過去
一通り案内を終えた。
そして、最後に自室を案内した。
「ここが私の部屋です、何かあればいつでも尋ねて下さい」
「………」
ふと顔を覗くと、少年は扉の際にある積み重なった分厚い本をじーと釘いるように見ていた。
「それは…母様か父様が置いてくださった物です…」
普段はそっと部屋の本棚にいつの間にか並べてあるのだが、本棚が本で埋まりきるとこのように扉の際に置いてあるのだ。
部屋の机の上に置いて置けばいいのに…両親共々几帳面な性格なので、自室に本を置くのは絶対本棚でないといけないらしい。
「本が好きなんですか?」そう聞くと、少年はギクリとしたように目を見開く。
「…えぇ…まぁ…」ぎこちなく微笑む。
「じゃあ!読みましょうよ!私の部屋沢山本があるから!」少年の手を引っ張る。すると、少年は立ち止まり凛々しい顔で私を睨んだ。
「…何で、読めるってわかったの?」
「だって…字が読めなければあまり進んで読もうとはしないはず…手に取る本でも字の少ない童話とか絵本に限るから」
「……そう、でもお嬢様の部屋に入る訳にはいかないので」
「口実があれば良いのね…ならば…この本運んでちょうだい!私では重くて運びきれないから」少女はニィとほくそ笑んだ。
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「ジャンルを問わず、色々あるから!」と気持ちが高揚しきったアイネイアスは片っ端から本を出した。キアランは瞳をキラキラさせて本を眺めていた。
「あの…医者の本はありますか?」
…医者の本?医療の本かしら?
「残念ながら…貴重だからそういう本はないのよ…もしかして…医者に…なりたいの?」
キアランはコクッと頷いた。
「それは…あなたが体が弱いから?」
少年は首を横に振る。
「違う…僕は疫病で死んでしまった人を間近で見てきたんだ…何も出来ない無力さと自分だけ病弱だからって隔離されて疫病から逃れるてしまった申し訳なさに…罪悪感が込み上げてきて…」
少年の瞳が涙で潤む。こんな時に不謹慎かもしれないが少年の潤む瞳はとても艷やかだった。その深緑の目に飲み込まれそうだ。
「でも…それは結局…自分の為に過ぎないんだと思う…罪悪感を胸の中から追い出したくて仕方がなかったんだ」
「………何でそこまで話してくれたのかしら?」
「……」再び少年は私を睨んだ。私は依然として無表情のまま少年を見据える。
「私は同情を買う様な人間じゃないわ…だから何も出来ない…でも、あなたが天才ならその望みは叶うかも知れないわよ?」
「え?」少年は意味が分からないと言う様に首をひねる。
「でも、本は貸してあげるわ!友達として」アイネイアスはニコリと微笑んだ。
そうして、少年は静かに本を読み暫くして自室に帰った。少年を見送った後、アイネイアスは首をひねり、眉間に皺を寄せた。
あの子は使用人の息子よね…なのに何故…あんなに言葉を知っているのだろうか。まだ私と同い年なのに…それに、よく考えてみると使用人の息子をこの家に預けるのもおかしな話だ。
一体全体どういう事なんだろうか。