番外編:安い手袋はもう絶対に買わないと決めた
今回もまたなんちゃってイギリスなお話です。
そして個人的なイメージをもとに作られています。
また、今回は死体の描写がございます。
それでも大丈夫!な方のみ本文へお進みください。
閲覧は自己責任でお願い致します。
「腹が減った。」
ギルは開口一番そう言った。
え、オレ今事務所に来たばっかなんだけど?食材なんて持ってないんだけど?
というか今16時だぞ。
昨日、ギルから"明日は事務所に来るように"と連絡が入った。
だから、オレは学校が終わってからすぐに事務所に来たのだ。
今日は9/20で、段々と冷え込んでくる頃合いだ。
日中はまだ17℃くらいなんだけど夜は10℃近くまで下がる。いや...そんなことは今関係なくて!!!
「いきなりですね。」
「あぁ、実は昨日の昼以降から何も食べてないんだ。」
「はぁ!?ちょっ、どうして!!」
またかよこの人は!!!
「依頼もないし、本でも読もうと思ったら出かけるのが億劫になった。そもそもスーパーで惣菜を買いたくない...。」
まぁ...確かに。スーパーの惣菜は美味しくない。
よく外国人はイギリス料理はまずいと言うが、ぶっちゃけスーパーの惣菜は現地の人間も思ってるから。
レストランのものは最近は美味しくなって来ている...けど出店がダメなんだよなぁ。
そもそも、イギリス料理は味付けはお客様がどうぞ!って感じだしな。
だから、テーブルには調味料が置いてあることが多い。
いや、そんなことはどうでもよくて...
「というか、それならオレが来る前に連絡くらいしてくださいよ...。」
「昨日、君に連絡した後充電が切れた。」
「じゃあ、充電したらどうなんですか!?そもそも何でオレが呼ばれたのか謎なんですけど、依頼入ってないんでしょう?」
「動くのも億劫だった。呼んだ理由...あれ...なんでだったかな...。」
うわぁ、ダメな大人の典型だこの人。
しかもオレが呼ばれた意味!!!
ん?...動くのが億劫だったってことは...
「ギル、今から15分で風呂入ってきてください。飯食いに行きましょう。」
「あぁ...そういえば風呂も入ってなかったのか...。ちょっと待っててくれ、すぐに入ってくるよ。」
本当にあの人は...。
オレはライザに飯はいらないとメールを入れておくことにした。
そして、その後待つこと30分でギルは出てきた。
二倍なんだけど...。
まったく!!本当に!!!!この人は!!!!
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結局、オレたちは事務所から20分ほどのレストランに行くことにした。
まだ16時半ということで、オレがそれほど腹が減ってなかったのだ。だから少し遠めのレストランにした。
正直、腹が減ったかと聞かれれば微妙...って感じなんだけど。
店に着くと、時刻は17時になっていた。
この時間なので、まだレストランには人がいない。あと一時間もすれば少し増えるんじゃないかな。
といっても、ここが賑わってるのってあんまり見たことないけど。
「あっ、オレは無難にフィッシュ&チップスで。すみません、少しトイレに行ってきますね。」
「じゃあ僕もそれで。わかった、頼んでおくよ。」
「ありがとうございます。」
オレは注文をギルに任せて、店の奥にあるトイレに行く。
出口に一番近いテーブルに座ったので、トイレに行くまでに全ての客の様子を見ることができた。
今いる客は三人か。
さっきから少ないとは思ってたけどこの時間だとこんなもんなんだな。
さっ、トイレトイレ〜。
ここの男子トイレは小便器が2つ、個室が2つと用具入れが1つだったかな。
扉が随時閉まっているタイプの奴だ。
オレ、あのタイプの個室嫌いなんだよなぁ。
入ろうとしたら鍵が赤になってたりとかな。逆に空いてないと思ったら空いてたり。
それならもうわかりやすく最初から扉開くようにしとけよ!!って思う。
まぁ今回は個室に用はなかったんだけど。
オレは手を洗いながらそんなことを考えていた。
さて、戻るかな。
戻った後オレは、ギルと最近読んだ本などの会話をしながら、料理が来るのを待っていた。
すると、その会話の中で「あっ、本だよ、本。君が読みたがっていた本を渡そうと思ったんだ。」と言われた。
どうやら、それが今日オレを呼びつけた理由らしい。
飯を食い終わったら事務所に取りに戻ろうという話になった。
探偵と助手と言う関係ではあるが、オレ達は依頼中以外はそこまで仕事の話はしない。
する時もあるが、しない時の方が断然多いだろう。
しかし、そんなオレ達の日常に事件を知らせる声が届く。
「ひっ、う、うわぁぁあああああああああ!!!」
悲鳴だった。
えっ...なにごと!?
「あれは...トイレからかな。」
ギルはそう言う。
言われて見るとトイレの中から、顔を真っ青にした男の人が出てきた。
制服は着ていないが、客の中には居なかった顔だ。おそらく従業員の人だろう。
何かあったようだ、とりあえず...
「行ってみましょう!!」
「えぇ...僕たちはご飯を食べに来たんだよ。あれ絶対面倒な奴じゃないか。」
と、言いつつもギルは目敏く周りに視線を配らせている。
「...周りの人間の行動を抜け目なく観察してる暇があるんだったら行きますよ。」
「うわぁ、これ絶対金にならないんだけど...。」
アンタそこまで金に困ってないだろうが。
ギルは渋々立ち上がる。
トイレの方に向き直ると、オレ達以外の三人の客は何事かとトイレの方に目を向けていた。
すると、厨房の方からおたまを持った男が出てきた。
「騒がしいですよ!!何事ですか!!」
「て、ててて店長!!ひ、人が、しんでっ、死んでるっ...。」
おたまを持った人は、店長さんみたいだ。
「何を言っているんです...そんな馬鹿なことあるわけないでしょう!!」
店長さんはトイレの中に入っていった。
数秒後
「ひぃ...!?」
と、小さく悲鳴をあげながら店長さんは出てきた。腰を抜かしてしまったらしい。
...これは、本当に人が亡くなっている可能性が高くなってきたな。
「...仕方ないか。」
ギルはそう呟く。
やっとやる気になってくれたようだ。
「申し訳ない、少し退いていてくれないか。」
「な、なんだよアンタ...や、やめておけ!!けっ、警察っ!!」
従業員の男は言う。
「いや、警察を呼ぶのは待っていてくれないか。余計な奴が来たら面倒だ。後で僕が呼ぼう。」
「な、何呑気なこと言ってんだよ!!」
従業員の男の人は相当パニックなようだ。
とりあえず、ギルが確認するまでは時間を稼ぐべきだろう。
うーん、ここは従業員の方より店長さんを説得した方が早い気がするな...よし
「待ってください!!...あの、店長さん。きちんと後で警察も呼びますので、騙されたと思って少しだけ彼に時間を頂けませんか。その様子だとお二人が嘘をついているようには見えないので、本当に中で人が亡くなられているのだと思います。...そういうことなら、恐らく彼は役に立ちますよ。」
店長さんは心ここに在らず、という状態だったが数秒後に「わかった。」とだけ一言呟いた。
確かに、人が死んでるのなんて見つけたら、こんな風に呆然とするのが普通だ。
とりあえずは、店長さん達は暫く放置しておいたほうがいいだろう。
「ありがとうございます。」
オレは一言告げて、ギルの後を追うようにトイレの中に入っていった。
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中に入ると、ギルは右側の個室の前に立っていた。
扉はギルが開けっ放しにしている。
ギルは俺に気づいたようで、扉は抑えたままそっと一歩下がった。
...見てみろってことかな。
オレは恐る恐る中を覗いて見る。
個室の中には鉄の匂いが充満していた。何度嗅いでも気分の良い臭いではないな、と思う。
こればかりは一生慣れたくないものだ。
死体は、個室の便器に背をあずけて座るようにして息絶えていた。
オレから見て右側の壁には筆を振って墨を飛び散らせたように血が付着している。
丁度オレの首くらいの位置だろうか。
死体の首の右側から血が流れていて、刃物が刺さった痕がある。そして同じく右の腹には、刃物が刺さったままになっていた。
刃物は...サバイバルナイフみたいなものだ。
サバイバルナイフよりかは幾分か小さいみたいだけれど。
ナイフの柄には指をかたどった血痕が付いている。
向きからしてこれは右手か...。
おそらくこれは被害者のものだろう。
...よく見たら死んでいる人の物であろうスマートフォン型の携帯電話が便器の中に沈んでいる。
これは...水没して壊れているんじゃないか?
被害者の服装は紺色のVネックのシャツとジーンズ。左手には時計、そして地面には鞄が落ちている。
そこまで確認したところで後ろから
「わぁ!!これはすごいですねー!僕本物の死体見たの初めてですよ。...あ、こりゃだめだ僕この臭いダメです、残念ですけど退散しますですはい。はっ!!いや、写真だけは撮っておくべきですよね!?」
という若い男の声と
「うへぇ、本当に死んでらぁ。やべぇんじゃねぇのこれ。」
という、これまた若い男の声と
「年寄りには刺激が強いな。」
という、渋みがかった声が聞こえて来た。
...あっ、やべ
「...すみません、ギル。入らないように言うの忘れました。」
「はぁ...。君は肝心なところで詰めが甘いな。まぁ、わざわざ顔写真を撮る手間は省けたわけだけれど。」
「う...すみません。」
今思ったんだけど、オレさっきトイレ行ってたんだよな...。
あの人がこの店に入ったところをオレは見ていない。
そもそもオレ達の後には誰もこの店に入って来ていないんだ。
つまり、オレがトイレに行った時にはもう既に死んでいた、と考えるのが妥当だよな...。
オレは死体があるのを知らずに...うわ、少し鳥肌立ってきた。
なんというか、知らなきゃよかった。
そんなことを考えていると、ギルが結論を話し出す。
「...自殺...ではなさそうだ。うん、他殺だろうね。多分、犯人は首を切って自殺に見せかけて殺そうとしたんだ。でも、被害者は死ななかった。だから腹を刃物で刺した。この刺し加減だと犯人は左利きなんじゃないかな。ほら、腹部の傷は死体の右側に出来てる。おそらくだけど、犯人は背後から右手で首を刺した。でもそれだけじゃあ即死には至らなかった。利き手じゃなかったからだろうね。そして、被害者はきっと振り返ってなんらかの反応をした。死んでいないことに驚いた犯人は、声を出されるのを恐れ、咄嗟に利き手の左手で腹を刺してしまった...。そして、最後に慌てて被害者の指紋をナイフにつけたってとこか。」
他殺...確かに自殺にしては何か違和感がある。
「はぁ?なんで自殺じゃねぇって言い切れんだよ。しかも背後から襲ったって、なんでそんなことわかるんだ?」
ダンガリーシャツを着た若めの男が反応する。
さっき2番目に発言してた人だ。
この人は客の3人の中で一番奥のテーブルに座ってた人かな。確か真ん中の列だった。
えっと...背後から襲った...あぁ、なるほど。
違和感の正体はおそらくこれで間違いないだろう。
「多分、血飛沫の場所ですよ。」
オレはダンガリーシャツの男に説明する。
「あ?」
「ほら、見てください。オレ達から見て右側の壁に多くの血がついてるんです。しかも割と高い位置に。対して左側にはほとんど付いていない。腹を刺して、血が勢いよくこの位置の壁まで跳ねるってのがおかしいのはわかりますよね?それに、ナイフは刺さったままですし、そこまで血が飛び散るとも思えません。となると、やはり残るのは首の傷です。えっと、この人が便器の方向を向いてる時を背面、便器に背を向けてる状態を正面として話しますね。今の正面を向いている死体の首の傷は、オレ達から見て左側...つまり、死体の右側に出来てるんです。だから血飛沫が右側に着くには、首を刺された時にこの人が背面を向いていないとおかしいんです。」
「ほほぉ、なるほどー。確かにそうなりますね!ですが、背面を向いて自分の首をブスーって刺した後に、死ねなくて今度は腹を刺したってことはないですか?ほら、それだとどっちも片側に傷が付きますから自殺としても成り立ちますよねー?」
一番最初に発言した人だ。
この人はどこかゆるい雰囲気を感じさせる。
確か...この人は入り口から見て左の列の丁度真ん中くらいに座ってた人かな。
オレがなんて言葉を返すか迷っていると
「それはないだろうね。もし本気で自殺しようとしている時、君は片手で腹を刺すのかい?...おそらく刺さないだろうね。きちんと両手で持って勢いよく自分の腹へ突き刺すはずだ。となると...普通なら刺し傷は真ん中付近に出来るはずだよ。多少右側にずれていても、ここまで大幅に右に逸れて刺さったりはしない。勿論、急所を刺すって発想もありだけど、そう考えてもこの位置を刺すのはおかしい。」
あぁ!なるほど...確かにそうだ。
「うーん、確かに僕ならそうしますけど。でもそれって一般的な話じゃないですかー。この人がそうだったとは限りませんよねぇ?首をその前に刺してるわけですし、意識があやふやでー、とりあえずさっさと死ぬために腹を片手でブスー...とか、ありそうじゃないですか?」
「はぁ...君は本気でそう思っているのかい?君は先ほどから彼を自殺にしたいみたいだけれど、そこまでして死のうとしている人間が両手で刺さない方がおかしいと思うけど。そもそも、意識があやふやならそれこそ腹を刺す意味がない。恐らくそのまま死ねるだろうしね。...いや、いい。もう一つの根拠を話そうか。」
「むむっ。本気で思ってるかって聞かれると思ってませんけどぉー。一応全ての可能性は潰しておきたいじゃないですかぁ。」
「ははっ、しかし君はそのすべての可能性を潰すだけの頭がなかったようだけど。結局は他力本願だ。まぁいいさ...さて、君が言った通り、状況的に首を刺した後に腹を刺したことが明白なのはわかるだろう?きっとかなり痛んだと思うよ、右腕。彼は、首の傷のせいで、動かしただけでも右腕に激痛が走ったはずだ。そんな右手を酷使してまで、腹を刺そうとするだろうか。おそらくうまく力も入らなかったのではないかな。さて、もう一度聞くけど、ここまで聞いても、君は自殺しようとしてる人間が本当に右手で腹を刺すと思うのかい?」
ギルが煽る煽る。
それに対して男は...
「...しない...ですねぇ。」
あっ、素直に納得してくれたようだ。
「だろう?だからこそ、これは状況的に見て他殺だよ。うーん、もう少し頭の回る犯人だったら咄嗟でも腹の真ん中辺りを刺していたんじゃないかな。この手の犯人は予想外の行動に弱いタイプだね。わざわざ右側を最初に刺したあたり、用意周到だし計画的犯行なことは確かかな。」
ギルはそう言った。
なるほど、そういうことか。
自殺で処理されたらよし。
しかし、もし仮に他殺だとばれた時でも、右側を刺すことにことによって、左利きの自分は捜査から外れやすくなることを狙ってたわけだ。
まぁ、予想外の事態によってその目論見は失敗したみたいだけど。
うーん...それでも、そんなのその場しのぎにしかならない気がするんだけど。捕まる未来しか見えない。
さすがの警察もそこまで馬鹿じゃないだろう。
でも、ギルが答えてくれたのはありがたかった。
正直、血飛沫以降はオレも全くもって検討がついていなかった。
多分ギルのことだ、オレが検討が付いていないことをわかっていたんだろう。
そんなことを考えていると、今度はダンガリーシャツの男が話しかけてきた。
「なるほどなぁ、お前頭いいな。犯人はわざわざ後ろからこの男の利き手側を刺したが、自分の利き手じゃないからこそ殺りきれなかったってことか。そんで死んでないことに驚いて犯人は手が出ちまったと。犯人は最後の最後で馬鹿なことしてんなぁ。ところで、そんな頭のいいアンタは何者だ?非番の警察か...?死体を見ても全く驚いていないみてぇだしよ。」
あっ、そっか。
まだ名乗っていなかった。
役に立つとかは言ったけど、肝心の職業を伝え忘れていた。
確かにオレは詰めが甘いようだ。
「まぁ、そうなるね。僕が何者かって質問には探偵だと答えておくよ。そしてこっちが助手だ。」
話を振られたので適当に答えておく。
「助手のアレンです。」
小さく会釈をすれば、最初に話したっきり会話に参加をしてこなかった、初老の男性が会釈を返してくれた。
「さて、そろそろ死体の話については終わりにしようか。...では、今度は僕が質問をする番だ。」
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その後、ギルはこの店にいる人間を全員ホールへ集めた。
ちなみに、店はクローズにしてもらった。
今の状態で人が入ってくるのはまずい。
「そういえばなんですけど、被害者の荷物は調べなくていいんですかー?床に落ちてましたよね。というか、あなた全然死体を触ったりして調べたりしてませんけど本当に大丈夫なんです?」
ゆるい雰囲気の男が話しかける。
妙にトゲがあるのはさっきの仕返しなのだろう。
「まぁ、僕は警察じゃないからね。流石に現場は警察より先に荒らすわけにはいかない。...ん?警察...あっ...流石にそろそろ警察を呼ばないとまずいか。」
ギルは思い出したように言った。
...普通に警察の存在忘れてたんだろうなぁ。
「申し訳ない。警察に連絡するから少し待っていてくれないか。」
そう言ってギルは電話をはじめた。
とりあえず、この間に今わかってることをメモに簡潔にまとめることにしよう。
ギルの方からは「あ、ウィル?今暇?」という声が聞こえて来るが、無視だ無視。
...ウィリアムさん...頑張って...。
ウィルとはウィリアム・メイブリックという、ニュー・スコットランドヤード勤務の刑事だ。
ギルの学生時代からの友人らしい。
オレも何回かギルと依頼中にお世話になったことがある人物で、責任感が強くとても頼れる刑事さんだと思う。
さて、ここのテーブルは合計15個だ。
横3列縦5列の並びで、全て固定のテーブル。
椅子は全てソファータイプの、片面2人の最大4人座れるものだ。いたってオーソドックスなレストランだと思う。
一応、パーソナルスペースを考えてか、席の背もたれに一つ一つガラスが付いている。隣の座席の人のことは見辛くなっているようだ。
そして一番奥のテーブルのさらに奥に厨房とトイレがある。
といっても厨房から直接はトイレは見えないようだけど。
うーん、こんな感じだろうか。
さて、ギルの方はっと...。
「え?何?あー...いや、連絡した警察関係者はウィルが初めてだけど?」
『なんでもっと早くに連絡しないんだ!!!死体を調べてる時間があるんだったらまずは連絡しろ!!!』
うわぁ、こっちまで声が聞こえてくる。
確かにそりゃそうだ。
まぁ、ギルに任せてくれって店長さんに頼んだのはオレなんだけど。
「声がでかいよ。それはウィルとライル以外が来ると、僕が現場から追い出されるからじゃないか。だから先に調べたんだよ。というか、別に追い出すのはいいけどさ、警察が僕より先に解決出来るようになってからにしてくれる?そのあと結局解決できなくて僕に頼るのいい加減やめて欲しいんだけど。追い出したのどこのどいつだったっけ?そもそも今回は僕だって巻き込まれてるだけだよ。腹減った、レストラン行った、なぜか死体があった、それだけだけなんだけど?というかまだこれのせいで僕は、ご飯食べれてないんだけど。これ、解決しない限り僕は空腹なままなんだよね。あっ、じゃあもうこれ帰っていいんじゃないか...?」
『ええぃ!他の警察職員への愚痴を俺に言うな!!俺はちゃんとお前を最初から頼ってるだろう!!!というか最後はもうお前の愚痴じゃないか!!知るか!!とりあえずすぐ行くから待ってろ!!』
ウィリアムさんも大変だな...こんな友人を持って。
「あっ、切れた...。ウィルが今から来てくれるってさ。」
「ええ、ここまで聞こえてましたよ。」
「あぁ、やっぱりかい?声が大きすぎなんだよ。」
頼むからデカイ声を出させてるのはアンタだってことに気づいてくれ。
そんなことを考えていると、初老の男性が声をかけてくる。
「まずは、監視カメラを確認するというのはどうだね?」
初老の男性はラフな格好をしているが、どこか所作が気品を感じさせる人だ。
確かこの人は、オレ達のテーブルの斜め前に座っていた人だ。3人の中では一番手前に座っていたと記憶している。
あぁ、確かに。
警察が来る前に確認しておいたほうがいいかもしれない。
ぱっと見てわかる範囲で、カウンターと入り口が見えるように設置されているものが1つ、客席が見えるように2つ、そしてトイレと厨房の入口が見えるように1つ。合計4つのカメラが視認出来る。
するとギルは、オレの予想に反して否定的な答えを出した。
「意味ないと思うよ。調べるだけ時間の無駄だ。」
「どういうことだね?」
「いや...だって、ここのカメラ入り口以外全部ブラフだよ。」
「へ?」
思わずオレは素っ頓狂な声を出してしまった。
「そうだよね?」
なんてこともないようにギルは店長さんに尋ねる。
いや...なんでわかったんだよそんなこと。
何回かここに来てるオレだって知らないぞ!?
すると、店長さんはバツが悪そうに答えた。
「え、えぇ...実は。入り口と中の金庫の前以外はダミーカメラです。」
「だよね。見てみなよ。入り口のカメラと他3つのカメラは形状が少し違う。しかも、ダミーカメラの3つはライトが点滅している。そして、本物はずっと点灯してるんだ。」
「あっ、本当だ。3つは点滅してますけど、もう一つはずっと点きっぱなしですね。」
うわぁ、よく気づいたな...。
「実は、普通の防犯カメラって殆どはライトの点滅はしないものなんだ。そして、外装もおそまつで残念。見る人が見れば一発でわかる。多分、あれ千円くらいで買えるやつだよ。」
「機械音痴なのによくわかりましたね...。」
「実際にアレをいじれって言われたって僕には無理だよ。ただし、見た目で判るなら別だ。それくらいの知識ならあるさ。」
つまりは"理屈は理解してるが、それを実践できるかどうかは別"って奴だろうか。
...知識だけあっても使えなきゃ意味ないんじゃないか?
いや...実際、推理には役立ってるからいいのか?
そんなことを考えていると、申し訳無さそうに店長さんは言う。
「...金銭的な問題もありましたが、逆に入り口と金庫の前を本物にしておいて、残りのカメラをダミーにしておけば、もし泥棒にあった場合、全てダミーだと思い込んだ泥棒をあぶり出すことが出来るのではないかと思っていたんです。入り口は本物ですし...で、でも殺人事件が起きるだなんて!!!」
確かに、それだと一度来た客が犯人だという可能性が高くなる。きっと覆面をしていたとしても過去の映像に素顔も写ってるだろう。
「まぁ、泥棒に対してだったならそれなりに対処としては正解だった思うけどね。ひっかかる泥棒の方が間抜けだ。でも実際起こったのは窃盗ではなく、殺人事件だった...と。」
「す、すみません...。」
「いや、店長さんが謝ることじゃないさ。殺人なんて馬鹿なことをやる人間が悪い。そう言うわけで...どうせ入り口のカメラを見たところで、誰が何時にここへ来たか程度しかわからないだろうね。正直、時間の無駄だ。今回はタイムリミットがあるからね...警察が来る前に、犯人の特定をしようじゃないか。」
今回は死人が出ている。
と言うことは、ウィリアムさん以外の警察の人間も来るだろう。それを見越してのタイムリミットか。
「店長、今日の従業員は貴方を含めて3人ということでいいのかな?」
この場には
店長さん、ウエイターの女性、従業員の男性
の3人の従業員が集まっている。
「いえ、今日は午前中に他に2人の従業員がいました。といってもそこの2人と15時に交代で、彼らは帰りましたが...。」
「...なるほど。では、まず最初に従業員の3人に聞くけれど、3人のうち誰かが長時間厨房から居なくなったりしたところを見た人間はいるかい?」
ギルの問いに、従業員全員が首を振った。
「それに関してなら私達従業員は犯人ではないと言い切れます。私とサルマン君は厨房担当で、さっきサルマン君がトイレに行くまでは、私達は今日は厨房から一度も出ていません。といっても、そのおかげで死体を発見する羽目になったようですが...。ハンナ君の方は、ウエイターの仕事がありますし、ホールには出て行ってはいましたが、疑問に思うほど長時間いなくなったことはないですね。」
どうやら従業員はサルマンさん、ウエイターはハンナさんと言うらしい。
「は、はい!私達はお互いにアリバイが証明出来ると思います。」
ハンナさんはそう言った。
サルマンさんも首を縦に振っている。
「まぁ、そうだよね。元々、僕は従業員のことは疑っていない。一応は聞いておいたけど...これも時間の無駄だったかな。それでは、そろそろ本題に入ろうか。改めて、ウエイター。被害者に見覚えは?」
「あります。ですが、おそらく初めてのお客様です。今日入ってきた時に、何も頼んでいらっしゃらなかったのでよく覚えています。」
「何も頼まなかった...ね。では、次に彼が入ってきてからの行動を教えてくれ。」
「えっと...入ってきた後、お水をお出ししました。私はその後、誰かから注文があるまで厨房に戻ることにしました。15分くらい後でしょうか...次にホールに出た時にはもういなくなっていて...おかしいなって思ったんですけど...何も頼まず帰ってしまったのだと自己完結することにしたんです。」
「つまり、15分間は何もホールからアクションはなかったんだね?...その時、君は何故ホールに?」
「はい、ありませんでした。ここは呼び鈴を鳴らすタイプですので、呼ばれるまではウエイターは厨房からは出ません。その時は、一番奥のお客様からお冷のお代わりを頼まれました。」
一番奥っていうとダンガリーシャツの人か。
「なるほど、ありがとう。最後に、それはいつ頃か覚えているかい?」
「ごめんなさい、時計は見ていなかったんです。あっ、でも、あなたたちが来る20分ほど前だったかと。」
「ありがとう。...そうか、その証言を元に考えると、ウエイターが被害者を最後に目撃したのは16時25分頃。それから15分の間には殺されてるはずだからだいたい16時40分頃までには死んでいたわけだ。ということは、15時以前の従業員も全く関係ないことになるね。やっぱり犯人は3人の客の中で決まりかな。」
確かにここまでの話を聞くと、従業員がは怪しくないと思うけど...ギルは何故最初から従業員を犯人候補から外していたんだ...?
「あの、どうして最初から彼らは犯人では無いと?」
「あぁ...彼らはおそらく、全員右利きだったからね。」
「えっ、いつ確認したんですか。」
本当、抜け目ないなこの人。
「ウエイターの彼女は注文を取りに来た時、文字を記入していたのが右手だった。従業員の彼はトイレのドアノブを開けた時使っていたのが右手。最後に店長さんは声に反応して出てきた時におたまを持っていた手が右手だった。まぁ、それだけじゃ利き手と判断するのは早計だと思うけど。だからまだ確証には至らない。」
「なるほど...そしてさっきのアリバイでほぼ確定したわけですか。」
「そういうことだね。本当はそれだけじゃないんだけど...。これは衝動的犯行ではなく、計画的犯行だ。さて、アレンは自分の働いてる店で人を殺そうと計画するかい?」
「あー...無いですね。そんな簡単に足がつきそうなことしません。計画的に行うならもっと別の場所にします。」
「だろう?だから犯人はきっと部外者だろうってね。」
確かに、これにも納得する。
「さて、助手の疑問も解消したことだ...次に君達のアリバイを聞こうか。職業、年齢、名前、被害者と知り合いだったか、そして最後に店に入ってからの行動の順でよろしく。はい、じゃあ奥にいた人どうぞ。」
ギルは客の3人に向き直った。
そして、一番初めにダンガリーシャツの男を指名する。
「お、俺からか!?...いや、いいけどよ。セキュリティ会社勤務の29歳、ダリウス・バーグ。被害者とは知り合いでも何でもねぇよ...。俺は三人の中で入ったのは一番最後だな。腹が減ったからここに来たんだよ。んで、まずメニュー見て注文決めて。肉が食いたいからステーキ頼んだ。そんで15分くらいで肉が届いて食ってたよ。被害者が入ってきたのはそのくらいだったと思うぜ。そいつは席に座った後すぐトイレに行ったらしいが、トイレに行ったのもその後トイレに入った奴がいたのも、肉食うのに夢中で俺は見てないし知らねぇ。そんでさっきそこのウエイターが言った通り水がなくなったからお冷をもらった。あっ、でもそこのガキがトイレに行ったのは覚えてるぞ。その頃にはもう腹一杯になってて食休みしてたところだ。」
「ありがとう。では次。」
次に、ギルは初老の男性を指名する。
「私か。私は社長をしている...といっても小さい印刷会社だ。52歳、名をリアム・エリントンと言う。被害者と面識はない。初めに行っておくが、私はあまり耳が良くなくてね、普段は補聴器を付けているよ。大きい音は普通に聞こえるんだがね...。だから、誰かが席を立った音なんかは聞こえていない。彼らより座席が手前だし、入り口方向を向いていたから見えてすらいなかった。補聴器は注文を頼む時しかつけていないんだ。さて、私が来た順番だったかな...2番目だ。来たのは丁度15時半頃だったかな...もう既に従業員はそこの二人になっていたよ。私が唯一見ていたのは君達がやってきて、そっちの若い子がトイレに向かった姿だけだよ。」
「どうも。では最後に君だ。」
ギルは最後にゆるい雰囲気の若い男を指名する。
「あぁ、はい僕ですねー。僕はジャーナリストやってます。22歳です。えっと、名前でしたよね。セロン・ミルナーです。被害者は全然知らない人ですねー。僕は朝からここにいましたよ。ずーっと音楽聞きながらパソコンカタカタカタカタ打ってました。まぁ、ジャーナリストですからね。まだまだ下っ端ですけど。というか、ぶっちゃけると誰がトイレに行ったとか見てませんし覚えてませんねー。朝からいましたし、音楽聴いてましたし?時計は一応持ってますけど、パソコン打つのに邪魔で外してました。パソコンの時計も文字打ってて見てませんでしたし、時間感覚ないんですよねぇ。たまに注文してはそれをつまんだりして、ひたすら文字打ってました。...ところでこの事件記事にしてもいいですか!?僕としてはそっちのが問題なんですよね!!くぅぅううう!!まさか自分が容疑者になるなんて!!これは...売れる予感!!」
「わかった、もういい。記事にするのは勝手にすればいいさ...君が犯人でないならだけど。あっ、でも僕の名前とか出したらそこの会社潰すから。」
「はははっ、結構大きな会社ですよー?さすがの頭のいい探偵さんでも潰せるわけないじゃないですかぁ。やだなぁ。」
...ギルならやりかねないことをオレは知っている。
「何を言っているんだい?...大きい会社ほど叩けば埃は出てくるんだよ。」
わぁ、ギルの目がマジだ...声は笑ってるけど目が笑ってないぞー?
「あはっ、あはは...や、やだなぁ...出しませんって...プライバシーはジャーナリストでも守らないといけませんよねぇあはははは...。」
あ、流石に本気だって気付いたみたいだ。
ギルの目が死んでるからこそ威力倍増だと思う。
ここでオレは全員の情報を、さっきのメモした内容に付け加えた。
「そう言えば、ウエイター。一つ聞き忘れてたんだけど、この三人に見覚えは?」
ギルはウエイターに尋ねる。
そこで話を振られると思っていなかったのか、ウエイターさんは少しビクリと体をふるわせていた。
「えっ!?あっ、はい!全員常連さんなので見覚えはあります。」
「OK、ありがとう。さて、ここらで少し犯人の情報を整理しよう。今判っている情報は1.左利きの人物、2.被害者と知り合いの人物、3.店内のカメラがダミーカメラだと知っている人物。計3つだ。」
「被害者と知り合いの人物だと?なんでそう思った?てかよ、そんなやつ一人もいなかったじゃねぇか。」
ダリウスさんは言う。
「あぁ、3人のうち誰かは嘘をついていることになるね。この犯行は被害者の利き手を知っていないと思いつかない。ということは被害者と犯人はなんらかの関係があったということだ。被害者は時計を左にしていたし、特に理由がない限り右利きだと考えていいだろう。まぁ、今それを特定する手段は無いみたいだが。....それに、被害者の携帯は水没していたんだ。これは憶測だけど、直前まで犯人と被害者は連絡を取っていたんじゃないかな。きっと、犯人はメールでここのトイレに被害者が来るように誘導したんだ。そして、被害者を殺した後、履歴の削除を素早く終わらせ、保険と言わんばかりに水没させた。」
そういえば、トイレの水は携帯が壊れやすいと聞いたことがある。泥水や塩水もそうらしい。
「なるほど、確かに理にかなっちゃいるな。」
「そういうこと。あっ、犯人に一つ面白い話をしようか。実は携帯のメール及び通話履歴って、持ち主の電話番号さへ判れば、携帯会社に連絡すると過去1年くらいの履歴は出てくるみたいだよ。多分、被害者の身元が判ればすぐ犯人は見つかるだろうね。実に計画的だが、粗雑で残念な犯行だ。これくらい調べればすぐわかっただろうに。」
「あれ、でもでもー、犯人がすぐわかるなら、じゃあなんで探偵さんは今推理しているんです?」
セロンさんが問う。
「確かに、この推理は金にならないし僕自身無駄な労力だとは思うよ。けれど、僕は今とても腹が減っているんだ。」
つまりは警察に任せたとしたら、事情聴取を受けることになる。そうしたらさらに時間がかかる。自分が解いた方が早く犯人が見つかって解放される...と。そして自分は腹が減ってるからなるべく早く飯が食べたいと。
清々しいほどの自己中心的な考えだな。
「へ、へぇ...。」
流石のセロンさんも少し引いているんだけど。
しかし、そんなことは構わずギルはさらに続ける。
「さて、そんな話はどうでもいい。次に3つめのダミーカメラの話だけれど...これは、君達3人全員が当てはまるだろう?」
...嘘だろ?と思いながら三人の方を見ると、全員が目を逸らしていた。
マジかよ...。
「Mr.ダリウスはセキュリティ会社勤務。勿論、監視カメラがダミーかどうかくらい判断するなんて簡単だろう。Mr.リアムは社長。なら監視カメラ選びも当然したことあるはずだ。ダミーカメラの話を聞いていたっておかしくはない。最後にMr.セロンはジャーナリスト。人を追いかけ回すのが仕事だし、盗撮まがいなこともするはずだ。監視カメラの位置や、それがダミーかどうかの判断もしたりするはずだよね。」
「た、確かに俺は常連だしよ、職業もセキュリティ関係だし、ダミーカメラの事だってすぐわかったよ。でもだからってこんな飲食店で人なんざ殺されねぇよ。それに俺は被害者の事だって知らねぇし。」
「ええ、僕もダミーかどうかくらいわかりますよ。でも、だからって僕は事件なんておこしませんよー。僕は事件を書くのが仕事であって、乗るのは仕事ではありませんから。」
「あぁ、確かに君の言った通りだ。私は監視カメラを選んだことはあるしダミーカメラの話も聞いたことはある。しかし、見ず知らずの人間を殺したりはしないよ。」
「おや、本当に知っていたんだね。鎌かけてみただけなんだけど。..."まずは、監視カメラを確認するというのはどうだね?"これは、さっきあなたが言ったことですよ、Mr.リアム。はははっ、ダミーカメラと知っていた人物の言葉とは思えませんね。それに、Mr.ダリウスはやたらと突っかかってくるし、Mr.セロンはやたらと自殺にこだわった。これだとまだ全員に疑惑があるかな?...まぁいいだろう。さて、では次にテーブルを一人一人見せてもらおうかな。あっ、僕は警察じゃないから手荷物までは確認しないよ、だからそこは安心してくれ。」
オレが犯人ならもうすでに安心もクソもない。
あれ、そう言えばなんで犯人はまだ店に残っているんだ?死体が見つかるまで20分はあった。逃げる時間はあった筈なのに。
オレはギルに聞くことにした。
「ギル、どうして犯人は逃げずに店内に残っていたんでしょう?」
「おそらくだけど、警察の反応が見たかったんじゃないかな。他殺か自殺のどちらで処理するのか見ておきたかったとか。後は入り口のカメラには映ってるだろうし、後々警察が来る方が面倒になるって思ったとかかな。正直な話をすると、そこら辺は犯人の思考の問題だからあまり興味がない。そんなことは警察に任せておけばいいさ。」
「あっ、はい...そうですか。」
あぁ...この人、"事件の犯人"を見つけることしか頭にないな。
"犯人の犯行後の思考"は"事件の犯人"を見つけることに関係がないから興味がないと...まぁ、そうか。全ては事件が起こった後の考えなのだから。
「ではまずは、Mr.ダリウスのテーブルから調べようか。」
奥から順番に行くらしい。
ダリウスさんのテーブルをオレは見る。
先程、ダリウスさんが言っていた通り頼んでいたのはステーキみたいだ。皿の左側に肉が1/3ほど残ってテーブルに置かれている。他にも人参などの付け合わせも残っているようだ。
テーブルの上にはステーキの他に、メニュー、調味料、お冷が置いてある。
うーん、...これといって違和感のない、普通のテーブルだと思う。
ソファーの上には鞄の他に、コートとかなり新しい手袋が置いてある。
まだ外は冷えていないが、夜になると10℃近くまで下がるのだ。コートと手袋を持っていたところでおかしいことはないだろう。
思わずオレは
「最近冷えますよね。手袋、新しく買ったんですか?オレ片方どっか行っちゃったんですよ...俺も買わないとなぁ。」
と話しかけてしまった。
「おぉ、今日冷えるって聞いてな、99ペンスショップで新しく買ってきたんだよ。」
オレも早めに買いに行かねば...
オレ達が会話をしていると
「そう言えば、セキュリティ会社勤務と言っていたけれど、今日はなぜこの時間に店にいたんだい?一応は平日だけれど。」
とギルは思い出したように男に尋ねた。
「ん?あぁ、俺のところはシフト制だからな。夜勤になったり平日が休みになったり。そんで俺は今日は休み。」
「あぁ、なるほど。では、次に真ん中のテーブルへ行こう。」
「僕のテーブルですねぇ。特に怪しいところはないと思うんですけどー。」
そうセロンさんは言う。
セロンさんのテーブルを見ると、空になった皿が1つあり、まだ食べ物が残っている皿が2つあった。
残っている皿にはコーニッシュパスティとチップスが入っていた。
チップスは半分くらいが無くなっていて、コーニッシュパスティはナイフで切ったのか、左側半分ほどが綺麗に切り取られて無くなっていた。
他にはノートパソコン、音楽プレイヤー、ヘッドフォン、お冷、メニュー、調味料がテーブルの上に置かれている。
おそらく、コーニッシュパスティを手で持って食べなかったのは、その手でパソコンのキーボードをタッチしたくなかったからだろう。
カスがキーボードの間に入ったりすると掃除するの大変なんだよなぁ。
ソファーの上にはマフラーと手袋、新聞、鞄が置かれている。
...寒がりの俺としてはその程度の防寒具で大丈夫なのかが疑問だ。
コートとかさ...着ないと寒いって絶対。
「手荷物は見ないと言ったが...新聞を見してもらっても?」
「新聞ですか?全然いいですよ。」
セロンさんはギルに新聞を手渡す。
ギルは新聞を数秒眺めた後、セロンさんに返していた。
「ありがとう。今日の朝刊か...いや、これは全然事件と関係ないことなんだけど...どうもこの記事が気になってね。あの作者新刊出すんだね。」
そう言ってギルが指をさしたのは、ギルの好きな推理小説の作者が新刊を出すという記事だった。
「あぁ、その作者さん僕も好きなんですよー。朝ここに来る途中に、この記事をちらっと見て即買っちゃいました。ジャーナリストってこういう記事は新聞に載ってからじゃないと知らなかったってことも多いんですよねー...。勿論、先に知れる時もありますけど。今回はここの新聞社が独占して情報貰ったみたいです。それを買っちゃった僕も他社に貢献したみたいで複雑なんですけどねー...。」
なるほど、ギルは昨日から外に出ていなかったし、携帯も使えなかったから知らなかったのか。
「うん、楽しみが増えた。さて、最後だ。」
最後はリアムさんのテーブルだ。
テーブルには食べかけのフィッシュアンドチップスとコーヒー、革手袋が置いてあった。
リアムさんもセロンさんと同じようにフィッシュアンドチップスをナイフで切って食べていたようだ。右側半分が綺麗に切られて残っている。
彼はどこか気品を感じさせてはいたが、食べ方も綺麗だったようだ。まぁ、社長だしなぁ。
ソファーの上にはコートと鞄が置いてあった。
「リアムさんも今日はお休みで?」
「あぁ、私も今日は休みだよ。昨日まで7連勤だった。私は、休日にここのコーヒーを飲みに来るのが趣味でね、補聴器を付けず、何もせずゆっくり過ごすのが好きなんだ。」
「補聴器をずっとつけていると体調を崩すって人も多いらしいね...申し訳ない、体調は大丈夫かな?」
「ははは、仕事中に比べたら天国と地獄だ!こんな短時間ならば全く問題はない。それに君のせいではないだろう?この責任は犯人に取ってもらうとしようか。」
「ありがたいお言葉だ。...確かにね。では、そろそろ犯人を暴くとしようかな。」
「おや、もう判ったのかね?」
「さぁ、どうかな?」
「あれ...判ってないんですか?」
オレはギルに聞いた。
おかしいな、ギルが犯人を暴くって言う時はもう大抵犯人が判っている時だ。
すると...
「犯人はね、今から決める。」
と言った。
「「「「「「「はぁ?」」」」」」」
ギル以外の全員の声が重なった。
決める??え??当てるじゃなくて??
「はははっ、いい反応だ。うん、今から犯人を決めるよ。これからじゃんけんを三人でしてもらう。では、じゃーんけーん...」
そこまでギルが言ったところで
「ちょ、ちょっと待てよ!?決めるってなんだよ!?じゃんけん!?はぁ!?」
「そうですよ!!そんなので犯人にされるってえぇ!?」
「どういうことだね?」
と三人の容疑者が声を上げた
「あぁ、説明不足だったね。いや、僕の予想では犯行の証拠が手についているんじゃないかな...と思ってね。だから今からじゃんけんをして、手を出さなかった人間が犯人だよ。まぁ、騙されたと思ってやってみてくれ。あ、これ出さなきゃ即逮捕だから。それじゃあいくよー!!だっさなっきゃ逮捕だじゃーんけーんぽんっ!!!」
こいつは何を言っているんだ、という言葉をありありと顔で表現していながらも、全員はきちんと手を出していた。
ダリウスさんはパー、セロンさんはチョキ、リアムさんはグーだった。
「はい、犯人みっけ。Mr.ダリウス、君が犯人だね?」
ギルはそう言った。
はぁ!?なんでだよ!?
「いや、な、なんでだよ!!俺はちゃんと手を出しただろ!?」
勿論、彼も同じことを疑問に思ったようだ。
「あぁ、ごめん、さっきのあれ嘘だから。僕は最初に言っただろう?"この手の犯人は予想外の行動に弱いタイプだね"って。君が今咄嗟に出した手は...左手だ。」
そう言ってギルはパーの形をしていたダリウスさんの手を握手するように握る。
確かに左手だった。
「っ!?こんなことで犯人にさるてたまるかよ!!!つか離せ!!!じゃんけんなんてどっちの手出したって変わんねぇだろ!!」
ダリウスさんはギルの手を払いのけた。
ギルは手をさすりながら
「普通、じゃんけんって利き手が塞がっていない限り利き手でするものだと思うよ、僕は。しかもさっき君たちは相当混乱していたはずだ。咄嗟に出すなら尚更利き手だと思うけど?きっと君はこうやって必死に考えていたんじゃないかな...血が付いていないことは確認したはずだ、これはこいつの嘘に違いない、でもそうじゃなかったら?本当に証拠があったら?どうする?ってね。結果、咄嗟に君が出したのは左手だった。どうだい?当たっているかな。」
と言ってのける。
「んなわけねぇだろうが!!たまたまに決まってんだろ!?」
「そうかい、では次の証拠だ。まさかこれだけだとは思っていないだろう?」
「証拠なんてあるわけねぇだろうが。俺は犯人じゃねぇんだからよ。」
「いや、あるよ。君のテーブルの上だ。」
「あぁ!?テーブルの上には肉と水しかねぇぞ?まさかそれが証拠だなんて言わねぇよなぁ?」
ニヤニヤしながらダリウスさんは言う。
うっわ、今めっちゃ悪役っぽい顔してるよ。
「そのまさかだけど。」
「マジで言ってんのかよ!お前最初はすげぇと思ってたけどよぉ、実はへぼ探偵なんじゃねぇの?」
「さぁ?自分だとへぼいかどうかは判断つかないけれど...見てもらいたいのはステーキだよ。」
オレはステーキを見る。
...いたってなんの変哲も無いステーキだけど。
まさか残してあるのが証拠とか...いやそれはないか。
「肉がどうしたってんだよ?あぁ?」
ダリウスさんの株がどんどん暴落していく。
まぁ、もともとないようなものだったけど。
「あれ、ここまで言ってもまだわからないのか。僕が注目してもらいたいのは肉が残っている位置だよ。」
「...位置ですか?左側に肉が少し残ってますけど...。」
オレは事実を告げた。
「うん、そこだよ。さて、アレンはステーキを食べる時どっちから食べる?」
「え?左からですけど...あれ、でもこのプレート逆から食べ始めてますね。」
「そう、そこだよ。右利きの人は普通、ステーキを食べる時は左から切り取って食べる。すると、右側の部分が残っていくことになるんだ。でも、これは逆...つまり、君は右から食べ始めたんだよ。そうだろう?だって君は左利きなんだから。」
「っ...!!あ、あぁ、そうだよ!!俺は左利きだよ!それがどうした!?だからって俺が犯人だとは限らないだろう!?お前の推理が間違っている可能性だってある!!そもそも犯人は左利きと見せかけた右利きの犯行かもしれないだろ!?」
「"肉食うのに夢中で俺は見てないし知らねぇ。そんでさっきそこのウエイターが言った通り水がなくなったからお冷をもらった。あっ、でもそこのガキがトイレに行ったのは覚えてるぞ。その頃にはもう腹一杯になってて食休みしてたところだ"これは君が言った言葉だ。」
ギルは本を読み上げるように、ダリウスさんが先ほど言っていた言葉を声に出した。
「そ、それがなんだってんだよ。」
「腹が減って君は店に入ったんだろう?そして、肉を食べるのに夢中でトイレに行く人間にも君は気づかなかった、そう証言したはずだ。それに、僕達が来る頃には腹は一杯になっていた、そうとも言ったね?それなのに、肉が皿に残っているのはおかしいとは思わないかい?...君は腹がいっぱいになったのではなく、人を殺したことで肉が食べれなくなったんじゃあないのかい?後、お冷を頼んだのは、自分がテーブルにいることをウエイターに覚えておいてもらうため、あとは単純に緊張を和らげたかったんじゃないかな。」
確かに、改めて聞くと少しおかしいと思う。
けれどそんなのは...
「き、今日はたまたま腹に入らなかっただけだ!!水だって無くなったから、それだけだ!!それに、俺はこいつと知り合いでもなんでもねぇぞ!!」
そう、こう言われてしまえば終わりなのだ。
「なんだ、まだ認めないのか。ではもう一つ。君はきちんと犯人と知り合いだって自分で言っていたじゃないか。」
「あぁ!?んなわけねぇだろ?俺がいつ言ったって言うんだよ!!」
「おや、覚えていないのか。"犯人はわざわざ後ろからこの男の利き手側を刺したが、自分の利き手じゃないからこそ殺りきれなかったってことか。そんで死んでないことに驚いて犯人は手が出ちまったと。犯人は最後の最後で馬鹿なことしてんなぁ"って君は言ったじゃないか。ははは、本当に君は馬鹿なことをしているなぁ。」
「あんだと!?...ふー...いや、それのどこが知り合いだって言ってんだよ?」
ダリウスさんはかなり余裕がなくなってきたようだ。
けれどまだ、クールダウンする...という正常な判断は出来るみたいだ。
「ん?だって、誰も一言もこの時"被害者の利き手は右だ"なんて言っていないよ。だというのに、君は右側を"この男の利き手側"と断言したじゃないか。その点、Mr.セロンは"どっちも片側に傷が付く"と言っていた。つまり、君は被害者を元から知っていたんだ。違うかい?」
「そ、そんなんお前が最初に犯人は自殺に見せかけようとした、何て言ったからだろ!?傷は右にできてるんだ、誰しも被害者の利き手は右だと思うに決まってんじゃねぇか!!!だから俺はあの男の利き手は右だと思い込んで利き手側って言ったんだ!!」
「そうかい、では最後に一つ。おそらく、少しは頭の回る犯人のことだ、指紋なんて残すとは思えない。きっと手袋をしていたはずだ。」
「手袋なら全員持ってるだろうが。」
「まぁ、最後まで聞きなよ。普通に考えて手袋だけで人を刺したら手袋に血がつくってのはわかるだろう?でも君たち三人の中に手袋に血が付いていた人間はいなかった。ということは、犯人はタオルかなにかで手の上をさらに巻いていたと思うんだ。でも君たちがそんなものを持っている素振りはない。そんな犯人だとすぐ特定されるような証拠、鞄に入れるわけもないだろうしね。では、タオルはどこに行ったか...僕が思うに、トイレのタンクの中なんじゃないかな。」
「そ、それがどうしたって言うんだよ。」
「どうもしないけど?僕が問題にしたいのはこの次なんだよ。それは、被害者の携帯電話だ。犯人は勿論、これにも指紋を残さないはず。データを消す為には手袋は邪魔になるよね、普通なら。でも、最近だと手袋をしたままでも携帯をいじれるものもあるんだ。勿論99ペンスショップでも売っている。」
「何が言いてぇんだ?」
「つまりは君は、その為に手袋を買ったんだろう?ってことだよ。」
「さっきも言っただろう?俺は今日は寒いと聞いたから手袋を買っただけだ!!」
「そうそう、99ペンスショップの手袋を使った友人から聞いた話なんだけど...あれ、かなり毛が抜けるらしいね。出てくると思うけどな、被害者の携帯電話と使ったタオルを調べれば...君の手袋の繊維。あぁいうのは水に浸かったってわかるもんだよ。それにさっきも言っただろう?携帯会社には履歴が残っているって。いい加減認めたほうがいいと思うけれどね。往生際が悪いよ。」
ギルがそう言い切ると、ダリウスさんはその場に崩れ落ちた。ダリウスさんの完敗だろう。
「ははっ、はははは!!!っくそが!!...わかってたんだ、わかってたんだよ!!バレることくらい!!犯行もずさん!!タオルの隠し場所も現場!!あんな殺し方じゃすぐバレるに決まってんだ!!でもよぉ...こんな短時間でバレるなんて誰が思う!?鑑識だのなんだので2日はかかる計算だった...なのに死体が見つかってから1時間も経ってねぇだと!?ふざっけんじゃねぇよ!!!」
「ははは、君は何を言っているんだ、人を一人殺したんだよ。そうだなぁ、敢えて君と同じ言葉を使うなら...ふざけるなよ。」
ギルはキッパリとダリウスさんに言い捨てる。
「ふはっ、はははは!!だが俺はあいつをどうしても殺したかった!!ははは!!やった!!俺はやったんだ!!やっと解放されんだ!!あいつが人生につきまとうくらいならムショに入ったほうがマシだ...はは...はははは。」
彼は最後には力なく笑っていた。
オレはそんな彼を笑うことはできなかった。
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その後、数分後に警察は到着した。
「ギル!!ギルバート!!!おい、今どういう状況になっている!?被害者は!?」
ウィリアムさんは店に入るなり、開口一番そう言った。
「被害者は奥のトイレに。もちろん現場は荒らしたりはしていないよ。そしてはい、彼が犯人。」
ギルはダリウスさんを指しながら答えた。
するとウィリアムさんは目を見開き
「もう見つけたのか...。」
と驚いていた。
確かに、今回はかなりのスピード解決だった。
これにはオレも驚きだ。
「もう見つけたのか...って警察が来るのが遅いだけだろう?何十分かかっているんだ。」
ギルの言葉で、ハッとした。
今何時だ?
時計を見れば、時刻はもう18時を迎えようとしていた。警察が来るまでは...大体40分くらいか。
「仕方ないだろう、これでもオレは急いだぞ。そもそもお前がもっと早くに連絡していればだなぁ!!」
「あーはいはい。そうだったそうだった。」
そこまで言い終わると同時に、店の中に数人の警察関係者が入ってきた。
ウィリアムさんがそれを確認すると
「被害者は奥のトイレ。被疑者はそこの彼だ...署まで同行しろ。」
と、テキパキと指示を出していった。
続いて、ウィリアムさんは従業員3人と元容疑者2人の方へ向かっていき、今後の説明などをしに行った。
「あぁなったらウィルは暫くは話にならないかな。一度仕事のスイッチが入ったら止まらない。」
「それもウィリアムさんのいいところだと思いますよ。仕事に熱心でまっすぐなところ。」
「そうかい?僕はあれのせいで何回も関係ない事件に巻き込まれたよ。まったく、熱血野郎はこれだから...。」
そんな話をしていたが、だんだんと店の中に警察関係者が多くなってきているのにオレは気づく。
ギルは、少し不満げな顔をして
「というか、僕達まだご飯食べてないんだけど。」
と言った。
「いやぁ、これはもうそれどころでは無さそうですよ...。」
暫くはこのレストランは休業だろう。
時計を見れば18時10分になっていた。
うーん、まだ間に合うかなぁ...。
オレはライザに電話をすることにした。
すると、ワンコール目でライザは出てくれた。
『もしもし?どうしたの?』
「ごめん、やっぱり家で食べるわ...。三人分用意してくれないか...。」
『はぁ!?ちょっ、今更!?もっと早く言ってよ!!!残ってるので作るからどんな料理でも文句言わないでよ!?!?!』
「できれば肉料理以外でよろしくお願いしたい。」
『もう一度言うわ、文句言わないでよね。』
切れた。そしてキレられた。
まぁ、そりゃキレるわな。一方的に飯はいらないってメール送ってるんだから。
それでも用意してくれるあたり、本当にライザはいい奴だと思う。
できた妹を持ててオレは本当に幸せだ。
「多分オレ達の家に着く頃には飯、出来てると思いますよ。」
「そうか。ではお言葉に甘えて御相伴にあずかろうかな。」
「どうぞどうぞ。」
「では、行こうか。ウィルはまだ話してる...か。手袋の使い心地を教えてくれたお礼を言いたかったんだけど。...まぁ、僕等は帰っても平気か。後で適当に連絡でも入れておけば大丈夫だろう。」
そう言ってギルは外に出てオレの家の方へ歩き出す。
勿論、オレもそれについていく。
というか、あの体験談ウィリアムさんだったのか...。
「いいんですか?」
「いいよ。それにしても、君はいい妹を持ったね。」
「えぇ、本当に。オレには勿体無いくらいできた妹ですよ。」
「...僕のところもあんなに可愛げがある人間だったらよかったんだけど。」
「あれ、ギルも兄弟いるんですか?」
「うるさいのが1人ね。」
「なんとなく一人っ子だと思ってました。」
「あぁ、そうだ。一人っ子っていう可能性もあったのか。僕的にはそれが一番よかった。」
「そんなこと言ったらご兄弟の人が可哀想ですよ。」
「言ったとしてもアレは自覚済みだから"この愚弟が!!"としか言わないと思うけど。」
うわ、兄弟揃ってどんな性格してるだよ。
「あれに比べたら僕はまだマシな方だと思うけどね。」
...また顔に出てたのか。
「本当に君はわかりやすいね。」
「...そこまで言わせる人ってどんな人なんですか?」
話題を変えるために掘り下げて聞いてみる。
「気になるかい?」
「そりゃあ...。」
「...多分、そのうち嫌でも会うことになると思うよ。」
「あれ?今何か言いました?」
「いいや、何も?」
「...そうですか。あ、そういえば...本はまた今度取りに行きますね。」
一番最初の目的を忘れていた。
今日はもう事務所には行けそうにない。
「あぁ、そうだった...。そうだね、また今度呼び出すことにするよ。」
「一応はオレの予定も考慮してくださいね。」
「善処するよ。」
それ絶対考慮しない奴だろ。
そんな他愛もない会話をしながらオレ達は歩みを進めた。
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家に着くと
「おかえり。そしていらっしゃい。」
と、ライザが声をかけてきた。
「ただいま。」
「お邪魔するよ。」
それぞれオレ達が返事をすると
「もうご飯できているから、手を洗ってきて頂戴。」
と言われた。
...もう怒っていないみたいだ。
後で改めて謝っておくとしよう。
ギルと二人で手を洗い、ダイニングルームに向かうと既に料理が並んでいた。
しばらく眺めていると、そのどれにも肉が使われていないのに気づいた。
ギルも気づいたのか、二人で顔をあわせると、なんだか可笑しくなって笑ってしまった。
「い、いきなり何よ?」
ライザは不思議そうな顔をしていたが、それに構わずオレ達はニヤニヤしてしまった。
謝るだけでなく、今度何かお詫びと感謝を込めてプレゼントでも買おう。
オレは良い妹を持ったなぁ...と改めて思ったのだった。
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さて、後日談...というか、とある新聞に乗せられた記事を紹介したいと思う。事件から3日後の記事だ。
『僕は、先日「飲食店のトイレで殺人事件!!」の見出しから始まる、あの事件の記事を書いたものです。
実は、僕はあの事件の現場に居合わせていました。
読者は驚いていますかね?
少しでも驚いてくれたら嬉しいです。僕は今、ドッキリが成功したような気持ちですよ。
さて、なぜ前回それを伏せて記事を書いたのかと言いますと、僕が書きたい文章を"あの時では書けなかっただろうから"という答えになるでしょう。
どういうことだ?と思うかもしれませんが、この話は最後の方に出てくると思うので飛ばします。
まずは容疑者のダリウス・バーグ氏の話から。
何度も報道されていると思いますが、彼はセキュリティ会社に勤めている29歳の男性です。
被害者のデニス・マクベインとは、友人関係だったそうです。
事の発端は、ダリウス容疑者が被害者のデニス氏からセキュリティ関連の依頼を受けたのが始まりです。
ダリウス容疑者は会社に内密に機材や製品を持ち出し、依頼を完了させました。
これは、立派な違法行為になります。
しかしこの後、デニス氏はセキュリティに不具合があったのだと、ダリウス容疑者にいちゃもんをつけました。そこから話が徐々に拗れていったみたいですね。
結果、ダリウス容疑者は会社へバラされたくないが為にデニス氏から強請られることとなりました。
ちなみに、犯行後に鑑識が検証をした結果、不具合などは何もなかったそうです。
つまり、デニス氏はダリウス容疑者を強請るためだけに嘘をついていたことになります。
これも立派な犯罪行為ですね。
その後、友人だったデニス氏から強請られる毎日をダリウス容疑者は送ったそうです。
会社にバレるわけにもいかない、でもお金だって尽きる、そう考えたダリウス容疑者は犯行に走った...というのが今回の事件の全貌みたいですね。
余談ですが、犯行後は調べが着く前にどこか別の国へ高飛びする予定だったみたいです。飛行機のチケットも押収されたみたいですね。
さて、ここまで来て僕が言いたいことはただ一つ、"本当に事件を起こす意味があったのか"と言うことです。
ダリウス容疑者は、デニス氏を殺してまで秘密を守る必要があったのでしょうか。
結果、今回の件で全てが露呈してしまいました。
そして、ダリウス容疑者はこれから犯した罪を考慮され、受刑することでしょう。
しかし、反対にデニス氏は罪に問われることはなく、亡くなってしまいました。
ダリウス容疑者は本当にそれでよかったのでしょうか?
もし、僕が犯人なら彼を殺したことを後悔するでしょう。
何故なら、彼を永遠に刑務所へ入れることが出来なくなってしまうから。
時間を永遠に奪うよりも、きっとそっちの方が復讐になると思うんです。
本当に、死は救いだとはよく言ったものだと思います。
ここで勘違いしてもらいたくないことは、僕はデニス氏が死んだことで受刑せず救われた、と言いたい訳ではないことです。
勝手に殺されたことが"救い"だなんて言っていいはずがない。他人の命を奪うことが"救い"なはずがありません。
しかし、ダリウス容疑者から見ればそれは確かに救ってしまったことになるのではないか...と思うのです。
視点の問題になるのでしょうか?
彼は最後、力なく笑っていました。
見ていて僕は、とても虚しい気持ちになった。
殺すより、会社にばれたほうが絶対マシだったと思うんですよね。
さらに、デニス氏も犯罪を犯していたんだ、殺す以外にも他にやりようがあったはずなんです。
ですが、人間は追い込まれるとなんだってやってやろうという気になってしまう...。
少し考えればわかることだったはずなんです。
そうなる前に誰かに相談してみる、というのも一つの手かもしれませんね。
第三者の言葉は自分が見えないことを時に教えてくれます。
最後に、僕が書きたかったことはこの事件の真実でした。
皆さんには、これを機に是非とも今一度考えてみて欲しい。』
この記事を読んだギルは
「なんだ、以外とあのジャーナリストまともな記事が書けるじゃないか。」
と言っていた。
この記事は世間で賛否両論があったらしい。
売り上げは結構伸びたようだ。
それと、ウィリアムさんから聞いた話だが、ダリウスさんが犯行現場から逃げなかった理由は
「警察が監視カメラを見て俺のところに訪ねてくるより、一度聴取を受けてから次に受けるまで、の方が逃げる時間があると思ったから。」
らしい。
そして被害者をトイレに呼び出した方法等は
「メールでタンクの中に金を入れたと連絡したんだ。メールと着信履歴は、もしお前が警察に捕まった時言い訳できなくなるから消しておけって事前に言っといた。だから俺が消したのは呼び出すメールとその前の数件だけ。だから短時間であいつを殺れたんだよ。」
とのことだ。
それを聞いたギルは「興味ない。」と両断していた。
これが後日談。
実は今日の話だ。そう、今さっきの話。
さっきの話でわかる通り、オレは今ギルの事務所にいる。
ギルが貸してくれると言った本を受け取りに来たのだ。そして新聞を読んで、ウィリアムさんからの電話を聞いた。これはオレが来てから10分間の間に起こったことだ。
...来てからもう2時間は経っているけどな。
ギルが今何をしているかというと「あれ、どこやったっけ...。」と言って本を探している。
2時間もだ。
あぁ、まったく!!!本当にこの人は!!!
オレは、今こそ普段の記憶力を発揮して欲しいと切に願った。
雑な登場人物紹介
ウィリアム・メイブリック
正義感と責任感の強い刑事。
ギルバートとは学生時代からの友人で腐れ縁。
学生時代はライル・リードと言う人物とギルバートと三人でよく事件に首を突っ込んでいたらしい。