(13) 侵入者 そして戦いの始まり
「ここって、王族の保養地なんでしょ?全然、ムードないんだけど!」
月明かり、星明りも射さない真っ暗闇と言っていい森の中を、アルトリアが術で生み出した小さな球状の光源を頼りに歩く中、レーアが不満を口にする。
「今は夜ですし、整備された”表”と違い、ここは”裏”。一般人は入れませんし、名の知れた貴族でさえ、事前に許可が必要な場所です。そんな場所が整備なんてされているわけないでしょう。それから、現在我々は隠密行動中であることを忘れないでください」
パーティーのまとめ役であるマギハは、緊張感に欠けるメンバーに苦言を呈する。
「そこかしこに獣の気配はするが、どれもザコばかりだな・・・・・・おい、マギハ。ここの管理者って強いんだろ?殺しに行ってもいいか?」
戦闘狂と言うより、殺人鬼の様なことを言う獣人のディアゴ。ここまで来ると、普段の作り笑いが維持できなくなるほどの頭痛を感じ、マギハは薄目でディアゴを睨む。
「いい訳ないでしょう。それから、今言ったばかりですが、隠密行動中ですよ」
ディアゴを睨んだ際、振り返った時に二人メンバーが足りないことにマギハが気が付いたと同時だった。
「・・・・何をしている。止まれ」
声を掛けられ、声のする方を見ると、少し離れた場所にパーティーリーダーのユーリと、外套の男が立っていた。
「?もしかして、通り過ぎてしまいましたか?」
メンバーを叱るのに気を取られ、気が付かなかったとは、とマギハたちが元来た道を戻る。
「・・・・・ウチ。あいつの声、初めて聞いたかも」
「ワ、ワタシもです」
普段からユーリの傍にいることの多いレーアとアルトリア。最近、メンバーに入ったばかりの外套の男とはあまり接点がないので、言葉を交わしたことも無かった。
その声は、二人の予想に反して随分と若い印象だった。
通り過ぎたメンバーが戻ってきたこと確認し、男は何もない空間に手をかざすと、空間に波紋が生まれた。
「・・・・・・・この結界には、相応の力を持った者でないと、他へと誘導され遠ざけられる効果あり、その効力が周囲に拡散されている」
淡々と聖域を守る結界の説明をする外套の男。
「つまりこの中では、勇者様と”パッツィーア”さん以外は不合格だったと。我々は意識を別の方へと誘導され、聖域から遠ざけられていたのですね・・・・・なるほど」
外套の男、パッツィーアの説明で納得が言ったのか、マギハが先ほどまでの自身やメンバーの行動を振り返り始めた。
「いつまで無駄な話をしている。今すぐ結界を解け!」
だが、短時間でも待たされたことに、痺れを切らせたユーリの一声で、場の空気が凍りつき、マギハたちの表情が強張る。
「それは推奨しない。この結界は消滅すると、警報が鳴る。邪魔者が増えていいなら、消すが?」
結界に触れながら、やはり淡々と説明を続けるパッツィーア。その説明に、今度はディエゴが反応した。
「いいな、それ!向かってくる奴は、全員殺してやるぜ!」
「ディエゴさん、少々黙っててください。それは勘弁していただきたいですね。ほかに方法は?」
なるべく目的達成の妨げになるリスクを減らしたいマギハは、外套のフードで顔を隠したパッツィーアを促す。
すると、パッツィーアが小声で何かを呟き始める。
所々で聞き取れた言葉は、聞いたこともない発音で発せられており、その場にいた全員が意味を理解できなかった。
「・・・・・・・・・・穴を開けた。早く通れ」
結界に触れていた男の掌を中心に、人一人が通れる大きなの”穴”が形成される。男は、そのまま”穴”を通り、結界の中へと入っていく。結界自体は不可視だが、穴が開いたことにより境目ができ、そのお陰で全員が穴が開いたことを確認できた。そしてよく見ると、その穴は最大まで広がった瞬間、徐々にだが塞がり始めている。
「ちょ!?」
何の説明も無く、虚を突かれ誰もその場から動けずにいた。
「いきなりですか?!皆さん、急いでください!」
まとめ役のマギハが手を叩き、竦みの取れたメンバーが穴の中へと駆け込む。
しかし、ユーリだけが不遜な顔をしてゆっくりと歩いて穴を通り抜ける。その瞬間、穴は一気に塞がり、何事も無かったように元へと戻った。
「全員、結界内へ入っていますね?」
ユーリ以外の全員が周りを見渡し、メンバーがいることを確認する。
そして、目の前に広がる聖域の光景に、女性陣と共に、マギハは目を奪われた。
真っ暗だった森とは違い、明かりを必要としないほど、聖域の中は木々や地面が薄っすらと光り、幻想的な風景を生み出していた。
しかし、再びユーリから不穏な空気を感じ取り、現実に引き戻されたマギハが、咳払いして全員の意識を自分に向けさせた。
「では、ここからは時間との勝負です。まず、メンバーを二手に分けます。一つは、聖域に封印されている秘宝の回収。そしてもう一方は、ここに住んでいるという亜人の捕獲です。メンバー分けですが、勇者様は秘宝の方で確定です。残りの方は・・・」
「ウチ、ユーリ様と行くから!この目で”秘宝”を手に入れる所みたいし!」
「ワタシも、勇者様にお供します!元神官として、興味がありますので!」
女性二人が、挙手と共に希望を述べる。かち合うのを分かっていたのか、二人の視線に火花が散る。
「なら、オレは、亜人の方へ行こうか!亜人て言ったら、エルフとかが定番だろ?強ければ、戦うのも面白いだろうし、殺し甲斐がありそうだ!」
どうしても暴れたいのか、ディエゴの身体から闘気だけでなく殺気まであふれ出てくる。
「貴方は、勇者様と共に秘宝の方へ行ってください!全く、捕獲と言ったでしょう・・・このバトルジャンキーの脳筋が・・・」
戦闘能力に関しては、ディエゴのことを認めているマギハだが、TPOを弁えずに無駄・無意味な戦闘しようとするディエゴの脳筋な部分だけは、どうしても許せない部分だった。
一人、明後日の方を見ていたパッツィーアが、マギハの方へと向き直る。
「・・・・・・・私一人で行こう」
「はい?」
彼の言葉に、マギハは驚き呆けてしまう。
パーティーに入ってから、素顔をメンバーの誰にも晒さないパッツィーアだが、その実力は数回の仕事で遺憾なく発揮され、少なくとも仕事に関しては全員の信用を勝ち得ていた。
だが、今まで自分から提案はおろか意見など一度もしなかったパッツィーアが、珍しく意見を言ってきた、と理解するのにマギハは時間を要した。
「その亜人の捕獲。私一人で十分だ。意見がまとまらないなら他は、勇者についていけばいい」
時間が惜しいのだろう?、と付け足すパッツィーアに、マギハは思案を深める。
「いえ、しかしですね・・・・・」
マギハは前もって編成を決めていた。秘宝へはユーリにアルトリア、そしてディエゴ。そして、亜人捕獲には自分にレーア、そしてパッツィーアとしていた。しかしながら、女性二人ではないが、マギハもユーリが”秘宝”を手に入れる瞬間に立ち会いたいと、頭では思っていた。
なので、彼の申し出はマギハにとって強い誘惑となり、心を揺さぶる。
「好きにしろ、パッツィーア」
マギハの迷いを断ち切るように、ユーリが首を縦に振る。
まさに鶴の一声。言い争いを始めていたレーアとアルトリアまで黙ってしまう。
「そうか・・・・・では」
踵を返し、パッツィーアは振り返ることなく森の中へと消えていく。
「!?パッツィーアさん!!捕獲が終わったら、例の集合地点に向かい、合流してください!時間を過ぎて現れない場合は、失敗と判断して見捨てますから!!」
予め、全員に緊急事態時にメンバーと逸れた際の再集合場所と、夜が明ける頃まで待つ、という段取りはつけている。
不安要素はない、とは言い切れないが、リーダであるユーリがGOサインを出し、パッツィーアが行ってしまった以上仕方ないと、マギハは小さくため息をつく。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・仕方ありません。勇者様がお決めになったことに、逆らうわけには参りませんしね。では皆さん、行きましょう。勇者様、お願いできますか?」
「・・・こっちだな、付いて来い」
まるで、秘宝の場所を知っているかのように、パッツィーアとは違う方向へと歩き出すユーリ。
それが当然とばかりに、誰も疑問を口にせず、親鳥の後を付いてまわる雛のようにメンバーが付いていき、聖域の奥へと入っていった。
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―・・・・・・・・・・・え?本当ですか・・・・・
眠っていたエメラーダが、精霊の声で目を覚まし、その内容に飛び起きて母親の寝るベッドへ駆け寄った。
―お母さん!・・・お母さん、起きてくださいです!!
ファルファッラの身体を揺さぶり、エメラーダが必死に起こそうとするが、母親は一向に目覚めない。
「んん〜?何、どうしたのエメ?・・・・まだ夜中じゃない〜・・・・・・」
やっと起きたかと思えば、周りの暗さで朝ではないと分かると、ファルファッラが毛布をかぶって再び寝ようとする。
―寝ぼけないで!誰か来たです!!
娘の言葉に、ファルファッラの眠気が一気に吹っ飛び、頭が覚醒する。
「・・・・・・・・・・え?」
―今、精霊さんが知らせてくれたです!人間やそうじゃないのが何人も来たって!!
ファルファッラは、心臓がつぶれるほど小さくなるような感覚に襲われる。
所謂丑三つ時と言われるような時間に、この聖域を訪れる人間が、まともな理由で来るはずがない。しかも、聖域に張り巡らせていた自作の感知用の罠に反応が無かった。
彼女の中に、最悪な来訪者が来ると警報が鳴り響く。
「エメ、今すぐ着替えて。それから何があってもいい様に、荷物と外套を準備しておいて」
ベッドを抜け出し、自分の着替えを取り出すファルファッラ。
―お、お母さん・・・・・・・
しかし、エメラーダがファルファッラの寝間着の裾を掴む。
その手はかすかに震えていた。
物心付いたときから、里の追っ手から逃げてきたとはいえ、まだ十二歳の娘に状況になれろというのは、あまりに酷であり、ファルファッラ自身も、そんなことを言うつもりは無かった。
一旦手を止め、膝をついて娘と目線の高さを合わせる。
「・・・・・・・大丈夫だから。何があっても、エメは私が守るからね。さぁ、早く準備なさい」
泣きそうなエメラーダの頬を撫で、ファルファッラは優しく言い聞かせる。
うん、と肯いて自分の準備を始めたエメラーダを数瞬見つめ、ファルファッラは寝間着を脱ぎ捨て着替え始めた。
準備が終わり、ファルファッラは再びエメラーダの目線に合わせて、膝を折る。
エメラーダは、玉露たちから貰った服の中で動きやすいからと、セーラー服に似た上着に短パンを穿き、その上から母親手製の外套を羽織っている。
ファルファッラは、いつもの服に”戦闘”を考慮し、皮製の胸当てと脛当て。左手には複雑な文様と文字が刻印された指輪を二つ、同じものを右手の指に一つはめている。そして、腰には短剣を下げていた。
「いい?私が合図するまで絶対ここから出ちゃ駄目だからね?もしもの時は、裏口から出て、これを使って結界の外に逃げなさい。そして、師匠のとこに行くのよ?」
手にしていた呪符を手渡し、フェリシアも持っていたポンタの毛で作られた髪飾りを娘の髪につけてやる。
渡した呪符は、聖域の結界に一度だけ穴を開けるものであり、未だに結界術の使えないエメラーダが一人で聖域の外へ出る為のものだ。
―はいです・・・・・・・・・っ?!
小屋の外に、突然気配が一つ現れ、エメラーダが声にならない悲鳴を上げそうになる。
エメラーダを落ち着かせ、ファルファッラが気配を消してドアの側に立つ。
『隠れてないで、出てきたらどうだ?』
「!?」
聞こえてきたそれは、ファルファッラの一族内で使われる固有の言語だった。
そして、その声に覚えのある彼女の顔から色が抜け落ちる。
不安に見つめてくるエメラーダに再度、出てこないようにジェスチャーを送り、ファルファッラは警戒を強めて外へと出る。
そこには、草臥れた外套を纏った男が立っている。
ドアを閉め、後ろ手に印を切り小屋全体の結界を強化するファルファッラ。
男が徐に外套のフードに手をかけ、顔を露にする。
フードの下から現れた顔に、「やっぱり」とファルファッラは小さく舌打ちした。
言葉遣いや雰囲気に似合わない若い顔。ファルファッラと同じ長く尖った耳に、金髪金眼。だが、彼女以上に真っ白な肌に、目の下に出来た真っ黒といっていいほどのくまのせいで、同じ種族とは思えない”不気味さ”を醸していた。
ファルファッラと目が合うなり、パッツィーアの口角が三日月のように釣りあがる。
「久しぶりだな、ファルファッラ・・・・・最後に会ったのは何年前かな?相変わらず、君は美しい」
「パッツィーアっ!・・・・・・・・・里で引きこもってた貴方が出て来るなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
最も会いたくなかった相手の、聞きたくなかった声と言葉に、あふれ出てくる嫌悪感を押し殺しファルファッラは睨みつける。
「役立たずの里の者が、いつまでも君を連れ帰らないからな。”婚約者”である私自ら迎えに来たんだ」
”婚約者”と言う言葉に、寒気と共にファルファッラは肌という肌が粟立っていくのを感じた。
「誰が婚約者ですって?貴方の父親が父さんの研究欲しさに、母さんと弟を拉致して、無理やり約束させた一方的なものでしょ!」
ファルファッラの父は、結界に関する研究に日夜明け暮れていた。その研究が一つ完成すると、研究ノートは破棄し、父は決まって才能溢れるファルファッラに漏れなく伝えていた。だが、そのことが裏目に出てしまい、話を聞きつけ研究の横取りを狙ったパッツィーアの父が、ある意味研究の集大成であるファルファッラを、自分の息子と結婚させようと画策し、妻と息子を監禁し彼女の父を脅迫してきたのだ。
「息子との縁談を断れば、お前の妻と息子を殺す」と。
家族を守るために行っていた研究で、家族を傷つける訳にはいかないと、パッツィーアの父からの脅迫とも言える縁談話を苦渋の思いで受けてしまった。
その後で、涙ながら「巻き込んでしまい、すまない」と自分と母と弟に謝り続ける父の姿を、ファルファッラは今も忘れられずにいた。
「だが、長も認めている。私たち一族は、何より”純血”を大切にしているんだ。それは、君も理解しているはずだぞ?」
たしかに、一族は古より純血を何よりも重んじ、時には近親相姦も厭わないほど、病的に徹底していた。
そして、よりよい血統を残すためだけに、子供の意思を無視し親が結婚相手を選ぶ風習が、異世界に来てなお里では続いていた。
ただ、ファルファッラの両親は、この考えに反対していたため、彼女と彼女の弟はその考えが希薄だった。
「何が長も認めている、よ。身贔屓も甚だしいわ!」
パッツィーアは現職の里の長に連なる血筋で、そのことを笠に着て実質的に里を支配する彼の父に逆らう事は”死”を意味している。
そして、里の長は”家”から離れ、本来であれば公正な立場に居なければならないのだが、自分の身内にかなり甘い男のせいで、パッツィーアを含めた家族が増長する一因でもあった。
「相変わらず、君は一族の誇りを些か以上に欠いている・・・・・・そして、その汚点が、あの化け物だ」
「?!」
パッツィーアの言葉に、ファルファッラの身体が強張る。
「アレは我ら一族にとって呪われた忌むべき存在だ。本来なら、生まれた瞬間に殺さなければならないというのに、君は・・・・・」
「それ以上、喋るな!!」
聞いていられないと言わんばかりに、ファルファッラは怒鳴りつける。
「あの子は、私が生きてきた中で唯一愛した人との間の子供なの!産んで何が悪いのよ!!あの子を、バンシィなんて呼ばせない!そして、あの子の命を狙う奴は、私の敵よ!!」
愛する子供を、よりにもよってどの存在よりも嫌悪する最悪な男に扱下ろされ、ファルファッラの怒りが頂点に達する。
だが、その怒りを受けても、パッツィーアは顔色一つ変える事は無かった。
「他種族の男に、その肌を許したことだけでも罪だというのに、まだそのようなことを・・・・・・・・いいかファルファッラ。本来なら、他種族の者とまぐわうなど一族の恥であり禁忌なのだ。だが私は器の大きな男だ、君の罪を許そう。私だから出来ることだ。解るか?君が愛すべき男は私一人だけであり、そして罪人である君を愛せるのは私だけだ。君は何も考えずただ私の子供を産めばいい」
何百年経っても、身勝手な事を言い”何も”変わらないパッツィーアに、ファルファッラから殺気が漏れ出す。
「そんなの、死んだってごめんだわ。あんな里に戻る気ないし、あんたの嫁になる気もまして子供を作る気もないから、諦めてさっさと帰れ」
叩きつけるように放たれるファルファッラの言葉に、顔色を変えなかったパッツィーアが呆れるように息を吐く。
「君の考えが変わらないのは、やはり、アレが居るせいか。バンシィはその後ろの小屋の中だな?さぁ、そこを退くんだ」
一歩踏み出すパッツィーアを牽制するように、ファルファッラが構える
「退かせたいなら、私を殺して退かせなさいよ」
ファルファッラの左手の指にはまる指輪の一つが光りだす。
それに呼応するように、パッツィーアも構えを取る。
「あくまで邪魔をするか」
「当然でしょ?言っとくけど、あんたをこのまま帰す気は微塵もないから、覚悟なさい」
お互いの身体を霊気とは違う、別種の力が包み込んでいく。
それが身体全体に覆ったことがゴングとなり、二人のハイエルフによる”戦闘”が始まった。
主人公たちが全く出てこない回でした・・・・・もう少し続きます。
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次回更新は、4月22日(火)PM11:00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告にてご連絡します。




