嘘
「何でそんな勝手なことを!?あなたに流れている血は由緒正しき家系のもののはずよ!?なのにあっさり!わたくし抜きで!?」
見覚えのある顔がけたたましく屋敷に入ってきた。風の噂とは速いもので一週間も立たずこの有様だ。
「まぁ…叔母様…お久しぶりです、何の御用で」
いつもの母の優しい口調が強張っている。叔母はそれに気づくことはなく甲高い声でキィーキィー騒いでいた。
「御用も何も!あなたの娘が勝手なことをしたと言うじゃないの!?あなたと一緒で無能な女なのねぇ!?」
そんな暴言を言われても母は微動だにしなかった。私はというと一発この女を殴りたくて殴りたくて仕様がなかった。
「はぁ…お前にはもう関係ないことだろう…それこそ縁の切られたお前が」
正論だ。まさに叔母は父様の眷族から縁を切られた。何故縁を切られたか細いところは知らないけれど。まぁ…予想はつく。
「…ふん、いいわよ…あ…それと、わたくし娘二人と息子一人を養うの大変なの…お金かしてくれない?」
またか…こうやって理由をつけて…叔母はいや…この他人は金をねだりにくる。
母とは反対の真っ赤な口紅をひき角ばった頬骨の顔と動物の毛皮を纏い宝石を身に付けた格好は私からすれば見るだけでゾッとする化物に似ていた。
自分が一番迷惑ものだと思わないのだろうか。
私は踵を返し帰っていくそいつを睨んだ。
はぁ…と両親は溜息をつく。
「いい迷惑だ…まぁ…あれでも妹だが金にすっかり取り憑かれて」
「私は構わないわ…それより親戚の方よ」
「もう…広がっているようだな…全く…妹は何処から家内の情報を手に入れたのだろうか…あぁ…親戚についてだが、それは“問題ない”」
「…何故ですか?父様」私は咄嗟に口を出してしまった。娘の必死な形相に父は驚いていた。一方、私は自分の発言に対して唖然としてしまった。
私は聞きたくなかったんじゃないの?なのに何故…
「彼は侯爵の生まれなんだよ…使用人の子だけどね」
「え?」
▶▷▶▷▶
「父様…どういう事なの?私を嵌めたの?」私は混乱したまま父に質問する。
「確かに彼を試した…ネイアスに頼って」父は私の目を見て言った。それはあの軍師の冷酷
な表情だった。
「君を利用したんだ…彼が養子に相応しいか」
もう一度父様は繰り返した。
「…………私が…必要だったんですよね」
「あぁ」
「分かりました…父様の役に立てて良かったです」それが私の意志じゃなくて企てられたものだとしても。
「大好きな父様…もう一つお願いしてもいいかしら?」
「なんだい?」
「何で彼は使用人に育てられても尚学校に行けれなかったの?」
彼が侯爵の生まれなら使用人に引き取られたとしても家に恥じぬよう相応の教養は身につけれる筈なのに。
「彼が病弱なのは知っているだろう?」
ーそうか。それは事実なのか。
「というと、外に出られなかったって事なのですか?」
「あぁ…そうだ」
「旦那様…封が届いております」使用人が私達に頭を垂れ押印がされた封を父様に渡した。多分…仕事だろう。
「伝言を預かっておりますが…ここで話をしたほうがよろしいでしょうか?」両親と使用人はちらりと私の方を見る。
「すまない…場を変えてくれないか?娘がいる」
私は両親の遠ざかる背中を見て、ただ己の無力さを噛み締めていた。
▶▷▶▷▶▷
僕は嘘をついた。
彼女に会ってから。
その嘘はきっと彼女のためだから。でも、この感情を彼女に受け入れて欲しい…そんな心の叫びが聴こえた。
その己の溢れようとする感情に蓋をする。彼女がもし知ってしまえば、きっと死んでしまう。責任感の強い彼女なら尚更…
知られない為には嘘をつくしか無いんだ。