(7) 聖域
ルーン王国には大規模な水源が国内に幾つも点在している。
この水源群はその昔、水の神ルドラによって初代国王であるアルバート一世に下賜されたと云われ、代々ルーン王家が管理し、王国発展に大きく関わってきた。
つまり、王家直轄地=水源であり、木漏れ日の森とその周辺地域もルーン王国にとって、重要な水源の一つだった。
木漏れ日の森には、大小様々な湖があり、その一つに王家とその関係者のみしか立ち入りを許されないものがあった。
「キャッホ〜〜!!」
ほんの少し高台になっている場所から、ビキニ姿の玉露が勢いよく飛び出し、湖へとダイブする。
大きな水しぶきを上げ、水面に波紋が生まれる。
「やるな、ギョクロ殿!てやぁ!!」
玉露に続いて、競泳選手が着用するような飾り気0%の水着を着たペトラが、助走をつけて湖へと飛び込んだ。
木漏れ日の森三日目。
初日の一件で、ギクシャクした雰囲気になった一行だが、次の日のポンタの子供たちとのふれあいで、それも解消され、今日は全員で湖へと泳ぎに来ていた。
ちなみに、全員が着ている水着は、玉露が用意したもので、各人水着選びで一波乱あったのだが、ここでは割愛しておく。
「あ〜あ、ペトラったらあんなにはしゃいじゃって・・・」
「玉露ちゃん・・・・もう少し、大人になろうよ」
無邪気に飛び込む二人を見て、フローラと金糸雀が呆れてため息を漏らす。
フローラは、名前にちなんでか花柄があしらわれたワンピースタイプの水着を、金糸雀はビキニに羽のモチーフが描かれたパレオを巻いている。
「彼女たちは、特別な訓練を受けています。よい子は、真似しちゃ駄目だよ?」
興味深げに高台を見つめていたミユとアイリスに、冬華がやんわりと注意を促す。
ミユはワンピースタイプにスカートのついた白と赤の二色使いの水着を、アイリスはスカートつきの青系色のビキニを着ている。どちらもフリルが多くあしらわれた、甘い感じのデザインのせいか、少し幼く見える。
冬華は、少々布面積が小さめの白のビキニを身に着けているが、パーカーを肩から羽織っている。
「ギョクロ様が用意されていた水着・・・・あれほど多様なデザインが水着にあったなんて、わたくし知りませんでした」
ミユとアイリスの水着と似たような、甘系デザインが特徴のピンク色のビキニを見ながら、ヴィルヘルミナが感嘆の声を上げる。
本国でも、何度か水着を着たことがあったヴィルヘルミナだが、玉露のコレクションを見て、デザインの多さに驚いていた。
「私、アルターレ護国の行きの船の上で、初めて水着を着たけど、やっぱり恥ずかしい」
フェリシアは、頬を赤く染めながら恥ずかしそうに、肩紐の位置を直す。
彼女が着ているのは、クイーン・ファーネリア号のプールで一度着た、水色のワンピースタイプ。今回は、ビキニを試してみたら?冬華たちに薦められたのだが、フェリシアにはやはり下着に見えてしまうため、最後まで拒否し続けた。
「フェリシア様の言うとおり、水着とは聞いていた以上に恥ずかしいのですね」
ワンピースタイプの水着に、上着を羽織ったクレアがフェリシアの意見に賛同する。
ルーン王国では、ごく一部ではあるが帝国から水着が入ってきているのだが、”泳ぐ”という習慣がないため、貴族でも水着を着たことのない者が多くいるのだ。
「そうですか〜?わたしは〜好きですね〜・・・こう、開放的になれるみたいで〜」
上質なマットの上に寝そべっていたアリエルが、身体を起こす。
「?!アリエル様!前!前!!」
そのことで、彼女がとんでもない姿になっていることに気が付いたフレミーが、慌てて近くにあったタオルを掴む。
「あらあら?」
水着の日焼けあとを残さないように、ブラの紐を外していたことを失念していたらしく、金糸雀を超えると言われるアリエルの胸が露になる。
フレミーに渡されたタオルで胸を隠しながら、「失礼しました〜」と胸を見られた事を、さほど気にする様子も無くアリエルが頭を下げる。
なぜか?
実はこの泉の周辺には、中の様子を窺い知ることが出来なくなるように、結界が張り巡らされ、さらに関係者以外の立ち入りを制限する結界も張られている。
しかも元々張ってあった結界を、冬華が必要以上に強化したので、まさに湖周辺は聖域と化していた。
結界によって外からの覗きの心配がないので、着慣れず恥ずかしさを感じる水着姿でも、全員が気兼ねなく遊んでいるのだ。
そして、もう一つの理由が。
「のう、フェリシア。カグツ・・・・カグの奴は何処に行ったのじゃ?さっきから、見当たらんのじゃが?」
フェリシアの隣で座っていたルールーが、辺りを見渡すように、キョロキョロとしている。
前回、玉露の策略で白スクを着せられたルールーだったが、今回は冬華たちの厳重な監視の元に選ばれた、フリルやリボンが沢山付いた子供用の水着を着ている。
「そういえば、ソラトお兄様の姿も見えませんね」
二人の言うように、昊斗たち男性陣の姿がないのだ。
「昊斗君たちなら、釣り道具一式を持ってきてたから、釣りに行ったんじゃないかな?」
目に余るはしゃぎっぷりを見せていた玉露とペトラに、「ミユちゃんたちの教育によくない」と叱ってきた冬華が戻ってきた。
「なんじゃと?!」
カグが自分に黙って居なくなったことを知ったルールーは、目に見えて落胆し、膝を抱えてしまう。
ルールーは、今日は何をしてカグと一緒に遊ぼうか昨日から考え、楽しみにしていたので、その落ち込みようは見ていて痛々しかった。
「そうなのですか・・・・・ちょっと残念です」
ヴィルヘルミナも、「お兄様に、似合っているかお聞きしたかったのに」と自分の水着に視線を落とした。
「プリエの姿が見えないのは、ソラトさんに付いて行ったということですか・・・・・・・・・」
今回、勇気を振り絞ってビキニを着たフレミーだったが、見せたかった昊斗の姿はなく、後輩のプリエが男であることを失念しているのか、「後輩に裏をかかれた」と表情が険しくなる。
「ぼ、僕はここに居ますよ先輩!!」
しかし、フレミーの考えは杞憂に終わり、着替え用に使った簡易テントの一つからプリエが顔を出した。
「そんなところで、何をしているのですか?」
先ほどまで纏っていた邪気を手で払いながら、フレミーがため息混じりに尋ねる。
「いえ・・・それは・・・・・」
恥ずかしがりながら、口ごもるプリエ。
ふと、視線を上げると、タオルを取りにきた玉露と目が合った。
「あら?やっと水着に着替え終わったの?ほら、恥ずかしがらずに出てきなさい!」
「ま、待ってください!ひゃぁ!?」
簡易テントから引っ張り出されたプリエが、恥ずかしさのあまりその場に座り込むが、それを許さないとばかりに玉露が抱え上げ、強引に立たせる。
玉露がプリエに渡した――というより、着るよう命令した――水着はオーソドックスなビキニだったのだが、下にはデニムのホットパンツを穿いている。
「あの・・・・やっぱり、恥ずかしくて・・・・・」
「いいじゃない!まさか、そんな着こなしをしてくるなんて!!あぁ、でも・・・ここはやっぱり、前は外さないと」
玉露は、プリエのホットパンツのボタンを外しにかかる。
「何するんですか?!」
玉露の行動に、ある種貞操の危機を覚えたプリエが、必死になって魔の手を振り払おうと試みる。
「これじゃ、下に穿いてるビキニが見えないじゃない!全部隠しちゃ駄目なの!」
しかし、そんな試みを物ともせず、玉露の指が、ボタンにかかる。
「きゃぁーーー!!きゃぁーー!!」
「こら、暴れるな!外しにくい!!!」
「ギョクロ殿!落ち着いてください!!ヴィルヘルミナ様たちが驚いてます!!」
「そ、そういえば、前にもソラトさん、泳いでいませんでしたよね?もしかして泳げないとか?」
玉露とプリエたちの攻防を、見えないことにしたフェリシアが、冬華に質問を投げかける。
それが、さらなる火種になるとも知らずに。
「ううん。泳げるよ、普通に。ただ、こういった女の子ばかりのところに居ると、昊斗君って昔っから必ずと言っていいくらいに、大変な目に合ってるんだよね。だから、逃げたんだと思うよ・・・・・私の水着姿を見ることなく・・・・・・」
自分の水着姿を、一目見ることなく逃げ出した昊斗に思うところがあったのか、笑顔を引きつらせた冬華から、どす黒いオーラが溢れ出している。
「・・・・・・・・・・・」
先ほど以上に場の空気がおかしなことになってしまい、フェリシアはお門違いと思いつつも、勝手に姿を消した昊斗に対し「ソラトさんの、ばか〜!」と叫ばずにはいられなかった。
**************
冬華たちのいる湖が大変なことになっている頃、釣りをしているはずの昊斗とカグは、何故か森の中をズンズン突き進んでいた。
女性陣が水着に着替える為の簡易テントを設営し終えた昊斗は、長年の経験から絶対に面倒ごとに巻き込まれると察知し、その前に桃源郷からの逃亡を企て、女性陣が水着に着替えている隙に、完全に気配を断ち、湖から逃げた。
こそこそとしていた昊斗の姿が気になり、後を付いてきたカグを味方に引き入れ、二人で釣りでもして時間を潰そうと、釣り場を探している時に、二人は”声”を聞いた。
それは、声帯から発せられた声ではなく、ポンタのように頭の中に直接響く”声”だった。
彼女と違いあまりにも小さな”声”だったが、昊斗とカグはその声を発した存在が気になり、探し始めた。
その時、木漏れ日の森をパトロールしていた鞍馬と遭遇し、それらしい存在が居そうな場所に心当たりがないか尋ねると、帰ってきた答えが”聖域”だった。
彼の話では、木漏れ日の森の裏よりもさらに奥に、ルーン王国が建国した頃から、何かを封印する為に結界が張られているエリアがあり、木漏れ日の森の管理者であるポンタでさえも入ったことはない場所だというのだ。
近づかない方がいい、と忠告する鞍馬を適当にあしらい、昊斗とカグは、聖域と呼ばれる場所の近くまで来ていた。
「お、これだな。聖域の結界って言うのは」
目の前には、鬱蒼とした森が広がるばかりだが、昊斗の触れた空間に、波紋が広がる。
「さて、鬼が出るか邪が出るか・・・・カグ。もしもの場合は、封印を解いて自分の身は自分で守れよ?」
「わ、分かりました」
訓練の成果は未だ表れないが、攻撃は出来なくても相手の攻撃から身を守るために、カグに一応釘を刺しておく。
昊斗は創神器を使い、結界の波長を調べて、自分の防御結界に同調させる。
カグを抱えて、結界の中へと入ると、空気が一変した。
「ここは・・・・・・・とても”空気”が澄んでいますね。なんと言うか、穢れていない?」
「たしかに・・・・・・だが、逆に不自然な気もするけどな。さっきから、俺の中の感覚にズレを感じる」
結界を抜けた瞬間、そこら中から気配を感じ、玉露を欠いている昊斗は、自分の感覚に違和感が生じていた。
結界の中に入った二人は、周囲を警戒しながらそのまま奥へと進んでいく。
すると、二人の周りに大小さまざまな光の玉が集まり、昊斗たちを取り囲んできた。
「なんだ?」
光の玉から、全く敵意は感じられないが、出方を見ようと昊斗が身構える。
「待ってください!この子達は精霊です・・・・気配から、水の精霊・・・・ルドラの眷属でしょうね」
感覚が阻害された昊斗には、精霊かどうかも分からないが、火の神であるカグは判別が出来ていた。
「これで、精霊なのか?」
昊斗の知る精霊たちは、人なり動物なりの姿を模して現れている。
目の前に浮かぶ光の玉のような精霊の姿を初めて見た昊斗は、訝しげに周りを見渡す。
「本来、精霊に姿はありません。人間の契約した精霊は、契約者のイメージを土台にして、姿を得ているのです。彼らも、昔は何かしらの姿を持っていたようですが、長い年月で忘れてしまったようですね。ソラトさん、彼らに話を聞きますので少しの間、封印を解きます」
カグが、首に巻いている封印具に触れると、カチッと音が鳴り封印具が緩む。
すると光に包まれたカグが、幼い少年の姿から、十八歳ぐらいの姿へと変わる。
ルールーと違い、カグは自分の意思で、封印の解除が行えるようになっている。
しかし、その分ルールー以上にカグに掛かる責任も重く、このことからカグが昊斗たちから、早々に信頼を勝ち得ていた証拠でもあった。
「水の神ルドラの眷属たちよ。僕は、火の神カグツチだ。すまないが、話を聞かせてくれないか?」
カグの呼びかけに応じたのか、数体の精霊がカグの周りを飛び回り、そして突然、激しく明滅しだした。
すぐさま、他の精霊たちにも伝播したのか、その場にいた精霊たちが激しく明滅し、縦横無尽に飛び回り始める。
「おい、カグ!何がどうなってるんだ?!」
状況のつかめない昊斗が、カグへと詰め寄る。
「えーっと、ルドラも来た事のない場所に、火の神である僕が現れて、どうしたらいいのか判らないで混乱しているみたいです」
カグが頬を掻きながら、「どうしましょうか?」と苦笑いする。
昊斗は改めて精霊たちを見ると、慌てる者たちの中に、相談でもするような素振りを見せている精霊たちがいた。
数分後、話しが決まったのか一際大きな光の玉が、カグの前へとやってきてチカチカと点滅し始める。
「気にしなくていい。こちらも、予告なしに出向いてしまい、君たちに無用な混乱を起こさせてしまった」
頭を下げるカグに、精霊が慌てたように右往左往し、点滅する。
玉露か金糸雀が居れば、精霊が何を言っているか翻訳してもらえたかもしれないが、二人が居ない為、会話に参加できない昊斗は、口を出すまいと成り行きを見守ることにした。
カグは、リーダー格と思われる精霊に聞いた話を、そのまま昊斗に伝えた。
彼らはその昔、人間がこの場の封印と守護を目的に、人間と特殊な契約を結ばせた精霊たちの生き残りで、契約者が死んだ今も、契約を遂行していた。
特殊な契約とは、精霊たちにエネルギー源・・・供物として人間を与え、それを条件に精霊を未来永劫使役し続ける、今では失われた契約法である。
彼らはこの理不尽な契約により長い年月この場を守り続け、今では与えられた姿さえも忘れてしまったという。
しかし、契約に不備があったのか、多くの精霊たちが、与えられたエネルギーを使いきり、元の場所へと帰っていったそうで、残った者たちも遠くない未来に契約が切れるのではないかと、話してくれた。
昊斗に言われ、カグはここで一体何を守っているのか精霊たちに聞いたのだが、分からない、と返答された。
しかし、興味深い話も聞けた。
少し前から、森の奥に人間とは違う、変わった魂を持った存在が住み着いたと精霊たちから聞けたのだ。
「変わった魂を持った存在、か・・・・・会いに行ってみるか」
精霊たちにお礼を言いながら、昊斗たちはその存在が住んでいるという場所へと向かった。
普通の人間なら方向感覚が無くなりそうな森の中、歩き続けると急に視界が開けた。
そこは、鋏で切り取られたかのように空が開け、日が差し込む広場があった。
その中心に、小さな小屋が一軒建っている。
煙突から煙が上がり、小屋からは料理でもしているのか、香ばしい匂いが漂ってくる。
「マジか・・・・・・」
さすがに、ここまで生活感が漂っているとは思っていなかった昊斗が唖然とする。
「人・・・じゃなさそうですね」
カグの言うとおり、小屋の中からは人間とは異なる、”二つ”の波動が感じ取れた。
すると、小屋のドアが勢いよく開き、破滅的な音を立ててドアが外れる。
「あぁ!?勢いつけすぎちゃった・・・」
ドアが外れるとは思っていなかったらしく、小屋の中から声が上がる。
「うぅ〜・・・・後で直さないと・・・」
そんなことを呟きながら、小屋の中から一人の女性が肩を落として出てきた。
チラッと、外れたドアの方へ視線を送り、ため息をつく。
「・・・・・・・・・・・よし!あはははは!!よくここまで辿りつけたわね!褒めてあげるわ!」
突然、高笑いと共に、まるでラスボスの魔王が言いそうなセリフを声高に叫ぶ女性。
呆気に取られる昊斗とカグだが、昊斗は目の前の女性が何者なのか、凡そ見当が付いた。
人間に比べて長く尖った耳。色白な肌に、金糸雀と比べて少し薄い金髪金眼。
一見すれば、エルフと呼ばれる存在と誤認しそうだが、彼女の放つ”気”は明らかに高位の存在を示すものだった。
ハイエルフ。
世界によっては、エルフの上位存在とも、神に最も近い存在とも言われ、その数は数多の世界で共通して少ない。
そんな”希少”な存在が、仁王立ちして腰に手を当て、昊斗たちを指差し、目の前に立っている姿を見ると、昊斗は「随分俗世間に染まってるな〜」と、思わずにはいられなかったのだった。
次回更新は、3月29日(土)PM11:00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告にてご連絡します。




