腐りかけの花
…寒い、この寒さは、何枚服を重ねようが、何時間湯に浸かろうが決して消えやしない。
「何度も言ってるじゃない!私は那美だけで手一杯だって!」
午前三時、一階から母の怒鳴り声が聞こえる。
「お前こそ、何度言わせるんだ!俺も海智一人で翔子まで面倒見きれないんだよ!」
母と父の離婚が決まったのは二週間前のことだ。どちらが私という荷物を抱えていくかでずっともめている。
一度は私なんて要らない存在なんだ思い込み、カッターナイフを自分の手首にあててみたが、なんだかんだで死ぬのは怖くて、いつも血が止まるように、切った後はそのまま放っておいた。
「そうよ!あなたのお母さんの所に預けたらいいんじゃないかしら!」
名案を思いついたかのように母が声を弾ませる。
「でも、いくらなんでも母さんも歳だし、さすがに無理があるんじゃないか?」
「自分の事は自分やらせればいいのよ、あの子器用だからそれくらいの事はできるでしょう。無理なら使用人に手伝わせればいい話だし。」
「そうだな、それなら大丈夫そうだ。早速、明日電話してみよう。」
父の心底嬉しそうな声が聞こえる。しかし、もうカッターナイフを手首あてたりはしない、そんな気も起きなかった。
父方の祖母は会社を一代で築き、今では皆一度は聞いたことのある大企業の社長となっている。
私は祖母のことをよく知らない。正確には、私が小さい時一度会っているらしいのだが、まだ歩き始めたばかりの頃なので記憶に残っていないのだ。
「それじゃ、お母さんにちゃんと頼んどいてよ。」
「ああ、わかった。」
バタンと、一階のドアが閉まる音が連続で聞こえた。父も母も自分の寝室へ入ったのだろう。
私も今まで腰掛けていた階段から立ち上がって、自分の部屋へ戻る。
布団のとなりに、目覚まし時計がしっかりセットされていることを確認して布団に潜り込む。すぐに睡魔が襲ってきて、辛い現実から逃げるように眠りに落ちていった。
「翔子、今日どこに行きたい?」
母の優しい声がする。
「今日は翔子の誕生日だからな、何かやりたいことはないか?」
普段聞くことのない父の柔らかい声。
あぁ、そうか、これは夢だ。
現実ならこんな事はありえない…
ありえない…
…ピピピ、ピピピ。
目が覚めた直後に目覚まし時計が鳴る。
毎朝六時に目が覚めることが何年も前からの習慣となっている。
目に手をやると、手に水滴が付いた。
そうか、私は泣いていたのか。最近は、あんな夢が夜な夜な続いている。
しかし、そんなことにかまってはいられない。
朝には父と、妹と、私の分のお弁当を作って、朝ごはんも作らねばならない。
一階の洗面所で顔を洗って、キッチンへ向かうとすぐにフライパンを火にかける。
私がお弁当を作り終え、朝食の準備に取り掛かろうとすると、母が自分の寝室から起きてきた。
「あ、お母さん、今日は朝ごはん食べる?」
「要らない、もうそろそろ出ないといけないから。」
そう言って、洗面所へ向かった。
母が朝食を食べないのはいつものことだ。
会社に早く出勤せねばならず、家を出るのはいつも母が一番最初だ。
母と入れ違いに父がリビングへ入って来た。
「お父さん、おはよう。」
「ああ。」
父はいつも何事にも無関心で、表情も薄い。
しかし、弟の海智は、父が子供の時にやっていたサッカーをやっているので、共通の話題があるからなのか、仲がいい。
私は、朝食に出す味噌汁を作るべく、鍋に水を入れて、火にかける。
お湯が沸騰すると、揚げと、豆腐を入れて味噌を溶かす。味見をすると、ちゃんと納得のいく味になっていた。
味噌汁の火を止めてから、妹達を起こしに行こうと、二階へ上がり、私の部屋とは別のドアを開ける。
「那美、海智、起きてー。」
ダブルベットに横たわる二人に声をかけるが、返事はない。
掛け布団を引き剥がすと、ベットから抗議の声が上がった。
「もー、まだ七時だよー。」
「もう七時なの、早く起きないと朝ごはん食べる時間なくなっちゃうよ?」
「ごはん!?」
弟がばっと立ち上がり、その勢いのまま一階へ降りていっく。
「ほら、海智もご飯食べに行ったし、那美も早く起きて」
妹を半ば無理矢理に立たせると、階段の方へおしやる。
妹達の部屋を出たところで、やっと那美が一人で歩き始める。
階段を降りていくと、ちょうど母が出ていくところだった。
「あ、翔子、今日も家事ちゃんとやっといてね。」
この人は、私をなんだと思って…
「私は!」
家政婦なんかじゃない!
…言えるわけがない。
「私は?」
「あ、えっと、今日早く帰って来れるから、何か買っておかなきゃいけない物とかある?」
悔しい。ただ母に逆らうことすらできない私自身に、苦し紛れに言い訳をする私自身に腹が立った。
「そうね、そろそろシャンプーがきれると思うから、買ってきておいて。」
「うん、わかった。行ってらっしゃい。」
母は振り返りもせずでていく。
悔し涙を拭いて、キッチンへ戻る。
米を茶碗によそい、わざと多めに作っておいたお弁当のおかずを皿に盛り、さっきの味噌汁をお汁碗に入れて、泣いていたことを悟られないように、わざと明るい声で妹、弟に声をかける。
「那美、海智、自分の分は持っていきなよー」
すると、すぐに弟が飛んできて、横から自分の分をさらっていった。
那美も、もう完全に目が覚めたのか、弟と同じ素早い動きで、朝食をテーブルまで持っていく。
私は、自分の分と父の分を持っていくために、キッチンとリビングを往復する。
「「いっただっきまーす!」」
妹、弟の二人が声を合わせて叫び、勢い良く食べ始めた。
「いただきます。」
私も手を合わせてから食べ始める。
父は何も言わずに黙々と朝食を処理していく。
妹と弟が一番に食べ終わり、学校に行く準備をするためか、二階へ駆け上がっていった。
私は、妹達の分の皿も自分の皿に重ねてキッチンへ持っていく。
私も学校に行く準備をするために自分の部屋へ戻った。
壁に掛かっている制服に着替え、昨日準備を済ませておいた学校指定のカバンを持って玄関へ降りる。
玄関に父の靴はなかった。
リビングを見ると、父の分の皿が置きっぱなしになっている。そのせいで、今でも妹達は自分で食べ終わった皿をキッチンに持っていかない。
父はいつも自分にとって必要最低限のことしかしない。
弟とサッカーの話をするのも、自分がやりたいことをやっているだけなのだ。こんなふうに、自分の食べた皿も、キッチンへ運ばない。こういう所が父の嫌いなところだ。
皿を片付けていると、妹達が2階から降りてきた。
「おねーちゃーん、俺先に出るよー。」
弟と妹は、小学生と中学生に別れているが、学校の距離が近いので、毎朝一緒に出ていく。
「いってらっしゃい、あ、那美、お弁当持った?」
「うん、持ったよー。」
「はい、いってらっしゃい、事故起こしちゃだめだよ。」
「わかったー、行ってきまーす。」
バタンと、ドアが閉まる。
私も、もう出なければならない。
とりあえず、皿は水に付けておいて、カバンを持って家をでる。ついさっき出ていったはずの妹達の姿はもうなかった。
鍵をしめて、ドアの前の植木鉢の下にいれる。
家族が帰ってくる時間がバラバラなので、一番早く帰ってきた人が待たなくてもいいように、植木鉢の下にいれるのだ。
一緒に登校する友達もおらず、いつも一人で登校する。
今日も、いつもどおり一人だ。
初めて小説を書きました。
全然面白く無かったかもしれませんが、どこが悪かったなどのアドバイスをいただけると嬉しいです。