日暮れの闇
「はぁ、今日も練習大変だった……でももうすぐ定期演奏会! 頑張らなきゃ。みんな来てね~!! 」
「県大会2回戦、接戦だったけどなんとか勝利。今年こそ甲子園に行く。今年は優秀なメンバーが多いからきっとできるはず。次の試合でも仲間たちを信じて投げる!」
俺の趣味は同級生のブログ観察。
とは言っても、別に好きなわけじゃない。
他にすることがないから見てるだけだ。
俺は小学校、中学といじめに遭い、高校には行っていないし、行きたいとも思わない。
どうせ高校にいっても、またいじめられるだけ。
スポーツもできない、頭も悪い、芸術の才能もない、明るく面白いわけでもない。
そんな取り柄のない弱者は、どこに行っても食い物にされる。
だから進学のための勉強もしていない。
そこで時間が有り余って、ネットをし、同級生のブログを見ている、というわけだ。
その日も、特にすることがなく、同級生の名前をサーチエンジンに入力した。
遠藤早紀。
俺をいじめていた主犯。
成績は悪かったが、明るく、垢ぬけていて、お洒落。流行にも敏感で、女子たちから一目置かれ、男子からの人気もあった。
しかし、その分、目立ちたい、ちやほやされたい、という思いが強かったのだろう。
俺は取り柄もないし、人と距離を縮めるのが苦手で、無口な上、誰に対しても淡泊だったので、それが気に障ったのかもしれない。
とにかく、彼女に気に入られなかった。
それからというもの、クラスの全員が敵になった。
教師はグループになじめない俺の方を悪者扱いした。
誰も助けてはくれなかった。
俺は学校にいくのを辞めた。
そんな事を思い出していると、遠藤早紀のブログがヒットした。
俺は早速ページを見る。
「今日は彼氏と海行ってきた―。ちょーたのしかった♡♡♡」
記事には短い文章と彼女が水着を着ている写真。
俺の中で何かが切れた。
俺だって普通の生活を送り、恋人を作りたかった。
好きで孤独な生活を送ってるわけじゃない。
何でアイツばかり幸せそうな日々を過ごしてるんだ。
許せない。
罪を償え。
その日から毎晩、俺はレンガをもって出かけた。
遠藤早紀の家は知っている。
僕は彼女の家と最寄り駅の中間にある公園で、彼女が来るのを待った。
その後も彼女のことを調べると、どうやら年上の男性と付き合っており、一緒に酒を飲んで遅く帰ることがあるらしい。
飲酒を通報して高校を辞めさせてもよかったが、それだけでは俺の気は収まらない。
その身を持って罪を償え。
そんな事を続けて4日目、ついに彼女が通りがかった。
終電だった。
彼女は千鳥足で、正気ではないのが見て取れた。
深夜で人の気配もない。
馬鹿な女だ。
俺は背後から回り込んで近づく。
彼女が気付く様子はない。
レンガを後頭部めがけて思い切り振りおろす。
鈍い音。
彼女は地面に倒れる。
血が流れる。
まだ足りない。
俺の恨みはこんなもんじゃない。
殴る。
殴る。
頭の形が変わっていく。
殴る。
殴る。
レンガが血で赤く染まる。
殴る。
殴る。
殴る。
……。
…………。
俺はレンガを公園の藪の中に放り投げ、彼女の脈がなくなったのを確認し、家に帰った。
犯人の捜索が行われた。
俺はどうでもよかった。
捕まっても。
どうせこの先生きててもなにもいいことはない。
中学でドロップアウトした人間に将来はない。
しかし俺をこんなふうにしたアイツにも、もう将来はない。
それで満足だった。
警察は来なかった。
僕は勉強を始めて、通信制の高校に通った。
人づき合いが苦手だったのは改善され、登校日には友人と話すまでになった。
勉強にも集中でき、嘘のように成績は上がった。
そして、仲間内で一番の大学に入った。
大学ではバドミントンのサークルに入り、そこで彼女もできた。
高田まゆか。
色白で、黒い髪は肩の下あたりまで伸び、活発で、どちらかと言えば暗い俺も彼女と居れば明るくなれた。
彼女の優しさは僕を癒し、辛いことを忘れさせた。
もう同級生のブログは見なくなった。
過去は過去、今を楽しめば良い……。
二人でいろいろな場所に行った。
プラネタリウム、遊園地、映画館、美術館……。
喫茶店でおしゃべりするだけでも楽しかった。
彼女は行く先々で携帯で写真を撮っていた。ブログに上げる予定らしい。
「二人の思い出を残したいんだ」
素敵だね、と僕は言った。
その日の夜は彼女と一緒にバーでお酒を飲んでいた。
彼女は実家暮らしなので、外泊は認められていなかった。
「大丈夫? 送ろうか? 」
「ううん、送ってもらうと、君が帰れなくなっちゃうよ! 大丈夫だから」
そう言って、彼女は帰ってしまった。僕に迷惑をかけたくないのだろう。
そんな気を使うところも、僕は好きだった……。
次の日のニュースで、彼女が死んだのを知った。
撲殺だった。
涙は流れなかった。
俺はタバコを吸った。