第3話「おっさん魔術師との出逢い」
突然声をかけられ、アルツェンは驚いた。今この瞬間まで人の姿を見かけなかったものだから余計に困惑している。
(一体誰なんだこのおっさんは?)
アルツェンより背が高く、黒いスーツを身にまとっている。顎髭を携え、髪は綺麗なオールバック。火傷かなにかの傷跡だろうか、それが顔の6割ほどにある。
「おい、ボウズ、聞いてんだよ。俺のワンコロを殺したのはお前か?」
口調が荒々しくなっていく。相当怒っているようだ。眉間に皴が強くより、その威圧感を高めている。
「も、もしそうだったらどうするんですか?」
アルツェンは目の前の男に恐る恐る尋ねる。
「軽いお仕置きではすまさんぞ……ボウズ」
言葉が終わるのと同時にゴゥ、と男性の右手から炎が溢れ出した。
(炎術系の魔術、しかもかなり質が高いぞ)
その炎から発せられる熱に当てられ、恐怖心による冷や汗なのか暑さによる単なる汗なのか分からないものが全身から溢れ出てくる。先の戦闘により、体力が大幅に削られたアルツェンは逃げる余力もほとんど残っていない。
目の前の男の威圧感に押され、後ずさりしたところ、足を何かに取られてしまった。
「くっ……あっと? うおぁっ!」
ゴツンと地面と熱いキスを交わした。端的に言えば転んだのである。立てかけておいたリュックを倒してしまい、その中身が地面に広がってしまった。
すると、初老の男の目にあるものが写り込んだ。
「お前、もしかして俺が送った封筒を受け取ったやつか?」
「え? ということはつまり」
「そうだ、俺がこの赤い封筒の送り主『ジーク・ルートヴィヒ』だ」
これがアルツェン・シュバイツァーと師となる魔獣使いジーク・ルートヴィヒの出逢いとなった。
「なんだ、それならそうと言ってくれれば良かったのに、危うく消し去るところだったよ!」
ジークはハッハッハと笑い、背中をバシバシ叩く。こっちはそれどころじゃない。危うく殺されるところだったんだ。心臓が今にも破裂しそうなぐらいバクバクしている。
ジークはネクタイを整え、右手を差し出す。
「改めましてアルツェン・シュヴァイツァー君、俺が今日から君の師匠となるジーク・ルートヴィヒだ。よろしく頼むよ」
さっきまでの怒りはどこへ行ったのやら、非常ににこやかになっている。僕はその手を握り、立ち上がる。つい先ほどまで殺意を向けてきた人に手を差し伸べることには些か気が引けた。だが、赤い封筒の送り主であるというなら多少は信頼できる。
「よろしくお願いします、師匠。僕のことはアルで良いですよ」
それじゃあアル、早速俺の自慢の家に案内しよう」
ジークの家に向かう道中、どうやってあの魔獣を倒したのか聞かれた。一通り説明すると、「なるほど、やはりそういう場合には対処できないか」と言っていた。案の定、あの魔獣は師匠の作品の一つであるらしい。
ジークの話によれば魔獣を自宅周辺に配置し、許可なく立ち入る者を追い返す役割を担わせていた。基本的に人を襲わないよう指示していたが、休んでいたところいアルツェンが投げた石ころが当たり、休憩の邪魔をされたことが魔獣の逆鱗に触れてしまったということで話は片付いた。
魔獣を一体失ったが、ジークは特に残念がる素振りは見せなった。「壊れたならまた錬成すればいい、次はもう少し丁寧に錬成しなければ」と言っていた。
歩くこと20分、アルツェンとジークは『自慢の家』に向かっていたはずなのであるが、目の前に現れたものは家とは言えないものであった。
「おい、なんだこれ……」
とある廃ビルの前でアルツェンは呆然と立ち尽くした。蔦が壁面で絡み合い、コンクリートの壁を突き破っている。その蔦からは悪臭が立ち込める。そして、その周辺には乱雑に転がる白骨化した動物の死骸。噂で聞いた死神塔そのものである。確かにタクシーに断られた理由がよく分かる雰囲気を漂わせている。近くにいるだけで生気が抜かれていくような感覚を覚える。
「し、師匠、これって死神塔ですよね? なんで今ここでたちどまっているんですか?」
「死神塔? ああ、なんか町ではそう言われてるらしいな」
少々嫌そうな顔をしてジークは答えた。ジークは塔の入り口まで歩き、アルツェンもその後ろに着いていく。目の前に現れたのは、恐ろしい獣の顔をかたどった扉であった。
「いいかアルツェン。ここから先が俺の『自慢の家』さ」
「え、ここがですか?」
アルツェンは少し顔をしかめる。明らかに人が住めそうなビルではないし、なにより周辺には動物の死骸が散乱していて衛生上問題がある。建物自体もすこし揺れたら倒壊しそうだと素人目にも分かるくらい老朽化していた。
(僕は生きて無事にここを出られるのだろうか?)
先行きの見えない不安に襲われながらも、ジークに促され自慢の家の中へ入ることになった。
「家に入るにあたってだ、扉を開けるには先ずアルがこの家の住人になるということをこの扉に覚えてもらわなければならん。一滴でいいから自分の血をこの獣の扉の口に入れるんだ」
アルツェンは予め持ってきていたメスで、指を切り、血を獣の口に垂らした。獣の口に落ちた血が白く光りだし、その光が獣の両目へと宿った。
「よし、これで大丈夫だ。アル、開くよう扉に命令してみるといい」
「分かりました。……開け」
扉の中心から上下に向かって真っすぐ白い光が走り、扉が横に開き始めた。
「中々面白い仕掛けだろ? 高い金払って設置したからな」
ジークはそう言うとアルツェンの背中を押して扉の先へ入っていった。