(1) 父親を探して
ルーン王国北東部。
海に面する北の海岸線に、複雑に入り組み切り立った崖が数十キロと続くため、港を作れない領地がある。
最も近い主要運河線まで動力車でも四日かかるその場所は、ルーン王国で唯一、”陸の孤島”と呼ばれる僻地の中の僻地だ。
とはいえ、大きな運河が無いおかげで、王国内でも農耕に活用できる土地の面積が一番広く、農業大国である隣国クレスト連邦にも近い為、一大農業地として発展してきた土地でもある。
そんな土地を領地として下賜され、領地運営を行っている領主、クレマン・ラクロアは待ち望んでいた知らせを聞き、数日前から逸る気持ちを抑えるのに苦労していた。
だが、その苦労も今までのことや、これからの事を考えれば一つも苦にならなかった。
「旦那様、ユーリ・ペンドラゴン様がお見えになりました」
長年仕えている執事が、待ち望んでいた客人の来訪を告げる。
クレマンは、緩みそうになる表情を引き締め、小さく咳払いした。
「そうか、すぐに通せ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げる執事。
数分後。執事の案内で、一人の少年が部屋の中へと入ってきた。
「伯爵、待たせたな」
自分よりも倍以上年齢の離れたクレマンに対し、いつもと変わらぬ不遜な態度を取るユーリ。
「おぁ〜勇者殿、お久しぶりですな。これほど早く戻られるとは、さすがと言うべきですかな」
しかし、彼の態度にクレマンは眉一つ動かすことなく、笑みを浮かべてユーリを招き入れる。
一年前以上前から付き合いのある少年の、人となりを知る彼にとっては、この程度で目くじらを立てていては、どうにもならないことを、承知していたのだ。
「我には造作もないことだ」
ふてぶてしい言葉を言いながら、クレマンとは反対側にある上質なソファーに座り、目の前のテーブルに足を乗せるユーリ。
彼が、ルーン王国に入ることが出来たのは、ひとえにマギハたち仲間の存在があればこそだが、そんな彼らの功績さえも、自分の物だといっているような口ぶりに、クレマンは”相変わらず、か”と、内心毒づく。
だが、そのようなことを考えながらもクレマンは、笑みを崩すことは無かった。
「国は情報を伏せられていますが、聖剣を奪われて相当焦っているようですよ。それで、”例の品物”は?」
「これが、そうだ」
せっつくクレマンに、ユーリは左手の人差し指にはめた指輪を、前へと差し出す。
指輪の宝石が光り輝き、次の瞬間にはその手に、聖域から持ち出した聖剣プロウェス・カリバーが握られえていた。
鞘の無かった聖剣が、過度な装飾の施された金属製の鞘に収められており、ユーリは鞘から聖剣を引き抜くと、クレマンに見せ付けるように、前へ突き出した。
「おぉ・・・・・・これが彼の英雄、アルバート一世が振るいし聖剣。何と神々しい・・・・・・」
今まで見てきたどんな名刀・名剣であっても、目の前の聖剣と比べては鈍らにしか見えないと、クレマンは感動を覚え、手を震わせて聖剣に触れようとした。
「やめておけ。我以外が触れば、命を落とすだけではすまないぞ?」
殺気の篭ったユーリの言葉に、我に帰ったクレマンは驚いて、手を引っ込める。
「?!・・・・聖剣は、己を振るうに相応しい主を、自らの”意思”で定める、と言いますな・・・・・・・さすがは勇者殿。聖剣に選ばれるお方という訳ですか」
大事の前に、興味本位で命を落とすわけには行かない、とクレマンは聖剣に触れたい欲求を強引に押さえ込む。
「・・・・・それで?」
聖剣を鞘に収め、再び指輪の中へ格納したユーリが、問いにならない問いを、クレマンに投げかける。
問いの意図を、すぐに察したクレマンは、ソファーに座りなおし、問いに答え始めた。
「準備はすでに整い、聖剣が手に入った以上、あとは”あの方”をお迎えすれば、すぐにでも」
実際のところ、ユーリがルーン王国国外へ追放されなければ、彼らの計画は一年前に決行されるはずだった。
しかし、その予定は大きく狂い、今まで引き伸ばされていた。
それでもクレマンは、準備を怠ることなく、計画より確実なものとする為に、手を尽くしていたのだった。
「そうか・・・・・・事が終われば、我が聖剣も”あいつら”も貰ってもいいのだな?」
ユーリの”要求”に、クレマンは気味の悪い笑みを浮かべ、大きく肯く。
「構いません。全てが終われば、どちらかは我々の傀儡として、表に出さなければなりませんが、勇者殿のお好きに・・・しかし、英雄色を好むと申しますが、勇者殿もなかなか・・・・・」
クレマンにとって、ユーリが要求してきた”品物”は計画が成功に終われば、殆ど無用の長物となる。
しかし、目の前の少年ではないが、クレマンも男として”彼女ら”に興味がないわけでなく、伯爵の地位にいるとは思えない、下世話な笑みを浮かべていた。
「口が過ぎるぞ、伯爵」
クレマンの内心を感じ取り、ユーリから放たれる殺気が色濃くなり、伯爵へと叩きつけられる。
さすがにこれ以上はまずいと、クレマンは先ほどの仕事用の笑みに切り替えた。
「これは失礼・・・・・僭越ながら、滞在用の部屋を用意しています。貴殿の仲間たちの部屋も同様に。その時まで、どうぞゆっくりなされてください」
「あぁ・・・・」
やってきた侍女に案内され、ユーリが部屋から出て行く。
扉が閉まり、ユーリの気配が遠ざかるのを確認したクレマンは、胸の内の苦々しいモノを吐き捨てた。
「ふん。勇者などと持ち上げられても、所詮は色狂いの子供か・・・・・・おい」
傍に控えていた執事が、音も無くクレマンの横に立つ。
「はい、旦那様」
「他の者たちに連絡を入れろ。決行の時は近い、準備を怠るな、と」
伝言を聞き、執事はやはり音も無く、部屋から出て行った。
執務室に自分ひとりとなったクレマンは、自慢の庭園が見渡せる窓辺に立ち、その庭園を見下ろした。
「もうすぐだ・・・・・これで、私に相応しい地位が手に入る。あの時手に入らなかった、最高の地位が・・・・・ふふふ」
漸く、自分が望んだ”本当の自分”になれると、クレマンは一人笑い声を上げるのだった。
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聖域での一件から一週間近くが経ち、昊斗たちは”目的地”に到着した定期船から下船していた。
事件翌日に、国王カレイドから呼び出された昊斗たちは、彼と彼の友人であるドラグレアから、あの聖域にはルーン王家ゆかりの聖剣が封印されており、その聖剣が何者かの手によって持ち出されたことを聞かされた。
フェリシアたちから、昊斗たちが”とある理由から”同じ時に聖域にいたことを聞いていたカレイドは、昊斗たちが犯人に繋がる情報を持っているのではと、聞くため呼び出したのだ。
昊斗たちは、ファルファッラら母娘を襲った男が、仲間と一緒に聖域に来ていた事をファルファッラから聞いていたので、知りうる限りの情報をカレイドたちに提供した。
その対価として、聖域に”無断”で住んでいたファルファッラたちを不問することを引き出し、これにより彼女らは何の罪に問われることは無かった。
その後、カレイドからの呼び出しは無く、昊斗たちはファルファッラとの約束を果たす為に、ある町に来ていた。
―ここが・・・・・・
「うん、エメちゃんのお父さんの手がかりがあるかも知れない場所だよ」
町並みは、王都によく似手はいたが、ディアグラム以上に動力車が走っており、住民たちの服装も、どこか昊斗たちには親近感を覚える物だった。
国境都市【ロード】
ルーン王国とレヴォルツィオン帝国との間にある山脈【グロワール・モンターニュ】。
数千メートル級の尾根が大陸を分断するかのように、南北に渡って横たわり、両国は北か南の海路を船で行き来するのが基本となっている。だが、唯一陸路で国境が越えることの出来る場所があり、それがロードから伸びる山道だった。
かつては一つの国だったロードは、数十年前に王家が滅亡し、混乱の直中にあったロードを、ルーン王国が援助。その後、ルーン王国に併合され、自治都市として発展してきた。
王国と帝国の国境にあるため、帝国からの科学技術製品が多く入り、今ではディアグラム以上に科学が普及している。
なぜ、昊斗たちがロードにいるかと言うと、ファルファッラから預かったエメラーダの父親の手がかりに秘密があった。
手がかりの品はペンダントで、ペンダントトップには小さなコイン状の装飾が付いており、表と裏にそれぞれ、違う紋章が刻まれていた。
昊斗たちが調べたところ、表は旧ロード国の紋章であることが分かり、裏は王家に仕えた貴族の家紋ではないかと推測し、手がかりを得る為に、ロードを訪れていたのだ。
やってきたのは昊斗たち傭兵四人に、エメラーダ。そして・・・・・
「心配するでない、エメラーダよ!妾の勘では、ここでいいことが起こるはずじゃぞ!」
なぜか、ルールーが付いてきていた。
前日。
「妾も付いていく!エメラーダの友人じゃった妾の眷属たちが、妾の本体に戻ってからずっと悲しんでおる。あの者たちの代わりに、妾がエメラーダの友人・・・・いや、友達になる!じゃから、妾も付いていく。ソラト、トーカ。それにフェリシアよ、妾の我侭を許してもらえぬか?」
そう言って聞かないルールーに、昊斗を始め、彼女と契約するフェリシアも困惑していた。
元々、予定では海外に行くことになっていた昊斗たちは、ルールーとカグを連れて行くことにしており、そのための準備もしていた。
だが、聖剣強奪など王国内の情勢が不安定な状況で、ルールーが片時でもフェリシアの傍を離れるのは、やはり良くないとして、ルールーがエメラーダの父親探しに付いてくることを、昊斗たちは許可しなかったのだ。
それでも、とアルターレ護国の時以上に食い下がるルールー。
そんな状況を打開したのは、彼女と同じ神だった。
「ソラトさん。ルドラの代わりに、僕がフェリシア姫を護ります。だから、ルドラを連れて行ってはもらえませんか?姫も、戦えない僕に護られるのでは不安でしょうが、どうかお願いします!」
そういって、カグは昊斗たちに頭を下げた。
「カ、カグツチ・・・・」
まさか、カグからそんな言葉が出てくるとは想像していなかったルールーが、顔を真っ赤にし涙を堪える。
「そ、そんな。火の神であるカグ君に、護ってもらうことに不安なんてありません!・・・ソラトさん、トーカさん。私からもお願いします。ルーちゃんを連れて行ってあげてください」
カグと同様、頭を下げるフェリシア。
二人は、ルールーがいい方向へと変わっていることを実感し、そんな彼女の気持ちを尊重して申し出たのだった。
「フェリシアまで・・・・・・・」
とうとう堪えきれなくなり、嬉しさで涙を流すルールー。
ここまで来ると、拒否するわけにも行かず、昊斗たちは「仕方ない」、とルールーの同行を許可したのだった。
定期船から降り、行き先を確認する昊斗たちを見ながら、ルールーとエメラーダは互いに手を繋いで近くのベンチに腰掛けていた。
―あの、ありがとうです。水の神様・・・・わたしなんかのために
終始、自分の手を握り、片時も離れなかったルールーに、エメラーダは感謝と申し訳ない気持ちが混ざり合い、俯いてしまう。
「何を言っておるのじゃ!妾と主は友達なのじゃぞ?このくらい当然じゃ!・・・前に、フェリシアが言っておった。友達が困っておったら、助けるものだと。その時の妾には、よく分からなかったが、今なら分かる。妾は、主を助けたいのじゃ。妾では、出来ることは少ないが、こうやって主の手を握ることは出来る。話を聞いてやることも出来るのじゃ。遠慮せず、妾を頼るといい」
フェリシアたちと過ごす中で、友達と言う概念は何となく理解していたが、エメラーダを友達を思うようになり、ルールーは本当の意味で、友達と言うものを理解できたのだった。
―水の神様・・・・・
世界を統べる神の一柱と友達になる、と言う途方もない状況に、エメラーダは何処か現実味がなくなっていた。
「ん〜・・・その呼び方も、他人行儀じゃな・・・・エメラーダよ、主も他の者と同様に、妾のことはルールーと呼ぶのじゃ!」
ルールーの提案に、エメラーダは目をむいた。
―えっ!?・・・・・・・・・いいのです?
相手は神であり、そのような呼び方をしていいのか困惑するエメラーダ。
「妾が許可しておるのじゃ、気にするでない!」
だが、胸を張って言い切るルールーに、エメラーダは自分が難しく考えすぎなのか?と思い、息を吐き出した。
―うん・・・・・ルールー
名前で呼ばれたルールーが嬉しそうな顔をしているのをみて、エメラーダは気持ちが楽になるのを感じた。
嬉しそうにしていたルールーだったが、途端にバツの悪そうな顔をして、エメラーダにだけ聞こえるように、彼女の耳元に顔を近づけた。
「・・・・・・・・代わりと言ってはなんじゃが、戻ったら妾に”料理”を教えてはくれぬか?」
ルールーの言葉に、エメラーダはキョトンとした表情を浮かべる。
―・・・料理を?
何故、神様が料理を習いたいのだろう、と首をかしげるエメラーダに、ルールーは恥ずかしそうに事情を説明し始めた。
「そうじゃ。実は、どうしても”ある者に”料理を作ってやらねばならない事態になってしまっての。前に、フェリシアやトーカたちに妾は料理なぞしない!と言い切ってしまっておっての。今更ながら、教えて欲しいと言うのも恥ずかしいのじゃ・・・・どうじゃろう?」
―・・・分かった。さっきルールーも言ってたです。困ってる友達は、助けるものって
エメラーダから承諾を得て、ルールーの顔に笑顔が溢れる。
「本当か!・・・よかった。これで、カグツチのとの約束を護れる」
―約束?
辛うじて聞き取れた言葉を復唱するエメラーダに、ルールーは顔を真っ赤にする。
「なんでもない!こっちの話じゃ!!」
「ルーちゃん、エメちゃん。行き先が分かったから、移動するよ〜」
ルールーがアタフタしていると、話し合いをしていた冬華が二人に声を掛けてきた。
「わ、分かったのじゃ!!ほら、エメラーダ。トーカが呼んでおる、行くぞ!」
―う、うん
恥ずかしさを隠すように、ルールーはエメラーダの手を引き、二人を待っている昊斗たちの元へと走っていくのだった。
今話より、新章となります。
次回更新は、5月11日(日)PM11:00過ぎを予定しています。
変更がある場合は、活動報告にてご連絡します。




