(8) その願いのために
霊峰ミタケ山頂での異変は、麓に広がる温泉街にも伝わっていた。
だが、正確な情報がもたらされている訳ではない為、観光客などが騒ぎ始め、所々で混乱が起きている。
旅館こまやで待つよう言われたフェリシアの侍女である、カトリーヌにシャンテ、そしてナターシャは、主たちが向かった霊峰を部屋の窓から眺めていた。
「姫様たち、大丈夫でしょうか?やはり、無理にでも御停めした方がよかったのでは・・・・」
窓際に立ち、不安そうにしていたナターシャが、落ち着いて座っているカトリーヌとシャンテの方へと振り返る。
「過ぎたことをあれこれ言っても仕方ありませんよ、ナターシャ。私たちは姫様を信じて送り出したのです。ここはご無事を祈り、待つしかないでしょう?」
実際のところカトリーヌもシャンテも、フェリシアが霊峰に行くことは反対だった。
しかし、長年二人が仕え、見守ってきた少女は、幼い頃から心に強い芯を持ち、決めたことをやり抜く力を持っていた。
こうと決めたらテコでも動かない。そのことで、二人は何度も苦労させられたが、今となってはいい思い出になっている。
「霊峰にルーちゃんを連れて行く」
そう言ってきたフェリシアの目は、カトリーヌたちが何度も見てきた、揺るがない決意に満ちたものだった。
侍女として失格、と思いつつも二人とも止めることは憚られ、フェリシアたちを信じ送り出したのだった。
「フレミー殿も同行しているし、それに、オクゾノ様やナツメ様たちも現地に居られるのだから、心配ないわよ」
落ちついて座ってなさい、と言わんばかりに、自分の横の畳を叩き、ナターシャを促すシャンテ。
ナターシャは、渋々シャンテの横に座り、ため息をつく。
「でも・・・・・・確実に、オクゾノ様たちには怒られるでしょうね。姫様だけでなく、私たちも」
「え?!」
突然、とんでもないことを言い出したカトリーヌに、ナターシャは驚愕し声が跳ね上がる。
「それは、仕方ないわね。姫様だけに、辛い思いをさせるわけには行かないもの。侍女ならば、主と運命を共にしないと」
達観したような二人とは対照的に、ナターシャは「そんな~」とテーブルに突っ伏したのだった。
**********
カトリーヌたち三人がフェリシアたちの無事を祈っていた同じ頃。
混乱する人ごみの中、山頂を見つめる”人物”がいた。
二十代の若い男。
整った顔立ちに、折り目の綺麗なスーツを纏っている。
その佇まいは、人と言うより人形と言っても差し支えない、一種異様さを醸し出している。
そして、彼が”人間でない”と決定付けるものが、光を失い濁り出した瞳だった。
男は、懐から細長い結晶を取り出し、手の中の結晶を握りヒビを入れた。
「ご主人様」
”あら・・・・・・・随分と早いわね・・・・どうかしたの?”
いつもの主とは違う熱を帯びた声に、男は気づかれぬよう短く息を吐いた。
――これは、間の悪い時に通信を入れてしまった、と。
「・・・・申し訳ありません。どうやら、間に合わなかったようです」
だが、通信石は希少価値の高いアイテムの上使い捨てのため、通信球のようにかけ直すということが出来ないので、男は諦めて報告を続けた。
”・・・・・・・・そう。起きてしまったのなら、仕方ないわね。全く、我が妹ながら、昔からこらえ性のない、愚かな子だわ。それで・・・・・愚妹は?まだ現場にいるのかしら?”
主に問われ、男はポケットから小型の端末を取り出す。
起動すると、画面に霊峰ミタケ周辺の地図が表示され、二つの光点が霊峰から遠ざかっていた。
「・・・・・いいえ。反応が移動していますので、無事脱出されたようです。いかがなさいますか?」
通信石から、情事の音が漏れ聞こえるのを聞き流し続け、男は主の返答を待つ。
”あなたは予定通り、あの愚妹と合流し、私の元に連れ帰りなさい。それと、あの子の失敗の後始末、どうしようかしら・・・・”
「それに関しては、心配する必要は無いと思われます。妹君に仕えているあの青年は、人間にしては大変優秀ですから、手を打っているはずです」
彼が見てきた人間の中で、その青年は好感が持てた数少ない存在だった。
そんな青年が、主君を連れ出すのに手一杯で何も対処していない、などと男には想像できなかった。
”あぁ・・・・あの坊やか・・・・・・・・愚妹には勿体無い、一生懸命で可愛らしい執事君だったわよね・・・・・・私が欲しいくらいに!”
舌なめずりする音が聞こえ、主の艶を増した声と、口を押えられくぐもったような男の声が大きくなる。
”いいわ!実験の方は捨て置きなさい。下手にあなたが介入すれば、余計な尻尾を掴まれることも考えられるしね”
そんな下手を打つつもりはないと反論したかったが、先日思いがけないことで、前の身体を放棄せざるを得なくなったことを思い出し、男は「無理はすまい」と肯く。
「畏まりました、では後ほど」
”えぇ。私からの愚妹への伝言も忘れないでね”
「御意」
役目を終え砕け散った通信石の残骸を払い、ルーン王国で起きたテロ事件の犯人たちを裏で操った存在、”ウィスパー”と呼ばれる男は人ごみの中へと消えていった。
***********
霊峰山頂では、”人”対神の激戦が繰り広げられていた。
「はあああああああ!!!!!」
両手に握る長さ十メートルを超える二振りの剣で、迫り来るカグツチの巨大な腕を幾度も切り刻む昊斗。
だが、火の粉となって消える腕は、瞬間には再生し、再び昊斗へと伸びてきた。
「こいつ!何で再生するんだ?!」
昊斗の持つ神滅武装は、ほぼ全ての代理神が持つとされる、再生能力を強制的に封じる力を付与されている。
水の神ルドラの時がそうだったように、外部から回復されなければ、傷はそのままのはずなのだ。
だが、目の前のカグツチは幾度となく再生を繰り返している。
「っ!なら!!」
昊斗は、手に持つ巨大な武器を物ともせず、急加速してカグツチの懐へと飛び込んでいく。
オオオオオオオオオオオオオ!
カグツチも、迫り来る昊斗を捕らえようと待ち構え、一気に掴みかかりに来た。
「っっ!!」
だが、昊斗は急制動をかけ、真下へ直角に方向転換し
グアアアアアアア!!
対応し切れなかったカグツチの両手が、轟音を立て衝突する。
昊斗は、火口の淵に沿って飛び、カグツチの真後ろ、死角となる首筋の後ろへと回り込んだ。
「これなら、どうだ!!」
両手の剣を重ね合わせ、一閃し首を切り飛ばす。
切り離された首が火の粉となり、次の瞬間、首が昊斗の方を向いて再生する。
しかも、口を開けエネルギーを溜め込んだ状態でだ。
「くっ!」
咄嗟に剣の巨大さを利用し、カグツチの攻撃に耐えるための盾にする昊斗。
「昊斗君!!」
だが、昊斗への攻撃が放たれる直前、カグツチの巨体に、氷の槍・・・などと生易しいものではなく、大陸間弾道ミサイル大の氷塊が流星雨のように降り注ぎ、数千度を超える熱を持つ灼熱の神を氷の彫刻へと変えてしまった。
「大丈夫?!」
フェリシアたちの元から、冬華が戻り、昊斗の横に並ぶ。
「悪い、冬華!ルールーはどうした?」
「何とか持ち堪えたよ。ただ、神の攻撃の影響が、精神にまで及んでる可能性もあるから、まだ動かせる状態じゃないの。今は、フェリちゃんとフレミーさんに頑張って貰ってるけど、長くは持もたないかも」
「・・・なら、急ぐしかないか」
巨大な氷の彫刻を前に、昊斗が武器を構えなおす。
「待って!もしかしたら私たち、早まったことをしようとしてるかもしれない!」
「何だって?」
冬華は、ルールーから聞き、そして彼女から伝わってきたカグツチの情報を、昊斗に話し始めた。
カグツチが本来、争いを好まない性格をしていること。そのせいで危険から自身を守るために、力を振るうことに躊躇うのではないか、と”彼”を案じた創造神が、与えた自動防衛機構。
それが、目の前に立ちはだかる炎の巨人”炎却の衣”であること。この衣は厳密にはカグツチとは別の存在であり、その行動に、カグツチの意思が反映されないこと。
そして、この力の発動キーが
「助けて?」
「うん。カグツチが「助けて」と願った瞬間に、”炎却の衣”が発動するように設定されていたそうなの。しかも一度発動されれば、カグツチの意思とは無関係に炎却の衣は攻撃を始めてしまうって。そうなれば、辺りが焦土と化すまで止まらない。・・・ルーちゃん、炎却の衣のことを、過去にカグツチ自身から聞かされていたみたいで、だからあんなに必死になって止めようとしてたみたいなの」
「そうだったのか・・・・・」
遠くに見える、光の殻を見つめ、昊斗は目を閉じた。
炎却の衣に、神滅武装の効果が出なかった理由。
それは衣が、代理神を守るための攻撃本能を持った鎧であるために、代理神のみを消滅すことしか出来ない武器は通用しないから。
ルールーが自分たちの言いつけを破り、フェリシアを危険に晒してまでやってきた理由。
もし放って置けば、昊斗たちの手によって、罪のないカグツチが消滅されてしまうかも知れなかったから。
疑問だった二つのことが、昊斗の中で腑に落ちる。
「とりあえず、あとで創造神の爺さんは説教決定、だな?」
「うん、そうだね」
なぜか、目の前の炎の巨人をどうすかよりも、この事態を引き起こした要因の一つを作った、創造神にお灸をすえることが、二人の中で決定される。
「それじゃ、手の掛かる神様を助けに行くとするか」
「うん、小さな女の子からのお願いだからね」
昊斗たちが見据える先に佇む氷塊の像に、幾筋もの亀裂が走る。
その間から漏れる力に、かすかだが創造神の力が混ざって感じる。
「ちっ!とうとう奪った創造神の力も持ち出してきたか!」
「時間がないね。今すぐ本体を探すから、昊斗君!少しの間、時間を稼いで!!」
「分かった!頼むぜ、冬華!」
冬華が意識を集中し始めたと同時に、氷が砕け炎却の衣が姿を現す。
グワアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
怒りの咆哮を上げ、その双眸が昊斗たちを捉える。
「おい、木偶の坊!お前の相手は、この俺だ!!」
昊斗の手に、再び二十メートルもの長さの斬艦剣が握られ、激しい攻防が始まる。
冬華は、自身の意識を最大まで拡大し、炎却の衣を見つめる。
膨大なエネルギーの塊の中から、カグツチ本体を探し出す。
それは、簡単なようで実に難しい作業だ。
エネルギ源が、カグツチ本体だけでなく、マグマからも得ている為、本体が力の渦の中に埋没しているのか、反応が感じられないのだ。
だが、今の冬華は情報生命体である金糸雀と融合することで、あらゆる存在を凌駕する思考速度と演算能力を獲得している。
そして、彼女はルールーからカグツチ本来の気配を”教えて”貰っている。
彼女にとって本体を探すなど、一瞬の作業でしかなかった。
「居た!」
炎却の衣の中に、カグツチ本体の反応を見つけた冬華は、すぐに術式を選択する。
「ちょっと痛いけど、我慢してね!・・・聖なる釘鎖!」
展開した紋章から、代理神のみを拘束する大きな釘のついたいくつもの鎖が、炎却の衣へと突入し、手応えが戻ってきた。
冬華は、鎖がカグツチにかかったことを確認すると、なんと炎の巨人から引っ張り出そうと、紋章ごと鎖を引き始めたのだ。
「っっっ!!・・・・お願い、出てきて・・・・・!」
ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!!
悲鳴を上げる巨人が、自分に刺さる鎖を持ち、冬華と引き合い始めた。
「冬華!!」
玉露と融合したことで、昊斗は瞬時に状況を判断し、最良の行動を導き出す。
炎却の衣の背後へ周り、本体がいる反対側に昊斗は陣取る。
手の中から斬艦剣が消え、昊斗は腰を落とし、拳を握った。
「・・・・痛いことが大嫌いなルールーだって、お前を助けたい一身で痛みを我慢したんだ。お前も、ちょっとぐらい痛いの我慢しろよ?」
高密度の力を限界まで圧縮し、拳全体に纏わせる。
「歯ぁ、食いしばれぇ!!!!」
昊斗の掛け声と共に、衝撃波を伴う強烈な一撃を背後に受けた巨人の体が、大きく海老反る。
「もういっちょ!!」
逆の拳に、先ほどと同等の力を纏わせ、二撃目を背中に叩き込む。
衝撃に堪えられなくなり、鎖から手を離す炎却の衣。
「!!今だ!」
巨人が手を離したのを確認した冬華が、一気に鎖を引く。
すると、巨人の中から光の玉が吐き出され、フェリシアたちの近くへ落下し、地面に激突する。
グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!
本体を失い、絶叫する炎却の衣。
だが、エネルギー源の本体とは別に、マグマからのエネルギー供給が続いている為か、消滅することなく一層激しく暴れ始めた。
「たく!往生際が悪い!」
「昊斗君、離れて」
冬華の声に、昊斗は背中に寒気を感じ、炎却の衣から全速力で離れる。
「君が悪くないのは分かるけど・・・・でも、ルーちゃんを泣かせた責任は、取ってもらうから」
冷たく言い放つ冬華の後ろに、幾重もの紋章が浮かぶ。
「全てを喰らいし者」
炎却の衣の中心に黒い点が発生し、一気に膨張して炎却の衣と火口の一部を飲み込む。
膨張は数秒で収まり、黒い点が消え去ると、そこに猛威を振るった自動防衛機構の姿はなく、火口の形が歪なものへと変わっていた。
「・・・うん、さすがにもう再生はしないよね?」
冬華と、遠くに離れ戻ってきた昊斗が火口を覗き込むと、炎却の衣の残骸がマグマの中へと落ち、混ざり合っていく所だった。
衣が再生しないことを確認した冬華は、「ちょっとは気が晴れたかな」と背伸びをする。
そんな彼女の姿を見て昊斗は、大きくため息をつき頭を掻く。
「相変わらず、容赦ないな」
「そう?昊斗君だって、似たような時あるけど?」
否定はしないが・・・・、と言った面持ちで押し黙る昊斗。
「それよりも、フェリちゃんたちのことが心配だから急いで戻ろう。近くに落下したカグツチの事も気になるし」
カグツチがフェリシアたちの近くに落ちて、そう時間は経っていないが、もう動けるぐらいにはなっているのではないかと、冬華は考えていた。
「そうだな。用心のため、融合状態は解かずに行くか」
二人はフェリシアたちと、彼女たちの近くに落ちたカグツチを心配し、未だ土煙が立ち上がる落下地点へと飛んでいくのだった。
次回更新は、2月8日(土)PM11:00前後を予定しています。
変更の際は、活動報告にてお知らせします。




