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魔獣使いのおっさん魔術師  作者: ニット坊
第1章 師匠と弟子
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第1話「青年と魔獣」

 ドイツのベルリンより数十キロ離れた場所に廃ビルが数多存在する地域があった。

 

 ベルリンの壁崩壊直前まではオフィスやレストランなどで使われていたらしいが、現在は人の気配も動物の気配もない。そうした廃ビルの中に一際異彩を放つものが一件。蔦がビルの壁面で絡み合い、コンクリートの壁の中に入り込んでいる。その蔦から発せられている臭いはラフレシアよりも臭いらしい。周囲には白骨化した動物の死骸が、まるでここに踏み込んだことの罰として命を奪われたのかのように、乱雑に転がっている。この地域を知っている人間は誰もこれほどおぞましく、謎に満ちたこの場所に近付こうとさえ考えなかった。


 そしていつしかこの異彩を放つビルはこう呼ばれるようになっていた。


『死神塔』


 実際、本物の死神がいるわけではない。ただ子供を叱る際に「言うこと聞かない子はあそこへ連れてって死神にお仕置きしてもらうよ」と大人の都合で使われたり、「あそこに一人で入れたら勇者だ」などと子供の度胸試しに言われるものであった。

  

 1998年1月、ある若い青年が一人、この廃ビルが密集する地域へとやってきた。彼の名は『アルツェン・シュヴァイツァー』。西ドイツ出身で、非常の朗らかな性格をしたまさに『好青年』という言葉の為に存在しているような人物である。身長は175cm、体重は63Kg、身体は多少鍛えている程度。


 この青年がこの地域を訪れたのには立派な理由がある。自分の人生をもかけた大事な理由が。


 彼の家に()()()()が届いたのだ。魔術世界において、赤い封筒が届くことは大変貴重なことである。基本的に封筒の送り主は一定以上の水準を満たした魔術師である。魔術世界では名の知れた者、ある分野の開拓者、はたまた政界にまで影響を及ぼせる者など様々だ。封筒の中には一枚の白い紙が入っており、その紙に記された名の人物を弟子として取りたいということを知らせるものである。勿論強制力はない。ただし、弟子となって修行を重ね、魔術師として大成すれば、その弟子となった人物の家系に新たな魔術系統が生まれることもある。


 先ず、この世界における魔術は炎術、水術、雷術、風術、地術の五大基礎魔術。治癒魔術とその上位互換の医療魔術。他に錬成術、身体強化など多岐にわたる。


 実際にあった話だが、30年前、ある魔術師の家では代を重ねても炎術と風術しか使えないということがあった。1968年、第26代当主となる男の子が生まれた。生まれた子は歴代の中でも特に優れた才能を有していたが、それは炎術と風術に限ってのことで、家としてこれ以上発展しないと思われていた。13年後、偶然にも赤い封筒が届き、その中にはその子の名が記されていた。15年後、その子は雷術、錬成術の能力を開花し家に新たな繁栄をもたらしたという。


 こうした()()がよく起こるため、強制力はなくとも断る人はほぼいない。


 アルツェン・シュバイツァーは医療魔術に特化した家系である。代々、医療魔術師となり、その生涯を終える。それが当然のことで、アルツェン・シュバイツァー自身も同じ運命を歩むものだと思っていた。そして遡ること数か月前、シュバイツァー家に赤い封筒が届いたのだ。歴史だけは古く、中世の頃から医療魔術師として歴史を紡いできたが、赤い封筒が届くことが一度もなかった。両親は基本的に放任主義でこの封筒に自分の名が書いてあることを伝えると「好きなようになさい」と言ってくれていた。「自分の人生は自分で決めていい、そこに私たちが口出しすることはない」と。アルツェン・シュバイツァーは意を決し、この運命から逃れてみることにした。弟に次期当主の座を譲り、自分は偉大な魔術師の弟子となって新たな魔術を学ぶのだと意気込んだのだ。そして出発までの数か月間は現在通っている大学の退学手続きを取り、ご近所への挨拶を済ませ、弟には医療魔術を教えて過ごしていた。


 そしてあっという間に数か月が過ぎた。アルツェン・シュバイツァーは昨日の昼頃自宅を出発し、夜はベルリンのホテルに泊まり、翌朝9時にチェックアウトをする。外のタクシー乗り場で死神塔がある地域まで乗せてほしい旨を伝えるも首を縦に振る運転手は一人もいなかった。最後に優しそうな若い運転手には「わざわざこの地域に行きたがるやつはいないよ。私だっていくら金積まれても行きたくないね。すまないが他を当たってくれ」と断られ、仕方なく大きなリュックを背負ったまま徒歩でここまで来たのである。既に夕刻近くになり、また疲労もかなり蓄積している。


 そして今まさにこの青年は危機的状況の真っ只中だ。


「道に迷った……」


 初めて訪れた場所で迷うということは当然のこと、特にこんな地域では尚更だ。

 

 どうしよう、人に聞きたくても人が全くいないじゃないか、と彼の焦りが止まらない。額からは汗がふつふつと湧き出てくる。


「何なんだよここは。聞いてないぞ、こんな辺鄙な場所に在るなんて」


(おっかしいなあ、確か地図にはこの辺て書いてあるんだけどなあ。)


 彼はリュックから赤い封筒を取り出し、地図を抜き出した。


(間違いなく現在居る場所はここだ。だから今立っている方向から東に進んでいって、それから)


「ま、とりあえず歩いてみないことには始まらないか」


 既に時刻は16時半過ぎ、太陽の日差しがビルに遮られ、此処だけ一足早く夜が訪れたように暗くなっていく。


「いい加減早く見つけないと野宿する羽目になる!」


 こんな所で野宿は嫌だと思う度に彼の足取りは段々早くなる。リュックのショルダーを握る両手にも強い力が入り始める。

 

 ここは廃ビルの密集地、当然電気も通っていないため街灯もない。もう陽は沈み、暗黒へと主役交代してしまった。


「あー!もうっ、どうしてこうなったんだよ!」


 苛立ちを抑えきれず、近くにあった小石を右手で拾い上げ、リュックを下ろした。


「うおあああらああああ!」


 雄叫びを上げながら力いっぱい大空へと投げ飛ばした。飛距離にして70m以上。


「ふう、何かスッキリしたー」


 よし、気を取り直してもう一度探そうとリュックを背負い直し、地図を見ようとしたところ、遠くから小さな声が聞こえてきた。


「ギャヴッ……」


 カツッ、と石ころがコンクリートに当たったような音が聞こえた。勿論先ほど投げた小石なのだがコンクリートの前に何か別のものに当たっていたみたいだ。


「ギャヴッ? ってなんの音だ?」


 向こう数十メートル先から、次第に大きな音がこちらに近づいてくることに気が付いた。


 リュックから双眼鏡を取り出し、その得体の知れないモノを確認する。


 見なければ良かった、とアルツェン・シュバイツァーは後悔した。見なければこんな絶望を味わわないで済んだし、こんな早い段階から足が(すく)むことも無かったはずだ。


「おいおい、まさか魔獣トイフェル・ビーシュトかよ……」


 魔獣とは錬成術によって生み出される生物である。素材は基本的に動物の死骸が主流だ。ただし、錬成した本人が魔獣を放置したり、従わせられず、捨てたりすることもあるという。時たまニュースで、魔獣に襲われてケガをしただの死者が出ただの騒ぎになることが年に数回起こる。


 魔獣の強さというのは錬成した本人の実力次第であるが、基本的には10分の1程度と言われている。対処するには魔術、特に炎術が一番有効である。灰になるまで燃やし尽くし、骨にしてしまえば魔獣は機能を失う。


 ただし、この青年アルツェン・シュバイツァーは医療魔術しか使えない。どんな低級魔獣相手にも対処法がほぼないのである。

 

「これは本当に逃げないとまずいな」


 魔獣を背にして早々にこの場を立ち去る。あの魔獣は走り方や身体、顔の形から推測するに魔犬型トイフェル・フント・チープの魔獣だ。無論、走って逃げてもすぐに捕まって今日のディナーにされるだろう。


「僕、攻撃型の魔術使えないんだからこういうの本当に勘弁してほしい」


 ブツブツ文句を垂れたところでこの状況を覆せるわけではない。先ずは身を隠して、何とかこの状況を回避する策を練る必要がある。彼はひとまず手前にあった3階建てのビルの中に入り、様子を見ることにした。

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