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アストレリア王国の王宮に到着し、入口付近でそこで待っていた燕尾服の初老の男性と、ぴしっと背を正して頭から足の先までをじろりと丸眼鏡越しに見る細身の三十代くらいの女性が恭しく模範のような礼をした。
それをみてアンジェも今日何度目かの淑女の礼をすると、二人はその姿を見て呆然とした。
「とても平民育ちとは思えない美しい挨拶ですわね」
感嘆した様子の女性は、どこか満足げに頷くと、隣にいた男性も嬉しそうな、どこか懐かしむ笑みを浮かべた。
「申し遅れました。私はアストレリア王国王家直属の執事長、ジェイムスと申します。彼女は、王女様方の教育係をしております――」
「――ハンナと申します。アンジェ様、馬車移動でお疲れかと思いますが、エリーゼがお待ちですのでこのまま直接お連れいたします」
失礼がなかった様で安堵するアンジェに、「お願いします」とだけ返すと、口数の少ない所に不快に思う事もなく謁見の間まで案内された。
「エリーゼ女王陛下にお会いする前に、こちらをお被りください」
そう言って歩きながらハンナに渡されたのは、白いレースで仕上げられたベールだった。
何故かと聞こうと少し躊躇いながら口を開こうとすると、それを遮るようにハンナは「あまりお姿を晒さない方が良いと陛下からのお達しなのです」とだけ簡潔に言い、手早くアンジェの頭に被らせると、それと同時にたどり着いた大きな扉を開いた。
重々しく開かれた立派な扉の向こうには、少し遠い距離の先に玉座が置かれ、そこまで歩みを進める道すがらに貴族の男女が複数人待ち構えていた。
蒸し返す緊張に手が震えるが、ぎゅっと握りしめゆっくりと入って行く。
歩みを進めている間、貴族達はヒソヒソと何か囁きあっているが、わざと意識をそらして聞かなかった事にする。
玉座の前でハンナに両膝をついて下を向いて待つよう指示され、それに従うと、すぐに向こうから布が擦れる音がし、誰かが玉座に着いた気配をした。
「ベールはそのままで顔をお上げなさい、アンジェ」
「……はい、エリーゼ女王陛下」
凛とした声に少し圧倒されつつ、膝をついたままベール越しに顔を上げ、立ち上がりアンジェの前まで近寄り、目の前で膝をつき少しだけベールを持ち上げると、視線が行く。
目の前には、輝かんばかりの艶やかな黒髪がさらりと腰まで伸びており切り揃えられている。切れ目で少しキツそうな印象を与える容姿に本当にナナリアと姉妹なのかと俄かに信じられない程似ていなかった。
視線が絡み合い、お揃いの翡翠の切れ目から覗く瞳がこちらの考えを見抜くように見つめる。どれだけ時間が経過しただろうか、周りの貴族の共々が息を飲む。
「本当にそっくりね」
「…え?」
こちらにだけ聞こえるようにそう言うと、折っていた膝を伸ばして立ち上がり貴族達に向き直ると、冷たく言い捨てるように、野次馬のように立つ者達に言い放つ。
「彼女は本物のアストレリア王国第三王女の娘です。本人と確認できましたので皆様はお引き取りください」
しんと静まり返ったが、すぐに「ふざけるな」と男が言い放った。
アンジェは、おそらく彼らに見られるのが困るからベールを被っているのだと理解すると彼等を見る事を諦めた。
「エリーゼ女王陛下へ無礼であります!」
「うるさい!この平民育ちで見た目が似ているというだけで血筋はどうした!?」
「そ、そうよ!王族の血を継いでいないのであればただの平民でしょう!?」
次々と言いたい事をぶつける貴族達に、エリーゼはスゥッと息を思い切り吸い上げ、そのまますべて吐き出すように声を上げた。
「不敬罪で処罰されたくなければこのまま立ち去りなさい!これは王命です!ここに立ち会うのを許可したのは彼女がここに来るまでのはずです!」
その覇気は目の前にいるアンジェの被っているベールが波打つ程の勢いがあり、流石のアンジェも面くらってしまった。
エリーゼの逆鱗に触れてしまい、狼狽する貴族達は慌ててそそくさと出ていく。
人払いをして誰もいなくなった謁見の間に残ったのは、ジェイムスとハンナ、そしてエリーゼとアンジェのみになった。
「エリーゼじょ――」
「ごめんなさいね、怖かったかしら」
ふふっと悪戯っぽく笑う表情にどこかナナリアの面影を感じて、流石は姉妹と思い、ハンナも漸く「ベール外して構いませんよ」と告げると、アンジェはベールを自ら外し、それをハンナが回収した。
「いいえ、平気です」
「あら、大人しいわりに意外と肝が座っているのね。父親似なのかしら?」
楽しそうにころころと笑うエリーゼは、改めてアンジェの姿を見て懐かしむように微笑み、そして父親の事を知っているのかと少し首をかしげた。
「本当にそっくり、ナナリア――お母様は元気?」
その質問にどう答えるかずっと考えていた。
傍にいると分かればきっと教会中を捜しまわるだろう。そうなってしまうと、きっとアストルフォと離れ離れになってしまうのではないかと怖くなった。
少し間を置いて、目を伏せて答えた。
「母は、死んだと聞きました。私を産んですぐに……」
「……そう、あの子は三姉妹の中でも一番いい子…だったのだけれどそれが行けなかったわね」
「いい子」の後に少し含みのある間が空き、悲しげに微笑んでアンジェの頭を優しく撫でる手はナナリアのような温かみを感じ、先程離れたばかりなのに恋しくなってしまった。
「そうだ、二人きりでお茶がしたいわ。私の部屋へ用意させて。今後の事もそこで話すわ…。ここではあまりにも大事な話をするには無防備すぎるもの」
ちらりと閉じられた扉の向こうを見据えるように見て、また何が面白いのかくすっと笑うエリーゼ。見た目に反してよく笑う女王だなんてアンジェは少し不安だった心が和らいだ。
◇◇◇
2019/05/11済




