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駆け出しの町にて少女は倒れる

 ルキスの町は、この地方の冒険者にとって始まりの町として有名だ。

 辺境に散らばる村々から王都を目指す道中の中間にある町だからだ。

 まずはこの町で冒険者として登録を済ませて、路銀を稼いで実力を磨き、装備を整えてから王都を目指すというのが冒険者達の定番とされている。

 そのため、ルキスの町は多くの駆け出し冒険者が集まる。それはつまり、魔物と戦ってでも金銭を得たいという力自慢や荒くれ者が多い町、ともいえた。

 村一番の力持ち、と評判だった男や、村に居場所がなくなり追い出された者。単純に食うに困った者など、事情は人の数だけ存在する。

 だが無法者の町というわけではない。問題を起こすのが冒険者なら、それを警備兵と共に正すのもまた冒険者。良くも悪くも、武力が物を言う町なのだ。



「賑やかな町だ。活気に溢れている」



 思わず感心して、アリアは誰とは無しに呟いた。

 商人の馬車で送り届けられた後、彼女は予定通りに街の兵に盗賊達を引き渡して、金一封を報酬に貰い受けていた。コルット村で受け取った路銀と合わせれば、それなりの額となっている。

 懐に余裕ができたことだし買い食いでも、と路地に点在する屋台から漂う香りに誘惑されそうになるが、まずは冒険者ギルドでの登録と宿の確保が最優先だろう。

 ひとまずは冒険者ギルドへ向かう。登録を済ませた新人は宿屋の紹介と割引を受けられるとのことで、ロバートから勧められていたのだ。

 予め聞いていた通りの道順で街路を進むと、外側でも分かる程騒がしい建物を見つける。看板を見たところ、その建物が冒険者ギルドで間違いない。



「ほら、もう! ここまで来たら覚悟決めなさいよ!」


「う、うん……分かってるんだけど、おっかない人多くて、怖いよ……」


「魔物はもっとおっかないっての!

 そんな調子じゃ冒険者なんてなれっこないわよ!」



 ギルドに入ろうとしたところ、入り口で騒いでいる二人組みの少年少女の姿を見つける。勝気な少女が怒声を上げて、少年は萎縮して身を縮こませている。どうやら冒険者登録に来たようだが、少年の方が怖気づいてしまっているようだ。

 少し待ってみたが、二人は中々その場から動こうとしない。このままでは自分が中に入れないため、アリアは二人に声を掛けた。



「すまないが、入らないなら脇に避けてもらえるだろうか」


「え? あ……どうもすいません!

 ほら、あんたのせいで他の人の邪魔になったじゃない!」


「う、うう……ご、ごめんなさい」


「分かってくれたならいいよ。では、お先に」



 通り道さえ塞がないでくれればそれでよかったアリアは、特に二人を咎めることはせずギルドの扉を開ける。スイングドアと呼ばれる、前後に動く両開きの形のドアだ。押し開けて室内へ踏み込むと、ギルド内の人々の視線が一斉にアリアへ向けられる。

 

 見慣れない女性を見定めようとする者。あるいはいやらしい目付きで見てくる者。様々な視線が入り乱れるが、少しすれば一部の者を除き視線を外して、仲間との雑談に戻っていった。

 

 冒険者ギルドは酒場を併設していることが多く、ルキスの街の冒険者ギルドも例外ではない。仲間との親睦を深めたり、クエスト後の疲れを癒すために多くの冒険者達が酒を飲み交わしている。

 賑わう酒場の中を歩き、受付と思われるカウンターに向かう。今は大人しそうな少女が窓口を担当しているようだった。



「冒険者登録にきました。受付はこちらでよろしいでしょうか?」


「は、はい! 承りまひゅ! ……いひゃい」



 緊張しているのか、話すことに慣れていないのか。

 受付の少女は舌を噛んでしまったらしく、しばらく悶絶していたが、やがて慌てた様子でアリアに向き直った。



「す、すいません! 今すぐ対応いたしますね」


「お願いします。それと、こちら紹介状となります。ご確認ください」



 忘れないうちに、とロバートから預かった紹介状を手渡す。

 封を開き、中身を改め始めた少女はしばらく文面を目で追っていたのだが。



「ええ!? これってあのロバートさんの紹介状じゃないですか!?」



 差出人の名前に気付いた少女が、唐突に叫ぶ。その声を聞いた周囲の人々が、ざわざわと囁き始めた。



「彼と知り合いなのですか?」


「知り合いなんてとんでもありません! ロバートさんといえば昔、超有名だった冒険者ですよ! 私みたいな小市民には雲の上の人です!」



 どうやら少女の言葉は本当のことらしく、酒場で談笑していた冒険者達が「ふむ、『鬼神』ロバートか……久しい名を聞いた」などと話し合っている。

 剣術の手解きを受けている時も感じたが、未だに衰えの見えない彼の戦闘力は、全盛期にはさらに凄まじいものであったらしい。



「あ、あの『鬼神』様に紹介されるなんて、あなた一体……」


「こりゃ。個人の情報をそんなに言い触らすではないわ小娘」



 興奮した様子で話す少女の頭に、背後から木の杖が軽めの力でゆっくりと振り下ろされた。

 木の杖の持ち主は、年配の老人だった。しかし佇まいはしっかりとしており、力強い意志が瞳に宿っている。

 老人は少女に代わり受付台に陣取り、ロバートの紹介状に目を通し始めた。ひとしきり読み終えると、封筒に仕舞い直して、懐に仕舞った。



「確かに、確認させてもらった。

 お主は自分の意思で、冒険者登録を望むのじゃな?」


「はい。よろしくお願いします」


「ならこちらの書類の記入をしておくれ。文字の読み書きは大丈夫かの?」


「問題ありません、すぐ済ませます」



 アリアは手渡された書類に書かれた項目をひとつひとつ記入していく。名前と年齢の他に、冒険者として活動における質問に答える必要があった。例えば得意な武器や魔法は何か、希望する役割はどんなものか、といった質問だ。

 魔法の基本となる四属性、即ち火、水、土、風の魔法は一通り行える。あとは闇属性だが、これは魔族の得意分野であるため隠した方がいいだろう。

 得意な武器は剣である。護身用に学ばされたものだが、実戦でもある程度は使えるはずだ。

 質問の項目に答えを書き終えた書類をギルドマスターに渡した時に、背後の酒場で騒がしい罵声が響いた。



「おい坊主共! ここは女子供が来るところじゃねえ、とっとと帰りな!」



 アリアが振り返ると少し離れたテーブルの辺りに、先程入り口にいた少年と少女が、酔っ払った大男に絡まれていた。

 大男は冒険者として相当鍛えているからだろうか、180は越える逞しい体躯と屈強な筋肉を併せ持っている。



「子供だからって馬鹿にすんじゃないわよ!

 私達は絶対、冒険者になるんだから!」


「レ、レヴィ……怒らせたら怖いし、早く離れようよ」


「トルク! あんたね、これから冒険者になろうってのにそんな

 弱腰でどうすんのよ!」



 どうやら少年はトルク、少女はレヴィという名前らしい。

 少女は威勢よく叫んではいるが、足元を窺えば震えている。どうやら精一杯の虚勢を張っているようだ。それを知ってか知らずか、大男はさらに声を荒げる。



「へん、この程度で震えてるんじゃあ、魔物と戦うなんざ無理に決まってらあ! さっさとママのとこに帰りな!」


「……ママもパパも、私達にはいないわよ!」



 その言葉に、大男は言葉に詰まったようだ。両親がおらず、冒険者になる――要するに孤児が生活のためにやむなく危険な稼業に踏み込もうとしているわけである。孤児院はこの町にあるらしいが、基本的に成長した孤児院は巣立ちを余儀なくされるとロバートから聞いていた。

 そうでなければ孤児院の経営が成り立たなくなるからだ。

 トルクとレヴィという二人の幼い冒険者候補は、そういった自立せざるを得なくなった子供達なのだろう。

 相当酔っている様子とはいえ、大男にも何か思うところがあったらしい。先程までのように大声を張り上げることもなく、何か言いたげに視線を彷徨わせている。



「けけけ、だったらお嬢ちゃん、お金に困ってるんじゃないかい?

 おじさんがあげようか?」



 そこに横から下賎な言葉を投げかけたのは大男の隣にいた痩せ細った男だ。先程の大男とは違い大人しい声で、しかし薄気味の悪い嘲笑を交えて少女に絡んでいる。



「ちょいとおじちゃんに酌してくれたらお小遣いをやろうじゃないか」


「わ、私はそんなことしにここにきたんじゃないわ!」


「いいじゃないかちょっとくらい、ほおら、こっちこいよ」


「……おい、グリード。やめろや」



 グリードと呼ばれた男が無理に少女の手を掴もうとしたのを、大男が手で制する。二人の男は仲間の関係にあるようだが、痩せた男の言動が何か気に障ったらしい。大男の顔には怒りがこみ上げていた。



「なあに言ってんですか?

 先にこいつらに絡んだのはランドの兄貴でやんしょ?」


「ぐっ……た、たしかにそうだがよ」



 しかし、最初に少年少女に絡んだのはランドと呼ばれた大男である。そこを突かれてランドの勢いが削がれる。

 その間にグリードは、再び少女に迫ろうとする。逃げたら負けだとでも思っているのだろうか、少女はその場で男を睨みつけて、離れようとしない。



「ほうら、一杯注いでくれりゃあいいんだ。簡単なお仕事だろ? お嬢ちゃん」



 ジョッキと酒瓶を差し出しながら、執拗に酌をしろと迫るグリード。

 少年が庇うように少女の前に立つが、蛇のような眼光で睨みながら「坊主に用はねえんだよ」と凄まれると、恐怖に身体を震わせて後ずさってしまう。

 こんなところで引き下がれない、と気丈に振舞おうとして、しかしその瞳には涙が滲み出ていた。

 ――男の持つジョッキに酒が注がれる。

 しかしそれは、少女が酌をしたのではない。男が注がせようとした酒瓶は、まだ彼の手の中にあるのだから。



「酌をお求めと聞いたので注ぎましたが、これでよろしかったでしょうか?」



 注文した酒瓶を手にやってきた、アリアが注いだものだった。

 突然の乱入者にグリードはぎょっとしたが、相手が途方もない美人であることを見ると、下品な笑みを浮かべて「おお、こりゃ悪いね」と上機嫌に話しながらジョッキに口を付ける。

 瞬間、グリードは口に含んだ酒を吐き出していた。苦しそうに咳き込み、涙目で俯いている。



「て、てめえ……こいつはストレートで飲むような度数の酒じゃねえだろ!?

 何入れやがったこら!」


「ギルドマスターおすすめの、この店で一番強いお酒『竜殺し』ですが何か?」


「な、何かじゃねえだろ! こんな強い酒をそのまま飲ませやがって!」



 男の怒声を無視して、アリアは自分の手にあるジョッキに件の『竜殺し』を並々と注ぐ。そして店内にいる人々に見えるように高々と掲げた後、それを一気に呷った。

 ごくごく、と喉を鳴らしながら、男が飲むことを拒否した酒を瞬く間に飲み干していく。男が目の前の光景が信じられないとばかりに口をぱくぱくとしている間に、アリアは最後の一滴まで飲み終えた。

 ジョッキを力強く机に叩きつけて、勝ち誇るように男を見下す。



「子供を苛めることはできても、一杯の酒は飲み干せないのですね。

 ……ちっぽけな男」


「な、んだてめ……」



男が怒声を上げようとするのを遮るように、店内に歓声が上がった。



「いいぞー嬢ちゃん! 良い飲みっぷりだ!」


「グリード、てめえも一気飲みしろおらー!」


「ぼくちゃんガキ相手じゃないと強くでれないんでちゅーってか?」


「ぎゃっははは! てめえ赤ちゃん言葉とかキメエからやめろやバァカ!」


「んだとこのボケェ! やんのかこらぁ!」



 店内にいるのはほとんどが冒険者であり、血の気の多い連中だ。だからこういった騒ぎは彼らにとってお祭りであり、酒の摘みとなる。

 良い見世物が始まったとばかりにアリアとグリードを見つめる周囲の酔っ払い達は、やいのやいのと囃し立てる。

 騒ぎの中心が自分と男に変わったことを察したアリアが、後ろ手に少年と少女にさっさと離れるように手を振る。

 しかしアリアがそうするまでもなく、ギルドマスターが二人をそっと連れ出していた。それをこっそり見届けたアリアは内心でマスターに感謝しながら、グリードに詰め寄る。



「それで、さっき酌をしたらお小遣いをくれるとか言ってましたよね?」


「あ、ああ? あれはあのガキに言ったことで……」


「私も貴方からのお小遣いなんていりませんが、お金は欲しい。とはいえただ酌をしただけで金銭を貰うというのも、冒険者らしいとはいえない。皆さんもそう思いませんか?」



 アリアが芝居がかった仕草で周囲に呼びかけると、概ね賛成の意が返ってきた。順調に場を支配できていることに満足しながら、アリアは提案を持ちかける。



「ですから、冒険者らしく勝負といきましょう」


「……しょ、勝負だあ?」


「ええ。種目は酒場に相応しく、飲み比べ。先に酔い潰れた方が勝者に金貨1枚を支払う……というのはどうでしょう?」



 グリードが返事をするよりも先に、周囲が盛り上がっていく。

 こういった勝負事が好きな人々が中心となって、どちらが勝つか賭け事を始めるくらいだ。



「グリード! てめえ勝負受けるんだろうなあおい!」


「子供にちょっかい出して、女に馬鹿にされて、勝負から逃げるとかもう男じゃねえぞ!」


「そうだそうだ! 勝負しろ勝負ー!」



 周囲は既にアリアの味方となっていた。

 子供を庇い出た時点でアリアに好感を抱いた者は少なからずおり、逆に子供を苛めていたグリードは完全に成敗される悪であった。

 周りから追い詰められて、怖気づいたようにグリードはおどおどと周囲を見渡している。



「……おう、グリード。てめえ勝負する気はあんのか?」


「あ、兄貴……でも、俺あんな酒飲めねえよ……」



 ランドの問いかけに情けない声で答えるグリードの様子を見て、深々と溜め息をつきながらランドは立ち上がった。

 まっすぐに強い視線をぶつけてくる巨漢に、アリアは一歩も引かずに見返す。



「おい、女。てめえ、名前はなんてえんだ?」


「アリアと申します」


「そうかい。俺はランド、一応このちっぽけな男の兄貴分をやっている」



 グリードの髪をがしがしと掻き回しながら、ランドは最初に頭を下げた。



「まずは、あの坊主共のことはすまなかった。後日直接謝らせてもらう」



 今はあの少年と少女は、マスターに連れられて奥の部屋へと姿を消している。謝ろうとしても、今は会わせてもらうのは難しいかもしれない。

 彼がそう考えたのかはアリアには分からなかったが、「こいつ、グリードにも責任持って謝らせる。約束する」と真剣な表情でランドは宣言した。


「その上で、だ。こんな奴でも俺の弟分なんでな。馬鹿にされて引き下がれねえ……てめえの言う勝負、代わりに俺が受けて立つ」



 ランドの言葉に、周囲がわっと湧いた。グリードの先程の様子では勝敗は目に見えていたがこれで勝負は分からない、賭けが面白くなる――そんな言葉が周囲で飛び交っている。



「随分と酔っておられるのに大丈夫なんですか?」


「はっ。『竜殺し』を一気飲みした阿呆が何言ってやがる。

 ……ふらついてるの、隠しきれてねえぞ」



 誤魔化せていると思っていたアリアは、ランドの指摘にぎくりとする。

 コルット村で飲ませてもらったビールが、味が良い代わりに魔族領の酒類と比べて随分と度数が軽いものだったので、人間領の酒の強さはこんなものかと正直甘く見ていたのだ。

 だんだんと酔いが回ってきたのか、体温が高まってきている。まだ幾分余裕はあるが、何度も飲み続けるのは危ないかもしれない。

 とはいえ、今更引くのも癪に障る。アリアは自信満々を装い、ランドを見据えた。



「ふふっ。私は全然大丈夫ですけど、貴方が別の銘柄に変えたいというのなら構いませんよ? どうぞお好みの酒でも選びなさいな」


「馬鹿言ってんじゃねえ……飲み比べは強い酒でやってこそだろうが。

 お望み通り『竜殺し』で勝負だ!」



 今度はランドの言葉に場が沸く。当人達が頼んでもいないのに、誰かが注文した『竜殺し』を机まで運んできた。

 透き通るような半透明の液体が、ランドとアリアの持つ互いのジョッキに注がれる。



「おうこら、てめえから言い出した勝負なんだ。速攻で潰れて白けさせるんじゃねえぞ」


「そちらこそ。負けた時に、先にたっぷり飲んでたからなんて言い訳しないでくださいね」



 互いに視線と意地をぶつけあい、アリアとランドは対峙する。

 観衆達の中から一人の男が歩み出てきて「始めぇ!」と合図を出した。

 二人は突然仕切りだした男に異論を挟むことなく、同時にジョッキを呷った。



    〇



 ギルドマスターが二階から降りて酒場に向かう。

 二階は冒険者向けの宿屋となっており、二人の子供をいったんそちらへ避難させていたのだ。

 酒場で行われている騒ぎは二階にまで響いてくる程に喧しく、見るまでもなく大騒ぎになっていることが窺えた。

 しかし、直接見た光景はギルドマスターの予想以上のものとなっていた。



「くっ、くっふぇっふぇ。どうだおらあ、もうげんひゃいだろがてめぇ!」


「しょっちこそ、やしぇがまんせずこうひゃんしてもいいのですひょ!」



 酒場に集まる冒険者達の中心となったテーブルで、二人の男女が呂律の回らぬ口で叫びあっている。

 言葉だけでなくその姿も散々なものだ。熱かったからなのだろうが衣服は脱ぎ散らかされて、あちこちに散乱している。

 アリアの側はまだ羞恥心と理性が僅かにあるようで肌着とズボンは残しているが、ランドの方は下着だけという有様だ。

 

 近年稀に見る馬鹿騒ぎに、周囲の観客達も大はしゃぎで喚きたてている。

 普通にクエストの受付に来た冒険者達があまりの騒ぎに呆然としている程だ。

 どのようにして止めるべきか、と悩んでいたギルドマスターだったが、止めるまでもなく決着の時が来たようであった。



「がっ、ひゅ……おれふぁまだ、まけねぇ……」



 先に倒れたのはランドの方だった。机に額をぶつけながら突っ伏して動かなくなる。

 遠目に見ても彼が気絶しているのは明らかであった。。



「いひゃあたあ! わひゃしのかちらあ!」



 勝利を確信した瞬間、アリアは嬉々として立ち上がり両手を上げる。所謂万歳だ。

 そしてそのままの格好で、真後ろにばたんと倒れる。

 最初に見せていた凛とした表情など欠片も残っておらず、顔を真っ赤にして、声にならない寝言を漏らしている。



「……こういう時は、回復魔法をかけてからベットに放り込むのが一番じゃな」



 やれやれと溜め息をつきながら、酔い潰れている馬鹿二人の下にギルドマスターは歩み寄る。

 呪文を唱えて回復魔法を二人に掛けるが、目覚める様子はない。仕方なしに次の呪文を唱えると、二人の身体がふわりと宙に浮かび上がった。



「空いてる部屋に放り込んでくる。先に片付けを始めておくれ」


「は、はい!」



 新人のギルド職員の少女に声を掛けると、彼女は緊張した面持ちで返答しながらも掃除用具を取りに足早に駆けていった。

 ギルドマスターは浮遊させた二人のうち、アリアを見ながら思う。

 旧友であるロバートからの紹介状には、彼女は村の危機を救ってくれた恩人であり、命を救った相手に恩を着せるでもなく気遣い接してくれる、善人であると書かれていた。

 他にもいくつもの魔法を使いこなして、盗賊の集団を単独で捕縛できる程に戦闘能力も優れている、と。



「ふひゃあ……パパのバヒャア! ……むにゃむにゃ」



 しかし、この泥酔している少女が紹介状に書かれているような人物とは思えず、ギルドマスターは溜め息をついた。

 子供達を庇うために進み出た辺り、善人であることは確かなのだろうが、どうにも調子に乗って自滅しているただの少女にしか思えないのだ。



「こやつ、本当に大丈夫なのかのう?」


「レイシュのアヒョー! ……ぐぅ」



 訳の分からぬ寝言を呟いている少女の今後のことはひとまず置いておき、今は二人の酔っ払いを適当なベットに放り込むためにギルドマスターは歩を進めることにした。


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