第6話「おっさん魔術師との修行2」
禁域・・・魔術世界における触れてはならない魔術。もし、禁域に指定される魔術を習得、あるいは使用した場合、魔術世界に対する脅威として魔術世界から存在を消される。
午前中の修行が終わったので、アルツェンはジークに今までいた弟子について聞いてみた。1人目の弟子は、師匠が20代後半の時に見つけた炎術系の天才少年。ただしメンタルが脆すぎて1ヶ月で飛び出したらしい。2人目の弟子は五大基礎魔術全てに適正を持っていた稀有の魔術師。
しかし、強すぎる好奇心の所為で勝手に魔導書を漁りまくり、結果、先ほどアルツェンを襲った魔導書に食われてしまった。
「さっき魔導書から声が聞こえたと言ったな。もしかしたらまだあの魔導書の中にいるかもしれないな。まあ助ける術もないし、助ける気もないがな。魔導書に食われちまうようじゃ俺の弟子失格だな」
ジークは葉巻を口にくわえ、荒々しくマッチを擦って火をつけた。
アルツェン自身も魔導書に食われかけたが、その天才少年よりは見込みがあるということなのだろうか。
「師匠って案外冷たい人ですね」
「魔術師だからな」
アルツェンは一旦自分の部屋に戻り、午後まで休むことにした。まだ少し頭がクラクラするが、寝込むほどではない。部屋の前まで行くとドアの前にアリアネが立っていた。
「あ、おはようアリアネ、僕に何か用事でもあるのかい?」
「聞いたよ、魔導書に食べられそうになったんだって? ごめんなさいね、ジークは加減が出来ない人なの」
アリアネは申し訳なさそうな顔で言う。
「午後は私も立ち会うから心配しないでも大丈夫よ。ジークが変なことしないように見張っとくから。じゃあまた午後にね」
アリアネはそう言い残して、仕事があるからと急ぎ足で去っていった。アルツェンは部屋に入り、広いベッドの上に寝転んだ。目を閉じ、頭を無にして魔力の乱れを調整する。思っていてよりも乱れが大きい。
(これは安定させるのに時間がかかりそうだ。)
結局、午後まで魔力調整に時間を費やすことになってしまった。
午後、仕事部屋へ行き、ジーク、アリアネのサポートを受けながら何十冊もの魔導書を試した。
しかし、どれもアルツェンには適合しない。
「いや、初めてだよ、ここまでの数の魔導書を試して1つも適合しない奴なんて」
ジークが苦笑いしながら少々驚いた顔でそう言った。
アルツェンは本当に自分には医療魔術以外の才能がないんだと少し悲しくなった。
「だ、大丈夫だよ。まだまだ魔導書いっぱいあるし、そのうち見つかるって!」
アリアネは励ましの言葉をくれたがまだ試すのかと思うと気が重くなる。
「いや、多分アルはこれ以上魔導書を試しても見つからねえだろう。最後のチャンスだ」
そう言うとジークは、自分の机の引き出しから黒い魔導書を取り出した。
「こいつは魔獣に関する魔導書、まあ、俺のような魔獣使いのバイブルってとこだな」
「でも魔獣練成なら魔術師の誰でも出来ることじゃないですか。魔導書って必要ですか?」
「勿論、魔獣を練成すること自体は誰にだって出来る。だがそいつでは実用的な魔獣は練成出来ない。この魔導書には禁域まで網羅してある」
「えっ禁域まで!? それ焚書対象じゃないんですか!? そんなもん持ってたら師匠殺されますよ!?」
「バレなきゃいいんだよバレなきゃ。それよりほれ、やってみろ」
ジークは魔導書をアルツェンに手渡した。アルツェンの額から汗が滝のように流れ落ちる。
(もし、これに適合してしまったら僕もただじゃ済まないだろう。だが、一体禁域が何なのか気になる……禁域に手を出したら僕はどんな風になるのだろうか?)
ここまで来てしまっては後に引けない。せめて一冊でもいいから適合する魔導書を見つけたいという焦りからアルツェンはこの焚書対象である魔導書を対してためらわずに開いてしまう。
「こっ、これは!? ……!」
「お、おお! アル!」
何も起こらない。魔導書に食われもしなければ、魔導書から声が聞こえるわけでもない。
「あ、あれ? おかしいなあ?」
体に緊張が走る。体中から変な汗が吹き出てきた。ここまできて何も起こらないじゃ終われない。
何度も魔導書を開いたり閉じたりしていると、ジークが手を出しそれを止めた。
「ふはははははは! やめだ、やめだ。お前は本当に医療魔術の才能しかないんだな」
ジークのツボに入ったのか笑いが止まらないらしい。アルツェンはのショックは益々大きくなっていく。
「ちょ、ジークあんまり笑わないで頂戴! アルが可哀想でしょ?」
「いやあ、すまない。まさかここまでとは思ってもいなかったんだ。魔獣練成は誰にでも出来る基礎魔術さ。このバイブルはその延長上にある応用書みたいなもんだ。所詮は魔獣練成、ほとんどの魔術師が適合者になれるはずなんだが……」
ジークがアルツェンを見つめる。その目は哀れんでいるような、そんな目であった。
「どうやらアルにはそれすら叶わないらしい」
アルツェン・シュバイツァーは自分の才能のなさを嘆き、同時にいくつか疑問が頭に浮かんだ。自分はなぜ弟子に選ばれたのか。これほど優れた魔術師ならば人の才能くらい見抜けるものなのではないか。そして明日からどうすればいいのか。なんの魔導書にも適合しない今、修行のしようがないじゃないか。といったことだ。