第13話「運命とは」
ジークは「お前に話さなければならないことがある」と言い、アルツェンを自分の仕事部屋へ誘った。アルツェン自身はアリアネを危険に晒してしまったことでのお叱りを受ける、あるいはそれ以上のことをされるのではないかと戦々恐々としていた。
ジークの仕事部屋へ恐る恐る足を踏み入れる。いつ見てもこの壁一面に広がる魔導書の数には圧倒されるものだ。
「師匠、話とは何でしょう?」
「ああ、先ずは謝りたい。巻き込んでしまって申し訳ない」
ジークは深く頭を下げた。
「え、ちょっと待ってください! なんで師匠が謝るんですか?」
アルツェンは予想外の出来事に後ずさりしてしまった。
ジークは頭を上げ、神妙な面持ちで話を続ける。
「お前たちを襲ったあの男は『ルビーナ』と言ってな、ドイツ各地で殺人をし回っていたやつなんだ。そして先日、俺の元にあいつを消すようにと書かれた依頼書が届いた。お前も昨日見ただろ? あの鳥だよ」
確かに昨日「イライショー」と鳴く鳥が部屋に入ってきたことをアルツェンは覚えていた。
「昨日の足に紙が巻かれていた鳥ですよね」
「そうだ」とジークは頷く。
「お前らの買い物の後を着いていったら奇妙な魔力を感じてな。そこに向かったらお前らがいたって訳だ」
「なるほど。って、何で僕らの後ついてきたんですか?」
ジークはまずいと言った顔をした。若い男女が二人っきりで買い物など絶対何かあるに違いない。アリアネが心配だ。自分でアルツェンに買い物を頼んだくせに、気になってしまったので後をつけてきたとは言えないのである。
「おほん。じ、実はだな、あの市場に出ると予測を立てていたんだ。お前たち二人の安否を確認しつつ依頼を達成しようと考えてたからなんだ。結果予想通り現れたし、お前たちも救えたんだ。」
「なるほど。そうだったんですね。流石師匠です。」
アルツェンには分かっていた。自分がアリアネと買い物に行くことが気になって後を付けていたってことを。ただ、ジークにもメンツというものがあるから彼に言及することはしない。
「そしてもう一つ、伝えなければならない重要なことがある。アル、アンノウンって知ってるか?」
『アンノウン』。この言葉にアルツェンはピンとこなかった。アンノウンという存在は聞いたことがある。ただしそれは、たまにニュースでアンノウンによる犯罪や新聞で取り上げられているのを目にしたことがある程度で、アルツェンからすればほとんど縁のないことである。
ジークはアルツェンのピンと来ていない様子を見て、「よし、先ずはアンノウンについて説明しよう」と小1時間ほど語り始めた。
ジークの話をまとめるとこうだ。アンノウンとは5つの犯罪組織で構成されている。『ローター・ヴォルフ』、『インテレクチュアルス』、『黒猿』、『デア・サンギナンテ』、『シラハ』。世界でも有数の犯罪組織がアンノウン創設者によって集められた。組織によって目的は異なるが、共通の意識としては世界を手中に収め、現存する自分たち以外の魔術師を全て消すことらしい。特にこの中でもローター・ヴォルフは過激な殺人鬼集団として、他の組織より抜きんでている。世界の殺人事件の3割はこのローター・ヴォルフによるものだそうだ。
今回ジークが始末したルビーナはアンノウンの中でもローター・ヴォルフの構成員だとジークは確信している。ルビーナの頭をつかんだ時、首の後ろに赤い狼のタトゥーが見えたからだ。ローター・ヴォルフは仲間意識が強く、全員が首の後ろに同じタトゥーを入れている。
「まあ、そういうことだ」
ジークは話し終えると椅子に浅く座り、両手を組む。
「アル、明日お前にこれから何をすればいいか話すといったな。今それを言う。アル、俺と一緒に仕事をしないか?」
「仕事……ですか? それって師匠がやっているアンノウンの構成員を始末する仕事のことでしょうか。」
「そうだ。勿論、命の保証はする。どうだ?」
「どうだ?」と急に言われてもアルツェンにはそれをやる理由がないのである。命の保証はするとはいえ命の危険があることには変わりない。アルツェンは仮にも医療魔術師であり、命の尊さは世間一般よりは分かっている。この仕事を引き受けるということは命を奪うことにもなる。
「申し訳ありません、師匠。どうにも僕にはできなさそうです。」
「そうか……まあ、そうだよな。お前は由緒正しい医療魔術師の出、命を粗末にするこの仕事はキツイよな」
アルツェンはこの時ある決心をした。自分が今すべきことは何か。それを再認識したのである。
「師匠、級で申し訳ないのですが、明日の朝ここを出ます」
弟子にもなれなかった自分がここに長居する理由もない。アルツェンは一度家に戻り、医療魔術師候補たちのの指導員としてい生活していこうと考えていた。
「……そうか。俺も力になれなくてすまない。無理には引き留めはしない、お前にも人生がある。少なくとも俺よりは未来のある、な」
夜、アルツェンはベットの上でこれまでの数日を思い返していた。魔獣に襲われたこと、ジーク・ルートヴィヒとアリアネとの出会い、今日のアンノウン絡みの事件。もし、赤い封筒が来なかったらこんなこと経験することはなかった。ある意味いい経験となったと感じていた。
朝、時刻はまだ5時半過ぎたぐらいである。アルツェンは荷物をまとめ、家を出るところであった。
(忙しい数日間だったけど案外あっけなく終わるもんだな。これで自分の将来は医療従事者確定だな。)
玄関までいくとジークが立っていた。
「随分と早いなアル。アリアネには何も言わなくていいのか?」
「昨日の事件の後で疲れているでしょうし、無理やり起こすのは体によくなさそうだと思ったので手紙を置いてきました」
「お、ラブレターか」
「ち、違いますよ」
こんなくだらないやり取りもこれで最後になる。そう思うとアルツェンは少し寂しさを感じていた。
「アル、元気でやれよ。俺から言えることはそれぐらいだ」
ジークは右手を差し出す。
「はい、ジークさんもお元気で」
アルツェンも右手を差し出し、互いに強く握りあう。
アルツェンはジーク自慢の家を出た。また徒歩でホテル近くまで歩き、一泊して、翌朝『ボン』行きの電車に乗る。またいつも通りの日々に戻ることに多少の味気無さを感じつつも、自分にはそれが一番合っているのだと思っていた。暇つぶしにラジオをつけ朝のニュースを聞く。どうやら交通事故でけが人が出たことについて大々的に取り上げられているようだ。予め買っておいたコーヒーを飲みながら外の景色を眺める。ただボーっとしていることにも幸せは感じられるものだ。
ボンまであと1駅のところで激しい爆発音とともに景色が急に赤く染まった。電車が急停止し、車内は騒然としている。乗客の男性が「あれを見ろ!」と声を上げて外を指さした。そこから見えたのは燃え盛るボンだった。