その5!ハリボテ・エレジー
世に怒りに価することなどほとんど存在せず。
また、悪意に該当することさらに少なし。
〜ベン・ジョンソン〜
〜前回までの限界迷宮〜
「鉄骨渡りだと!片足がようやく乗る程度の幅しかないじゃないか!!
ダム決壊前の俺達では渡る事は難しいぞ!おのれぇ……おのれぇ!!」
舎弟さん、最後の何故二回言ったし。
「やめて!渡ってる途中にバランスを崩したら、鉄骨に流れている電流の効果でダムと精神が崩壊しちゃう!お願い、落ちないでバンダナの人!あんたが今ここで倒れたら、サングラスの人はどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる。ここを耐えれば、試練に打ち勝てるんだから!」
「じかい、バンダナの人、しす。らしいです」
「あいちゃん、そこは乗らなくていいからね」
「なんで俺が先方行って散るみたいな解説してんだよ!?」
以上、前回までのあらすじでした。
♂♀
「おーーーーーーっほっほっほっほ!雑魚は散りなさいな!」
何だ。悪い組織の女幹部みたいな、噛ませ特有の笑い声が聞こえるぞ。
声のした方を見ると、そこには……。
「う、馬ぁ!?」
長方形の土台の上に設置された、馬を模した乗り物に跨がるOLさんがいた。
見た目は公園の遊具みたいで、OLさんが乗っているとシュールだ。
馬は部屋の隅から、ゆっくりと鉄骨に向かって進んでいるようだ。
よく見たら鉄骨からレールが伸びていて、あの乗り物に繋がっている。
レールは一本道で、OLさんが乗っている馬の他に二台が縦に並び待機している。
なるほど、鉄骨に微弱な電流が流れているのは、あの乗り物を動かすためか!
「おお!あんな便利な物が残り2台もあるならこの試練は簡単そうだなぁ」
「って人数分ないじゃん!!」
丸之内さん、ノリつっこみ上手いなぁ、はははは!
あれ?
やりやがったなクソババア!!!
「ざーんねん!これは一人乗りよ!大人しく残り2台を奪い合ってなさいな」
「汚ぇぞババアッ!」(←舎弟さん)
「なんとでも言いなさいな!」
「汚いババア!」←舎弟さん
「略して汚バア!」←丸之内さん
「汚い!流石汚バア汚いッ!!」←僕
「うんちょっと辞めて、精神性じゃなくて、本当に汚いみたいな言い方」
それぞれが思い思いに罵った。
しかし馬号(仮名)は我関せずと進む。
そして鉄骨の半分、中間地点まで差し掛かった時、突然震えはじめた。
「やん!ちょっと何よこれ!」
台座の上の馬は、ヘドバンするライブパフォーマーの如く前後に揺れる。
乗馬マシンだったのか、アレ。
「や、だめ、これ、止めて!じゃないと、わ、わたッ、しぃ!」
揺れ幅はどんどん大きくなっていく。
あの状態は言うなれば膀胱への暴行。
乗っているOLさんも流石に苦しそうだ。
なんというか、自分勝手な人ではあったけど、正直可哀想になってきた。
思い返してみれば彼女も根っからの悪人ではなく、協力的な姿勢を見せる時もあった。
ここまでの仕打ちをされる程悪い人ではないはずだ!
頑張れ!
心の中でOLさんを応援する。
卑劣で下劣な罠に負けるな!
気がつけば、見守っていた他のメンバーも拳を強く握りしめている。
そして僕と視線が合うと、舎弟さんと丸之内さんは強く頷いた。
思いは同じ……か。
だったらやることは一つ!
応援するんだ!みんなで!!声に出してッ!!!
「諦めろぉーー!!(頑張れぇーー!!)」←舎弟さん
「落ちろぉーー!!(負けないでぇーー!!)」←丸之内さん
「漏らして消えろぉーー!!(挫けるなぁーー!!)」←僕
「あ、あの、みなさん、本音と建前が反対こです」
あいちゃんが何か言っているが熱くなった僕達は止まらない。
「見苦しいぞぉ汚バアーー!!(ゴールは近いぞぉー!)」←舎弟さん
「化粧も香水もキツすぎーー!!(あと少しこらえてー!)」←丸之内さん
「どうせ独身なんだろーー!(どうせ独身ですよね)」←僕
「ちょっ誰がどっ、どっ、独身っ、んぎゃ」
独身というワードに反応して振り返ろうとしたOLさんが体勢を崩す。
そんな彼女を情け容赦の欠片もなく、馬号は振り落とした。
「きゃあああああああぁぁぁぁぁ ぁ ぁ ぁ ぁ」
OLさんの声はどんどん遠くなっていく。
そして闇底は馬号から落ちた彼女の姿を呑み込むように隠した。
それを確認した僕は我慢できずに悲痛な叫び声をあげる。
「うっしゃ落ちやがったぜええぇぇ!(やった落ちたぞ!)」←僕
「ざまぁみやがれ!(ざまぁみやがれ!!)」←僕
「いやーメシウマですわー(滅びよ腐れババア)」←僕
そんな僕を冷ややかな目で見つめる幼女がいた。
天使か?いや、あいちゃんだ!
「……(……)」←僕
「……あ(……あ)」←僕
「いや、その(いや、その)」←僕
「畜生ッ!救えなかった!!(とでも言っておくか)」←僕
「「白々しいわ!!」」
奥ゆかしい僕達は心の中で応援したが、それを表に出す事はなかった。
そう、最後の最後まで。
って事にならねーかなぁ。←僕
♂♀
馬号だけが鉄骨の向こう側へゴールする。
なんて無情な光景なんだ。馬号は罠だったのだ!!
やはり、そんなウマい話しはなかったのか。馬だけに。
「土方ほどじゃないけど、これ作ったヤツは本当に性格悪いよね」
「うん待って、丸之内さん」
僕は自分の心にちょっと素直だけど悪人じゃないよ。
「んでどーするよ、実際の話しもう歩いて渡るしかねぇだろコレ」
「うーん、逆に覚悟を決めて馬に乗るとか?」
「それこそ苦行だろ。どっちにしろ数が足りねぇし」
「あい、あれにふたりで乗るのは、むずかしいと思うの」
僕を無視して作戦会議に突入する三人。
誠に遺憾だが、このままではいかんと、声を出す。
「いや、数なら大丈夫だ!」
僕だって、ただのピュア外道じゃない。
しっかりとこの試練の対策を考えているのだ。
みんなが幸せな未来を掴み取る、そのためには……。
「 僕 が あ い ち ゃ ん の 馬 に な る ! 」
これで乗り物の台数は解決。
僕は一番辛いポジションだけど、ここは自己犠牲の精神だ!
ってあれ?なんだこの静寂は。
「やっぱ、あのメカ馬を使うのは無理くねーか?」
「そうなるよねぇ」
「うぅ、お馬さんこわいよぉ」
再び始まる三人の作戦会議。
この疎外感の中で、確かに感じる尿意のみが、僕の生きている証だった。
♂♀
まあね、認めるよ。
ちょっと自分の欲望に素直すぎたよね。
そうだね、僕はややロリコンな側面もあるよ。
それが僕の性癖の全てではないにしろ、そういう一面も合わせ持っているさ。
なんのことはない。
土方六乃助という人間のたった一角でしかない要素が、
今回たまたまこの局面で露呈しただけのこと。
むしろ新たな自分の発見に僕が一番驚いていると言ってもいい。
これってトリビアになりませんかね?
ならねーよ。
嗚呼、失敗ちっぱい、おはようじょ。
なーんつって、かっこわらい。
「うっし、男は度胸!俺は自分の足で鉄骨を渡るぜ!」
「誰かが渡りきったら、私も少し、勇気出せるかも」
「お兄さん、すごいです」
とかくだらない事を考えている間に方針が決まったみたいだ。
他に罠がないか確かめつつ舎弟さんが先陣をきる。
その後は覚悟が決まった人から鉄骨を渡る。
という流れのようだ。ん?
「ね、ねぇみんな。何か忘れてない?」
僕は違和感を口にする。
「あれ、なんだろう。言われてみれば何か足りない気がするかも」
「?」
丸之内さんも同じ違和感を感じているみたいだ。
あいちゃんは何の事だろうと首を傾げている。
「ま、思い出せないって事は大した事じゃねーだろ」
そう言って鉄骨に向かって歩を進める舎弟さん。
いや、結構重大な事だった気がするような。
うーん、このまま何も起きなければいいけれど。