年とったらやろうとか言ってみたりするけど
温泉って良いですよね。
まあ、好きずきもあるとは思うんですけど。私は好きです。誰もいない温泉に、二時間ドラマの死体よろしくぷかぷか浮くなんて大好きです。
疲れてくると「あー……遠くに行きてー……」などという思考になりがちだと言うのもあるのかもしれません。当方、疲労回復=温泉という安易な思考を導き易い単純な脳ミソの持ち主であります。
ただ、眼鏡が基本スタイルの人間にとって、温泉はあんまり得意なフィールドとは言えません。何せ前が何も見えないのですから。湯船で同行者に声を掛ける際、本人確認に無駄にドキドキしているなんて、視力の良い方はご存知無いでしょう。
最近はその点お風呂専用メガネなるものを購入し、大分改善されました。あれ凄いです。露天から内風呂に入っても曇らないとは! ビックリです。
まあ、そんな私が友人と東北のある湯治宿に泊まった時の出来事なのですが。
そこは急に旅行に行く事を決定した私たちが、「どうせなら一番安い所で」という基準で選んだ宿でした。前知識無く訪れた宿でしたが、様々な泉質のお風呂が五ヶ所もあり、宿の中だけで湯巡りだと浮かれていた時の話です。
荷物を下ろし、夕食前にさっそくお風呂に向かいました。
ごつごつした岩肌のお風呂です。東北の寒さで冷えきっていた体に染み入る良いお湯でした。
ふぇー……と漏れた間抜けな声が、我ながらのんびりしてます。けれど、夕食の時間までには部屋に戻らなければなりません。この後もお風呂巡りをするのですから体力も残しておかなければならないでしょう。結構温泉って体力使うのです。火照りも冷めませんしね。
利かない視界ですけど、友人も脱衣場に向かったようです。私もそろそろ上がることにしましょう。だらーんって伸びて入れるのが大きな湯船の醍醐味ですね。
……ん? 何か騒がしい?
「大丈夫ですかっ!?」って何ですか?
……全身伸びて入っているって思ってたおばあちゃん、顔までお湯に浸かってるーーーっ!?
え?はいっ、手伝います。……でも、引きずったらおばあちゃんの背中大変になっちゃうけど! ここタイルじゃなくて岩風呂ですから!
……そうです、岩風呂です。視界の無い私がこんな足場じゃ、おばあちゃん抱えて転んだら大惨事じゃ無いですかっ! 「眼鏡が無いので無理出来ませんーーっ!」
って叫んだ所、異変に気付いた友人が戻って来てくれました。数人がかりでおばあちゃんを引っ張り上げ、冷たい水を手足に掛けます。しばらくして仲居さんが来たので私達はその場を任せ後にしました。
多分のぼせて動けなくなったんでしょうね。人命救助に貢献しました。全員真っ裸でしたが。
色んな意味で濃ゆいなと思いつつ、風呂を出てすぐ瓶牛乳を購入しました。牛乳旨ぇ。と、そこでおろおろした中年男性と目が合います。
「あの、この中で母が倒れたらしいのですが」
ああ、はい。そーですねー。息子さんでしたか。まだおばあちゃん真っ裸ですよ。洗い場にいますが、確認に入って下さいとも言えませんしね。微妙な顔での返答となりました。
つくづく思った訳です。年取ったら温泉旅行だとか、年取った親に温泉旅行でも、だとか言いがちですが。年取りすぎないうちにやりたい事はやっておくべきだなぁと。年取った時身体が動くとは限らないんですよ! リアル二時間ドラマを周囲の思い出にしてしまいかねないんですよ!
わかっていながら、「若い頃にやっておけば良かった」なんて、言うのも悔しいですからね!
とはいえ、きっと年取っても温泉は行こうとしちゃうんでしょうけどね。好きなものは好きですから。
早朝の誰もいない湯船でぷかぷかするのは今のうちに楽しんでおくことにします。
年取った後は、人がいる時間に隅っこに入ります。
もし、沈みかけてる私がいたら、助けを呼んで下さいね。