(16) 傷つく心
木漏れ日の森から遥か離れた王都ディアグラム。
ここにも一人、聖域の異変を察知した人物が居た。
「っ・・・・・・・・・はっ!?」
悪夢で飛び起きるように、ミユは薄手のふとんを押しのけ上体を起こす。
夏季も終わりではあるが、夜になっても暑さの続き、寝汗をかくのはいつものことだが、今日のそれは全く別物で、纏わり付くような気持ち悪さと、気味が悪いほどの冷たさを感じた。
「い、今のって・・・・・・」
汗に濡れ冷たくなった寝間着のせいか寒さを感じ、身震いしながらミユは今しがた見た”夢”を思い出していた。
巫女であるミユにとって、”夢”は大切なものだ。
夢は、巫女によっては神託や予知などに繋がるの物が多く、そのことを起きた後も克明に記憶できるように訓練されている。
そして、ミユは見たものを克明に思い出し、その衝撃で悲鳴を上げそうになる。
「ウ、ウソ・・・・・ウソだよ・・・そんなのって・・・!?」
その夢の中に現れたのが、木漏れ日の森の聖域に住むあの母娘だと理解した瞬間、ミユの目から止め処なく涙が溢れた。
幾度となく刃を突き立てられる母に、その母を助けてと声なき声をあげて泣き叫ぶ娘。
ミユが見た夢は、そんな悲惨なものだった。
そして、それが未来予知ではなく、現在、森の中で起きている出来事であるというのも、シオンから教わっていた例と同じだったので、ミユにはより大きな衝撃となった。
「だ、誰か・・・・!」
そんな危機的状況に思考が追いついていかないミユの脳裏に、顔が浮かぶ。
アルターレ護国の危機を救ってくれた、優しくも力強い彼らの顔が。
「ソラトお兄ちゃん・・・・トウカお姉ちゃん・・・!!」
その瞬間、ミユはベッドを抜け出し、着の身着のまま部屋を飛び出していた。
「姫様!姫様、ミユだよ!お願い、起きて!!」
部屋を飛び出したミユが向かったのは、隣のフェリシアの部屋だった。
真夜中にこれだけ騒げば、誰か来るかもしれないが、一切余裕のないミユは一心不乱に、ドアと叩いた。
「お願い・・・・姫様、起きて・・・・・」
『ミユ様?・・・・・どうされたのです、こんな遅くに・・・?!どうしたの、ミユ様!?」
ショールを肩にかけたフェリシアがドアを開けると、涙で顔をグシャグシャにしたミユが座り込んで泣いていた。
そのことに驚いたフェリシアだが、それ以上に驚いたのが、普段ミユが絶対に見せたくないと言って隠している、先祖がえりの象徴である狐耳と九尾の尻尾を表に出していたことだ。
「姫様!・・・お願い、お兄ちゃんたちに・・・・エメちゃんが・・ファルさんが・・」
ミユの様子に、ただ事でないと察したフェリシアは、ミユの肩を抱いて自分の部屋の中に入れた。
騒ぎを聞きつけやってきた侍女や兵士たちに、部屋から顔だけ出し「ミユ様が、怖い夢を見て怖がられているだけだから、問題はありません」と引かせ、フェリシアは部屋に鍵をかけた。
「・・・・・それで、ファルさんやエメちゃんがどうしたの?」
「ゆっくりでいいから」と、ミユを落ち着かせて話を聞き始めるフェリシア。
夢で見たことを説明しようとするが言葉が纏まらないのか、必要な情報が断片的にしか語られなかったミユの説明だったが、フェリシアはきちんと理解し、そして絶句した。
「そんな・・・・」
数週間前、休暇で訪れた木漏れ日の森で出会ったハイエルフの母娘が、命の関わる事件に巻き込まれていると知り、フェリシアの身体が震え、足元がふらつく。
「お願い、姫様!ソラトお兄ちゃんたちに、連絡して!二人を助けてって!」
ミユの言葉に、この状況を覆せる最強の四人の顔が、フェリシアにも思い浮かぶ。
「ルーちゃん!」
自分が寝ていた同じベッドで寝ている、パートナーの名を呼ぶフェリシア。
呼ばれたルールーはと言うと、フェリシアからの感情のフィードバックで目を覚ますが、完全に寝ぼけていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・何じゃ?・・まだ夜ではないか。フェリシアよ、もう少しねかせ・・・」
「ソラトさんたちに、大至急こちらに来てくださいって伝えてください!」
もう一度寝に入ろうとしたルールーを、フェリシアは駆け寄って、その身体を揺さぶる。
「ななななな、何じゃ、藪から棒に!?」
揺さぶるフェリシアの手を払い、盛大に揺らされたせいで、ふらつく頭を抱えてルールーが声を上げる。
「いいから、早く!!」
「わ、分かったのじゃ!・・・・・・」
鬼気迫るフェリシアの表情と声に、圧倒されたルールーが眉間にしわを寄せ、「むむむ」と昊斗たちに念話を飛ばす。
「フェリシア!」
「フェリちゃん、どうしたの!?」
最大級の緊急呼び出しだった為か、ルールーが念話を飛ばした瞬間に、フル装備の昊斗と冬華が、フェリシアの部屋の中に転移してきた。
昊斗たちの後ろに憑いている玉露と金糸雀も何事かと、険しい表情をしている。
アルバート城で何があったのかと、その場にいたフェリシアたちの姿を見ていた昊斗が、ある事に気が付き、目を背ける。
ミユやルールーは、玉露手製の所謂パジャマ姿なのだが、フェリシアの姿は健全な男子には大変危険なモノだった。
寝るときにフェリシアは下着を一切身に着けないため、薄手のネグリジェの下に、見えてはいけない部分が薄っすらとだが、見えていたのだ。
自身の格好に気が付いたフェリシアが、慌てて夏用のガウンを羽織、前を隠した。
「・・・・・・で、どうしたんだ?」
気を取り直して、呼び出された理由を問いただす昊斗。
「はしたない格好をお見せして、申し分かりませんでした。実は・・・・・」
「ソラトお兄ちゃん、トウカお姉ちゃん!ファルさんとエメちゃんを助けて!!」
説明しようとしたフェリシアの言葉を遮り、ミユが昊斗に縋りつく。
「・・・あの二人に、何かあったのか?」
フェリシア同様、ミユの姿と様子に、緊急事態であることを確信した昊斗たちは、フェリシアから事情を聞いた。
「玉露、金糸雀。機動端末を先行させて情報収集を頼む」
『了解、マスター』
『近くに待機させていた端末をアクティブ・・・・・聖域方面へ向かわせます』
ドラグレアの庵に、索敵用機動端末を待機状態で配置していた玉露と金糸雀は、端末を再起動させ、聖域方面へと向かわせる。
ミユの巫女としての能力で、木漏れ日の森にいるファルファッラとエメラーダが危険な状況にあると知った昊斗たちは、今ある情報をまとめ、行動を開始した。
「冬華。聖域に近い転移先のポイントは、ドラグレアさんの庵だけだったよな?」
木漏れ日の森は、表と裏、そして聖域を含めると広大な敷地面積を誇る。しかも、国有地でもあるので、昊斗たちも転移先の到着ポイントをおいそれと設置できなかった。
冬華が木漏れ日の森で設置した転移先のポイントは三箇所。
ドラグレアの庵に、ポンタの住んでる巨大なツリーハウス、そして王家の別荘である。
その中で、聖域から一番近いポイントがドラグレアの庵だった。
「うん。一度庵まで跳躍んで、其処から直接行くしかないよ」
「頼む!」
いつものように、冬華が杖を掲げると、昊斗と冬華の立っている場所に、転移術式の紋章が浮かび上がる。
「それじゃフェリちゃん、ミユちゃん、ルーちゃん。行ってくるね!」
「お気をつけて」
母娘の無事と、昊斗たちの無事を祈るように、フェリシアが胸の前で手を握る。
「お願い、二人を助けてあげて!」
泣き通し、目と鼻を真っ赤にしたミユは、パジャマの裾を掴んで昊斗たちを見つめる。
「頼んじゃぞ!」
話を聞き、事態を理解したルールーは、エメラーダを助けに行きたい気持ちが多分にあったが、カグの時の失敗があったため思いとどまり、昊斗たちに思いを託した。
三者三様の言葉に送られ、昊斗たちは、木漏れ日の森へと跳躍んだ。
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「森の奥に、こんな場所が・・・・・」
聖域を覆っていた結界が消滅し、立ち入ることが出来るようになった場所へと踏み込んだ鞍馬とポンタ。
シロが行き着いた場所は、ファルファッラの小屋がある、あの広場だった。
ファルファッラ!エメラーダ!!
来た事はなくとも、その場所に漂う気配と匂いで、ここがファルファッラたちの生活圏だと確信したポンタが二人の名を呼ぶ。
―・・・・・・ポンタさん?ポンタさん!!
かつて自分たちを助けてくれた恩人の”声”を聞き、エメラーダがポンタの名を呼ぶ。
すると、瓦礫と化していた小屋の残骸の近くに、小さな光に護られたエメラーダが何かを抱えて座っていた。
それが、血まみれのファルファッラだと気が付くのに、ポンタは時間を要した。
・・・マサカ・・・・ソ、ソンナ・・・・
恐れていた事態に、ポンタは思考を手放しそうになるが、エメラーダの傍に、血に濡れた人影が立っているのが目に入った。
そして、その手に短剣が握られていると分かった瞬間、ポンタの巨体が躍動した。
!?・・・・ソノコ、カラ・・・・ハナレ、ナサイ!!
地響きを轟かせ、血塗れた人影・・・パッツィーアに殴りかかるポンタ。
大木の幹ほどある太い腕が、走る勢いをも乗せてパッツィーアに振り下ろされる。
「・・・・・・薄汚い獣風情が」
迫りくるポンタを一瞥してパッツィーアは、たった一枚だけ防御壁を展開し、大型車の衝突並みの衝撃を受けきる。
ッナ?!
見えない壁に攻撃を阻まれ、ポンタが驚愕する。
パッツィーアは防御壁を反転させ、先ほどのインパクトをそっくりそのままポンタへと返す。
グハッ!!
無防備のまま、全身に自分の攻撃を喰らい、後ろへ吹き飛ぶポンタ。
―ポンタさん!!
その光景に、エメラーダが悲鳴を上げる。
「ポンタさん!くそっ・・・シロ!!」
鞍馬はポケットから、使うのを控えるよう言われていた魔笛を取り出し、口につけるが躊躇って口を離した。
自分が起こした事件以降、この世界が現実だと分かり、魔獣やモンスターの意思を束縛する魔笛を使うことに鞍馬は躊躇いを感じていた。
そんな鞍馬の躊躇いを感じ取ったのか、相棒のシロが「使え!」と目で訴えるように見つめる。
鞍馬は、覚悟を決め無言で肯き、目を瞑り魔笛を鳴らした。
『ガァアアア!!』
子供とは思えない、魔力を纏い、シロの口元に青白い炎がちらつき、咆哮と共に炎がパッツィーアに襲い掛かる。
ヘル・ブレス―フェンリル種が使う攻撃で、高レベルのドラゴンのブレスに匹敵する威力といわれており、あらゆる物を焼き尽くす地獄の炎とも語られるものだ。
「五月蝿い!!」
しかし、魔笛の力で増幅したとはいえ、所詮幼体の攻撃。パッツィーアは結界を展開し炎を防ぐと、そのまま結界を急速展開し、衝撃波を生み出す。
「がはっ!!」
「ギャン!」
衝撃波から身を護る術を持たない鞍馬たちの身体が、弾き飛ばされ宙を舞う。
そしてそのまま地面に叩きつけられ、動かなくなってしまう。
―あぁ!!や、やめて下さいです!これ以上、誰も傷つけないで下さいです!!
泣きながら懇願するエメラーダに、パッツィーアは冷たい目をして静かに口を開く。
「・・・・お前のせいだ」
―!!
「お前のような穢れた化け物がいるから、周りは傷つき、そしてファルファッラは死んだ。お前は、この世に居てはならない存在だ」
一切の躊躇いもなく、エメラーダのせいだ、とパッツィーアは残酷な言葉を並べる。
―わ、わたしは・・・・・・・・・
そんな言葉を受け、十二歳の子供が反論できるわけもなく、エメラーダは言葉に詰まる。
「死ね、死ね、死ね、死ね・・・・・・・」
まるで呪詛の様に繰り返すパッツィーア。
エメラーダは耳を塞ぎ、泣きながら俯く。
薄目を開けると、其処には自らの血で汚れ、肌が土色に変わり果てた母の顔があった。
―お、お母さん・・・・・・・助けて・・・・だれか、助けて・・・・
必死に助けを求めるエメラーダ。
だが無常にも、彼女を護る為に、最後まで残っていた小さな精霊が、力を使い果たし粒子となって消えていった。
邪魔する者が居なくなったことを確認し、パッツィーアは手にした短剣を逆手に持ち替え、頭上高く掲げる。
もう彼の頭には、依頼のことなど毛筋も残っていなかった。
「バンシィ・・・・お前はこの世に要らない化け物だ!死ね!!」
振り下ろされる短剣がエメラーダに迫ったその時だ。
突如、短剣の刃が根元から消え去り、パッツィーアは空振ってしまう。
「黙れ」
その場を支配するような声が、広場に響く。
「!・・・誰だ?」
また邪魔者が現れた、とパッツィーアが声のする方へと視線を動かす。
エメラーダも、無意識に声のした方へと顔を向ける。
涙で滲む視界で、誰が来たか最初は分からなかったが、徐々にその姿が露になると、先ほどとは違う涙が溢れ、声が漏れた。
彼女の視線の先に、現れるはずのない人物たちが立っていた。
連続更新三日目!
まだまだいけますぜ!
次回更新は4月25日(金)PM11:00すぎを予定しています。
お楽しみに!




