合う。
「目を閉じて耳を塞げ、いいと合図するまで絶対に見るな」
こくんと頷いて首に回していた手を離し、ぎゅっと目を閉じながら耳を塞ぐ。アンジェが言われた通りにした事を確認して、片手に構えていた剣を構え直し大男の様子を伺う。
大男は、腰に下げていたナイフを抜いて構え、そのままなりふり構わず飛びかかってきた。
「王女サマなんて抱えて戦えんのかぁ!?あんちゃん怪我してもしらねえぞ!!」
「――うるさい」
――キィンッ
飛びかかってきた大男のナイフを冷静に受け止め、流すように払い、横に向いた剣をそのまま大男の胴体へ流れるように上へ斬りつけた。
「ぐっ、アァ…ッ!!」
「お前は王族の俺に剣を向けた。その程度で済んだのは不幸中の幸いだと思え。死にたくなければ大人しく拘束されろ」
冷たく言い放ち、未だに耳を塞いで目を閉じるアンジェを抱えたままその場を後にすると、外に居た他の兵士達が流れ込んでいった。
剣を腰に下げている鞘へおさめ、言われたとおり塞いだままのアンジェの背中にぽんっと手を置くと、合図だと解釈して開放する。
「…ありがとうございます。ガレンディアの騎士でしょうか」
「……そうだな、間違えてはいない」
先程自分の言葉も聞こえていなかったのかと素っ気なく回答すると、アンジェは違うのだろうかと大きな目をきょとんとさせて不思議そうに首を傾げた。
そうこう考えていると、馬車から「王女殿下!」と聞き覚えのある声のする方へ視線を向ける。飛び出して駆け足で側まで寄ってくる侍女のナージェ。
「ナージェ!」
「ご無事ですか!?」
「はい、なんとか…この方に助けていただきました」
自分を未だに抱き上げている男へ視線を向けると、ナージェは少し気まずそうに口をまごつかせた。その様子に、どうしたのかと尋ねようとしたが、まずはこの抱き上げている状況をどうにか降ろしてもらえないか交渉しなければならない。
なぜならがっちりとアンジェの体を掴んで離さないからだ。
「あの――」
「降ろさないぞ」
「えっ…でも――」
言いかけて、いとも簡単に却下されてしまった。しかし、降りたそうに身じろぎをすると、ガッチリと大きな男の手と力によって固定されてしまう。
人に抱き上げられる事なんて生まれてこの方殆どない為、この上なく恥ずかしく、今すぐ止めて欲しいがそれを受け入れてもらえそうにないと分かると大人しく肩に手を添えた。
まるで人形か子供を抱き上げているような構図に、ナージェは少し真顔で「そうではないでしょう」と言いたげだが、誰も決して口にして言わない。
「王女殿下!ご無事でしたか!」
捕まえた野党の残党を捉え終えたタクティクスがこちらに駆け寄ってくると、アンジェも彼の無事にほっと安堵した。一方、タクティクスは任命されてすぐにこんな事態になり落ち込んでいるようだ。
「このような事になってしまい、申し訳ございませんでした」
「大丈夫ですから、今後も私の専属騎士をお願いしますね」
アンジェは慰めるように答える。こう言われてしまえば、タクティクスも流石にすぐには辞めるとは言いづらいだろうとわざとそういう言い回しを選んで言うとしっかりと頷いた。
彼女を抱き上げる男は少々不服そうだったが、それは見なかった事にした。
その後、男は兵士達に野党を連行するように指示し、馬車に男と乗り込毛とした時、連行される野党達の姿を横目に少しの違和感を残して乗車した。タクティクスは馬に乗り、外側の護衛をする事になり、ナージェはアンジェに付き添うように乗り込んだ。
◇◇◇
2019/05/11済




