(7) 火の神 出現
それは、地響きとは違う振動だった。
まるで、山が一つの生き物のように・・・・心臓が脈打つような、そんな生々しい音と揺れが、山頂にいた人間たちを襲う。
一体、何が起きているのか?誰も答えることが出来ず、ある者は状況把握のために計器を睨み、ある者はなぜ制御を失ったのかの原因を探り、そしてある者は記録をつけている。
「お嬢様」
ドレスの少女に、執事の青年が近づく。
「一体何が起きているの?!教えなさい」
先ほどから誰も状況を知らせに来ないことに、苛立ちが募っている少女は怒鳴り声を上げる。
「申し訳ありません、私めも存じ上げない状況です。ですが、よろしくありません。今すぐ、ここから退去いたします」
青年の言葉に、少女の怒りは最高潮へと高まり、爆発した。
「なっ、何を馬鹿なことを言っているの!?折角見つけた神なのよ?それをこんな所で諦めろというの!?」
「残念ながら、今回の者たちは失敗に終わったと判断せざるを得ません。ここで、時間を浪費してはお嬢様の安全を確保できなくなります。それに、よろしいのですか?お嬢様には目指すべきモノがおありのはずですよ?それに、神は一柱だけではありません」
怒りに彩られた少女の顔が一気に冷め、冷静さを取り戻す。
「・・・・・・・そんなに不味いの?」
「はい。これ以上、ここに留まるのは得策ではありません」
自分に仕える目の前の青年。彼が、自身の予感を外したところを、少女はついぞ見たことが無かった。
だからこそ、青年の声と表情から、少女は今が本当に危険だと判断したのだ。
「いいわ。その代わり、データは持ち帰るわよ。データが無ければ、また振り出しよ」
「ご心配には及びません。すでに、こちらに控えておりますので」
青年は、懐から小型の大容量記録媒体のカードを取り出す。
いつの間にそのようなことを行ったのか、少女の頭に疑問がよぎるが、いつもの事と納得する。
「なら、急ぎなさい」
「御意」
「失礼します」と一礼し、手を伸ばす少女を抱え上げ、執事の青年はおよそ人間とは思えない跳躍で、山を降っていった。
この最中も、脈打つような振動は収まることは無く、むしろ間隔が短くなり、まるで早鐘のような鼓動の音へと変わっていた。
作業員や学者たちは、状況を自分たちで制御出来るはずという焦りからか、誰一人逃げ出すという考えに至るものはいなかった。
その高慢な考えの代償を、自分たちの生命で支払うことになるとも知らずに。
突然、振動が止んだ。
山頂を、痛みを伴うような静けさが襲う。
全員が、辺りを見渡す。
そして、状況が動き出した。
「高エネルギー反応が火口の底から上がってきます!」
「?!まさか、噴火か!?」
だが、現れたのは誰も予想しなかった物だった。
「何だ、あれ?」
作業員の一人が呟く。
火口から現れたもの。
それは、一本の”腕”だった。
天を突くような巨大なその腕が倒れ、火口のふちに手をかける。
そして、腕の持ち主がゆっくりと出現した。
その光景に、全員が呆然と眺めることしか出来なかった。
「こ、これが・・・・・・火の神、カグツチ」
グゥオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
現れた炎の巨人が、大気を震わせる程の雄叫びを上げる。
その大きさは、上半身だけでも二十メートルはあり、身体の炎が太陽のプロミネンスのようにアーチを作る。
「おのれ、どうしてだ・・・・なぜ我々はこれを制御できないのだ!」
実験のリーダである老齢な学者が、恨めしそうに炎の巨人を見上げる。
「・・・何をしている、目の前に目標がいるのだぞ!これだけの距離なら、直接コードを送り込める!いそげ!!」
すでに正常な判断が出来なくなった集団は、リーダーの言葉に踊らされるように作業に取り掛かった。
「さぁ、お嬢様!ご覧ください、今すぐに神を我わ・・・・・・」
学者が振り向いた先に、少女の姿は無かった。
彼女やその執事が、自分たちを置いて逃げたことを理解するだけの時間は、もう彼には残ってはいなかった。
「駄目です、全コード拒絶されました!!」
学者の部下の悲痛な声が響く中、山頂にいた全員は真っ白な光の渦へと消えた。
***********
昊斗たちが転移した時には、山頂には人の姿は無かった。
ただ、焼け爛れた山肌が広がるばかりで、呼吸するたびに肺が焼けるような、物凄い熱気が辺りを包んでいる。
そして、火口からは炎の巨人が顔を覗かせ、咆哮を上げていた。
「遅かったか・・・・・・」
『生体反応なし、どうやら、全員蒸発させられたようですね』
山頂付近には、幾つものテントが設営され、何かを行っていた一団がいた場所の地面は、真っ赤に融けている。
「あれが、火の神カグツチ?ルーちゃんとは全然タイプが違うね」
『全身が高密度のエネルギーで出来ています。凄いですね、単純比較しても、全盛のルーちゃんの数倍はありますよ』
火の神の保有エネルギー量を計測していた金糸雀が、水の神ルドラのデータとの比較を表示する。
「問題は、あれと意思疎通出来るかどうかだよな」
先ほどから咆哮するばかりのカグツチを見て、昊斗にある種の不安が頭をよぎった。
「ルーちゃんとは出来たんだし、大丈夫・・・・だと思うけど」
大丈夫と言いつつも、冬華も段々と不安になってきた。
『あのグラン・バースの創造神が作った神ですよ?一柱ぐらい・・・・なんてこと、あり得そうですけどね』
玉露の言葉に、誰一人として――普段なら、フォローを入れる金糸雀でさえ――反論せず、納得してしまった。
あの創造神なら、やりかねない、と。
「考えても仕方ない、試してみるか」
冬華に「フォローよろしく」と言って、昊斗がカグツチの前へと進む。
「俺たちは、グラン・バースの創造神の依頼でやってきた傭兵だ!火の神、カグツチとお見受けする。話を・・・・・」
炎の巨人に声を掛けた昊斗だったが、最後まで喋りきることは出来なかった。
「!?」
口を開けたかと思うと、レーザーの様な細長い光が昊斗を襲う。
直感に近い感覚で、攻撃を避ける昊斗。光が通った後の地面や岩には、レーザーで焼き切られた様な痕が刻まれている。
「問答無用か!」
攻撃を避けながら、舌打ちする昊斗に、カグツチは二撃目を準備に入る。
しかも、先ほど以上の濃度と速度でエネルギーを溜めている。
「昊斗君!」
昊斗とカグツチの間に割って入った冬華は、杖を構え何層もの防御術式を前面に展開する。その一つ一つが恐ろしく高密度に圧縮された防御術式であり、大軍の一撃でさえ一層を抜くのは至難の業という硬度を誇る。
だが、放たれたカグツチの攻撃は、易々と一層を抜き二層目を破壊し始める。
『そんな、この術式を!?』
「金糸雀、術式の展開面を上方に修正!!」
『は、はい!!』
冬華の指示を受け、金糸雀は防御術式の面を、ゆっくりと上へと傾けさせる。
二層目を破壊したカグツチの攻撃は、三層目によって真上へと射線を強制的に変更され、空を切り裂いて行った。
『なるほど・・・・・どうも、マグマからエネルギーを吸収し、攻撃力に転換しているようですね。しかもこれで、まだ奪った”創造神の力”を使っていない。・・・・マスター、これ以上長引けば』
玉露の得た情報を横目に見ながら、昊斗は唇を噛む。
「解っている!・・・・・・カグツチ、聞こえるか?!今すぐに攻撃をやめろ!!これ以上の敵対行動は、自分の為にならないぞ!!」
グアアアアアアアアアアアアアアア!!
昊斗の説得にも応じる気配はなく、カグツチは巨大な腕で昊斗を握りつぶそうと、掴みかかってくる。
「っ!・・・・冬華」
カグツチの腕を空中へと飛んで避けながら、昊斗は絞りだすように冬華の名前を呼んだ。
「・・・・・・地下のマグマと繋がってるなら、下手に空間転送は出来ない。これ以上時間を掛ければ麓の町や、この大陸にも悪影響が出かねないよね。ルーちゃん、ごめんね・・・・・・・・私は、昊斗君の判断を支持するよ」
沈痛な面持ちの冬華が、ゆっくりと肯く。
『私も、マスターの判断は正しいと支持します』
『私もです、昊斗さん』
玉露と金糸雀も、賛成の意を伝える。
「分かった・・・・・・傭兵、奥苑昊斗の名に於いて、現時刻を以て、火の神カグツチを指定危険神と認定。これより排除行動に移る!」
指定危険神とは、世界を管理する代理神でありながら、その行動等により世界に対し悪影響を及ぼした、もしくはその可能性を持った神とされた場合に指定されるものだ。
通常、傭兵の報告を受けた”組合”と依頼主である創造神との間で協議が持たれ、危険指定が行われるが、一つだけ例外がある。
”組合”と万を超える創造神たちの支持によって選出された傭兵にのみ、現場の判断で認定する権限を持つことが許されていた。
現在、”組合”においてこの権限を持つのは二人。
生きる伝説と言われている、傭兵アズ・レウロ。
そして、最も創造神たちに支持される傭兵、と言われる最年少トップランカー、奥苑昊斗、その人だった。
「まず、エネルギー源であるマグマの中から引きずり出す。時間を掛ければ、奪った創造神の力も使ってくるかもしれないので、迅速に。その後、別空間に転移させ、そこで止めを刺す・・・・いいな?」
昊斗のプランに、三人が肯く。
「よし、それじゃ・・・・」
『待ってください。こちらに向かってくる動体反応が・・・・!?ちょっ・・何でこんな所に、あの子達が』
昊斗の言葉を遮った玉露の口調が乱れる。
『我が主、昊斗さん!た、大変です!!フェリシアさんたちが!!』
「えぇ?!」
「なっ・・・」
金糸雀の報告に、示された方へと視線を向けた冬華と昊斗は、絶句してしまう。
視線の先には、馬に跨り手綱を捌くフレミーと、彼女にしがみついて同乗するフェリシア、そして、そんな二人に挟まれてルールーも乗っていたのだ。
「フレミー、お願い!」
「はい、姫様!!ラファル!」
契約者の声に、風の精霊ラファルは、フェリシアとルールーの身体に風を纏わせる。
「フェリシア、頼むのじゃ!」
「フェリシア・アルバーナ・ルーンの名において、”精霊”ルールーに施されし封印を解除する!」
封印解除の呪文により、ルールーの姿が幼子からフェリシアたちと同じ少女へと変わる。
「ゆくぞ!」
「はい!」
ルールーがフェリシアの身体を掴み、空中へと身を投げ出す。
ラファルの力によって、地面に叩きつけられることなく、空へと舞い上がる。
「火の!妾じゃ、水の神ルドラじゃ!!聞こえるか?!」
カグツチの前へと飛んで行くルールーとフェリシア。
「馬鹿!!何をやっているんだ、今すぐ逃げろ!!」
二人の行動に呆気に取られ、致命的な反応の遅れを取ってしまった昊斗が、声を荒げ二人へと飛んで行く。
「フェリちゃん!ルーちゃん!!」
冬華も、昊斗に数瞬遅れ、フェリシアたちの元へと飛ぶ。
「今すぐに、そこから出てくるのじゃ!このままでは主は!!」
昊斗の声に耳を傾けず、ルールーは必死にカグツチに訴えかける。
「!?いけない、二人とも逃げて!!」
冬華から悲鳴が上がる。
「フェリシア!!」
「きゃ!!」
異変に気がついたルールーが、フェリシアを思いっきり突き飛ばす。押し出されたフェリシアの寸前にはカグツチの巨大な手が迫っていた。
「ルーちゃん!」
「姫様!!」
フレミーが馬を乗り捨て、ラファルの風を纏って空中を飛び、フェリシアの身体を受け止める。
「ぐっ・・・きゃああああああああああ!!!!」
フェリシアを突き飛ばすの精一杯だったルールーはあっけなくカグツチの手に捕まり、拘束される。
彼女からは、耳を塞ぎたくなるような悲鳴と身体が焼ける音が聞こえてくる。
「ルーちゃん!!」
地上へ降りたフェリシアが声を上げる。
その上空を、昊斗と冬華が飛んでいく。
「ルールー!っ玉露!共鳴結合!!」
『はい、マイ・マスター!』
光に包まれる昊斗。
光から現れた昊斗の姿は、頭の先から足元まで真っ白になり、瞳の色は玉露と同じエメラルド色へと変わっていた。
そしてその手には、巨大な神滅武装、全長二十メートルを超える斬艦剣が握られている。
「おおおおおお・・・・・りゃああああああああああ!!」
咆哮とともに、昊斗が斬艦剣を振り上げ、ルールーを拘束するカグツチの手首を切り落とす。
ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!!
痛みからか、切られた腕を引き、後ずさるカグツチ。
「冬華!俺が時間を稼ぐ、ルールーたちを頼む!」
「分かった、お願いね!!」
フェリシアたちの下へ向かう冬華を守るように、カグツチの前へ立ちはだかる昊斗。
斬艦剣を創神器になおし、次に取り出したのは刃渡り十メートルはありそうな二振りの剣。
柄を握り閉め、昊斗はカグツチへと切り込んでいった。
断ち切られた手首は、幻のように消え去り、煙を上げながらルールーが地面へと落下する。
「ルーちゃん!」
フェリシアが、受け止めようと落下地点へと駆け出す。
「ラファル、ルドラ様の落下速度を緩めて!マリーナ、ルドラ様の身体を癒しの水で包んで!!」
フレミーの指示で、二体の精霊が指示通りに実行する。
焼けたルールーの身体をマリーナの水の膜が覆い、ラファルの風が落下速度を緩めた。
ゆっくりと降りてくるルールーの身体を抱きとめ、フェリシアはその場に座り込む。
「?!そ、そんな・・・・・」
ルールーの身体を見て、フェリシアは絶句した。
ルールーの身体は全身に渡って焼け爛れ、何箇所かは炭化している。
綺麗だった顔も髪も、見る影もなく焼けていた。
「フェリちゃん!ルーちゃん!・・・・・っ」
「トーカさん・・・・・・」
空から降りてきた冬華が、フェリシアたちへと駆け寄る。
フェリシアは、今にも泣きそうな顔で、冬華を見上げる。
「どうしてきたの?!あれほど旅館で待っててって言ったでしょ!!」
冬華が珍しく、フェリシアを怒鳴りつけた。
「ご、ごめんなさい・・・・・」
後悔を滲ませ、フェリシアは俯く。そんな時、ピクッとルールーの身体が反応した。
「ふぇ、フェリ・・シ・・アを、せ・・・めんで、やっ・・てく・・れ」
「ルーちゃん!!」
「ルーちゃん、喋らないで!今、治してあげるから!金糸雀!」
『はい、我が主!』
冬華が杖をかざすと、ルールーの身体が光に包まれる。
「わ・・・わらわのこ・・とは、いい!あやつを・・・・火の・・奴を助けて・・やってく・・・れぬ・・か?本ら・・・いの、あや・・つは、こんなこ・・とを、しで・・・かす・・や・・つ・・では、ない・・のじゃ」
「え?」
途切れ途切れ聞こえるルールーの言葉に、冬華は怪訝な顔をする。
「あれ・・・は、”炎却の衣”と言っ・・・・て、彼の方・・・が、あら・・そいを、好まぬ・・・・あ奴に・・・用意・・いした、拒絶の・・・・・ちか・・らじゃ。ほんら・・・いのあやつは、争い・・がき、きらいで・・・その・・くせ、妾た・・ちが、言い争ってお・・・ったら、心配・・・しながら、笑顔で・・・止めに・・入ってく・・る、そんな・・・・甘く・・でも、憎め・・ないやつ、なのじゃ」
ルールーは、熱にうなされながら、涙を流し呟く。
「彼の・・・方の、ちか・・らを盗んだ、際・・も、あ奴・・・は、反・・た・・いしてお・・たのを、妾が・・強引・・に・・・・トウカよ、妾の命と、引き換え・・・てもいい、・・あ奴を、”カグツチ”をたすけて・・・・・」
「ルーちゃん・・・・・」
自分より、他の神を心配するルールー姿に、フェリシアは口を押さえ、涙を流す。
ルールーが、冬華に向かって手を伸ばし、それを掴むため地面に膝をつく冬華。
「!!」
手を握った刹那、冬華の脳裏にルールーの記憶が流れ込む。
彼女たち代理神が、創造神の元で暮らした短くも穏やかな日々。
そして、火の神の優しげな笑みと共に、ルールーの”気持ち”も伝わってきた。
謝りたい、会って、一言謝りたい、と。
ルールーの手を離し、冬華は二枚のカードを取り出しフェリシアとフレミーに差し出す。
「フェリちゃん、これを持ってルーちゃんの手を握ってて。フレミーさんは、これに出来る限り霊力を込めて」
言われた通りに、二人がカードを受け取り、フェリシアがルールーの手を握ると、彼女の表情が和らぎ、フレミーが霊力を込めると、三人の周囲に強固な結界が構築された。
そのことを確認し、冬華はゆっくりと立ち上がる。
「金糸雀、共鳴結合」
『畏まりました、我が主!!』
冬華の身体が、光に包まれ、髪の毛から戦闘服までが真っ白になり、瞳は金糸雀と同じ、金色へと変わる。
「トーカさん・・・・」
「三人とも、帰ったらお説教だからね」
その言葉に、フェリシアとフレミーが身を竦めるが、すぐに力が抜けた。
振り向いた冬華が、穏やかな笑みを浮かべていたからだ。
「ホント、私って甘いな~・・・・でも!ルーちゃんのお願い、叶えなきゃね!」
冬華はそんなことを呟き、昊斗の待つ空へと飛翔した。
次回更新は、2月4日(火)のPM11:00頃を予定しています。
変更の場合は、活動報告でお知らせします。




