(4) 昊斗たちのお財布事情
「こんにちは、トーカさん!」
玄関を開けると、そこには玉露と王妃マリア合作の真新しい変装用町服を着たフェリシアが立っていた。
「こんにちは、フェリちゃん・・・・・・一人?」
冬華が辺りを見渡しても、フェリシアの騎士であるフレミーの姿が見えなかった。
「はい!私、一人です。あ、これお土産です。皆さんで食べてください」
夏期休暇も十日が過ぎ、街のそこかしこから暑さにめげず、朝から子供たちの遊びまわる声が聞こえてくるのも日常となっていた。
この十日間、昊斗たちの周りで何事も無かったのか?といえば、波乱の連続だった。
成績表に赤点をずらりと並べ、追試決定となったペトラを、慈悲と言う言葉を何処かに捨ててきた昊斗が、一睡も寝ることを許さず猛勉強させ追試に臨ませたり、フォルトの奥さんであるアレクシスが運営する孤児院に、社会見学と称してルールーとカグを連れて行き、そこでカグが孤児院に住む女の子たちに言い寄られていたことに、ルールーが腹を立てて八つ当たりで辺りを水没させようと力を解放したり、街中を昊斗と冬華が二人で歩いている姿を見つけた、フェリシアを始めとしたアイディール学園高等部に通う知り合い全員―姫二人に、騎士三人、生徒会長や騎士見習いの男の娘などなど―で、デートをしているんじゃないか?と興味本位で彼らの後をつけたのだが、その光景を玉露たちにしっかり隠し撮りされていたり、と話題に事欠かない幕開けとなった。
そんな中、数日振りに家へやってきたフェリシアを招き入れながら、冬華は彼女が一人で来た理由を聞いていた。
いつもなら、フェリシアの騎士であるフレミーが一緒だが、夏期休暇に入ってからは、アリエルやヴィルヘルミナに、彼女の騎士であるペトラとフローラ。さらには、フェリシアの同級生である生徒会長のクレアに、フレミー付きの騎士見習いをしている一年生のプリエ、祭事巫女のミユやヴィルヘルミナの侍女見習いをやっているアイリスさえも出入りしている。
なので、夏期休暇が始まってから、毎日が騒がしくも賑やかなものだった。
しかし今日は各人用事があるらしく、お客はフェリシア一人だけ。
「そっか、皆忙しいんだ」
ルーン王国国王カレイドの勧めで、休暇を取ることとなった昊斗たち四人は、依頼以外にもやる事が一杯あるから助かったと思っていたが、いざ蓋を開けると、ルールーとカグの一日の勉強が終わると、暇を持て余していた。
そんなわけでフェリシアやフレミー以外の来訪も歓迎したがために、賑やかになった要因の一つだったりするのだ。
フェリシアは、ここ数日忙しかっため、昊斗たちの元へ来るのは久しぶりだったりする。
「私も、昨日までお父様、お母様とご一緒に公務で国内を行ったり来たりしてましたからね。それで、ルーちゃんはどうしてます?」
「こっちだよ」
冬華はフェリシアをつれて、地下へと続く階段を下りていった。
「お。フェリシア、いらっしゃい」
階段の途中にあった扉に入ると、そこには机に向かうルールーとカグ。そして、どこから手に入れたのかフェリシアには分からなかったが、教室で見慣れた黒板を前に玉露が、黒板に向かって何かを書いていた。
少し離れた場所で、その様子をテーブルに肘をついて見ていた昊斗が、手を上げる。
「あ!ソラトさん、こんにちは!お邪魔しています」
冬華とフェリシアも、椅子に座わると、ちょうど”授業”が始まった。
「昨日お話ししたとおり、人間が生活を営む上で重要な基盤の一つと言われるのがお金です。昔、お金なんて無くても生きていける、なんて戯言を言う者もいましたが、私の経験上、進んだ文明の中で生きていく為には、必要不可欠なものと断言できます。今日は、そのお金の具体的な使い方などをお勉強しましょう」
「は〜い、なのじゃ!」
「お願いします、先生」
生徒は少ないが、その光景はまさしく学校の教室そのものだった
「では、まず最初に・・・・・・・・」
そんな授業風景を見ながら、フェリシアは見慣れた風景に、ある違和感を感じていた。
「あの・・・ギョクロさんや、ルーちゃんカグ君の格好って・・・・・・」
ルールーとカグの格好は、フェリシアも見たことのない古めかしいデザインではあるが、制服だと分かる。
玉露は、いつもの着物に比べれば断然地味な柄に、無地の袴を穿いている。
昊斗たちも知らないのだが、これは大正時代の学校の教師と生徒の格好によく似ていたりする。
「玉露ちゃん曰く、先生と生徒だって。玉露ちゃん、変なところにこだわりを持つから」
「しかも、俺たちにまで強要してくるから、困ったもんだよ」
昊斗や冬華も、ルールーたちの勉強を教える際に玉露から、やれ背広のほうがいいとか、冬華はタイトなスカートの女教師でしょう!など、他のメンバーをコスプレさせようとするので、困っていた。
「はぁ・・・・」
フェリシアは、終業式の日から数日間、ペトラの勉強を見ていた昊斗の格好がおかしいな、とは思っていたが、そんな裏事情があったのか、と分かり納得した。
「フェリシア様、どうぞ」
話をしていると、金糸雀がお茶を注いだカップをフェリシアの前へと出す。
「あ、カナリアさん!ありがとうございます!」
フェリシアのお礼に金糸雀は笑顔で答えながら、昊斗と冬華にもカップを渡す。
「そういえば、お金で思い出したのですが、いいですか?」
ルールーたちの授業を見ながら、フェリシアは思い出したように昊斗たちの方を見た。
「何?」
「ずっと気になっていたのですが、皆さんってお金はどう工面されてるんだろうなって。お父様やフォルトさんの依頼の成功報酬は権利ばかりで、金銭は貰っていませんでしたよね?」
「うん、そうだね」
昊斗たちは、王都ディアグラムに来てから、幾つもの依頼をこなしてきたが、依頼の手付けや成功報酬などで、一切金銭を受け取っていなかった。
フェリシアが知っている限りでは、昊斗たちが、父のカレイドとアルバート騎士団団長のフォルト以外から依頼を受けていないはずだった。
例外として、アルターレ護国の姫巫女シオンの依頼を受けてはいたが、それでも金銭は受け取っていないことを確認している。
なので、一体彼らがどうやって生活を成り立たせているのか、疑問に思ったフェリシア。
「知りたいか?」
少し怖い顔をする昊斗の問いに、フェリシアはすぐに答えが出なかった。
「え?・・・・・・知りたいです」
所謂、天使と悪魔の言い争いがフェリシアの中で勃発し、激闘の末悪魔が勝った。
勘の鋭いフェリシアは、何となく嫌な予感が過ぎっていたのだが、それ以上に好奇心が勝ってしまい、今は昊斗の説明をワクワクしながら待っていた。
「まぁ、隠すほどのことじゃないんだけどな。俺たち傭兵全員は、定期的に”組合”からポイント・・・まぁ、給料みたいなものを貰っている。このポイントは、仕事で使う装備などを整えるときに使うんだが、もう一つ使い道があってな。仕事先の異世界で流通している通貨に変換できるんだ」
先ほどの表情が嘘のように、あっけらかんと秘密を暴露する昊斗。
「え?」
だが、フェリシアにはよく意味が分からず、首をかしげる。
その反応は織り込み済みだったのか、今度は創神器から説明用のフリップを取り出し、懇切丁寧に説明する昊斗。
今度は、きちんと理解できたらしく、フェリシアの顔が真っ青になる。
ルーン王国を含む、グラン・バースに存在するほぼ全ての国家で”グラン”と呼ばれる世界共通通貨が流通していいる。
この通貨は、各国が好き勝手に作っているわけではなく、毎年世界会議といわれる会議において、各国が作る貨幣の量が事細かに決められている。
もちろん、偽造などの問題があるため、貨幣が作られている造幣所などは各国で国家機密に指定されており、おいそれと複製などは出来ない、ということになっている。
それでも、偽造通貨は後を絶たないのが現状なのだが、まさか自分の友人たちも似たようなことをしていたとは思いもよらず、フェリシアはどうすればいいか頭がパニックになっていた。
「勘違いしないで欲しいのは、私たちは偽造しているわけじゃないんだ。厳格なルールの下、細心の注意を払ってお金を使ってるの。一度に変換できる金額が設定されていたり、変換の上限金額があったりとかルールが事細かに決まってる。お金の問題で、傭兵が異世界で問題を起こしたことは一度もないんだよ。私たちも、出来うる限り質素を心がけてるし」
フェリシアも、昊斗や冬華が考えもなしに行動するとは思っていない。
それどころか、普段の彼らの生活を見ていたら、もっとお金を使えばいいのに!と言いたくなるぐらい、ささやかなものだった。
「親父さんに報告するなら、してもいいぞ」
まだ、カレイドたちにも聞かれていないので、このことは伝えていないが、もしフェリシアが話すなら止めはしないと昊斗は、判断をフェリシアに任せた。
「・・・・・ちなみに、皆さんがお持ちのポイントを全部この世界の通貨に変換されたら、どのくらいになるのですか?」
判断を下す前に、これもやはり好奇心が勝り、フェリシアは聞いてみたくなったことが口をついていた。
ちなみに、創造神たちの中で取り決めた変換レートに照らし合わせると、昊斗たちが持つポイント、一ポイントにつき三グランに変換されることになっている。
「えっとね・・・・・・・・・ごめん金糸雀、計算よろしく」
自分が持つポイントを見て、あっさり計算を断念した冬華が、金糸雀に頭を下げる。
冬華と自分、そして昊斗と玉露のポイントを合計し、金糸雀は、変換後のグラン・バースでの金額をはじき出す
「どうぞ、我が主」
金糸雀は一瞬で計算を終わらせ、冬華の目の前に金額を表示する。
興味があるのか、昊斗も冬華の横から覗き込んだ。
「そういや、俺も知らないんだよな・・・・・・・・フェリシア、平均額と合計額。どっちが知りたい?」
額を確認し、昊斗が少し意地の悪い笑みを浮かべる。
「・・・・ご、合計額で」
ここまで来ると、後には引けない、とフェリシアは覚悟を決める。
「・・・・・・・・」
「・・・えぇ?!・・・・・きゅぅ・・・・・」
冬華に耳打ちされ、フェリシアは冗談のような桁の額に驚いて立ち上がり、卒倒してしまった。
「フェ、フェリちゃん?!」
倒れるフェリシアを抱きかかえた昊斗は、ため息をつく。
「まぁ、気絶するわな。普通に」
昊斗たちは知らないが、金糸雀がはじき出した金額は、グラン・バースに流通する全金額の数十倍に匹敵する額で、昊斗たち四人は、下手をすればグラン・バースと言う世界を買えるだけの資金を持っていることになるのだ。
もちろん、厳しい決まりでポイントを全部お金には変換出来ず、昊斗たちもそんな馬鹿げたことをするつもりもないので、あくまでもたとえ話の域を出ない、冗談みたいな話である。
「フェリシア、大丈夫か?」
「・・・あれ?ルーちゃん?」
フェリシアが目を開けると、心配そうにフェリシアの顔を覗き込むルールーの姿が見えた。
ふと、周りを見渡すと、ソファーに横になっていることに気がつきフェリシアは身体を起こした。
「私、どうしたんでしょうか?」
「覚えてない?」
ルールーの横に居た冬華の声を聞き、フェリシアは先ほどまでのやり取りを思い出した。
「!!私、どのくらい寝てましたか?!」
「ホンの数分ですよ。昊斗さんが咄嗟に抱え上げたので、何処も打ったりぶつけたりしていません」
金糸雀の説明を聞き、フェリシアは昊斗の方を見る。
「嫁入り前の”妹”に、怪我があったら大変だからな」
その顔は、ちょっとフェリシアをからかっているのか、悪い顔をしていた。
「ソラトさん!!」
何となく恥ずかしくなって、昊斗を怒鳴るフェリシアだが、その顔は楽しそうに見える。
「さぁ、二人とも。フェリシアさんが無事に目を覚ましたので、授業を再開しますよ」
手を打ち鳴らしながら、玉露が授業を再開するため、ルールーとカグに席に着くよう促す。
「妾は、少しフェリシアが心配なんじゃが?」
しかし、倒れた理由がよく分かっていないルールーは、フェリシアを心配して傍から離れようとしない。
「ルーちゃん。私は大丈夫ですから、お勉強の続きをしてください」
優しく頭を撫でるフェリシアの顔を見て、ルールーは小さく息を吐く。
「・・・・うむ、分かったのじゃ」
そういって、待っていたカグと共に、ルールーは授業へと戻っていった。
「・・・・皆さんが、資金的に困らないことは分かりました・・・・お金に関しては、私の胸に留めておいた方がいい情報ですね」
フェリシアは、気丈に振舞ってはいたが、知らなくてもよかった事まで興味本位で聞いてしまったことに、頭の中では絶賛後悔中だった。
しかし、そんな中でもフェリシアは、昊斗や冬華たちの秘密をまた一つ知ることが出来たと、頭の何処かでは嬉しく思っていた。
「では、今日の授業はこれまで。次回は、今回の授業を踏まえて実地訓練を行いますので、きちんと予習をしておくように。では、解散」
玉露がそういうと、玉露とルールー、カグの三人の服装がいつもの物へと変わる。
「ルーちゃん、お疲れ様です」
「フェリシア、本当に大丈夫か?」
先ほどのことが、未だに心配だったらしく、ルールーはフェリシアが無理をしていないか何度も彼女の身体を見渡す。
「はい!大丈夫ですよ。心配してくださってありがとうございます、ルーちゃん」
フェリシアに抱きしめられ、ルールーは安堵したようにフェリシアの背中をさすった。
「そうだ、フェリちゃん。例のシオンさんの頼まれごと、いつ行くの?」
感動の場面に水を注すのは可哀想、と思いつつも冬華は、アルターレ護国から帰ってきてからずっと先送りになっていた懸案事項を、フェリシアに確認する。
「あ、それなんですけどね。来週なら、全員の都合が合いそうなので、避暑を兼ねて行こうと思っています。トーカさんたちはどうされますか?」
「知っての通り、現在俺たちは休暇中で、暇を持て余してるからな。そっちに合わせるさ」
傭兵四人が顔を見合わせる中、フェリシアはゆっくりと肯く。
「分かりました。詳しい日時は追って連絡しますね」
「お願いね、フェリちゃん。それにしても、木漏れ日の森かぁ・・・ポンタさんたち、元気かな?」
昊斗と冬華、そしてフェリシアにとっては、大変お世話になった女であるポンタ。
そんな彼女と、子供たちのことを思い出し、冬華フェリシアに笑みが浮かぶ。
「そうですね。お子さんたちも、あれから大きくなってるでしょうね」
「楽しみだね!」
数ヶ月ぶりに訪れる木漏れ日の森に、昊斗たちは期待を膨らませるのだった。
次回更新は、三月八日(土)PM11:00過ぎを予定しています。
変更の場合は、活動報告でお知らせします。




