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橋ノ上物語  作者: 六眼 李
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ありし日

三月が経った。

その間…私は日曜学校で配布された教材をキアランに貸した。すると、すぐさま内容を全て吸収して、私が分からない箇所があったりすると訂正してくれたり指導してくれたりした。

身体の弱い彼と遊ぶのはニ週間に数時間しかなかったが、それでも有意義な日々を過ごしていた。

私はこの三ヶ月少し身長が伸び…キアランの背を超えるほどになっていた。私はキアランを見下ろしていけ好かぬ顔をした。少年の端正な顔立ちは変わらず…今伏せている目は更に美しさを増していた…はぁ…私にもこんな美貌があれば…溜息が出るほどの美しさとはこういう意味なんだろうか…いや、似ているような似てないような意味だった感じがするが…まぁ…いいか。

父様は相変わらず忙しそうだった。遠征が続き帰って来ることが少なくなったそうだ。一方、母は普段通り家内を仕切っていた。


フッと、脳裏に三ヶ月前の事が頭によぎる。

ー疫病。

ある日学校の授業でその流行りの疫病について先生に尋ねた生徒がいた。生徒達は“流行り”に敏感だ。世間では悪魔の仕業だとか…そんなオカルティックなところに好奇心をくすぐられたんだろう…一方、質問を受けた先生はおろおろとして何だか戸惑っているように見えた。結局、神に祈りを捧げつづけれはやがて無くなる云々と言う感じで誤魔化していた様な気がする。

内心は関係ないわと思ったが、曖昧にされたことにどうしても腑に落ちなかったので、試しに父様に聴いた。

『疫病って…どんな病気なのですか?どんなものなのですが?…それは治せるのでしょうか』

『疫病か…最近はその話で持ちきりだな…感染しない様に外に出るのは控えなさい』

聞いてみたはいいが、はぐらかされたような…先生と同じだ。次に母に尋ねてみた。

『…疫病と言うのはね…此の世のバランスを取るために神様が作ったものなんだと思いますの…だから仕方なのよ』

…よく分からない…此の世のバランス…仕方ない?

母の言っている事は良く分からなかった。どうしても言い訳に聞こえてしまう。理由では無く言い訳。私が聞いてるのは言い訳では無い。

少年はそれを治したいと言った。仕方ない事だと受け止めずに。

だが、彼の地位では医者になれないだろう。特に内科医なら尚更…それに、彼はまともに教育を受けてないから。


ーさて、どうしたものかしら。


キアランを一瞥する。彼は今急いでいる。一刻を争う自体…病気…特に感染症と言うやつはそうらしい。結局…キアランに聞いた事だか…蔓延していくのは時間の問題だとも言っていた。彼には悪いがこれは“今”の問題であって“これから”に繋がる問題では無いように思えた。


考えなきゃ…ね。



▶▷▶▷▶▷



ーニヶ月後。シトシトと降る雨を眺めながら私は長椅子に座っていた。隣には、キアランがいる。彼は私と同じく降り出した雨を眺めながら、入れなおしたアールグレイの紅茶を飲んでいた。

キアランは今月に入り、十一歳となった。それでも身長は変わらず、彼より背の高い私がまるで年上の様だ。このニヶ月、変わったことが多かった。話をしていくうちに彼の貼り付いた笑顔は自然な表情になったし、それに互いに敬語を使うのをやめた。キアランは少し抵抗があったのか最初は言葉に詰まらせていた。だが、今は名前で呼んでくれるくらいになった。

まぁ…両親の前では良く思われないので二人の時だけだが…

私はキアランの顔を覗く。すると、彼はお菓子をつまみ私の口に放り込んだ。

危うく喉に詰まりそうになったアイネイアスはキッとキアランを睨んだ。

「…げほっっ!…何するのよ!」

「あまりに間抜けな顔してたから」カラカラと笑い、彼もサクッと音を立てながらお菓子を食べていた。このお菓子はこっそりキアランの母におねだりして作ってもらったものだ。柑橘の香りの紅茶にあってとても美味しい。二人はほころんだ顔になってお菓子を味わった。

「それで…なんの話?」菓子を食べ終わってそう彼は言った。

実はなかなか話を切り出せずにいた。何というか…彼を否定するようなことを言わないといけない気がするから…私は息をつき、口を開いた。

「いつか…あなたは医者になりたいと言ったわよね」

「あぁ…そうだけど」

「今流行っている疫病を治したいのよね?」

「…そうだよ」

「もし…あなたが医者になったとき疫病が治っていたとしても?」

「…治るならそれでいいと思ってる…だけど医者になるのをやめる気はないよ」

「そう…」アイネイアスは眉間に皺を寄せる。

「僕が…なれないとでも言うのか?」

「ち…違うわ!なれるわよ…きっと…だって、あなたはちゃんと“天才”だったもの…実力はあった…並の実力以上じゃないといけなかったけど難なく乗り越えられたわ…でも」

「………でも?」彼は長椅子に手を置き詰め寄る。カタンッ…ソーサーがキアランの手の甲に当たった。溢れてしまった冷めた紅茶が香りを漂わせる。私はティーカップに手を伸ばし紅茶を口に含む。…落ち着く好きな香り。私は決心してキアランに向き合う。

ー言わなきゃいけない…この方法しか私は思いつかないから。

「でも…あなたが望むそれには…ここの養子になってもらう必要があるの」私は静かに言った。

「…それって家族と縁を切れってこと?」

「えぇ…そうよ…それでもなりたい?」

「…」

「きっと…覚悟の上だったのでしょ?今、私の言ったこと全て」

「………」

彼は案の定、沈んだ顔をした。

「無理にとは言わない…時間はある…ゆっくり考えて…」

苦しい…彼の辛そうな顔を見るとこっちまで苦しくなる。

ーこのことで熱を出さなければいいのだけど。

病気は気からなんて言葉があるそうだから。

私は悲痛な面持ちのままのキアランの手を取りキスを落とし猫のようにそろりと顔を寄せた。


ー暫くした後、ありがとうと呟き彼は私の部屋から出て行った。



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