その2!最初の犠牲者
卑怯な行為を怖れるのは勇気である。
またかかる行為を強いられた時、それを堪忍するのも勇気である。
〜ベン・ジョンソン〜
【出ませ!!限界迷宮!スプラッシュ・マウ○テン】
「おいおい、あの表現はまずくないか?」
「流石の俺でもブルッちまうぜ」
「ちょっと、誰か教えてあげた方がいいんじゃない?」
「え、私は嫌ですよ!?」
全員が見えない何かに恐怖した。
表現の自由はあれど、使わない方が良い表現も存在するのだ。
ドラ○もんは、僕たちに大切な事を教えてくれた。
ネズミは敵に回してはいけないと。
【はいはい、変えますよ!変えればいいんでしょ!!】
壁に映し出された文字が、悪態を吐くものに変わる。
どうやら、空気を読んでタイトルコールをやり直すつもりらしい。
パッ
【出ませ!!限界迷宮!スプラッシュ・山&黒鼠○】
「「「「「アウトーーーーー!!」」」」」
投げやり過ぎるわ!!
思わず僕もユニゾンした。
あとルビでこっそり核心に迫るのをやめて!
てか○の位置違うくない?何も伏せてなくない?
黒鼠○って何だ。本田△の親戚か。
他所じゃもっと表現の努力してるからね?
【黒幕は黒鼠でーす(笑)いえーい見てるー?】
「やめろー!まだ2話めなんだぞー!?」
「書きためが無駄になったらどうすんじゃゴラァ!」
抗議をする兄貴さんと舎弟さん。
だけど、2話?書きため?何それ?
言ってる内容は正直本当にまったく全然よくわからないですね。
ヒートアップする壁の文字と強面兄弟のやりとりを見守る女性陣。
イケメン君はやれやれと肩をすくめ、小学生ちゃんは泣き出した。
なんというか、現場はカオスだ。
これが、HANASHI NO OWARIとならない事を祈るばかりだった。
♂♀
【出ませ!!限界迷宮!スプラッシュ・トイレット】
6案程ボツにして、ようやく落ち着く所に落ち着いた。
いったい何の話しだったっけ。そうだ、ゲームのルール説明だったはずだ。
どんなゲームをさせようと言うのか。きっと恐ろしいものに違いない。
密室に集められた見知らぬ男女……無機質なアナウンス。
血を見る展開もありそうだ。不安に駆られた僕は、思わず呟く。
「これはもしかして、とんでもないデスゲームの始まりなのかも」
「……ぷっ、くくく」
イケメン君に笑われた。結構真面目に言ったのに。
何も笑わなくってもいいじゃないか!
この状況だ、不安になって当然だろう。
丸之内さんだって不安そうな顔で、僕を見てるじゃないか。
「土方、この小説のカテゴリー、ちゃんと理解してる?」
「 メタ発言はやめようよ! 」
心配されていたのは、僕だった。
♂♀
【それでは改めまして。ルール説明を行います】
その場にいた全員が息を呑む。
【ルールその1:漏らしてはいけません】
【ルールその2:試練を突破し、ゴールを目指せ!】
【ルールその3:えーと、以上!】
短っ!!!
♂♀
「ふざけんじゃねぇ!!」
白い部屋に似合わない、猛獣のような叫び声が空気を震わせた。
声の主は、サングラスをかけた大柄の男、兄貴さんだ。
「俺はただ小便がしたくて便所に来ただけだ!!
それがゲームだぁ?ルールだぁ?しかも、漏らすなだってぇ!?
舐め腐るのも大概にしろやゴラァ!さっさとここから出せやボケ!!!」
この男、風貌に似合わず言う事は正論である。流石は兄貴と慕われ、某リアクション芸人のような渾名を持っているだけの事はある。四天王になったら、一番最初に負けそうなキャラなのに、味方になるとこんなにも心強いなんて。
「第一よぉ、漏らしたらどうなるってんだよ!
罰ゲームでもさせんのか?どうなんだよ、あぁん?」
【漏らしたら、抹殺します】
「……まっ!?」
壁面に映し出された【返答】に、流石の兄貴さんも言葉を呑み込む。
なにせ【抹殺】だ。穏やかな言葉ではない。
流石の兄貴さんでも尻込みしてしまうだろう。いや……
「……へへへ、いいぜ。抹殺上等じゃねぇか!!!」
言うが否や、兄貴さんはベルトを外し始める。
不穏な空気を感じ取り、僕は小学生ちゃんの眼を両手で覆った。
そして予想通り、と言うべきか。ベルトを緩め終わった兄貴さんは、ズボンの腰に手をかけると、勢い良く下げきった。
「今からここで撒き散らしてやんよぉ!!
んでもって、俺を抹殺しにやって来たお前を返り討ちにしてやるぜ!!」
はたりとパンツが地に堕ちた。
深淵を臨む肌色の【ピーー】が露となり、丸之内さんの叫び声が木霊する。
自分に飛沫がかからない様に、皆が退散を始めたその時。
パッ
兄貴さんが……消えた!?
最初からそこには誰も存在しなかったかの様に、影も形も見当たらない。戸惑いを隠せない一同を、置き去りにするかの如く、突如部屋が暗転し、壁面には映像が流れ始める。
映し出されたのは、知らない部屋の風景だった。飲酒運転の啓発ポスター、交通課と書かれた白い立て札、見た事のあるオレンジ色のキャラクター。あ、ここ警察署だ。
『さぁ!かかってこいやあああああああああああぁぁぁ!!!』
すると突然、咆哮と共に下半身にモザイクがかかった男が登場した。兄貴さんだ。映像をコマ送りしたかのように、何もない場所からいきなり現れた。しかも宣言通り、しっかりと撒き散らしている。モザイクで隠してあるが、水が跳ねた様な音が聞こえてくるのだから、これはもう間違いないだろう。やってしまったのだ。
『きゃああああああ!!変態よおぉーーーー!!!』
『貴様!気は確かか!?』
『現行犯だ!確保ぉーーーーー!!!』
突如現れた変態に、署内は戦慄する。
兄貴さんはあっという間に警察官に囲まれ、取り押さえられた。
成る程。つまり彼は、ルールを破った事で署内に転移され、社会的に抹殺された、という事になるのか。
『あっ……え?あれ?いや、その、これは……違うんです』
『何が違うんだ!どう見ても貴様は変出者だろうが!!!』
『いや、そうなんですが……あの、ちょっと不幸な事故と言いますか』
『誰が掃除すると思ってるんだ!!ちょっと不幸な事故で済むか!!
というか、そのポークビッツみたいな愚息をさっさと隠せ、馬鹿者!!!』
先程までの威勢はどこへ行ったのか。いつの間にか敬語になっている兄貴さんは、警察官に連れられて、そのまま映像の外へとフェードアウトした。やはり噛ませだったか。
「あ、兄貴いいいいぃぃぃいいぃぃぃぃーーーーー!!!!」
舎弟さんの悲痛な叫びと共に映像は消え、暗転した部屋が元に戻る。
泣き崩れる舎弟さんに、誰もがかける言葉を無くしていた。イケメン君は、我関せずと瞳を閉じる。そうなると自然と女性陣の視線がこちらに向けられる。なんとかしろよ、といった視線だ。まぁ仕方が無い、ここは僕が適任だろう。意を決した僕は、舎弟さんに歩み寄って声をかけた。
「あの、元気出してください」
「お前……」
「兄貴さんの愚息がポークビッツでもいいじゃないですか!」
「そっちじゃねぇよ!!!」
そっちじゃありませんでした。
♂♀
「お兄ちゃん、さっきはありがとう」
笑顔の小学生ちゃんに、突然お礼を言われた。
しかしお礼を言われる心当たりがない。何かしたっけ、僕?
「さっきの目隠し、よくわからないけど、
たぶん私を護ってくれたんだよね?だからありがとうなの!へへへ」
なんと良い子なのだろうか。思わず感涙した。僕はロリコンではないが、ロリコンが彼女の事を天使と呼んでしまう気持ちはわかるような気がする。
「いや、僕は当然の事をしただけだよ。紳士としてね!」
「私、あいって言うの!お兄ちゃんは?」
「僕は六乃助って言うんだ。呼びにくいだろうからお兄ちゃんでいいよ?」
「ううん、そんな事ないよ!六乃助さん!」
「……お兄ちゃんでいいよ?」
「えっ……あ、はい」
なんだろう。好感度の落ちる音が聞こえた気がした。
♂♀
【盛り上がって来た所で、最初の試練を発表致します】
また例の壁文字が浮かび上がってきた。別に盛り上がってはいないぞ、とつっこみたいが、野暮は言うまい。リアクション芸人が体を張り、名誉と尊厳を汚して、漏らせば(社会的に)抹殺されることを教えてくれたのだ。もうここまで来たら、試練とやらをさっさと終わらせるしかないのだろう。嗚呼、トイレに行きたい。
「見て!何か出てきたわ!」
OLさんが指をさして声を上げる。指し示された方向を見ると、床から白い四脚の机が生えてくるところだった。通常、床から机は生えない事は百も承知だが、そう表現するより他はない。そしてその不思議な現象に、何の疑問も持たなくなってきた僕がいた。
「つ、机の上に、何かあるよ?」
あいちゃんが指摘する。確かに、机の上には6リットルと表記された、水色のウォータージャグが乗っていた。その隣にはガラスコップが一つ置かれている。もう大体、想像がつく。
【試練その1:全部飲んだらクリア】
出しに来たのに飲まされる。なんと不条理な試練だ。6リットルを一人頭で計算すると、1リットルはある。僕でも相当厳しいが、あいちゃんには絶対無理な量だ。しかし誰かが請け負わなければならないのも事実。こんな時にいない兄貴さんは、本当にポークビッツ野郎だ。
さて、僕の膀胱は、果たしてどこまで耐えられるのだろうか。
血を見る展開(血尿)