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少女の叫びは魔王に届く

「……よし、こんなものかな」


 アリアは出来上がった服を広げて、仕上がりを確認してみる。

 冒険者登録を行って数日の間にクエストで溜めたお金で素材を買い集めて、彼女自ら魔法の処置を施した特製の品物だ。

 特別に高価な素材は使用されていない。しかし、縫い合わせる糸に一本ずつアリアの強大な魔力を通すことで、中々に頑丈な防具として扱えるように拵えられていた。

 蒼天を思わせる鮮やかな青色の生地を基調に、アクセントにあるように白色の部位を織り交ぜえてある。青空と雲の下を歩いて旅する冒険者をイメージした色の組み合わせだ。

 さらに黄金色に染めた糸で各所に刺繍を施してある。刺繍はただの飾りではなく、魔術的な意味を付随した紋様だ。これにより装着者に様々な恩恵を与えてくれる一品に仕上がっている。


 素材が安く買えるものばかりなので劇的な効果を生み出すまでには至らないが、現状用意できる装備品としてはかなりの高性能品であるとアリアは自負していた。

 袖を通してみると、予め自分の身体に合わせて作成しただけに身体に良く馴染み、とても動きやすい。王子の婚約者としての花嫁修行で覚えさせられた裁縫の経験を、アリアは初めてありがたく感じた。

 後は服の上から軽鎧を着込めば、冒険者の衣服として申し分ない見栄えとなった。姿見の鏡に映して確認してみるが、不備は見当たらない。

 軽鎧は資金不足により普通の店売りの品物を使用としているが、アリアの手で魔力付与が施されたことで強度は十分に増している。

 これ以上の装備を整えるのなら、買うにせよ作るにせよもっと資金が必要だ。今はこれで十分だろう、と鏡に映る自分の姿を見ながらアリアは満足そうに頷いた。


「仕上げの作業で疲れたし、今日はクエストは休もう」


 資金難とはいえ生活費は残してあるし、たまには気晴らしもいいかなとアリアは部屋を出る。

 ここ最近は毎日確認していたクエストボードにも今日は立ち寄らず、まっすぐに冒険者ギルドの外へと歩いていった。



  〇



 いくつかの屋台を巡って食べ物を買い集めたアリアは、街の中心にある噴水の縁に腰掛けた。

 街路を通り過ぎてゆく人々は活気に溢れている。冒険者達は富と栄光を求めて今日も街の外へと向かい、街の人々はそんな彼らを相手にした商売に精を出している。

 もっと贅沢な暮らしがしたい。人から褒め称えられたい。それらは立派な欲望であり、己が欲望を満たそうと力を尽くす人間達の姿はアリアにとって好ましいものだった。

 自らの欲望を満たすのは、自らの力である。故に己の器を懸命に磨け。強き意志により研磨された器にこそ、欲望の美酒は注ぐに相応しい。

 幼い日のアリアが感銘を受けた、過去の魔族が残した本のひとつに綴られていた言葉だ。

 望むままの満たされた日々を勝ち取るために戦い続けて、後に国を興したという男が残したというその言葉は、今もアリアの心に強く響いている。

 そのようにありたいと願いながら、公爵令嬢であり王子の婚約者である自分には、そのように生きることは許されないとずっと本心を押し殺していたけれど、本当はもっと自由に振舞いたかった。

 あの頃の自分と比べれば、今この街に生きる人間達の方が余程本来の魔族らしく、己の欲望に素直に向き合って、各々の人生を真剣に生きている。アリアにはそう思えてならなかった。


「ク、クリュー……もうくたくたクリュ……」

 

 ふと、聞こえてきた声に足元を見れば、一匹の黒猫が蹲っていた。

 魔族領では人語を解する生物は特に珍しくもなく、猫が喋っていることにアリアは驚くことはなかった。

 使い魔として契約した生物は主との意志疎通を行えるように会話ができるようになる。それは人間領での同様だと伝え聞いていたので、どこかの使い魔が飼い主とはぐれたのかと思ったのだ。

 黒猫に向けて“ヒール”の魔法を唱える。黒猫の身体を淡い光が包み込み、癒しを施した。

 しばらくすると黒猫は元気そうに立ち上がり、アリアを見上げてきた。


「助かったクリュ! ありがとうお姉さ……あ、あああ! アリアさんなのでクリュ!」


 黒猫はアリアの顔を見て、慌てた様子で叫んだ。


「私の名前を……君は、まさか」


「あなたをずっと探して、ここまで旅してきたのでクリュ!」


 その言葉を聞いて、そして黒猫の額に紅色の宝石が輝いているのを見て、アリアは確信する。

 目の前の生物がただの猫ではなく、魔族の一員であり、おそらくは魔王の命に従い自分を探しにきたのだと。

 おそらくは、カーバンクルの一種と思われる黒猫の言葉に、アリアの目が鋭く細められる。


「私は、帰るつもりはありません。もう二度と、帰ってなどやるものですか」


 アリアは声を強めて、はっきりと自分の意思を告げる。どのような理由にせよ、魔族領に戻ればようやく手に入れた自由を手放してしまうことになる。

 心の在るがままに生きる楽しみを知った今では、王子に捧げられる操り人形に戻るなど耐え難い苦痛だ。到底受け入れられない。


「ク、クリュ……まお、ええと、あの御方からは無理に連れ戻せとは言われてないのでクリュ!」


 魔王、と言いかけて慌てて口をつぐんだ黒猫は、言葉を選んでアリアに答えを返す。

 信じられるか、と叫びたくなったアリアだが、押し黙って冷静になろうと自分に言い聞かせながら思考を巡らせる。

 本気でアリアを無理矢理にでも連れ戻そうというのなら、もっと戦力になる人員に命じるはずだ。目の前の黒猫の魔族がどれほどの実力を有するかは未知数だが、道端に行き倒れていた者が強者であるとはとは思いにくかった。

 逃走を図った場合、力尽くで捕らえに来る可能性もあるために、逃げるのは最後の手段にせざるを得ない。アリアはひとまず、黒猫との対話を試みることにした。

 しかし、アリアが何と話そうかと思案している間に、周囲が騒がしいことに気付く。

 人々の声に耳をすませると、どうやら冒険者ギルドに重症を負った冒険者が担ぎこまれたようだ。


「……ひとまず話は後にさせてもらいます」


「ク、クリュ? 人間のことなんて放っておけば……」


「文句があるのなら帰っていただいてけっこうです」


 言い捨てて、アリアは黒猫を置いて駆け出す。

 黒猫はしばし迷ったようだが、アリアに黙ってついてきた。



   〇



 ギルドに辿り着くと、野次馬が集まり混雑していた。どうやらかなり大きな騒ぎとなっているようだ。

 冒険者稼業に怪我は付き物だというのに、これほどの騒ぎとなるのは余程の事だと判断したアリアは人混みを掻き分けてギルドの中に押し入る。

 騒ぎの中心となっているのは、並べたテーブルの上に寝かされた――ランドだった。その傍らでは治癒術士達が何人か回復魔法を行使しているが、重症人の容態は芳しくないらしい。

 治療者達から一歩引いた位置で、トルクとレヴィ、グリードと馴染みの集団が揃っている。レヴィはぐすぐすと泣き崩れて、トルクはそんな少女をなんとか支えようと寄り添っている。

 グリードは、普段から兄貴と慕う男の命が失われようとしているのを見て、明らかに狼狽していた。


「頼む、頼むよあんたら……兄貴を助けてくれるなら何でもする!

 俺の命なんてくれてやるから、兄貴を……!」


「傷が深すぎます。これでは、もう長くは……」


 治癒術士達に縋りつくように叫んだグリードだが、返ってきた答えは彼を絶望させるものだった。

 膝から崩れ落ちるグリード。その横を通り過ぎて、アリアはランドの傍らに歩み寄る。

 腹部が大きく抉れている。血の海に埋もれて確認できないが傷は見るからに深そうで、内蔵にまで達しているかもしれない。

 術士達の魔法では流血を押し留めるのが精一杯のようだ。術者達の中にはギルドマスターの姿もあったが、その表情には苦悶が浮かんでいる。


「マスター。ランドの容態は?」


「アリアか……ブラッド・ベアの爪でざっくり、じゃよ。

 毒素は抜き出せたが、傷が塞がらん」


 それを聞いたアリアはすぐさま詠唱を始める。迂闊に魔法で傷口を塞げば体内に残留した毒素が身体を蝕むこともあるが、その心配はなさそうだった。

 傷は致命傷に近く、初級魔法の“ヒール”では足りない。周囲の術者達が懸命に唱えている中級魔法でも足りていないようだ。

 故に、アリアが唱えるのは回復魔法の上級――アリアが扱える呪文の中でも最も優れた回復魔法だ。

 詠唱の声に共鳴するかのように、アリアの魔力が黄金の光の粒となって周囲を照らし出す。


「命育む母なる大地の精霊よ。我が呼び声に応え、此処に来たれ。傷つき倒れし彼の者に、救いの御手を――“リザレクション”!」


 響き渡る詠唱が、アリアの魔力を術式に従い魔法と成す。

 黄金の光がランドの肉体を包み込んだ。彼の命を脅かしていた傷は眩い光に染まり、瞬く間に癒えていく。

 やがて、致命傷とされていた傷は完全に塞がった。傷跡すら残ってはいない。

 周囲で見守っていた人々が、己の力が及ばぬことに嘆いていた治癒術士達が、アリアの起こした奇跡のような魔法にざわつく。それは次の瞬間には歓声へと変わっていた。

 視線を向ければ、先程まで膝を屈していたグリードの顔は歓喜に溢れている。トルクは安心したように笑顔になり、レヴィは今度は嬉し涙を流して大声で泣いていた。

 アリアは彼らに微笑みかけて、ランドの様子を窺う。彼は意識を失ったままだがその表情は安らかで、もう命の危険は感じられなかった。



   〇



 ランドの治療を終えたアリアは自室に戻ってきていた。

 表向きには、上級呪文を唱えた疲労を癒すためとしているが、実際は凄まじい魔法を目の辺りにして騒ぐ群集を避けたかったのと、噴水で出会った黒猫と二人きりで話をするためだった。

 部屋には周囲へ音が零れることを遮断する“サイレント”の魔法を展開して、密談するための場を作り上げていた。


「それで、貴方は……そういえば、まだ名前を伺っていませんでしたね」


「クリュ! ボクはカーバンクルのクルトって名前クリュ!」


 カーバンクルとは、生まれながらに額に宝石を持つ生物の総称である。クルトのように猫の姿をしたものだけでなく、鳥やリスなど、主に小動物の姿をした種族だ。

 しかし魔族と同じく総じて高い知性を持っており、成長すると人の姿になることもできるという。

 幼い喋り方と、猫の姿のまま過ごしていることからおそらくまだ子供なのだろうとアリアは考えた。


「ボクは魔王様から命じられて、アリアさんを探しにきたのでクリュ!

 さっきも言ったように、連れ戻すようにとは言われてないんだけど、アリアさんを見つけたらこの魔石を渡すようにって頼まれたクリュ!」


 そう言ってクルトは背負っていた小さなリュックから、青く輝いている石を取り出した。

 それは魔法通話を行うための魔石だ。これがあれば距離が離れていても、同じ魔石を持った相手と会話することができる。


「とにかく一度話をさせてほしいって言ってたクリュ!」


「今更、話すことなど……」


「本当に申し訳なさそうにしてたでクリュ!

 お願いだから、魔王様の話を聞いてあげてほしいクリュ!」


 クルトの必死な声を聞きながら、アリアは手元で輝く魔石を見る。

 使い方は把握している。魔力を通して起動させれば、登録された魔石の相手に通じる。クルトの言葉の通りなら、繋がる相手は魔王ファウスト・メギストスで間違いないだろう。

 話すことなんてない、話したくなんてない――しかし、話さなければクルトは納得しないだろう。そうすればクルトから他の捜索隊に連絡が行き、包囲網を敷かれるかもしれない。

 クルトは、魔王がアリアを無理に連れ帰ろうとしていないと語っている。もし仮にそれが本当だとしても、送り込まれた捜索隊の面々までそのように穏便な人物であるとは限らない。

 最悪の場合、自分を連れ戻そうとする捜索隊と人間達の間で問題が起これば、もう今のように冒険者として街で過ごすことができなくなるかもしれない。

 知らず乱れていた呼吸を落ち着けようと深く息を吸い、意を決したアリアは魔石を起動した。

 魔力を受けて起動した魔石は明滅を繰り返していたが、やがて光を灯したままとなる。相手の魔石と繋がったことを示す魔石の状態を見て、アリアは呟くように声を出した。


「……アリアでございます」


「おお、アリアよ。無事であったか……!」


 魔石から響くその声は確かに、魔王ファウストのものであった。

 彼の声には喜びが感じられる。人形が見つかって嬉しいのだろうか、とアリアは内心で毒づいた。


「陛下。私は王子により国を追われた身。もう二度と戻る気はありませぬ」


「……うむ。お主がそう望むのであれば、無理に戻れとは言わぬ。約束しよう」


 あっさりと答える魔王の言葉に、アリアは困惑した。連れ戻すつもりはないというのは方便だと思っていたアリアは、どのような説得をされても跳ね除けるつもりで心構えをしていたというのに。

 思い当たる可能性はひとつ。連れ戻しはしないが、戻ってこなければ家族が酷い目に合うぞ、という脅迫だ。


「アリアよ。私はそなたの幸せを望んでいる。

 だからお主が人間領で暮らすことを望むなら……」


「――幸せを望む、ですって?」


 脅迫はなかった。魔王はアリアの身を案じていると語っている。

 しかし、どうしても。アリアにはその言葉は聞き捨てならなかった。


「私が、私が魔王様のお決めになられた婚約で、どれほど苦しい思いを

 してきたと……!」


「アリアよ、その件についてもすまなかった。私は……」


「すまなかった!? そんな言葉ですませられるものですか!」


 抑え込んできた感情が溢れて、暴れるのをアリアは止めることができなかった。

 十五年。アリアが王子の婚約者に選ばれてから、それだけの年月が過ぎ去った。

 その期間、婚約者としての立場に縛り付けられた日々を過ごすことがどれほど耐え難い苦痛であったことか。


「もっと子供らしく遊びたかった、友達だって作りたかった!

 自由に恋だってしたかった……!

 けれど、他の貴族子息が遊んでいる間も私は学び続けねばならなかった!

 友達になりたいと寄ってくるのは権力に取り入ろうとする者ばかり!

 婚約者がいるのに他の人に恋するなんて以ての外!」


 ずっと胸に秘め続けていた言葉が止め処なく零れ落ちる。

 貴族として高等教育を受ける責務はあるだろう。しかし、社交界で他の貴族の子息達は楽しそうに笑いながら友人と語らい、普段行っている遊びのことを話していた。

 自分もそんな友人が欲しいと願って世間話をした程度でも、相手の立場が低ければ「相手は選べ」と王子に叱責され、ある程度の肩書きを持つ相手は王子の婚約者に気に入られようと愛想を振りまいてくる。

 ひどい時は男性と会話していただけで「お前は立場を分かっているのか!」と怒鳴りつけられた。そんな男が別の女に現を抜かして婚約を破棄したというのだから、始末に終えない。

 婚約破棄を言い渡した日のレイス王子は、アリアが理想とする過去の魔族の在り方にとても近く思えて、好感を抱ける程だったのは確かだ。

 しかし十五年もの間、自由に思考することすら許されずに束縛されてきた苦しみは、簡単に拭えるものではない。

 そうなったのは魔王ファウストによる婚約者の選定が原因だというのに、その相手から「幸せを望んでいる」などと言われても、感謝の念など湧くはずがない。


「私がどれだけ、苦しんできたとお思いなのですか……!」


 アリアは心のままに叫ぶ。貴族らしい凛々しい立ち振る舞いなど欠片もなく、みっともなく涙を零しながら、ありったけの想いを叫んだ。

 それは、公爵令嬢でも、王子の婚約者でも、次期王妃でもない。アリアという少女の在りのままの姿だった。

 王にこのような言葉を向けたとあってはただではすまない。そのことを理解しながらも、アリアは叫ばずにいられなかった。

 他人の思い通りになることが役目の操り人形にされ続けた日々は、それだけ彼女の心を傷つけていた。。


「本当に、すまなかった……そなたが人間領にいることを望むなら、それを邪魔はしない。捜索隊も引き戻させよう。

 そなたを連れ戻せと騒ぐ者が現れれば、魔王の名に賭けてそれを阻もう。

 しかし、ひとつだけ願いたい……クルトのことを、そのまま傍に置いてやってはくれぬか?」


「監視、ということですか」


「そなたの居場所は把握していると知らせねば、騒ぐ連中もおってな。残りの捜索隊も帰還に納得せず独断に走る可能性がある。

 クルト。お主にも頼めるだろうか。どうか彼女の傍にいてほしい」


「は、はい! ボクは大丈夫であります、クリュ!」


 見張りとなる付き人の同行を断れば、今後秘密裏に影から監視されるかもしれない。

 そのように見張られるよりは幾分マシのはずだ、と自分に言い聞かせて、アリアは魔王の提案を受け入れることにした。


「ここから魔族領まで一人で戻れ、というのも酷でしょう。だからこの子のために、その話は了承させていただきます」


「そうか、ありがとうアリアよ。そしてクルトよ。

 どうか二人とも、そちらでも達者に暮らしてほしい。そしていつか……直接でなくとも構わない。私に旅の思い出を聞かせてはくれないだろうか」


「……考えておきましょう」


「ああ、今はそれで良い。では……政務があるので、そろそろ失礼する。

 また、声を聞かせておくれ」


 ぶつん、と音を立てて通信が切れる。

 激情のままに叫んで疲労していたアリアは、ベットに腰掛けて溜め息を零す。

 アリアはそのまま眠ってしまいたい気分だったが、その前に聞いておかねばとクルトに問いかけた。


「魔王様にはあんな風に答えていましたが、貴方はよろしいので?」


「ボクは大丈夫クリュ! ちゃんとお仕事して、里の皆のために

 お金を稼ぐのでクリュ!」


 そう語るクルトの瞳には、しっかりとした意思と欲望が宿っていた。

 小さな動物の姿をしていても、喋り方が幼くても、クルトは確かに魔族なのだと、そう感じられるだけの強い感情の光が瞳の中で輝いている。


「アリアさん、これから友達としてよろしくお願いしますクリュ!」


「……友達?」


「クリュ? だって、これからずっといっしょに過ごすクリュ。

 それって友達じゃないのクリュ?」


 黒猫のクルトが語るそれは、乱暴で幼い論調かもしれない。

 クルトの役目は監視であり、アリアはその対象だ。そこに本来、友情など芽生えないかもしれない。

 後々で情に訴えるための布石なのかもしれない。そう考えたアリアだったが、クルトの瞳は純粋なものだった。

 嘘ついているようには見えない。クルトは本心から友達になろうと言っているようだ。

 答えを返さないアリアに、クルトは次第に不安になったのか、目を伏せる。


「ボクは、アリアさんのお友達になれないクリュ……?」


 一瞬、迷いはあった。これはクルトの演技で、魔王と予め練っていた作戦なのかもしれない、と。

 けれど、友達になれないことに悲しむその顔が、幼い頃の自分を思い起こさせて。


「……そんなことないよ。うん、友達になろう。これからよろしくね」


 気付けばアリアはそう言って、クルトに合わせて手を差し伸べていた。

 その言葉に満面の笑みを浮かべて、クルトもまた手を伸ばす。


「こちらこそ、よろしくなのでクリュ!」


 少女と黒猫は、掌を重ね合わせてこれからの友情を誓った。

 アリアは思う。思えば今日が、生まれて初めて友と呼べる相手と出会った日だと。



   〇



 話を終えて“サイレント”を解除してしばらくした後、ドアがノックされた。

 どうぞ、とアリアが入室を促すと、扉を開けてギルドマスターが現れる。


「アリアよ。まずはランドを救ってくれたこと、感謝する」


 ギルドマスターは言うなり頭を深く下げた。

 彼にとってランドは養子に当たる存在らしい。命懸けが当たり前の冒険者稼業とはいえ、家族が命の危機に陥ったとあっては心穏やかではなかったのだろうことは想像に難くない。


「彼には普段からお世話になっていますから、恩を返せたのなら何よりです」


「そう言ってくれるなら助かるよ。……どうやら、登録したばかりの新人が無謀にも森に立ち入り、ブラッドベアに戦闘を仕掛けたらしい。

 そして反撃に合い、叶わぬと見て逃げ出し、別件で狩りをしていたトルクとレヴィ達に押し付けたそうなのじゃ。

 ランドの奴はなんとか魔物は倒したそうじゃが、レヴィを庇ってあの大怪我を負ったのじゃよ。

 モンスターを引き連れて、救援を求めるならともかく他の冒険者を襲わせて自分は逃げるという行為は最悪じゃ。

 件の下手人は今日限りで冒険者登録を抹消されることになったよ」


 長々と話すギルドマスターの顔には憤怒が滲み出ている。聞けば下手人は十分に大人だというのに、子供であるトルクとレヴィが魔物に食われている間に自分だけ逃げようと二人を転ばせて駆けていったらしいのだ。

 ランドとグリードの活躍で退治できたものの、下手をしなくとも未来ある子供が魔物の餌として生涯を閉じていたかもしれないと思うと、聞いているだけで腹立たしい。

 まして身内が被害に巻き込まれたギルドマスターの憤慨は凄まじいものであるだろうことは、聞くまでもなく想像できることだった。


「……話が逸れたの。アリアよ、実はお主に折り入って頼みがあるのじゃ」


「頼み、ですか? マスターには恩がありますし、私にできることであれば

 お聞きしますが」


アリアがそう答えると、ギルドマスターは安心したように頬を緩ませた。

そして、彼は紹介状だという封筒を手渡しながら、頼みの内容を語る。


「王都ディヴァンに赴き、王女様の治療を試みてほしい」

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