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酒は飲んでも飲まれるな




「あ、頭が痛い……」


 ベットの上で目覚めたアリアは、頭の中で鐘が鳴り響いているような頭痛に襲われていた。

 典型的な二日酔いの症状だ。彼女も知識としては知っていたが、実際に陥ったのは初めての症状である。

 将来、社交の場で泥酔しないようにと酒に慣れさせるために飲まされていたが、今回のように悪酔いした経験は一度としてなかった。

 普段飲まされていた酒類より度数が少ないと侮り、浴びるように飲み続けたことが原因なのは明らかだった。


「生命の息吹を清めたま……あだだだだ!」


 毒素などを体内から取り除く呪文である“キュア”を唱えようとしたアリアだったが、激しい頭痛のせいで集中できず詠唱が途切れる。

 ベットの上でしばらく悶絶していると、ノックの音が響いた。しかし上手く答えることができず、なんとかベットを降りてふらついた足取りで扉に近づき、鍵を開ける。


「うむ。目覚めたようじゃの」


 扉の向こうに立っていたのは、ギルドマスターの老人だった。

 彼は部屋に入り、椅子に腰掛ける。アリアもそれに倣って机を挟み対面する形で椅子に座った。


「その、すいません。ご迷惑をおかけしました」


「まったくじゃの。お主、どれほど危険なことをしたのか分かっているのか?」


 老人は怒った様子で叱責の言葉を吐く。

 アリアは反論できず、聞き入るしかなかった。意識を失う程に無理な飲酒をしたのは他ならぬ自分なのだから。


「荒くれ者ばかりの冒険者達の前で泥酔して気絶するなど、どうぞこの身体を好きにしてくださいと言っとるようなもんじゃぞ。

 仲間がいるのならともかく、お主一人しかいなかったのじゃし、どこぞの安宿に連れ込まれて抱かれたかったのか、うん?」


「い、いえ。そのようなことは……」


「現にわしがその気になればお主を煮るなり焼くなりできておったじゃろうが。無防備すぎるんじゃよ、まったく」


 指摘が正論過ぎて何も言い返せない。ぐうの音も出ないとはこのことか、とアリアは俯きながら自分の行いを恥じた。

 これからは自分勝手に生きてやる、と思っていたが、今回のような事態を繰り返していたらいずれは取り返しのつかない事態を招いてしまうだろう。

 酔いが醒めた今は、己がどれほど軽率な真似をしたのかアリアは理解できた。


「反省はしておるようじゃな」


「はい。ご親切に助けていただいて、ありがとうございました」


「分かったのならそれでいいんじゃよ。若いうちはたくさん失敗して学ぶものじゃからな」


 満足した様子で老人は立ち上がった。そのまま扉に向かう。

 ギルドマスターは退出する直前に、アリアへ振り返った。


「酒場は食堂も兼ねておるから、朝食を食べに来なさい。昨日のことで他に話もあるでの」


 それだけ言い残して、老人は扉を閉じる。室内が静かになり、アリアは天井を仰ぎ見た。

 思えばこのように叱られたのは久しぶりのことだった。未来の王妃に相応しくあるようにと、言動も心情も何もかもを管理された生活の中で、間違いなど起こせないように束縛され続けていたのだから。

 王子の婚約者としての教育が始まった頃は叱責を受けたことも多々あるが、成長していくにつれて間違いも減っていき、やがては誰にも文句を言わせないだけの振る舞いを覚えていったのだ。


「……眠たくなる前に、食事にしよう」


 自省を終えて、気持ちを切り替える。ギルドマスターが言うように、失敗から学んだことを次に生かせるようにするしかないのだから。

 アリアはそう自分に言い聞かせると、扉を開けて階段へと向かう。

 まだ頭痛は止まらないが、ギルドマスターから何か話もあるようだし、あまり待たせるわけにも行かず歩を進めた。




 一階に降りると、酒場は昨日ほどではないが賑わっていた。

 朝の時間帯は酒場よりも、冒険者としての依頼を探す人の方が多いようだ。クエストボードと呼ばれる依頼を張り出す掲示板の前に人だかりが出来ていた。

 冒険者を希望する者としては気になるところだが、魔法をまともに詠唱できない現状では依頼を受けるのは浅はかだろう。今日は体調を整えるために使うしかない。

 掲示板から酒場の方へ視線を移すと、テーブルの前に腰掛けたギルドマスターがこちらへ手を振っているのが見えた。彼の座るテーブルには他にも、昨日のランドとグリード、そしてトルクとレヴィも同席している。

 アリアは誘われるままにそちらに向かい、空いている席に座る。「これで全員揃ったの」と、ギルドマスターは頷きながら呟いた。


「さて、まずはランド。そしてグリードよ。やるべきことは分かるじゃろ?」


「ちっ、言われるまでもねえよ……あー、トルクとレヴィつったか? おまえら、すまなかったな。この通りだ」


 そう言ってランドは少年少女に向かい、深々と頭を下げた。隣に座るグリードも、渋々といった様子でそれに倣い謝意を示す。

 謝罪された二人は自分より遥かに大きな大人から謝られたことに戸惑っているようで、慌てながらも「ふ、ふん。分かったらいいのよ」「ぼ、ぼくもべつに……」とそれぞれ答えを返している。


「では次にアリア。お主は子供を庇ったまではいいのじゃが、その後飲み比べを挑む必要はなかったの。無闇に喧嘩越しにならずとも、さっさと立ち去ればよかったのじゃから」


「は、はい。その通りです。グリードさん、ランドさん。不必要に挑発的な行動を取ってしまい、すいません」


「勝負を受けたのは俺だ。お互い様だろうがよ」


「……兄貴に免じて、許してやらあ」


「てめえはさっきから謝る気があんのかこら!」


 視線を合わさずぶっきらぼうに呟くグリードの頭に、ランドが拳骨を叩き込む。

 がつん、と痛そうな音が鳴り、グリードは机に突っ伏して「い、いてえよう兄貴……」と呻いている。


「そして、トルクとレヴィよ。冒険者として生きていくなら、今回のようなトラブルがいくらでも起こる。その度にいちいち真正面からやりあう必要はない。

 無視するなり、ギルド職員に助けを求めるなりしてトラブルを避けるのも冒険者に必要なことじゃ」


「そ、それじゃなめられちゃうじゃない!」


「いくらでもなめさせればいいんじゃよ。そして自分はしっかりと経験を積んで、馬鹿にしてきた連中が足元にも及ばないような立派な人間になればいい」


 ギルドマスターは一同にそれぞれ叱責の言葉を告げていく。

 しかし彼の苦言は、相手の将来を考えてのことだというのが感じられるものだった。

 不用意に罵声を浴びせたランドも、それに便乗して嫌がらせをしたグリードも、そんな彼らを止めるためだという名目で無闇に勝負を仕掛けたアリアも、皆に問題があった。

 

 そして子供達は、虚勢を張って立ち止まったり、恐怖に震えて縮こまるだけでは、この先同じようなトラブルが起きた時に対応できないだろう。

 自分に対処できないのなら逃げるか周りを頼りなさいと語るギルドマスターの言葉は、確かに子供達の将来のためになるものだろう。

 アリア以外の者達も、態度に差異はあれど言葉を聞き入れている様子に「うむ」と満足そうに頷いたギルドマスターは、両手を合わせてパンと音を鳴らした。


「さ、説教はこれで終わりじゃ。そろそろ飯にするとしよう」


 その言葉を待っていたかのように、酒場の店員が朝食のセットを運んできた。

 おいしそうな匂いが鼻をくすぐり、食欲が掻き立てられたアリアの腹がぐぅとなる。同席した者達から視線を向けられて、恥ずかしくなってアリアは顔を伏せた。

 思えば街に着いてからすぐにあの騒ぎで、酔い潰れてしまい食事をしていなかったことを思い出す。


「ほっほっほ。わしも腹ペコじゃわい、ではさっそくいただくとしようかの」


「け、けど、その……お金……」


 意気揚々と言うギルドマスターに、トルクが不安そうに尋ねる。

 手持ちの金に余裕がないのかもしれない。しかしそんな彼を安心させるように老人は笑った。


「宿の代金に朝食代も含まれておるから心配はない。ちなみにお主らの料金はランドの奢りじゃよ」


「……けっ。迷惑かけた侘びだ。せいぜいたらふく食って身体に肉つけろ。そんなちっこい身体じゃまともに戦えねえぞ」


「だ、誰がちびっこでつるぺたですって!?」


「んなこと言ってねえし、てめえのまな板のことなんざ知るかっての」


「む、むぅぅ! ばかにしてー!」


 憎まれ口を叩くランドに、怒ってぎゃあぎゃあと騒ぐレヴィ。

 けどランドという男は口こそ悪いものの、性根は悪人のものではないようだ、とアリアは感じた。


「……ったく、二日酔いで頭が痛いってのに喧しいガキだ。なあじじい、“キュア”掛けてくれよ。あれで大分マシになるんだからよ」


「だめじゃ。悪い飲み方をした罰だと思って甘んじて耐えるように。アリアよ、お主もじゃぞ」


「は、はい。我慢いたします」


 頭痛がマシになったらまた“キュア”を唱えてみようと考えていたアリアは、ぎくりとしつつも平静を装って答えた。


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