エピローグ
クイーン・ファーネリア号のアルターレ護国出発と時を同じくして、一隻の豪華客船が別方向へと出発した。
その一室。
『久しぶりね、私の可愛い妹』
長距離用の通信球に姉の顔が映り、妹である少女は目尻を吊り上げて睨みつけた。
「・・・・・・・・・・・」
『あら?どうしたの、怖い顔して』
「どう言うつもり!?私の研究を、全て没収ですって?!どうせ、私の手柄になるのが面白くないから、横取りを考えたのでしょ?!」
実験に失敗したあの日。霊峰から逃げ帰ってきた少女は、現れた姉の側近である”ウィスパー”から、「研究の即時凍結及び没収」という姉の伝言を聞かされ、憤慨していた。
開口一番に、噛み付いてきた妹に、姉はため息を漏らす。
『全く、挨拶もなしにその話?もう少し、礼節を身に付けなさい。姉として、恥ずかしいわ』
「卑しい娼婦だった側室の娘が、姉面しないで!」
妹の言葉に、姉が目を細める。
『正妻だったあなたのお母様が、なかなか身篭らなかったせいで、お父様が母さんに私を産ませたのよ。言ってしまえば、あなたのお母様が”女”として無能だったのが原因でしょう』
「?!お母様を愚弄する気!!」
母親を侮辱され少女は激昂するが、姉は揺るぎもせず、目に怪しい光を宿らせる。
『先に愚弄したのは、あなたよ』
平行線を辿る両者の言い合いと睨みあい。
最初に動いたのは姉の方だった。
『勘違いしているようだから言っておくけど・・・・あなたが行っている研究をやめさせろ、と私に仰ったのはお父様であり、お父様は大変お怒りよ。あの方は、自分の思い通りに動かない駒は必要としない。私たちはね、娘である前にお父様の忠実な駒なの。それが勝手をすれば娘であってもどうなるか、説明しなくても分かるわよね?』
使えないもの、裏切り者は粛清。それが、掟なのは少女も知っているが、まさか自分もその対象になるとは、夢にも思っていなかったため、大きく目を見開く。
「そんな!私は正妻の娘なのよ!?」
いかにも、立場だけしかない世間知らずなお嬢様の言葉に、姉はまるで少女を可哀想なモノを見るように見下す。
『お父様に、血の繋がりなど関係ないわ。使えるか使えないか、お父様が重要視するのはそれだけ。母娘共々無能の烙印を押されたくなければ、すぐにお父様の下に戻って弁明し、お父様のために身を粉にして働くのね』
「くっ・・・・・・・・・・・・・」
言葉を詰まらせる少女に、姉は笑みを浮かべる。
『それじゃあね、ベルベット。私の可愛い可愛い、愚かな妹。お父様の前で会いましょう』
通信球から映像が消え、部屋に静寂が訪れる。
「・・・・覚えていなさいよ、エイレーネ。この屈辱、何十倍にして返してあげるわ!!」
ベルベットと呼ばれた少女は、手近な花瓶を掴むと怒りをぶつけるように、壁へと投げつけた。
隣の部屋から、激しい物音が聞こえ、執事の青年は頭を抱えた。
「はぁ・・・・・・エイレーネ様。聡明な方なのにどうして、お嬢様が怒るようなことを、あんな楽しそうに・・・・お嬢様を宥めるのも部屋の片付けもボクの仕事なのですよ・・・・・・」
主の前では機械の様に忠実な執事の青年が、裏で年相応の姿を見せることに、ウィスパーは本当に面白い男だと見ていた。
「仕方ないでしょう、あれがご主人様本来の気質なのですから。ですがベルベット様も、ご主人様が何も言わなければ”旦那様”に粛清されていたのです。あの方はアレでいて、妹想いですよ。少しぐらい遊ばれても、文句は言えないでしょう?」
ウィスパーの意見に、青年は肩を落とす。
「そのとばっちりを受けるのは、ボクなんですよ先輩」
青年は面白いことに、精霊であるウィスパーを、”先輩”と呼んで慕っていた。
主であるベルベットは、姉の手駒であり、人間の身体を次々と乗り換えているウィスパーを嫌悪していたが、青年は彼を心の師と仰ぎ、よく話を聞いている。
「それが執事の役目でしょう?ご主人様も、君の能力を高く買っているのだから、このくらいこなして見せなさい」
「それは、光栄ですけど」
『ベンジャミン!!何処で油を売っているの?!部屋が汚れたわ!別の部屋を用意なさい!!』
主の怒鳴り声に、ベンジャミンと呼ばれた青年は、大きく息を吐いた。
「あの、先輩・・・・・・部屋の片付けだけ、手伝ってもらえますか?」
「・・・仕方ありませんね」
ウィスパーの協力を取り付け、ベンジャミンはいつもの忠実な執事の顔を作り、主の部屋のドアをノックするのだった。
**************
「ん?・・・・あれは、マリアか?」
カレイドの執務室へ向かっていたドラグレアは、少し先の廊下を歩いていく、王妃マリアの姿を見つけた。
その後ろ姿は、若い頃によく見たある姿に似ているのを、ドラグレアは見逃さなかった。
「何かいいことがあったな、あれは」
今にもスキップしそうな軽やかな足取りのマリアを見送りながら、ドラグレアは執務室のドアを叩いた。
「オレだ。入るぞ」
相手の返答を待たず、ドラグレアは勝手知ったる友人の部屋へと入る。
入ってきたドラグレアの姿を一瞥し、カレイドは仕事の手を止めた。
「やぁ、ドラグ。すまないな、急に呼び出したりして」
笑みを浮かべるカレイドに、ドラグレアは半眼になってため息を漏らした。
「急じゃなかったことが一度でもあったか?親友」
「耳が痛いな」
入ってきたドラグレアとのやり取りを楽しむ様に、カレイドはケタケタと笑う。
「今そこでマリアが嬉しそうにフワフワと歩いていたぞ。何かあったのか?」
執務室のソファーにドカッと腰を下ろすドラグレアの言葉に、妻の姿が想像できたのか、カレイドは苦笑する。
「やっぱりか・・・・・・彼女、スキップはしてなかったかい?」
「年甲斐もなくそんなことしていたら、声を掛けていたさ。王妃としての自覚はあるのか?とな」
王妃マリアは若い頃から、嬉しいことがあると行動にすぐ現れ、最上級の場合はスキップするほどだった。
アルバート騎士団の術士隊隊長になってからも癖は抜けず、部下から「もう少し、自重してください!!」と直訴されてからはなりを潜めていたが、気を抜くと、たまに顔を出したりしている。
「もし見つけたときは、言ってやってくれ」
「で、あいつがそうなった原因は何なんだ?」
「実は、先ほどクイーン・ファーネリア号から連絡が入ってね。新たな祭事巫女様をお迎えし、アルターレ護国を出発したそうだ」
カレイドのごく簡単な説明に、ドラグレアは納得がいったのか「あぁ」と、声を漏らす。
「なるほど、それでマリアの奴は浮かれていたのか」
「アリエル殿下やヴィルヘルミナ殿下も、フェリシアたちのことを心配して、よくこちらに状況を聞きに来ていたからね。安心させてあげられる、と喜んでいたよ。それと、今回着任される巫女様はまだ十四歳の少女だと言うことで、マリアが「ヴィルヘルミナ殿下と同い年の女の子を、あんな飾り気ない部屋に住まわせるなんて、我慢できない!」と、言い出してね。フェリシアの部屋の近くに、巫女様の新しい部屋を移していたのだが、今から内装をやり返ると、息巻いていたよ」
ルーン王国を去るマーナから、新しく来る祭事巫女の部屋は、明るく人の多い所にしてあげて欲しいと願いが出されていたので、フェリシアの近くの部屋を用意していたのだが、まさかやってくる祭事巫女が十四歳の少女だとは考えもしなかったため、内装は少々飾り気ないものにしていた。
「あいつらしいと言えばらしい行動の早さだな。おい、カレイド。まさかオレを呼んだのはマリアの手伝いをさせるためじゃないだろうな?」
「そうだ、とは言わないが、彼女が泣きついてきたら助けてやってくれ」
いつものように、自分へ厄介ごとを投げてくる国王に、ドラグレアはため息をつく。
「ったく。娘同様、妻にも甘い奴だな」
「家族想いと言ってくれよ。それから、君を呼んだのは別件だから、安心してくれ。先日、小国連合が正式に解散となり、各国にあった関係の出先機関も閉鎖となったんだが、わが国にあった小国連合関連の機関の人間が相次いで行方をくらませてしまったそうだ。君も知っているだろうが、先の事件を受けてわが国の出入国管理は現在、相当厳しい。彼らが国外に逃げ出したのなら、無責任な言い方だがあまり問題ではない。しかし、もし違うのであれば・・・・」
先ほどとは違う、国王としての顔をするカレイドに、ドラグレアも表情を変える。
「そいつらが、逆恨みをしてこの国で事件を起こすかもしれない?」
小国連合の中には、自分たちは利用された被害者だと言い張る国も少なくなかった。
しかし、近年の小国連合の関係国に対する対応は、最悪と言っていいもので、今回の結果は、関係国からすれば自業自得だという意見が大半を占めていた。
「可能性の問題だが、最悪な事態は想定しておくべきだと思ってね。騎士団に動員はかけているが、君にも動いてもらいたい」
「分かった。そうなると、ソラトたちが戻ってきたら、あいつらにも手伝わせるのか?」
昊斗の名前が出ると、カレイドの顔色が変わる。
「いや・・・・・・・・どうも私の思惑が外れたみたいでね。貴族から、彼らを徴用しすぎではないか、と反発が出始めた」
「オレの時も似たような事があったが、まだ懲りてない奴らがいたのか。それで、大丈夫なのか?」
ドラグレアがルーン王国に召喚された際も、彼の高すぎる能力に一部の貴族が嫉妬心から、ドラグレアの排除を試みようとした。
しかし、ドラグレアは先手必勝と言わんばかりに、その貴族たちの悪行を探り当て公表し、家ごと取り潰される方向へと持っていった。
それ以降、彼に手を出してはならないと、貴族たちの中に暗黙の了解が出来ているのだ。
「今のところは、貴族たちにそう目立った動きはないが、あまり良くはないな。ソラト君たちの実力を周りの者たちに認めさせるつもりで、色々と依頼を振ったのだがね。それが、彼らの首を絞める原因になるとは思わなかった」
もちろん、昊斗たちの働きを評価する貴族も大勢いた。
その二つの勢力が牽制し合い、今のところは表面化していないのが現状だった。
「まぁ、この世界に来てあいつらも動きっぱなしだったんだ。この辺りで、休暇があってもいいだろう。それに、フェリシアたちも夏期休暇が近いしな」
「そうだね。我々の問題は、我々の手で解決しよう」
カレイドは、そう言って残っている仕事へと戻っていった。
今回は二話続けて更新しています。




