散歩大作戦
エコ戦士と名高い私といずみちゃんは、家々のクーラーの排熱に愚痴をこぼしながら茹であがり寸前の街を歩いていた。
あっという間に喉はからから、一週間出しっぱなしにした食パンみたいだ。口の中がねばっこくて気持ち悪い。膝の裏を汗が流れる。前髪も束になってる。どこもかしこもが不快で、私の体は細胞単位で帰りたいと叫んでいた。
ただ、真夏という季節についての不平不満だけは言わなかった。私は毎年夏休みと、それに伴う従姉の襲来をそれなりに楽しみにしているのだ。
『やー京ちゃん! おっきなったなぁ、前までこーんなちっこかったのに、3センチぐらいやったのに』
『ああいずみちゃん来てたの』
『うん! 今日来たよ京ちゃん! なんつって!』
『帰っていいよ』
『ひどい!』
それなりに。
「暑いー」
「もう、うるさい」
散歩に行きたい、と言いだしたのはいずみちゃんだ。私は熱中症になるよと言って断ったけども、強引に麦わら帽子をかぶせられた。農作業をするおばあちゃんみたいな恰好で目的もなく街を練り歩いている。中学の友達に遭遇しませんようにと祈るばかりだ。
「ああ、アスファルトって熱なったら伸びるんやっけ? そりゃ家も遠いわ、わははー」
「……いずみちゃんは大学生だよね」
「うん。せやでー。アスファルトのあほー」
アスファルトさんは悪くない。私らがちんたら歩いているからだ。いや、いずみちゃんがちんたら歩き私は仕方なくそれに付き合っている、というのが正確なところ。私は本来もっと計画的にシャキシャキ歩くタイプだし、夏休みの宿題はいずみちゃんが来る前に終わらせたし、別にいずみちゃんと遊ぶためじゃないし。
「暑すぎて笑えてくるわ。ふへへ」
そういえばいずみちゃん、髪が伸びた。去年の夏休みは耳が隠れるくらいだったのが、今年は肩まで切りそろえている。昨日結んでみたら小さなポニーテールが作れた。私が髪を触っている間中、いずみちゃんは鏡を見ながら、えへ、えへへ、と気持ち悪い声で笑っていた。
「私はぜんっぜん笑えないんですけど」
「あれ、怒ってるん? それ涼しい?」
「涼しくない」
「じゃあなんで怒ってるん?」
「暑いから!」
目的地は家。へらへら笑ういずみちゃんは無視。私達はてくてく歩いた。蝉が鳴いていた。うるさかった。曲がり角を一回、二回、やっと見えてきた赤い屋根。
「ああー遠い、遠かったわ、散歩遠いな! 大冒険やったな!」
「何それ」
私はようやくちょっとだけ笑った。家に着いてほっとしたのだ。
「喉渇いたー」
「……」
とにかく、暑くてたまらない散歩だった。電信柱の影を取り合ったり、水路を泳ぐ魚を取ろうと手を突っ込んでから汚い水にびっくりしたり、みるみるぬるくなるソーダを交互に飲んで最後は押し付け合ったり。首の後ろはじりじりするし、太腿は濡れてるし、右手はねちゃねちゃする。
「京ちゃん……って、あれ、また怒っとるん?」
私はいずみちゃんを睨みつけた。
「ねえ、鍵開けられないんだけど」
汗をだらだらながしながら、いずみちゃんはすごくいい顔で笑っている。
「手ぇ放せ、ばか」
「やだ。京ちゃん、好きー」
「ばか」
「もーかわいいなぁ! かわいい京ちゃんには必殺ちゅーや!」
「……こら!」
思いっきりビンタを返す。
そういうのは家の中でして。そんではやく、指、解いて。
おしまい




