(2) テスト勉強
「さぁ、入って」
扉を開け、王妃マリアに促されて、フェリシアたちはとある部屋へと足を踏み入れた。
そこは、フェリシアの部屋から二つ隣の部屋だった。
前は、使われることの無い閉ざされた空き部屋だったが、そんな面影は微塵も無く、フリルと淡いピンクが目を引く、少女趣味全開な内装が施されている。
「ここが、ミユ様。あなたのお部屋よ」
「こ、ここが・・・ミユの?」
自分の部屋だと言われ、ミユは部屋の中を見渡す。
その表情は、嫌だというより、どう反応していいか判らない、と言ったものだった。
「お気に召さないかしら?」
がっかりとした表情をするマリアに、ミユは慌てて首を横に振る。
「ち、違います!ミユ、こういった部屋を見るの初めてで・・・・・すごく、可愛いと思うの・・・です!」
うっかり敬語を忘れそうになるミユを、マリアは可愛らしく思い笑みを浮かべる。
「ふふ・・・よかったわ、気に入ってもらえたみたいで。一週間で仕上げたから、私としては不満が残ってるんだけど、それはおいおい直していきましょう」
「お母様・・・・これ以上、何処に手をお入れになるのですか?」
さすがに娘のフェリシアが呆れて声をもらす。
「王妃様、姫様。アリエル姫様とヴィルヘルミナ姫様。それに、従者の方々がお見えになりました」
「そうですか。こちらに通してください」
「畏まりました」
「じゃ、私は戻るわね。ミユ様、気負わず頑張ってね」
「は、はい!」
「こちらが、マーナ様の後任として来られ、そのマーナ様の義娘であるミユ様です」
「み、ミユ・ヤナカ・クロエと申します。巫女としては未熟者ですが、よろしくお願いします」
先ほどとは違い、同年代のしかも色々な国の姫やその従者が顔をそろえているので、違う緊張に襲われるミユ。
「クレスト連邦王女の〜アリエル・ベルナデット・フルール・シャリエと〜申します〜。巫女様、よろしく〜お願いしますね〜」
いつものゆったりとした口調で喋るアリエル。
「レヴォルツィオン帝国第一皇女、ヴィルヘルミナ・エルザ・フォン・ハイゼンベルグです。巫女様にお会いできて、光栄にございます」
祭事巫女であるミユを前に、少し緊張を見せるヴィルヘルミナ。
「ヴィルヘルミナ姫の騎士をしている、ぺトラ・クリスティーネ・ローレンツと申す。以後、お見知りおきを」
「同じく、フローラ・メッサーシュミットです」
ヴィルヘルミナの騎士二人は、平常どおりに頭をたれる。
「ミーナ姫様の侍女見習いをしている、アイリス・クレインです。よろしく」
ヴィルヘルミナに仕え、幾分表情が戻ってきたアイリスだが、やはり傍から見れば無表情に見える。
「ちなみに、ミユ様とヴィー、それにアイリスちゃんは同い年ですよ」
「え?!」
目の前に居る少女二人が自分と同い年と聞かされ、ミユは驚きを隠せなかった。
ヴィルヘルミナは、皇女の威厳と落ち着いた雰囲気を纏い、どこかフェリシアに似た空気感を持っている。
そして、アイリスも王女や皇女、それに年上の女性たちが居る中で落ち着き払った振る舞いを見せていたため、ミユは二人を自分より年上だと思っていたのだ。
「まぁ、そうなのですね・・・・ミユ様。ぜひ、わたくしのことはミーナとお呼びください」
「わたしも、アイリスでいいです」
「え?!・・・・・・・・・」
二人の申し出に、ミユは驚き困惑する。
アルターレ護国では、自分と同い年の子供との交流が皆無だったミーナにとって、年上との付き合いを心得ていても、同年代との付き合い方が全く分からなかった。
だがヴィルヘルミナは、ミユの様子を別の意味で捉えていた。
「やはり、帝国の人間とは仲良くしてはいただけませんか?」
帝国はその成り立ちと科学国家と言う立場から、アルターレ護国との不和が囁かれており、護国側も帝国へ祭事巫女を派遣しないのは、巫女の持つ能力に否定的な帝国を嫌っているから、と噂が立っていた。
未だ国交が結ばれないことも、この噂に拍車をかけており、今ではお互いの国民でさえ、相手の国にいい印象を持っていなかった。
「ち、違うの!ミユは、つい最近までただの巫女見習いで、突然、祭事巫女に選ばれたから・・・・・・だから、皇女様の様な人とお話しをした事がないから、どうしたらいいか判らなくて・・・・・・それで、あの・・・」
自分が何を伝えたいのか分からなくなり、言葉に詰まるミユ。
「ミユ様・・・・それは、わたくしたちも同じです」
「え?」
ミユが何を伝えたいかを、察したヴィルヘルミナが静かに口を開く。
「ご存知の通り、我が帝国にはアルターレ護国から祭事巫女は派遣されていません。つい一月程前にマーナ様とお話しさせていただきましたが、わたくしは何をどう話せばいいか判りませんでした・・・・・・今もそうです。祭事巫女と言う存在がどういうものなのか、わたくしにはまだよく分かっておりません。ですから、ミユ様とお話がしたいんです。お話ししなければ、相手のことは分かりませんし、自分のことも分かってもらえません。ですから、わたくしとお話しする機会をいただけませんか?毎日とは申しません。ミユ様のご都合がよろしいときに・・・・・」「ミーナ、話し長すぎ」
仕事モードの玉露とまで言わないものの、表情の読み取りにくいアイリスが、うんざりしたようにヴィルヘルミナの言葉を遮る。
「?!アイリス!?」
まさか、ここでアイリスの介入が入ると思っていなかったヴィルヘルミナが素っ頓狂な声を上げる。
「こういうのは、単純でいいの。ミユさん・・・わたしと、お友達になってください」
「へ?」
アイリスの申し出に、ミユの目が点になる。
「ほら、ミーナも」
「あ、は、はい!ミユ様、わたくしとお友達になっていただけますか?」
従者に急かされ、ヴィルヘルミナも友達になって欲しいと、申し出る。
「・・・・・・・・・・・・・いいの?ミユとお友達になっても、退屈かもしれないよ?」
「そんなことを気にしていたら、友達なんて出来ない」
「退屈かどうかなんて、お友達になってみないと分かりませんよ、ミユ様」
突然、友達になってくれといわれ、ミユは考え込むように目を伏せ、そして顔を上げる。
「・・・・・・・・・・だったら、一つお願い。ミユのこと、様付けで呼ばないで。マダムから聞いてたの、友達に上下はないって・・・・・立場が違っても友達なら対等であるべきだって。だからミユ、最初にお友達になる人とはそんな関係でいたいの・・・・駄目ですか?」
ミユの申し出に、二人は顔を見合わせ、肯く。
「分かりました、ではミユ。わたくしたちのことも、ミーナそしてアイリスと呼んでくださいね」
「うん!ミーナ、アイリス!これから、よろしくね!」
同い年の友人を得たことで、アルターレ護国を出てから初めて見せたミユの笑顔に、フェリシアはホッと胸を撫で下ろした。
「微笑ましいですね〜」
アリエルに声を掛けられ、フェリシアは笑みをこぼす。
「えぇ、本当に・・・・でも、いいなぁヴィーは。ミユ様と気さくに呼び合えて」
実のところ、フェリシアもタイミングを見計らって、ミユのことを「ミユちゃん」と呼ぼうと考えていた。
まさか、妹分に先を越されるとは思ってもいなかったので、少し悔しく思っていたりする。
「姫様、ミユ様は巫女様ですから、私たちは一応弁えないと」
ルーン王国に限らず祭事巫女は、各国において基本的には国賓待遇であるため、敬われる立場にいるので、気を使うのだ。
「ん〜・・・・従者として、姫様にご友人が増えることは嬉しいけど、皇族として、もう少し節度ある対応をした方が・・・・」
「いいのではないか?フローラの言うとおり、姫にご友人が出来るのはいいことだ。もし不味かったらアンナ様が姫に進言するだろう、たぶん」
ヴィルヘルミナの騎士二人も、主に友人が出来たことに嬉しく思ってはいるが、その感想には差があった。
「そうそう〜フェリシアさんに〜これをお渡ししないと〜」
アリエルが何か思い出したように、カバンから一枚の紙を取り出した。
「?何でしょう・・・・・・・・・・え?」
渡された紙を見て、フェリシアの表情が固まる。
「あ、私もフレミー殿に渡すものが」
同じように、フローラもカバンから紙を取り出し、フレミーに手渡す。
「拝見します・・・・・・・・・っ!?」
フェリシア同様、フレミーも内容も見て意識が真っ白になる。
「姉さま、どうかされたのですか?」
ミユとの話に夢中だったヴィルヘルミナが、様子のおかしいフェリシアを心配して隣にやってくる。
「どうして・・・・・学期末試験が明日からなの?」
フェリシアの手に握られた紙は、アイディール学園高等部の学期末試験の範囲と日程が書かれたものだった。
そして、試験の日程は明日から四日間となっていたのだ。
フェリシアの経験上、夏期休暇前の試験の日程は例年なら、もう数日後の筈だったのだが・・・・
「それはですね〜・・・先のテロ事件を〜受けて〜・・・、遠方からこられている〜生徒さんの〜親御さんからの〜要望で〜・・・夏期休暇の日程が〜早まったんです〜」
「その影響で、試験の日程が前倒しに・・・・・って姉さま、大丈夫ですか?!」
説明を聞き、項垂れるフェリシアから、乾いた笑いが漏れる。
「うん・・・・・・一応、船の中で予習はしてたけど、これは予想外だ・・・・・・・」
試験直前だったとはいえ、自分が考えていた以上に勉強時間がないと分かり、フェリシアはどうすべきか考え始める。
「終わった・・・・・・・私の人生が・・・・」
逆に、従者であるフレミーは無理だ!と諦めてしまい、天を仰いでそんなことを呟いていた。
「おぉい!フレミー殿!?衛生兵!誰か、衛生兵を!!」
場所をフェリシアの部屋に移し、巨大なテーブルの上に教科書やノートなどが広げられる。
「とりあえず、やるしかないね」
袖を捲り上げ、フェリシアは気合を入れる。
「フェリシアさ〜ん、お手伝い〜しますよ〜」
「わたくしも、微力ながら。授業のノートもしっかり取ってますし、お手伝いさせてください」
成績優秀者のアリエルと、飛び級で高等部の三年生として通っている、天才ヴィルヘルミナのサポートを受け、フェリシアは瞳を潤ませる。
「二人とも・・・ありがとう!」
少し離れた場所では、騎士クラスの面子が同じように教科書などを広げていた。
「フレミー殿!申し訳ないが、私は戦力として当てにしないでくれ!」
「えぇ?!そんなぺトラ殿!?」
自ら戦力外と申し出たぺトラに、フレミーは衝撃を受ける。
「すみません、フレミー殿。私が出来る限り、お手伝いします。一応、ノートも持ってきてますから」
同僚の不甲斐なさを謝罪しながら、フローラは各教科のノートを開き、フレミーの前へ差し出す。
「ありがとうございます!フローラ殿!」
天は自分を見捨てていなかったと、フローラの手を握って喜ぶフレミー。
「では、わたしはお茶を入れなおしてきます」
「あ、ミユも手伝うよ!」
中等部に編入し、すでに試験の終わっていたアイリスと、学校に行っていないミユは戦力外なので、自分たちが出来る手伝いを、とお茶くみを買って出て、部屋を出て行った。
「やほー、フェリちゃん。私たち、今日は帰るねって、どうしたの?!」
アイリスとミユと入れ替わるように、昊斗たちが部屋に顔を出した。
「あ・・・・トーカさん、実は・・・・・・」
フェリシアから事情を聞いていた冬華が、腕組みして考え込む。
「なるほどねぇ・・・・・・玉露ちゃん、金糸雀。とりあえず聞くけど・・・・」
「私たちは、家に戻って片づけをしてますので」
「主と昊斗さんは、皆さんのお手伝いをしてあげてください」
二人は冬華の言葉全部聞くことなく答え、逃げるように部屋を出て行ってしまった。
そんな後姿を見送り、昊斗がため息をつく。
「相変わらず、二人は勉強が嫌いなままか」
「昔っからだもんねぇ、二人の勉強嫌いは」
あらゆる存在を凌駕する演算能力を持つ彼女たちだが、何故か昔から勉強が大の苦手で、事あるごとに勉強から逃げ出していた。
「まぁ、そういうわけだから、私と昊斗君が試験勉強を手伝ってあげるよ」
「い、いいのですか?お二人ともお疲れなのに」
「それはお互い様だ。それに、黙って見過ごすのも後味悪いからな」
フェリシアたちの試験勉強に付き合うことになった昊斗と冬華の二人は、昊斗がフレミーたち騎士クラスを、冬華がフェリシアたち特別クラスを受け持つことになった。
「じゃ、分からないところがあったら、質問してね」
教科書を手にした冬華が、笑顔でフェリシアたちを見守る。
基本的にスペックの高い、特別クラスのお姫様たちに教えることはないだろうと考えた冬華は、分からない所の質問を受け付ける形を取る事にし、教科書を借りて手伝える教科の内容を把握していた。
「凄いですね、トーカ様。教科書を流し読みしただけで、内容を把握されるなんて」
冬華を高く評価するヴィルヘルミナに、冬華は首を横に振る。
「そうでもないよ。理数系は私の世界とあまり変わらないから、把握する時間が短かっただけで、地理や歴史なんかは力になってあげられないかな」
さすがに、歴史などは、その世界に住む人間には勝てないことを承知していた冬華は、素直に出来ないと打ち明ける。
「それでも頼もしいです、トーカさん!」
あまり理数系の得意ではないフェリシアにとって、冬華が救世主に見えた。
「しかし〜あちらは〜・・・だいじょ〜ぶでしょうか〜?」
アリエルが、心配そうにフレミーたちの方を見る。
騎士クラスは、試験において筆記よりも実技に力を入れている。
とはいえ、筆記を蔑ろにしては卒業できなくなるので、特別クラスよりも筆記試験の内容は薄いが、難しい事に変わりは無かった。
「大丈夫だよ。ああ見えて、昊斗君は、大学では学年主席で、入学直後の試験じゃ全教科満点を叩き出したぐらいだから」
物凄い情報をサラッと言ってのける冬華に、姫三人が息を詰まらせる。
「っ!?お、お兄様、そんなに凄い方だったのですか?!」
「さすがは〜・・皆さんを〜率いる方ですねぇ〜」
「それなら、フレミーたちも安心ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ぉぉぉぉぉぉぉ・・・・・・・」
「・・・・・終わりました」
主たちの安心を余所に、騎士の三人が、問題を解き終わり力尽きテーブルに倒れた。
昊斗は、三人の学力が知りたいと、前回の試験範囲だった問題集のページを解かせていた。
受け取ったノートの答えを確認する昊斗。
「・・・・・・・・・・・三人の実力は分かった」
思っていたほど悪くは無かったが、よくも無かった。
それが、答え合わせをした昊斗の感想だった。
はっきり言って、このままではフレミーはおろか、ぺトラだけでなくフローラも筆記試験の点数は望めない可能性が出てきた。
彼女たちは、これに実技試験もあるので、筆記の勉強だけに時間は割けない。
「前回の試験用紙、誰か持ってるか?」
「私が持っているぞ!」
そういって、ぺトラのカバンからクシャクシャになった紙の束が出てくる。
「ちょっと、ぺトラ!カバンの中、整理しなさいってアンナ様に言われてたでしょ?!」
「いいじゃないか。お陰で、ソラト殿の役に立った!」
反省の色が見えない同僚に、フローラはアンナに説教してもらおうと心に誓う。
そんなやり取りを尻目に、昊斗は目にも留まらぬ速さで紙の束に、目を通す。
「試験の問題は、前回と同じ先生が作るのか?」
「え?えぇ、そう言ってましたよ」
昊斗の質問に答えたフローラだったが、意味が分からず首をかしげる。
「・・・・・・・・・・・・・・・出題傾向は分かった」
紙の束を置き、昊斗は各教科の教科書を見ながら、ノートに何かを書き始める。
「・・・・・うそ」「・・・・・速い」「・・・・・・・・・凄いな」
それも、三人が呆気に取られる速度で。
「これが、騎士クラス学期末テストの予想問題だ。コレを解ければ本番で八割は解けるはずだぞ」
数十分後、書き終えた昊斗がノートをフレミーに渡す。
「え?」
渡されたノートの内容を見て、三人の目が点になる。
そこには、本当にこの問題が出るのではないか?と錯覚しそうな問題が、教科ごとに書かれていたのだ。
「それを解き終わったら、次は実技の復習だ。急げ!」
「は、はい!」
「「イエッサー!!」」
あまりの迫力に、三人は背筋を伸ばし、昊斗手製の問題を解き始める。
フレミーはこの時こんなことを思っていた。
”昊斗は、何に対しても厳しい”と。
「人間って、大変なんだ」
「の、ようじゃな」
部屋の隅っこで、事の成り行きを眺めていた幼い姿の神二柱は、仲良くクッキーを食べながら学生たちを見守るのだった。
次回更新は、2月28日(金)PM11:00前後を予定しています。
変更の場合は、活動報告にてお知らせします。




