その4!鬼畜、鉄骨渡りの試練
悪人は自己の欠点を弁解するが、善人は自己の欠点をそっとしておく。
〜ベン・ジョンソン〜
一同はしばらく沈黙していたが、少し経つと舎弟さんが不満を露にした。
「んでよぉ、どうすんだ?あのスカした野郎の真似をするのか?そこの嬢ちゃんはともかく。俺らがこの歳で漏らすってよぉ、そりゃ誇りを捨てたも同然だぜ。兄貴はよく言っていた!誇りを捨てたらそれはもう人間じゃねぇ!ただの豚野郎だってな!!」
その兄貴さんも豚野郎だった訳だが。
「俺は人間でいたい。お前らは豚になるのか?飲むぜ、一人でも。俺は飲む」
そんな事は出来る訳が無い。
1人の人間が飲める水の量には限界がある。
僕は半ば自暴自棄になっている舎弟さんに歩み寄り、現実を突きつけた。
「いいや、これはもう詰みだよ。
冷静に考えれば、最初から6リットルなんて不可能だったんだ」
「五月蝿ぇ!無理でも詰みでも、散り方は俺自身で決める!!
俺はこのクソみたいな試練に、人として敗北することを選ぶぜ」
「では、兄貴さんは誰が迎えに行くんですか?
変出者の烙印を押された兄貴さんを、誰が助けられるんですか!?
彼の無罪を証言できるのは、あなただけだと思いますが。
あなたが社会的に抹殺されたら、それもどうなるかわかりませんよ?」
「ぐっ……そ、それは。いや、俺が証言した所であの状況は……」
「それこそ、無理でも詰みでも貫くべき仁義があるはずだ。
誇りを汚してでも……守り通すべきものがあるはずだ。
豚野郎?いいじゃん!漢が仁義を捨てたら糞野郎だ!!
……と、僕は……思います」
「お前、言うじゃねぇか」
緊迫した空気に、僕は呼吸を止めた。
舎弟さんの声のトーンが下がる。
鋭い眼光で射抜くようにこちらを見据え、歩み寄り、
堅く握りしめた拳を振り上げると……コツンと、軽く胸に当てた。
「へへへ、お前のせいで今日から俺は豚野郎だぜ、チクショー」
敵意のない、くしゃりとした笑顔が向けられる。
どうやら僕の気持ちが伝わったみたいだ。
緊張が解け、僕は肺に留まっていた空気を、一気に吐き出した。
「そう言う訳です、皆さん!幸い水は何度でも復活します!
試練の攻略が不可能となった今、最善の形で潔く漏らしましょう!!」
女性陣には申し訳ないが、覚悟を決めてもらうしかないだろう。
結局、それが一番無難でダメージの少ない落としどころなのだ。
「うぅ、ああん、もう!仕方ないわね!!」
「はぁ。土方、転移後のフォーローは任せたわよ」
「俺は、絶対に兄貴の無罪を証明してみせる!!」
「私、ママに怒られるから、漏らしたくないよぉ……」
「みなさん、飲みましょう!!!」
「「「糞野郎がっ!!!!」」」
まだ小すら漏らしてないのに、大きな男になりました。
♂♀
で。
あいちゃん以外のメンバーから程よく罵倒されました。
どの道、試練のクリアが絶望的なのは事実だ。諦める他ない。
幼女を置いて逃げるのも未練なので、皆であいちゃんを説得した。
その甲斐もあって、今度こそ全員の気持ちがひとつになった訳だ。
僕達、漏らします!
「迷宮脱出作戦、OSEを発動します」
「作戦も何も、漏らすだけじゃねぇか」
「うぅ、男子は先に漏らしてよね!」
「私も、見られるのは……ちょっと恥ずかしい」
舎弟さん、丸之内さん、あいちゃんから冷たい視線が刺さる。
相も変わらずノリが悪い。
僕なりに場の空気が悲観的にならないように、気を使っているんだけどね?
「ところでさぁ?いつになったら水が復活するのよ?」
と言ったのはOLさんだ。
そういえば。あれから数分過ぎたが一向に水が復活しない。
テーブルの上にはコップが置き去りのままで、新しいジャグは見つからない。
何かの手違いかね?
「えーと、迷宮の主さーん!そろそろ新しい水をくださーい!」
丸之内さんがブンブンと手を振り声をあげる。
やはりどこかから見えていたのだろう。返答が壁文字で返ってきた。
【姑息にも、逃げるために漏らす事を決めた貴方達に与える水はありません】
はい?
じゃあこれ、どうやってクリアするの?無理じゃない?
「ふざけるな!!そんなの試練として破綻してるじゃねーか!!」
「そ、そうだよ!さっきの彼が漏らす前は水は復活させるって言ったじゃん」
「最初から達成不可能なお題を出しておいて、抜け道があったらこの扱い?
小物っぽいわねぇ〜。迷宮の主って小物っぽいわ〜、本当に小物っぽいわぁ」
おお、みんなが一斉に煽り出した。
不平や不満を言っている時が、一番輝いているよね!!
でもそう簡単に言う事を聞いてくれるかな?
ここの主は捻くれてるとしか思えないし。
いざとなったら、水を飲むふりをして出してもらうしか……
【はいはい、もーいいよ。先に進んでください。試練、クリア!】
軽っ!?
奴め、簡単に折れやがった。
今までの時間は何だったのか。
糞野郎と罵られた僕は何だったのか。
試練とは何だったのか。
いったい何だったのか。 のか! のか!!
♂♀
部屋の壁にラインが奔り、やがて長方形の形で結ばれた線が扉になった。
次のステージへの入り口だろう。
一同はそれぞれ扉を目指し、内股で移動する。
「迷宮って言うくらいだから、罠が複数設置されてるかもしれない。
ここは僕が先行するよ。分かれ道があったら目印とかあるといいかも」
「なら私の口紅を使いなさいな。買ったばっかのだから悔しいけど」
ここらで下がった評価を上げるため、先頭は僕が担当する。
OLさんも渋々だが協力してくれるようだ。
「じゃあ、扉を開けるよ?」
全員が静かに頷く。僕は扉を開いた。
がちゃり
そこは複雑な迷路……ではなく縦長の広い空間だった。
【第二の試練を始めます】
……ねぇ、迷宮要素は?
♂♀
【第二の試練を始めます】
壁文字が新たなる戦いの始まりを告げる。
【部屋の中央を見てください。もう、わかりましたね?】
さっきの部屋よりも広い空間に出た。体育館2棟分くらいはありそうだ。部屋の中央には底が見えない、谷のように深い縦穴が端から端まで伸び、この大きな空間を二分している。その中心には目測70m程度の鉄骨が橋の様に架かっているが、如何せん細くて渡るには心もとない。ということはつまり、あれを渡るのだろう。向こう側へ渡る手段も他になさそうだ。
「これ考えた奴は馬鹿だろ」
試練の内容を察した舎弟さんも冷や汗を見せている。
「ね、ねぇ?まさかあれを渡るの?む、無理だよ。私、足プルプルしてるもん」
「丸之内さん、もうやるしかないよ。
立ち止まっているこの間も、僕達は着実に破滅へと向かっているんだ」
覆水盆に返らず、という言葉がある。
えーと、確か意味は……なんだったっけか。
おそらく漏らす前にトイレに行け、という偉い人の教訓だろう。
ダムの決壊が迫る。
僕達はもう進むしか無いのだ。
【試練その2:鉄骨を渡れ!!】
・残っているメンバー全員が鉄骨を渡り向こう側へ到着したらクリア。
・鉄骨には微弱な電流が流れており、素手で触ったら膀胱が弛緩する。
・鉄骨から落ちたら、落ちた人が漏らすまで落ち続ける。底は無い。
漏らした時点で安全に転移されるが、言うまでもなく社会的に詰む。
・がんばれ!
御丁寧なルール説明後の投げやりな応援がウザい。
高い所が怖いのだろうか?あいちゃんは今にも泣き出しそうに震えている。
舎弟さんや丸之内さんは姿の見えない迷宮の主に罵声を浴びせる。
しかし、その中で1人。落ち着いている人物がいた。
「電……の試練、私な……出し抜……いける」
OLさんだ。彼女は何かをブツブツと呟いている。
何故だろう。噛ませフラグが立った気がした。