(9) 昊斗の決断
「!」
昊斗が目を覚ますと、見慣れた天井が映る。
それは、ドラグレアの庵で昊斗が使っている部屋の天井だ。
「俺・・・・・・・」
徐に上半身を起こそうとした時、右手に何か柔らかい感触があるのに気が付く。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
視線を移すと、冬華が椅子に座ったまま、ベッドに倒れこむように寝ていた。その手は、昊斗の右手を、優しく包み込んでいる。
幼馴染とはいえ、あまり女性の寝顔を見るのも善くないと、視線を逸らそうとした昊斗だが、そこは年頃の男。誘惑に負けてチラッと冬華の顔を盗み見て、あることに気が付いた。
冬華の目元が泣き腫らしたように赤くなっていたのだ。
『昨日、あの後大変だったんですよ』
「!?」
突然、声をかけられ昊斗が顔を上げると、立体映像姿の金糸雀が立っていた。
「金糸雀・・・・・・何があったか、話を聞かせてくれないか?」
金糸雀は、昨日の出来事に至るまでと、その後のことを昊斗に説明し始めた。
湖から逃げ出した昊斗から、後でちゃんと連絡が入るだろうと信じ、フェリシアたちと遊んでいた冬華だったが、待てど暮らせど昊斗からの連絡はなく、最初は心配もしていたが、最後には心配を通り越して怒りを覚えていた。
玉露と金糸雀も、さすがに今回の昊斗の行動には怒りを覚え、冬華の気持ちを汲んで、昊斗を懲らしめようと協力を申し出たのだ。―ついでにこの際カグにも、女の子を怒らせたら怖いことを教えておこうと、不貞腐れていたルールーを焚きつけたのは言うまでもない。
帰ってきた昊斗に冬華の気持ちを思い知らせる為、普段なら絶対協力しない共鳴結合状態で待ち構え、冬華の姿を見て、昊斗も共鳴結合しようと玉露に連絡を入れてきても、玉露が無視する算段が付いていた。
万全と思われた計画だったが、二つの誤算が生じた。
まず一つに、昊斗を攻撃する際に用いる術は、どんなに強力でも”人間”を決して傷つけない神滅術を使うと決めていたが、激怒した冬華が、段取りを忘れて通常術式を使ってしまったこと。
共鳴結合状態では、通常よりも攻撃力が比較にならないほど跳ね上がる。
防御結界を常時張っている昊斗でも、何の対処もしなければ大怪我では済まない。
そして、もう一つの誤算が、昊斗が無抵抗だったことだ。
いつもなら抵抗する昊斗が一切、抵抗を見せなかった。
抵抗と言っても、反撃するわけではなく、攻撃を避けるか防御を強めるかのどちらかなのだが、今回は何をすることもなく冬華の攻撃を受けたのだ。
攻撃が終わり、文句の一つでも言ってやると思っていた冬華だが、大怪我を負い力なく横たわる昊斗を見て、思考が止まった。
すぐに、近くで様子を見ていた玉露が飛び出し、放心する冬華を引っ叩きながら、昊斗を治療させた。
その後は、昊斗への怒りを忘れ、泣きながら昊斗が気が付くまで休まないと言い張る冬華を、金糸雀が興奮する冬華を落ち着かせるために、少々強引に眠らせたのだった。
金糸雀の説明を聞き、昊斗は空いた左手を伸ばし、冬華の頭を撫でる。
「・・・・・・ごめん、迷惑掛けた」
『昊斗さん!それはまず、冬華さんに言うべき言葉でよよ!!』
「・・・・そうだな」
昊斗は冬華と繋いだ手を離し、彼女を抱え上げると、そのまま自分が寝ていたベッドへ寝かせる。
「もう少し、寝かせてやってくれ」
それだけ言い残し、昊斗は部屋の外へと出て行く。
「あら?もう起きたの」
壁に寄りかかるように立っている玉露が、驚きと言うより呆れたように昊斗に声を掛ける。
「玉露」
名前を呼ばれ、玉露の目が細まる。
「なに?言っとくけど、力を貸さなかったことに怒ってるなら、お門違いよ。今回のことは自業自得・・・あんた自身のせいだからね」
「そんなことは分かってる・・・・悪い、迷惑をかけた」
頭を下げてくる昊斗に、玉露が盛大に息を吐き出す。
「・・・ねぇ、一つ聞かせて。どうして、冬華の攻撃を全力で防がなかったの?私が居なくても、薫子さんの最新作を使えば、力の制御は出来るでしょ?」
少し前に、薫子から送られてきた新しい武器には、昊斗と冬華がパートナーである玉露と金糸雀のサポートを受けられない状況に陥った場合でも、創造神の力を制御できるように鞘と杖に新式の制御装置が組み込まれていた。
あの場面で、玉露の助力がなくとも、鞘を出していれば昊斗は、大怪我をすることはなかったのだ。
「それじゃ、冬華が納得しない・・・・それに、今まで冬華や玉露たちの気持ちに応えず逃げていた俺には避ける権利はないだろ」
「昊斗・・・・・・・・・・・・・・・・・あんた、何か悪いものでも食べた?」
シリアスな空気にも拘らず、真顔でそんなことを聞いてくる玉露に、昊斗はつんのめる。
「おい!」
「だって、昊斗が素直にそんなこと言うなんて、あり得ない!世界の終わりが来たって言われた方が、まだしっくり来るわ」
「ひでぇ」
肩を落とす昊斗を見ながら、玉露は寄りかかっていた壁から離れる。
「・・・・・・まぁ何にしても、決心が付いたのなら、それならそれでいいわ。とりあえず、冬華が起きたら話しでもしたら?」
「玉露・・・・・」
去っていく玉露の背中を見送っていると、昊斗の部屋からバタバタと音が聞こえ、扉が乱暴に開かれる。
「!?・・・・・・・昊斗君・・・・」
扉の前に立つ昊斗の姿を確認し、冬華が口元を押さえて、嗚咽を堪える。
「冬華・・・ごめん」「ごめんなさい!!」
謝ろうと、頭を下げる昊斗以上に早く、昊斗に抱きつき、謝罪する冬華。
「と、冬華?!」
抱きついたまま泣き出した冬華に、身動きの取れない昊斗は、彼女の背中をさすりながら落ち着くのを待ち続けた。
冬華が落ち着いたところで、話しをする為ダイニングへと移動した二人だったが、テーブルを挟んで対面したまま、お互い言い出し難いのか沈黙を保ち続ける。
だが、このままじゃ駄目だ、と昊斗が意を決して、大きく深呼吸し口を開いた。
「俺さ・・・・今までの四人の関係を壊したくないって気持ちから、冬華たちの気持ちを知りながら、いつも逃げていた。俺が言わなければ、ずっと今のまま変わらず壊れないって思っていた。でも、いつまでも変わらないモノなんてない。この微温湯みたいな関係じゃ駄目なんだよな・・・俺たちはもう、子供じゃない・・・・・・・・・・・・俺は、冬華が一番好きだ」
本当の意味で、一度も言ってもらえなかった言葉を聞き、冬華は昊斗を見つける。
「!?昊斗君・・・・本当に?本当に、私でいいの?」
「俺の一番は、冬華だよ」
真っ直ぐな昊斗の目に、冬華は彼の本気を感じ取る。
「・・・・昊斗君・・・・ありがとう」
昊斗の告白に、涙を流して笑顔を見せる冬華。
お互いに見つめあう昊斗と冬華だったが、突然昊斗がため息を漏らす。
「で、いつまで覗いてるつもりだ?フェリシア」
昊斗と冬華が同時に、同じ方を見る。
「ひぇぁ!?」
まさかバレているとは思っていなかったらしく、影から可愛らしくも素っ頓狂な悲鳴が上がる。
「い、いつから気が付いていたのですか?!」
バツの悪そうに、陰から出てくるフェリシア。
「最初から・・・・・もう、一国の王女様が覗きなんて感心しないよ、フェリちゃん」
目元を拭いながら、フェリシアを嗜める冬華。
「ご、ごめんなさい・・・でも、どうしてもお二人のことが気になってしまって。あの!おめでとうございます、トーカさん!」
「え?う、うん・・ありがとう」
「?」
先ほどとは打って変わり、微妙な反応の冬華にフェリシアが首をかしげる。
「これでやっと、私たちの立ち位置が決まったわ」
フェリシアとは逆の位置に隠れていた玉露と金糸雀が姿を現す。
「よかった・・・・このまま、あの時の様な不毛な勝負がまた繰り返されるんじゃないかって、戦々恐々だったよ」
ホッと胸を撫で下ろす金糸雀の尻目に、玉露と目の合った冬華が、立ち上がる。
「玉露ちゃん!これで、名実共に私が”一番”なんだからね!」
冬華の宣誓にも似た言葉を受け、玉露が不敵な笑みを浮かべる。
「あら、だったら気を抜かないことね。”一番”ってことに胡坐を掻くようなら、容赦なく掻っ攫うわよ?」
比喩などではなく、本当に二人の間で火花が散る中、フェリシアがオロオロとしていた。
「あ、あの・・・・・・一体何のお話しを?」
「え?誰が昊斗君の一番かって話しだけど?」
「はい?」
冬華の言っていることが理解出来ず、目を点にして首を傾げるフェリシア。
「簡単に言ったら、誰が正妻で側室かって話し」
玉露の言葉が、ゆっくりとフェリシアの頭に浸透していき、それに比例して表情が強張っていく。
「え?・・・・・えぇぇーーーーーーーーー!!!!」
「いや、最初は俺も誰か一人に絞らないとって思ってたんだよ・・・・国柄的にも道徳的にもな。そんな感じで悩んでいたら、冬華たちの方から、「だったら皆で幸せになろうよ」って言われたんだ。傭兵の中には、男女問わず所謂ハーレム形成してる人たちって結構いたから、まぁそれもありか、って納得してしまって、OKしたんだ。したらしたらで、今度は誰が一番で二番かみたいな争いが始まって・・・・・・・」
昊斗の説明で、フェリシアは数ヶ月前にこの庵で繰り広げられていた舌戦を思い出した。
「あの時に仰っていた決着って、もしかして・・・・」
「冬華さんと玉露ちゃんの中で、どっちが昊斗さんの一番かって言うのを前の仕事の時に何度も勝負して、最後の最後に冬華さんが勝って、一応の決着が付いていたんですけど・・・・・」
そう言って、金糸雀が昊斗へと視線を向ける。
「その後、昊斗君がやっぱり順位なんて決められないって逃げちゃって、話が拗れたんだよね」
冬華と玉露の少し恨めしそうに昊斗を見つめる。
「う・・・・・」
まさに、針の筵状態となった昊斗から呻き声が漏れる。
「まぁ、しかし・・・・これで、昊斗の中でも踏ん切りがついたでしょうし、一先ず安心ね」
「それに関しては、同意だね」
「ですね」
一件落着と和やかな空気になっている中、庵のドアがノックされる。
「?誰だろ?」
知り合いには、勝手に入って来ていいと言ってあるので、わざわざノックをする人物に心当たりがない面々。
しかし、昊斗はドアの方から微かに伝わって気配に覚えがあった。
「俺が見てくる・・・・・」
昊斗が慌ててドアへと駆け寄り、扉を開けると外装を纏った女性が立っていた。
「来ちゃった♡」
そう言って外装のフードを取る、森の奥の聖域で身を隠して暮らしているはずのハイエルフ。ファルファッラが顔を赤くして嬉しそうに立っていたのだ。
「何でここにいるんです?!」
「ポンタさんのところに用があってね。その時に、君の居場所を彼女から聞いておいたの。昨日のことが忘れられなくて、会いに来たの。きゃ、私って大胆♪」
恥ずかしそうに顔を隠すファルファッラに、間が悪すぎる!と、昊斗はめまいを覚えた。
彼女に関して、どう説明しようか思考をめぐらせようとしたが、時すで遅し、と言うやつだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・昊斗君?そちらの綺麗な人は、誰かな?」
気が付くと、昊斗の後ろに冬華、玉露、金糸雀が無表情で立っている。
「え?何コレ・・・褒めた先から新しい女?」
「昊斗さん、嘘ですよね?」
一種異様な光景に、彼女たちより遅れてきたフェリシアが悲鳴を上げ、腰を抜かしそうになっている。
「あれ?もしかして、私って・・・四人、ううん五人目!?凄い人って思ってはいたけど、君ってやり手!?私、囲われちゃう?!」
ファルファッラの言葉に、三人の殺気が五割増で濃くなる。
昊斗は、「終わった」と天を仰いだ。
だが、そこに救いの神が現れた。
―お母さん!!なんてことを言うですか!お兄さん、困ってるです!!
その場にいる全員の頭に、小さな女の子の”声”が響く。
ファルファッラの後ろから、子供用の外装を纏ったエメラーダが顔を出した。
「いやぁ、何となく彼、からかい甲斐があるなぁって思ってたから、つい・・てへ」
―人をからかっちゃ駄目ってわたしに言ったの、お母さんです!!
「あ、あははは・・・・・・・・」
本気で怒る娘に痛い所を突かれ、ファルファッラがバツの悪そうに乾いた笑いを漏らす。
―笑って誤魔化さないでほしいです!!そうやってお母さんは、いつもいつも・・・・・・
まさにプンプンと、母親に説教していたエメラーダがひとしきり言い終えると、昊斗たちに頭を下げる。
―すみません、皆さん。お母さんが、ご迷惑をお掛けしたです。わたしはエメラーダと言います。そしてこっちは情けないですが、母のファルファッラです。
娘にけちょんけちょんに言い負かされ、落ち込んでいたファルファッラが、ガバッと顔を上げる。
「ちょっと、エメ!・・・・・情けないって、どゆこと?」
―そのままの意味です!反省してくださいです!!
母娘のやり取りに、すっかり毒気を抜かれた冬華たちは、怒っていた先ほどまでの自分たちが馬鹿馬鹿しく思えて、笑いがこみ上げ全員で大笑いした。
「ハイエルフ・・・・・・・絵本などで聞いた事がありましたが、まさか実在しているとは」
フェリシアは、物語でしか語られない存在を目の当たりにし、失礼と思いつつもファルファッラの顔をマジマジと見つめる。
昊斗やファルファッラ母娘の話を聞き、彼女たちの事情を知った冬華たちは神妙な面持ちしてるかに思えたが、それはフェリシアだけだった。
―あの、えっと・・・・・・・・・・・
「エメちゃん、この服なんてどう?似合うと思うよ」
「ちょっと、冬華!この子には、絶対こっちが似合うに決まってるでしょ!」
「二人とも、エメラーダ様が怖がってますよ!」
子供服を手に、エメラーダに迫る冬華と玉露。そして二人を宥める金糸雀。そんなお姉さんたちの迫力に押され、エメラーダはどうしたらいいか判らず、母親に助けを求めるような眼差しを送るが、ファルファッラは華麗にスルーする。
「・・・・・・・・・エメラーダも連れてきて正解だったわ。あの子、あんな顔も出来たのね」
自分と二人きりで隠れるように暮らしている境遇のせいか、少々子供らしさに欠けるエメラーダが、子供らしい表情をしているのを見て、ファルファラは嬉しそうに笑みを浮かべる。
「あのファルファッラ様・・・」
「殿下、私のことはファルさんって呼んで!」
彼女の言葉に、フェリシアはポンタと初めて出会った時のことを思い出し、笑みを浮かべる。
「分かりました。では、ファルさん。よかったら、別荘へ来ませんか?私の友人たちにも、お二人をご紹介したいのですけれども。エメちゃんと歳の近い子達もいますし、どうでしょうか?」
喜んでもらえると思っていたフェリシアだったが、彼女の申し出にファルファッラの顔から笑みが消える。
「・・・・・・・・・・・・いいのかしら?亜人である私たちを、王家の別荘に招待なんてしても。それに、こう言ってはなんだけど、人間の中には亜人に対して、偏見を持っている人もいるでしょ?」
ファルファッラの言葉に、フェリシアはムッとした表情を作る。
「私の友人、そして家臣たちに、人をそのような偏見で見る方は居ません・・・皆さん、喜んでお二人を迎えてくれるはずです。ルーン王国第一王女フェリシア・アルバーナ・ルーンの名において、お約束します」
真剣な眼差しのフェリシアを、まるで値踏みするように見つめるファルファッラだったが、すぐに破顔した。
「・・・・ごめんなさい、殿下。意地悪な言い方をしてしまって。ここにいる人たちを見ていれば、お友達にそんな人はいないと思うんだけどね。それでも、私の言葉に動揺するようなら断るつもりだったけど、さすがね・・・・・殿下からのお誘い、娘共々謹んでお受けいたしますわ」
伝説の存在であるファルファッラに頭を下げられ、フェリシアが慌てて立ち上がる。
「あ、頭をお上げください!!」
―お、おかあさん・・・・・・
娘に呼ばれファルファッラたちが振り向くと、エメラーダの着せ替えが終わっていたようで、質素だった服が、可愛らしいフリルの付いた洋服へと変わっていた。
それに合わせて、伸ばしっぱなしになっていた髪も綺麗に切りそろえられ、二つに結われている。
恥ずかしそうにしているエメラーダの後ろで、満足そうに肯く冬華と玉露。
「あら!丁度よかった。エメも可愛くしてもらった事だし、今からお邪魔してもいいかしら?」
「はい、ぜひ!」
別荘に連絡を入れるため、庵に置いてある通信球の部屋へ向かうフェリシア。
「楽しみだわぁ~」
可愛く着飾った娘に後ろから抱きつき、まるで子供の様に燥ぐファルファッラを見ながら、昊斗たちは、「やっぱり、残念な人だな」と思うのだった。
次回投稿は、4月6日(日)PM11:00ごろ更新予定です。
変更の場合、活動報告にてご連絡します。




