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隠れた令嬢と訪ねてきた元婚約者 2


 

『お待ちください』


 彼が言った。


(待て? どうして)


 訳が分からないといった様子のエリザベスに向かって、アレクサンダーは告げる。


「私はあなたのお祖母様だけにお話があるのではありません。あなたにもあるのです」

「……わたくしにも?」


 瞬きをし、涙を誤魔化してから振り返っていぶかしげに問うた。


(何かしら。……婚約のことではないわよね)


 だってそのことならもっと早く来たって良いはずだ。婚約解消を言い出したのはもう二ヶ月も前なのだから。


「私との婚約のことです」


 彼はエリザベスの腕を離し、椅子に座りながら言った。それを聞いてエリザベスの頭に浮かんだのは何故?という疑問だった。

 今その可能性を否定したばかりだ。多忙な彼が今更何だというのだろう。


「わたくしを責めようとおっしゃるの。結構ですわ。なんとでもおっしゃってくださって」


 不必要に声が冷ややかになるのは、涙に気付かれたくないからだ。


「わたくしに文句を言いにいらしたのでしょう。さっさとおっしゃって」


 エリザベスがそう言い放つと、彼は言った。


「……では遠慮なく。あなたは何故、急に婚約を解消するなどと言い出したのです? 私は何か……あなたの気に障るようなことをしましたか?」

「いいえ」


 エリザベスはできるだけはっきりと言った。彼は悪くない。


「あなたに非はありませんわ」

「……でしたら何故あなたは、突然婚約解消などと言い出したのです?」


 そう聞かれるのを、エリザベスはずっと恐れていた。姿を隠したのもそのためのようなものだったのである。


「……言いたくありません」


 エリザベスは拒絶するように言った。


(……言えるわけがないもの。自分勝手で我が儘な、こんな理由)


 だが、彼は同じ質問を繰り返した。


「何故ですか、どうかおっしゃってください」

「……嫌ですわ」


 冷たく言い放つ。


(……何故そんなに執拗に聞くの?別にどうでもいいじゃない。親が決めた政略結婚の相手なんて)


 そう考えて、すぐにその考えを打ち消した。


(……違う。彼は、一方的に婚約解消をされて何も言わず黙っているような人ではない。わたくしはそれを分かっていたはずだわ)


「……どうしたら教えてくださいますか」


 彼は少し困ったように言った。だが、エリザベスは折れなかった。


「なんと言われても教えませんわ」


 すると彼は言った。


「そうですか。でしたらこうしましょう」

「……え?」


 その返答の早さをエリザベスは警戒した。だって、まるで答えを用意していたかのようだ。今度は何を言い出すつもりなのだろう。


「あなたが教えてくださるまで、私はこの屋敷に滞在します。あなたはどうやら私にここに居られることがとても嫌そうでいらっしゃるので」

「……」


 エリザベスは唖然とした。この人は一体何を言っているのだろう?


「そんな……そんなことは許しませんわ」


 必死に否定したが、彼はさも当然といった顔でこう言った。


「あなたのお祖母様には、既に許可をいただいております」


 なんということだろう。つまり彼は最初からそうするつもりで、エリザベスは見事嵌められたのだ。

 婚約解消の理由を言わせるために。

 お祖母様へのお話とやらにはそれも含まれていたのだろう。


(……もちろん、お祖母さまが断るはずもないものね)


 エリザベスの祖母タチアナは損得に関しては譲らない。伯爵子息の来訪など、断るどころか寧ろ歓迎するだろう。


 それにタチアナはエリザベスを置いてくれてはいるものの、勝手に婚約解消をしたことに納得している訳ではない。

 彼はきっと、それだって分かっていてそうしたに違いなかった。


(……相変わらず頭のよく回る人)


 エリザベスは呆れながら半ば感心してもいた。

 そうだった。彼はそういう人だ。


 自然と笑みが零れそうになって、あわてて表情を引き締める。感心している場合ではない。


 タチアナの決めたことはこの館では絶対だ。覆ることはない。つまり、彼に帰ってもらうには婚約解消の訳を話すしかないということだ。


 けれど彼との婚約を解消した理由なんて、そんなもの話せる訳がなかった。


 彼が好きで好きで政略結婚するのが辛くて、だから逃げた、なんて。


 軽蔑されるに決まっている。


 社交界一美しく高貴と詠われたエリザベス・リディーン。彼女には、彼女の結婚には愛なんていらないのだ。

 彼に軽蔑されたくない。それなら、嫌われている方がまだましというものだ。けれど。


(……どうしたらいいのかしら)


 途方にくれてため息を吐く。ふとこれからのことを考えて、たとえ軽蔑されたとしても、彼に言ってしまった方がいいかも知れないと思った。だって、またこんなふうに訪ねて来られては困る。それよりは話せば帰ると言っているのだから、話してしまえば。


「……っ」


 その考えに身震いがした。くらくらしそうなほど頭に血が上る。


(……こんな日がくるなんて、思わなかったわ)


 彼に想いを告げる――なんて、なんて甘美な、そしてなんて恐ろしいことなのだろう。


 息を吸う。

 心の中で落ち着け、と自分に言い聞かせた。


 これを言ってしまえば、もう二度と彼には会えないかもしれない。そう思ったら、自分が理由を告げた時の彼の表情を見ていたくなった。

 エリザベスは覚悟を決めて彼を見つめた。そして、それからはっきりと声を発する。


「わかりましたわ。理由を述べましょう。……あなたが好きだからです」


 エリザベスの声は緊張に少し震えていたが、それでも静かな部屋にはたがえようもなく響いた。


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