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冒険者としての初陣



 無用心に酔い潰れたことを説教された翌日。

 丸一日を休息に当てたことで、全身の疲れが癒えてすっきりと目覚めることができたアリアは、朝からクエストボードの前で依頼を吟味していた。

 登録したばかりのアリアが行える依頼は限られているが、それでも討伐や採集の他に街での雑務など、依頼の内容は多岐に渡る。

 しばらく悩んでいたところ、後ろから肩を叩かれる。振り返ると背後にはランドが立っていた。


「よう。まだ依頼は決めてないのか?」


「考え中ですよ。……淑女の肩に気安く触らないでくださいません?」


「はっ。飲み比べしてぶっ倒れる奴を淑女なんて言わねえよ」


 軽口を叩き合いながら、二人は掲示板に所狭しと張られた依頼書に目を通していく。

 やがてランドは一つの依頼書を手に取って、アリアにそれを見せながら提案する。


「お前さえよければ、この依頼をいっしょにやらねえか?」


 提示された依頼書を確認すると、街近辺に生息する兎の低級魔物である“ホーンラビット”を狩猟して肉の納品というものだった。

 報酬はそれほど多くないが、“ホーンラビット”は肉は食用になり、毛皮は加工することでマフラー等の衣服に、額に生えた角は非常に硬く、安価な武器の素材となる。

 様々な用途に活かすことができて需要が高いために素材の買取額も安定している。駆け出しが相手にできる魔物の中では割の良い討伐対象だ。

 ロバートからそのように教わっていたアリアは、その依頼に同行することに異議はない。しかしひとつの疑問があった。


「私は構いませんが、貴方達にとっては旨みが少ない相手なのでは?」


 ランドとグリードは数年間冒険者稼業を続けており、ランクは両者ともCまで上がっているらしい。

 “ホーンラビット”が割が良いのはあくまで駆け出しにとってであり、Cランクであるならばもっと報酬の高い魔物も相手にできるはずだ。

 尋ねられたランドは「あー、まあ、そうなんだがよ」と何か言いにくそうに頭をがしがしと掻いた後、彼の背後へ肩越しに親指を向ける。


「あいつらの子守をじじいに頼まれたからな。巻き添えが欲しいんだよ」


「ちょっと! 子守とは何よ!」


 ランドの巨体に隠れてアリアからは見えていなかったが、彼の後ろにはトルクとレヴィ、そしてグリードが連れ立っていた。

 三人ともクエストに向かう準備を整えている様子で、それぞれ武器を携えている。

 トルクとレヴィは初心者向けにギルドから支給される銅の剣と木製の盾。駆け出し冒険者の基本的な装備だ。

 グリードは二刀の短剣を腰に装着して、背中には弓と矢筒を背負っている。


「ガキ共は今日がクエスト初日だからよ。迷惑かけた侘びに色々手解きしてやれとよ」


「私も初めてだから助かりますが、よろしいので?」


「あんたは『鬼神』のお墨付きなんだろ? なら実力は十分だろう。

 それに、俺らだけでガキ共連れてくと誘拐犯扱いされそうなんだよ……」


 ランドとグリードは両名共に人相が悪い。ランドは巨漢で厳つい顔付きをしているし、グリードはぎょろりとした眼がトカゲを連想させる。

 口にこそ出さないが理由に納得したアリアは、クエスト同行の提案に了承の意を伝えた。



   〇



 “ホーンラビット”の生息地は、街門を抜けてからそう遠く離れていない草原だ。

 周囲を見渡せば他の冒険者も何人か狩りに精を出しているのか、獲物を探してうろついている。


「まずは手本を見せるぞ。グリード、どっちから行く?」

 

「へへっ、兄貴が手を出すまでもないでさあ。俺に任せてくだせえ」


 グリードは言うが早いか、手頃な位置でこちらに背を向けている“ホーンラビット”に忍び足でじりじりと間合いを詰め始めた。

 移動速度こそ遅いものの、気配をまるで感じさせていないようだ。兎の魔物はまるで振り返る素振りを見せず、足で顔を掻いている。

 やがて、彼の間合いにまで辿り着いたのだろう。グリードは一息に飛び出し距離を詰めると一本の短刀を振るい、“ホーンラビット”の心臓を一突きで貫いた。

 “ホーンラビット”は最後まで振り返ることもできずに、身体をしばらく痙攣させた後に絶命した。僅かな刺し傷以外、素材となる部位を傷つけない熟練の技であった。


「あー……グリード、仕事は見事なんだが、それじゃあ駆け出しの見本にならねえよ」


「すいやせん兄貴。つい張り切っちゃいやしてね、へへへ」


 おどけた調子で笑っているが、獲物が完全に死ぬまでは警戒を怠っていなかった。相当手馴れているのが見ただけで感じとれる。

 グリードはそのまま手早く“ホーンラビット”の解体を始める。丁寧でありながら迅速に兎の魔物は各部位に分けられた素材に変えられていった。


「す、すごい……今のが、本物の冒険者の技なんだ」


「ふ、ふん。やるじゃない」


 トルクとレヴィが感心している横で、アリアもその手際の良さに驚いていた。

 ロバートから教わって一通りの解体技術は物にしたと自負していたが、グリードのように行える自信はない。

 公爵令嬢として、王子の婚約者としての教育には魔物の解体なんてものは含まれないのだから、熟練の冒険者と比べて技術が追いつかなくても仕方ない一面はあるだろう。しかし、これから冒険者を続けていくなら精進しなければ、とアリアは気を引き締めた。


「じゃあ、次はアリア。あんたがやってみるか?」


 ランドに促されたアリアは、頷いて別の獲物を探す。しばらくして茂みの向こう側に、二匹が寄り添っているのを見つけた。

 周囲に他の魔物がいないことを確認したアリアは狙いを定める。

 通常の詠唱を行っては声で気付かれるかと思い、詠唱破棄で“パラライズ”の魔法を放った。呪文の効果はたちまち現れて、二匹の兎は麻痺して身動きが取れなくなる。

 後は普通に歩み寄って、“ホーンラビット”の身体を掴んで仰向けに寝そべらせた後でそれぞれの心臓の位置に手を宛がい、掌から魔力を針のように鋭く形成する。

 二匹の魔物はアリアの顔を見ながら、しかし何をすることもできずにその命を終えた。


「ああ、うん。おめえも見事なんだが手本にならねえ……」


「お手本はお任せしますよ、先生。

 ……グリードさん、解体の手解きをご教授願えませんか?」


「あ、俺かい? いいけど、ひとまずは自分でやってみな」


 言われる前に解体用のナイフを取り出していたアリアは、さっそく二体の剥ぎ取りを始める。

 基本はできていると思うのだが、グリードからすればまだ甘いようで、細かく何度か指摘を受けた。力加減ひとつをとっても、慣れるまでは試行錯誤は必要となりそうだった。


「まあ、初心者にしては十分だと思うがよ。

 買取額にけっこう響くから、しっかり練習しな」


「はい。ご指導、ありがとうございます」


「お、おうよ。……へへ、なんかこういうの照れますね、兄貴」


アリアが本心から感謝の言葉を伝えると、グリードは頬を赤らめて視線を逸らした。


「そりゃよかったな。……さて、ガキ共。手本は俺が見せてやるよ。

 その次は実戦だからしっかり見とけよ」


 ランドは言うが早いか、駆け出しのものと同じ片手剣と盾を構える。

 本来の彼の武器は両手持ちにする大剣らしいのだが、トルクとレヴィの見本になるように合わせたらしい。しかし不慣れな武器というわけではないのか、その構えは堂に入っていた。


「“ホーンラビット”の脅威はその跳躍力を活かした突進と、額の角だ。下手すりゃ人間の身体に穴が開く程の威力があるから、盾があるからって絶対に真正面から受けようとするな。

 避けきれない、剣で対応もできないなら、盾で身体を横殴りにして軌道をずらせ。それだけで生存率はかなり変わる」


 解説し終えてから獲物の選別を行ったランドは、やがて相手を決めたようで、足元の石を拾って“ホーンラビット”に投げつける。

 投石を受けた兎の魔物はランドに気付き、威嚇しながら駆け寄ってきた。普段は大人しいのに敵対する者がいると好戦的になるのが“ホーンラビット”の特徴だ。それを活かしてランドは自分に注意を引きつけたのだろう。

 飛び掛ってきた“ホーンラビット”の身体を、先程解説していた通りに横殴りにすることで軌道を逸らして、魔物が着地のタイミングに手間取りバランスを崩したところで、脅威となる角に剣を振り下ろす。

 硬いと言えども鉱物である銅を素材とした剣と比べれば遠く及ばず、“ホーンラビット”の角は真っ二つに叩き折れた。


「ああ、もったいない!」


「駆け出しは素材の良し悪しより、まず自分が生き残ることを優先しろ!

 そのためなら素材がダメになろうが相手を確実に仕留めるんだ!」


 素材として需要の高い角が無残に砕かれて嘆くグリードだったが、ランドはわざとそうしたようだった。

 綺麗な素材はそれだけ高く買い取られるが、その報酬に目が眩んで激しい攻撃を躊躇い、自分の命が狩られては元も子もない。それを子供達に伝えたかったようである。

 叫びながらも返す刃で振るわれた鋭い一閃が“ホーンラビット”の首を刎ねる。腕力だけでなく確かな技術に基づいた、流れるような動作だった。


「あー……最後は首を刎ねたが、これも無理に狙う必要はない。

 胴体でも背中でも、どこでもいいから自分の攻撃は確実に当てようと心掛けろ。

 そして相手の攻撃には当たらないように用心しろ。これは他の魔物相手でも同様だな」


 彼は口調こそ乱暴だったが、説明はとても丁寧なものだった。

 解説を交えて動作を見せることで、子供達にも理解しやすかったようで、二人とも先程の動作を真似ようとしているようだった。


「いきなりは全部できなくてもいい。最初は攻撃なんて余裕がある時だけでいいから、回避と防御を最優先で動くんだ。

 最後の実戦は俺達全員でやる。グリード、それにアリアは自分ができるからって一撃で仕留め様とせずに、今言ったことを意識して動いてみろ。あと、ガキ共のフォローな」


「へい、兄貴! さんざん練習してきたことでさあ、ばっちりやりますぜ!」


「分かりました。注意してみます」


アリアとグリードが答え、そしてトルクとレヴィが頷いたのを見たランドは、「うし」と気合を入れるように一声発した。

その後の狩りは、全員が大怪我をすることもなく、順調に討伐数を稼いでいった。



   〇



「んじゃあ狩りの成功を祝して、乾杯!」


 昼過ぎに冒険者ギルドに戻った一同は、ランドの提案で祝賀会を行うことになった。

 子供達二人に合わせて、そして先日の反省を踏まえてジュースでの乾杯ではあるが、「こういうのは酒に酔うんじゃなくて雰囲気に酔うのがいいんだよ」とはランドの談である。

 乾杯を終えた一同は我先にとグラスに口を付ける。アリアも新鮮なリンゴのジュースをさっそく呷った。喉を通り過ぎて行く冷たい果実汁が身体に潤いを与えてくれて心地が良い。


「ランドさん、今日は色々とありがとうございました!」


「……あ、ありがとう」


 トルクは満面の笑みで、レヴィは視線を逸らしながら感謝の気持ちを言葉にする。

 面と向かって感謝されたランドは照れくさそうに頬を掻きながら、飲み物を口に流し込んでいた。

 

「兄貴はぶっきらぼうに見えて、本当は面倒見がいいですからねえ。

 俺と初めて会った時も……」


「余計なことは言うんじゃねえよ、これでも食ってろ!」


 何か言おうとしたグリードの口に、ランドは団子を放り込む。

 口の中に物が入っては上手く喋ることができず、グリードはもがもごと口を動かすしかない様子だった。


「じじいに言われて仕方なくだ、勘違いすんじゃねえ」


「それって、ギルドマスターのことですよね?」


「俺を、俺達を引き取ってくれたからな。あのじじいにはむかつくこともあるが、でっけえ恩がある。だから今回みたいな話は断れねえのさ」


 トルクの問いかけに、しばし思案した後でランドは答える。

 つまりギルドマスターとランドは養父、養子の関係にあるらしい。

 何故そのような経緯になったのかは語ろうとしなかった。あまり言いたくないことなのだろう。


「このように親切にしてくださる方が、何故あの日はあんな暴言を?」


「……女子供が命懸けの場に出てくるのが、嫌なんだよ」


 そう言って、一瞬暗い表情を見せた後、それを吹っ切るようにランドはグラスの中身を飲み干して「おう、こっちグレープジュース追加な」と店員に呼びかけた。

 それ以上は聞けそうにないし、楽しい宴会の場でする話でもないだろうと感じたアリアは話を切り上げることにした。


「店員さん、私は兎肉のクリームシチューとトマトパスタとパンにサラダに苺のショートケーキ、それからりんごジュースをお願いします」


「てめえどんだけ食うのかよ!?」


 雰囲気を変えるためにも食事を続けようとしたアリアだったが、注文した料理の多さに周囲を驚かせた。

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