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王都に迫るは波乱と希望

「王都ディヴァンに赴き、王女様の治療を試みてほしい」


 ギルドマスターの言葉を聞いて、アリアはこの大陸の地図を思い浮かべた。

 魔族領がメギストス王国の統一国家であるのに対して、人間領は独立した国々が同盟を結び合うことで成り立つ連合国として繁栄している。

 元々は人魔大戦の折に壊滅的な被害を受けた際に、生き残った人々が手を取り合うことで復興を目指したのが始まりらしい。

 無論、大戦終戦当時には僅かな資源を求めて、あるいは新時代の主権を得ようとする者達が人間同士で争っていたのだろう。


 しかし現在では4つの大国が統治することで人々の平和な生活は守られていた。

 その4国のうちのひとつが、現在アリアがいるルキスの町を領地とするヴァリスティア王国だ。その王都がディヴァンとなる。

 騎士の国として有名なヴァリスティア王国は、人間領において特に武芸に秀でるとされている。魔族領と隣接していることからも、人間領の盾として武力を有する必要があったのだろう。

 最も大戦以降、魔族領からの侵攻がないために盾としての役目は形骸化している節があるそうだが、この国から何人もの優秀な騎士を輩出しているのも確かだ。

 腕自慢の冒険者が集う都としても有名で、冒険者ギルドの他にも武を競い合う闘技場も名物となっている。

 ルキスの街以上に、磨き上げた武力が尊ばれるのが王都ディヴァンである。


「王女様の容態は?」


「いかなる薬や魔法でも完治できぬ、原因不明の病だそうだ――コルット村の件と同じく、な」


 ロバートからの紹介状に同封された手紙に書かれていたのだろうか。ギルドマスターはコルット村を襲った病のことを知っていた。

 おそらくは、それをアリアが治療したということも把握しているのだろう。


「正直に言うならば、ロバートが手紙に書いたおったお主の治癒術の件は半信半疑であった。

 あやつは一流の冒険者じゃったが、魔法や医療の類には疎かったからの。

 しかし、今日お主の腕前はこの目で見させてもらった。あれ程の治癒魔法はわしも見たことがない。

 お主になら、王都中の医師が総出になっても癒せぬという王女様の病魔を祓えるやもしれん」


「信頼していただけるのはありがたいですが、そもそも一介の冒険者が王城に迎え入れられるのでしょうか」


 魔族領で公爵令嬢として生きていた頃ならばともかく、人間領においてアリアはただの駆け出し冒険者である。

 そのような素性の知れぬ人物が、ギルドマスターからの紹介とはいえ王城に入ることは難しいだろう。


「わしは、現国王とは古い知人じゃ。わしの……バウムの名前を伝えれば、王も多少は信頼してくれるであろう。

 それに王都では現在、王女様を治療できたものには報酬を支払うとお触れが出されて、多くの治癒術士や医師を招き入れておるそうじゃよ。

 わしの名前と王都の現状、そして先程渡した紹介状があれば、身分の低さは問題にならんじゃろう」


「それは……それだけ王女様の治療が急を要する、ということですね」


 不特定多数の人々を招き入れるということは、それだけ王城の警備が困難になる。監視の目は普段以上に光らせていたとしても、警備網のどこかに穴が開く可能性は否定できない。

 故に、例え国王の知人だというギルドマスター・バウムの紹介であろうとも、普段ならばそう易々と王城に踏み入ることはできないはずだ。

 それを承知の上で治癒を行える者を手当たり次第に呼び寄せるということは、事態が重いということに他ならないだろう。

 

「初めは風邪の類かと思われていたそうじゃが、次第に病状が悪化していき、今では意識も戻らず寝たきりであるらしい。

 症状が表れたのはここ数日のことらしくてな、わしも王都より届いた手紙でしか分からぬのだが……このままでは命が危ぶまれる」


 意識が戻らないということは、食事もまともに行えていないのだろう。従者が食事を手助けしたところで、飲み込めるかどうかも分からない。

 このままずっと意識が戻らないのであれば、病で死ぬか飢えで死ぬかという違いだけで、王女の命が失われることは容易に想像できた。


 その事情を考慮したところで、アリアにはそれを助ける義理はない。

 人間側の王女が死んだところで、魔族にとってはむしろ大国がそれをきっかけに国力を下げるのならば、好都合なのだから。

 下手に目立てば今後の旅にも支障が出るかもしれない。万が一アリアが魔族であることが露見すれば今の様な自由な生活は行えなくなるだろう。


「――今すぐ王都へ向かいます。馬車はご用意いただけるでしょうか」


 しかし、アリアは迷うことなく王女の治療を請け負うことを決めていた。

 魔族と敵対するためでも、人間に肩入れするためでもない。

 病魔に冒されて成す術もなく家族を失う苦しみは、母の命を不治の病に奪われたアリアにとって他人事ではないからだ。


 婚約者としての修行はどれも好めるものではなかったが、治療に関わる魔法だけは別だった。

 あの頃に自分が回復魔法が使えたのなら、僅かでも母の苦痛を拭えたのではないだろうか。あるいは、治すことだってできたのではないか。そう思えば魔法の鍛錬に真剣に取り組むことができた

 

 所詮それは子供が思い描いた夢想でしかなく、いかに才気に溢れていようと五歳児に行えることではない。第一、いくら魔法に成熟しても過去に戻ることはできないのだ。既に失われた母の命を取り戻すことはできない。

 

 そもそも、王立魔法学園の主席として君臨し続けた今でも、あの病を治せるとは思えない。本職である魔族の治癒術士達が誰一人として癒せなかった死の病だったのだから。


 だが、あの時の無念を思えば、治せるかもしれないのに治さない、という選択肢を選ぶ気は起きない。

 その相手が人間であろうと関係ない。種族間の対立のことなんて、アリアにとっては病に苦しむ者を見捨てる理由にはならなかった。

 自分の選択が己に不利益を齎すというのなら、それを打ち払い自分の意思を貫く。それこそが、アリアがずっと憧れてきた“魔族本来の在り方”なのだから。


「特急の早馬車を用意しよう。準備する間、ここで待ってもらえるか」


「分かりました。荷造りを済ませておきます」


 アリアの返答を聞いたギルドマスターは、さっそく部屋の外へと向かう。

 しかし扉を開ける前に振り返り、アリアに深く頭を下げた。


「アリアよ。無理な頼みを引き受けてくれたこと、感謝する。

 ギルドマスターとして、そしてこの国に生きる者として、礼を言う」


 それを言い残すと、バウムはすぐに部屋を出て行った。おそらくは急ぎで馬車の用意に向かったのだろう。

 扉が閉まるのを見届けたアリアは、最近住み慣れてきた部屋を見渡しながら、感慨に耽る。

 長いようで短い数日間を過ごした部屋だ。またこの街に戻ってくるにしても、少し名残惜しいものを感じる。

 しかしこれからも旅を続けるのなら、こういう小さな別れは何度も繰り返すことになるのだろう。


「クリュー。アリアさんって、どうして人間にそんな親切なのでクリュ?」


 バウムがいる時は一言も喋らなかったクルトが、疑問を口にする。

 額に輝く宝石以外の見た目は普通の黒猫と変わりのないクルトは、突然の来訪者をベットの下に潜り込んでやり過ごしていたようだった。

 もしもクルトのことを尋ねられたら使い魔だと言い張るつもりだったので隠れずとも良かったのだが、魔族と敵対関係にある人間と接することに恐怖があるらしかった。


「人間だからとか、そういうのは関係ない。

 私がこうしたい、と思ったことをやってるだけだよ」


「んー? つまりアリアさんは人間を助けたい……? あ、そっか! 

 助けたらお礼にきっとお金がいっぱいもらえるでクリュね!」


「……まあ、お金も欲しいから間違いではないかな」


 王女を治療できたのなら、お触れにもあるように多額の謝礼が期待できるだろう。

 人間領で生活していくためにも金銭の類はもらっても困るということはない。食事を楽しむのにも、装備を整えるのにも、何かと必要となるものなのだから。

 あながち的外れでもないクルトの言葉を否定せずに、アリアは荷造りを始めることにした。

 とはいえ元々が宿暮らしであり、アリアには空間拡張の魔法が施された鞄があるために、あまり荷物を広げる必要のなかったアリアの荷造りはあっという間に終わる。

 いくつか買い足した普段着の類をクローゼットから鞄に放り込み、ここ最近行っていた裁縫の道具をまとめれば、あとは冒険者の装備を着込めば出立の用意は完了となる。

 今朝仕上げた衣服に、魔法付与エンチャントを施した軽鎧。そして腰にはギルドからの支給品である銅の剣と木の盾。

 これから王城に出向くとは思えない、どこにでもいる駆け出し冒険者の姿だが、他に手元にある衣服はそれこそ街娘の着るような素朴なもので、それこそ登城には不向きに思えた。


「ドレスだけでも持ち出すべきだったかな……いや、けど今更か」 


 魔族領にいる頃ならばドレスはいくらでも用意されていたが、今の資金ではとてもではないが買うことはできないだろう。

 身分を問わず王城に招き入れているようだし、衣装についてはおそらくは大丈夫だろう。アリアはそう思うことにした。

 装備に不備はないかを確認していると、ドアがノックされる。それと同時に聞こえてきた声は、バウムのものではなかった。


「……おう、アリア。いるか?」


「鍵なら開いていますよ」


扉越しに返答すると、ドアが開かれる。その向こうからランドとグリードが現れる。

腹部に包帯を巻かれたランドに、グリードが連れ添っている。怪我の痕跡さえなければ、いつもの二人組みだった。


「怪我の具合はもういいのですか?」


「ああ、おかげさんでな。お前は命の恩人だ、感謝するぜ」


「俺もだ。兄貴を助けてくれて、ありがとよ」


 傷口が塞がったことはアリア自身が見届けている。包帯は傷口が開く可能性を考慮して念のため、ということなのだろう。

 すっかり体調が戻ったらしいランドは、危なげなく自分の力で立っていた。

 どうやらもう平気らしいと感じたアリアは安堵しながら、ここにはいない二人のことを尋ねる。


「トルクとレヴィは?」


「泣き疲れて寝ちまったよ。……じじいに聞いたがよ、王都に行くんだってな」


「はい。少し依頼を受けまして、馬車の用意が出来次第すぐに」


「……そうかい。ガキ共が起きたら俺から言っておく。達者でな」


 子供達が起きる前に馬車の用意は終わるだろうし、用件が急を要するだけに準備が整い次第出発しなければなるまい。別れの言葉を告げる時間はなさそうだった。

 凶悪な魔物に襲われた恐怖もあり疲れていることを考えると起こすのも悪い。ランドに伝言を任せるのが良さそうだとアリアは口を開いた。


「では二人には、また会いましょう、と。そう伝えてください」


「分かった、しっかり伝えておく。……あー、その、アリア」


 何か言いにくそうにしていたランドは、意を決したようにアリアに向き直って言葉を綴った。


「お前には大きな借りができた。命の恩なんざすぐに返せるものでもねえが……絶対、貸りっぱなしになんてしねえ。だから……いつかまた、絶対に会いに来い。

 約束だぞ」


 そう言って、握った拳を突き出すランド。

 互いの拳を合わせる、というのは冒険者の間で約束を誓うという昔ながらの儀式だった。

 冒険者にとって生命線であり武器である己の拳を差し出しあうことで、相手を信頼して誓い合う、というものだ。

 だから今ランドが行っているのは約束を誓う儀式だけでなく、アリアを信頼しているという証でもある。

 アリアもまた彼に合わせて拳を合わせて、しかしひとつ誤解を受けていると感じたアリアはそれを口にする。


「……いつかと言わず、依頼が終わったらこの街に戻るつもりですが」


「……あ?」


「依頼の内容も、上手く事が進めばそんなに時間は掛からないでしょうし……王都との往復に時間は掛かるでしょうが、それも数日のことでしょうね」


「て、てめえ! そういうことはもっと早く言いやがれ!」


「勝手に勘違いしたのはそちらでしょうに。まったく、せっかちな殿方ですね」


「ぐ、ぐぎぎ……やい、グリード! 何がアリアはもう戻ってこないかもしれない、だ! 適当なこと言ってんじゃねえ!」


「ええ!? いやだって、マスターが直々に依頼なんて大事じゃないですか!

 なら長期間掛かるだろうし、王都専属の冒険者とかになればもうこっちには帰ってこないかと思って……」


 どうやら二人揃って勘違いをしていたらしい。ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の様子を見て、アリアは微笑む。

 幸い魔族領からの追手は掛からないようだし、急ぎの旅ではないのだから、王都での用事が済めばこちらに帰ってこれるだろう。

 こんな風に別れを惜しんでくれる知人がいる街は居心地が良い。いずれ旅立つことはあるだろうが、それは今すぐでなくてもいい。

 世界を巡る旅をするのも、ひとつの街に居付くのも、アリア自身が決めればいいことなのだから。


「では、帰ってきたらご飯を奢ってもらいましょうか」


「……おめえに飯奢るとなると、財布が空になりそうで怖いな」


「ふふふ。いつもは腹八分目で抑えてますが、奢りとなれば遠慮はしませんよ?」


「あれで八分目とか、おまえの腹どうなってんだよ!?」


 いつもの調子で騒いでいるうちに時間は過ぎていく。

 やがてバウムが馬車の用意を終えて戻ってくるまで、賑やかな騒ぎは続くのだった。



  〇



「アリアよ。この剣を渡しておく」


 用意された馬車にアリアが乗り込む直前、バウムは一振りの剣を差し出した。

 質素な鞘に収められたそれは年季を感じさせる傷が入っていたが、しっかりと修繕されているらしく手に持った感触におかしいところは感じない。

 バウムから「抜いてみよ」と促されて鞘からそっと抜き出すと、白銀の輝きを宿した美しい刀身が姿を現した。


「わしが若い頃に使っていたものじゃ。使い古しで悪いが、中々の業物よ。餞別に持ってゆけい」


「そのような思い出の品、いただいてもよろしいのですか?」


「我が剣も飾られているよりは役目を果たすことを望むじゃろう。万全の状態に整えてある、存分に使うがよい」


 断ってもバウムに引く様子はないし、元よりアリアにはこの好意を断る道理もない。

 アリアはありがたく貰い受けることにして、剣を鞘に戻すと腰に装着した。支給品の銅の剣とは逆側に差せば、所謂二刀流の格好となる。


「クリュ! 中々かっこいいクリュ!」


 足元にいたクルトが我が事のように嬉しそうに歓声を上げる。

 そんな黒猫を抱き上げて馬車に乗せると、アリアも荷台へ飛び乗った。


「それでは、行って参ります」


「うむ。どうかよろしく頼むぞ」


 その短い別れの挨拶を合図にしたように、御者が馬に鞭を振るう。

 早馬車とだけあって、揺れも気にせずに馬車は足早に街門を飛び出した。

 向かう先は王都ディヴァン。そこに待つ波乱とその結末を、まだ誰も知るものはいなかった。




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