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「――アンジェ様、くれぐれも道中お気をつけて」
ハンナはアンジェの姿を頭から足の先まで確認して、不安げに言葉をかける。それに応えるようにこくんと頷いた。
今日のアンジェは、アストレリア王国の象徴する色である赤のドレスを纏っており、長旅になる為なるべく移動中の苦痛にならない程度の装飾の少ない服装を用意してくれた。
ガレンディア王国に入る前には、象徴の色である青のドレスを用意されているからそれを着せられるのだろうと考えて、少し面倒だと思うのだった。
あっと言う間にひと月が経過し、ここに訪れた時に降り立った城の前に立ち、装飾は少ないとはいえ、髪も結い上げられせめて出立当日くらいはと美しく着飾られたアンジェは見まごう事なき王族の淑女に見えるようになった。
「ご紹介いたします。彼女はガレンディア王国でアンジェ様の身の回りの世話をしてくれます――」
「侍女のナージェ・クルールーと申します!何かありましたら遠慮なくお申し付けください」
ガレンディア王国で働く為に、青いお仕着せのドレスを纏い、エプロンは自分の荷物の鞄に入れているのだろう。赤い髪は三つ編みにして後ろにお団子にして綺麗に纏められており、アイスブルーの瞳が印象的なナージェを名乗る女性は年が近そうだったが、どこか厚を感じる存在感だ。
ハンナの言葉を遮りはきはきと自己紹介をして恭しく頭を下げるナージェに「よろしくお願いします」と返す。
ナージェの隣に立っていた青い騎士服を着た、黒い髪と透き通った灰色の瞳が特徴的の整った顔の若い男騎士が一歩前に出ると目の前で剣を抜き跪いた。
突然の事にアンジェは後退りしてしまい、ハンナに「大丈夫ですよ」と声をかけられる。
「アンジェ王女殿下の専属騎士配属になりました。アストレリア王国第一騎士団所属、タクティクス・オーガデンスです。任命の許諾をお願い致したく存じます」
剣を横にして両手で捧げるように持ち、アンジェに何かを求める。
あまりにも予想のしていない展開に呆然とするアンジェにハンナがなにか耳打ちをすると、こくりと頷いて後ずさった距離を取り戻す。
「タクティクス・オーガデンス騎士を、アンジェ・リリィ・フォン・アストレリア王国の名の元に、いんしょうてきな専属騎士に正式に任命いたします」
母親の身代わりに嫁ぐという理由もあり、第三王女に渡された無垢の百合のミドルネームを受け継いだアンジェは、ハンナの指示通りに、タクティクスの剣をに手を添えて言い放つと、剣に光が帯びたが、次第にやんわりと消えた。
不思議な現象に、アンジェは驚いて何事かとハンナを見るとにこりと笑った。
「タクティクスの剣は、戦いの神の恩恵を授かるガレンディアで作らせた物なので魔力を帯びております。今のアンジェ様は神の力を授かっておりますので、剣に触れて魔力が反応したのでしょう」
特に問題はございませんと告げられると、そういう事かと納得し、タクティクスは立ち上がってきっちりと一礼し、目を細めて爽やかに微笑んだ。
歳の近い男性と共に行動するのは初めての事で、アンジェはどぎまぎとして下手な笑顔を見せるわけにも行かず、ペコリと頭を下げて「よろしくお願いします」とだけ返した。
「ここから馬車でガレンディアまでは、大方五日はかかります。馬を飛ばせば三日もかかりませんが、道中は野党が出てくる可能性もあります。襲われた際には自分の身を守れるよう…これを」
すっかり過保護になってしまったハンナは、アンジェに手のひら程の小型のナイフを差し出す。
武器なんて持った事のないアンジェは、眉間に僅かに皺をよせて受け取ると、恐恐と鞘からナイフを出してみる。
アストレリア王国の紋が刻まれた由緒正しいナイフだ。身を守ると言うより、緊急用の物に思える。
何かに使えそうではあるが、何もない事を願いつつ、鞘に収めて有難く受け取った。
何かを隠したいときは胸元に入れておくといいと言うエリーゼに倣い、それをドレスの胸元に押し込み胸の下に隠す。
ナナリア譲りの身の丈に合わない程の豊かに育った胸の大きさに感謝した。
「不安かもしれませんが、きっとうまく行きます。それは私が保証しましょう。ふふっ、アストレリア王国神の優しき御加護がありますように」
そう言いながら意味深な笑いを含んで、祈りの手をしてアンジェへ唱えるエリーゼ。
すると、アンジェの重かった心が少し軽くなったような気がする。
「これは魔法ではなくお呪いです。貴女の幸運と女性としてただ一人の幸せを見つけられるように祈っておりますよ」
今にも行かないでとでも言いそうな目をしているエリーゼに、出来るだけ表情を作って微笑みかけると「やっぱり下手ね」と小さい声で言われてしまう。
時間が押してきたのか、執事長のジェイムスに「そろそろ…」と声をかけられる。周りの人々に美しく感謝を込めて淑女の礼をし、タクティクスにエスコートされて、侍女のナージェを伴って馬車に乗り込んだ。
出発はあっさりと行われ、あっという間に城が遠くなった。
よく見た街並みを窓から慈しむように眺めていると、突然呼び止められた。
「止まってください!」
急に馬車を止められたせいで、ゆっくりと動いていた事が不幸中の幸い。箱馬車が少し傾く程度でおさまり、体が揺れたアンジェは、ナージェに支えられて怪我もなく済んだ。
「ナナリア様!?」
馬車の操縦をしていた従者が、感動混じりの驚いたような声で叫ぶとその名前にアンジェは飛び出した。
「アンジェ王女殿下いけません!」
「ごめんなさい。すぐ戻ります」
ナージェの静止を振り切って馬車を飛び出すと、そこには町娘の格好をしたナナリア――第三王女だったナナリアがそこに居た。
魔導具を外してアンジェと同じ金の髪に翡翠の瞳、ナナリアは本来の姿でアンジェの前に現れたのだ。道行く街の人々は、それを見て騒然とする。
「お母様…!」
「アンジェ!最後にどうしても会いたくて……」
ドレスが汚れぬよう裾を持ち上げて母の胸へ飛び込むと、お互い見つめ合って今にも泣きそうになる。
「アンジェ、これを…」
そう言って手渡されたのは一枚のハンカチだった。
「これは…」
「そう、貴女が一度挫折して泣きだしてしまったときに貸したハンカチよ。もう会えないと思うからこれを私だと思って頑張って」
そう言うと、アンジェはこらえていた涙を流しぎゅっと抱きしめ合う。
街中が知るアンジェの門出を称え、「アンジェ王女殿下万歳」と声を挙げ、ナナリアを追ってきたアストルフォは、この騒ぎに呆れたように肩を竦めた。
「早く離してやれ、馬車の従者が困ってる」
「そう、ね…。元気でやるのよ」
「はい、お母様、それにお父様もお元気で……」
最後の別れに、アンジェはナナリアとアストルフォと抱き合い、「私を産んでくださり、ありがとうございました」と言葉を残して馬車に戻った。
街中の喝采に、少し誇らしげになったアンジェは、ナージェとタクティクス、そして従者に一度謝罪して再び出発した。
――必ず、成し遂げます。
アンジェの決意は揺ぎ無いものとなった。
◇◇◇
やっと出発しました。
2019/05/11済




