決心
ー翌日。
コンッとノックがなった。
朝食が出来たのかしら。
私は身なりを整え扉を開いた。使用人と思って開けた扉の向こうにいたのは…キアランだった。
彼の顔を見る限りー
「…決めたの?」
「…うん」
「部屋…入る?」
「いや…遠慮するよ」
「そう…」
私は息を呑む。彼の答えがどうであれそれが私に影響することではないが…私は密かに、彼の願いが叶うように願っている。だから、どうしても彼の次の言葉を待つ私は平静でいられない。
「僕は…君の提案にのるよ…」
「そう…」アイネイアスは複雑な顔をした。やはり、不安だ。親子は大切なものだ。あの親切な使用人から息子を取り上げてしまうことに抵抗があるし、また家族はまだしも私の親戚がそれを許すかどうかは分からない。この詳細もキアランに説明したがそれでも医者になりたいのだ。
「ネイアス…お嬢様この御恩は一生忘れません、私はあなたの為にそして皆の為に全力を尽くします…神に誓って」片膝を立て頭を垂れる。まるでこないだ読んだ物語に出て来たナイトの様だ。
「…キザで胡散臭いわよ…というか、こないだ私の友達から借りた本勝手に読んだでしょ…その仕草は」
「あっ…バレた…でも興味深かったよ…ネイアスがあんな恋愛小説なんて読むことに」
「はぁ!?キアランこそ!な…何読んでるのよ!男の子が読むような本ではないわよ!」
あの本…どこまで読んだのかしら。まさか、最後まで読んだじゃないでしょうね…アイネイアスは顔を真っ赤にさせた。
「わ…顔…真っ赤」クツクツとキアランが笑う。
ーふと、視線を感じ左右を見ると…使用人が固まっていた。
現状を整理しよう。キアランは片膝を立て私の手を取っている。そして、その手を取った私は顔を赤らめている…
ー途端、使用人はハッとしたようにその場から退場する。
え?…ん?ちょっと…まって!?
もしかして…もしかして!?凄い勘違いされてる!?
「ちょっと待ってぇええええええええ!!!」
私は疾走する。その脱兎の如く逃げ出す使用人を追いかける。一方、キアランは何やってんの?みたいな顔でキョトンとしていた。
何キョトンとしてるのよ!?あんたのせいでしょうが!
睨む暇も無く、使用人の服の裾に手を伸ばす。
「はぁ…はぁ…あの…ね…今のは勘違いよ!誤解しないで頂戴!」ビクッとして使用人は恐る恐る私の方を向いた。
「ぇ…ぁ…はい」ですが…それは告は…と言おうとする使用人に笑顔でなんですの?と威圧を込めてニッコリと笑う。使用人は血の気が引いたような表情になり、「そうですか…ご無礼いたしました」とそそくさと退散した。
ーさて、スープの中に水仙の葉でも入れてやろうかしら。
キアランを凝視しながらそう考えた。何かと悪戯をしてくるこいつを一度は懲らしめないと。
ー少しの間、静寂した空気に包まれる。
決まってしまった。
多分二人共そう思っているのだろう。
踵を返し私は言う。
「あなたは本当にそれでいいの?」と。
「変わらず」
「あなたは誰なの?」
「キアランですよ」
それも変わらず。
「そう…」
私も変わらない返事。
彼は嘘を隠している…だから私はその嘘を見抜けない。
彼は一体何者なのだろう。
「じゃあ…また、後で」
カツンッと廊下を歩くアイネイアスとキアランは共に先刻の明るい面持ちではなくなっていた。
▶▷▶▷▶▷
「キアランを養子にしたい…か」
三日後。父が戻って来るタイミングで広間を借り話をしてもらうことにした。今はキアラン、私、母と父が長椅子に向かいあい座っている。
「えぇ…次の家主に女の私になるのなら…男のキアランにこの家を任せる方が丁度いいと思います」
「私はネイアスに賛同するわ…技量のある良い子だものキアランは」と母様。
「そうか…」と父様。
一方のキアランは慎重な面持ちで、その様子を見ていた。
「キアランは良いのか?母と離れることになっても」
「覚悟の上です」
「そうか…では、決まりだな」
ー数時間も立たずあっさりと決まってしまった。
不思議には思ったがさすがに何でそんなにあっさり決まるのでしょうか?とは言い難かった。話は終わった。多分それでいいんだ。私が余計なことを知って重荷を背負うのは勘弁だ。
そうして、私は広間の扉を閉めた。