(4) おいでませ、温泉の街
「ふわぁ~・・・・・見たことのない建物ばかりで、凄いですね!!それに、この匂い・・・・イオウでしたっけ?不思議な匂いですよね!」
黒髪になり、若干幼く見えるフェリシアが、窓から身を乗り出し、好奇心に満ちた子供のようにキョロキョロと街並みを見渡しながら声を上げる。
隣の窓にはフェリシア同様、興味津々にフレミーやナターシャが顔を出していた。
「『ミナミノ自治区は、聖都ミヤコを作り上げた賢人様が、当時の姫巫女様のために造らせた保養地が始まりです』ねぇ。聖都でも思ったが、アルターレ護国の礎を作ったって言う異世界の賢人。よほど時代劇が好きだったんだと思うよな」
旅館でもらったミナミノ自治区の説明用冊子を読みながら、昊斗は翻訳(改稿?)作業中の覚書の筆者の趣味に、改めて呆れていた。
「街並みと生活してる人たちの恰好とのミスマッチ感が、日本人としては違和感があるから、チョット反応に困るところだね」
冬華も、苦笑しながら冊子を覗きこんでいる。
「しかし、マダムの知り合いが営んでる旅館。普通に異世界に居ることを忘れそうになるレベルだよ。女将さんや仲居さんたちの格好や動きは、まんま日本のそれだし」
昊斗は、旅館に着いた時のことを思い出した。
予定通りにミナミノ自治区へ到着した昊斗たち一行は、姫巫女シオンの知り合いが経営している旅館へと直行した。
立ち並ぶ建物は全て歴史を感じる佇まいだが、その中でもシオンが紹介してくれた旅館の古さは、頭一つ飛び抜けている気がした。
「遠い所をようおいで下さいました。旅館”こまや”へお越し頂きありがとうございます。当旅館の女将を務めますサエコと申します」
出迎えた女将のサエコと仲居さんたちは、全員獣人(犬人族)という旅館で、旅館に向かう途中で軽く行った玉露の情報収取では、温泉街一と名高い旅館だったのだ。
「ヴァイオレットさんからご連絡をいただいて、お部屋をご用意しております。どうぞこちらへ」
笑顔で接客する女将サエコの後について行く昊斗たち。
用意されていた部屋は三部屋。
どの部屋も純和室で、旅館内でも最高級と言われている部屋だった。
「ヴァイオレットさんがいたから、今日の旅館こまやがあると言っても過言でもありません。ですので、その恩人の願いに報いる為なら、このくらい軽いモノです」
宛がわれた部屋に驚いていた一行に、サエコはシオンのことを懐かしみにながら説明した。
「それにしても、この”タタミ”という床は、不思議な感触ですね。それに、いい匂い」
「女将さんの話だと、畳を新しくしたばかりらしいからね。私たちも、久しぶりだよ。こんな風に足が伸ばせるなんて」
年甲斐もなく寝っころがって、背伸びをする冬華。
フェリシアも、その隣に寝っころがり冬華の真似をして背伸びをし、二人は楽しそうに笑い合っていた。
最初は、畳や土足厳禁の部屋におっかなビックリしていたフェリシアだったが、片田舎で生活していたのは伊達ではなく、高い適応能力をいかんなく発揮し、モノの数分でくつろいでいた。
『失礼いたします』
昊斗たちが、自分の部屋のようにくつろいでいる中、一人の仲居さんが入ってくる。
「おくつろぎの所、失礼いたします。本日より、こちらのお部屋を担当させて頂きます仲居のカヨと申します。では、お茶の準備を始めますね」
たれ耳が特徴的なベテラン仲居のカヨは、テキパキとお茶の準備を始める。
フェリシアは初めての光景に、何をしているのかカヨの動きを興味津々に見つめていた。
「お話では、お隣の方々はお客様のお連れ様で、ご家族とそのお友達と言うことですが、皆様はどういったご関係なのですか?」
作業しながら、カヨはテンプレな質問をしてくる。
「私とこの子は姉妹で・・・・」
起き上がった冬華が、昊斗の横に座る。
「そしてこの人は、私の夫です!」
顔を紅色に染め、昊斗の腕に抱き付きしな垂れる冬華。
ドン!
「?!な、何の音!?」
何かがぶつかる音が響き、フェリシアが驚いて辺りを見渡す。
昊斗は頭を抱えてため息をついている。
「夫婦で旅行に行ったことが無くて、その事を今回の依頼主である旦那様のお耳に入り、よかったら報酬の一部として、娘たちと共に温泉を楽しんできてくれと言われたんです。仕事の蔑には出来ませんが、楽しみなんです」
まるで、新婚旅行に来た新妻のような冬華に、カヨは「それは楽しみですね」と相槌を打つ。
その間も、断続的に衝突音が響くが誰も触れることは無かった。
「では、お夕飯は宴会場にご準備しますので、それまでごゆっくりおくつろぎ下さい。大浴場をご利用される場合、男湯と女湯が時間によって変わりますので、お気を付け下さい」
連絡事項を伝え終え、カヨは部屋を出て行った。
突然、部屋に備え付けられた小型の通信球が鳴る。
「はい、もしもし」
『冬華・・・・なかなか面白いことやってくれるじゃない?』
最初からプライベート口調で、怒りを露わにした玉露の姿が映る。
「やっぱり、”観て”たんだね。でも、夫婦なら当然な行動だよ?」
今回に至っては、冬華の方が余裕を感じる。
『夫婦って言うのは演技でしょうが!それに、”妹”がいる前でイチャつくっていうのは、教育上どうなのよ?』
「え?フェリちゃん、私と昊斗君が、仲良くしてるところ見て、どう思った?」
突然話を振られ、フェリシアは「う~ん」と首をひねる。
「そうですね・・・・幸せな気持ちになりましたね!」
『くっ・・・・・』
なぜか敗色濃厚な空気に、玉露はしかめっ面になる。
「文句はないよね?だって玉露ちゃん、配役に文句言わなかったんだから。自業自得だよ」
勝者の笑みを浮かべる冬華。
『・・・・覚えてなさい!!』
昼ドラの悪女が言いそうな捨て台詞を残し、玉露が通信を切ってしまった。
「・・・・冬華、玉露が”観て”るの分かってやってただろ?」
「うん。こんな時じゃないと、玉露ちゃんに仕返し出来ないしね」
事あるごとに、昊斗を巡って争いの絶えない冬華と玉露。
昔から冬華は負け越すことが多い為、少しでも有利な戦いは落とさないようにしていた。
「あの、トーカさんとギョクロさんって、本当は仲が悪いんじゃないですか?」
心配そうに冬華を見つめるフェリシア。
「ううん、全然。むしろ、逆かな?」
「・・・・・」
今までのやり取りを見てきているフェリシアには、冬華の言葉はどうにも信じられなかった。
「本当だぞ。もし仲が悪いなら、当の昔にチームは解散してるからな」
昊斗も否定することはなかった。
「じゃ、じゃあ・・・・」
「何て言えばいいのかな?相手を蹴落とすより、切磋琢磨した方がお互いに高め合うことが出来るでしょ?私も玉露ちゃんも、昊斗君が好きなことはお互いに認めてるし。まぁ、時々意見がぶつかることはあるけど、仲間であり友達だからね」
恥ずかしげもなく言い切る冬華。
昊斗は、冬華の”好き”という言葉に、恥ずかしくなり頭を掻く。
「さぁ、せっかく温泉に来たんだから楽しまないと!」
話題を変えるように、冬華が立ち上がる。
「!そうでした、オンセン・・・・楽しみです!!」
「じゃ、皆を誘って行こうか?昊斗君は、どうする?」
「ん?俺は、翻訳作業があるからな。行ってくればいい」
昊斗は、シオンから預かっている初代賢人が残した覚書を取り出し、翻訳作業の準備を始める。
「そっか・・・・それじゃ、行ってくるね」
「ああ、いってらっしゃい」
*************
「おぉ!これが、オンセンか!」
旅館こまやの誇る露天大浴場に我先にと、前を隠すことなく足を踏み入れたルールーが、声を上げる。
「なんだか”落ち着かない”けど、色々と開放感があるのね・・・・」
恥ずかしそうに、少し大きめの手ぬぐいで前を隠すフェリシアも、王国とは違う造りの大浴場に興味深げに見渡していた。
「あの・・・本当に、湯浴み着を着てはいけないのですか?」
「ひ・・・フェリ、さん・・は・・・・、恥ずかしくないのですか?」
入口の陰から顔を出したフレミーとナターシャが、顔を真っ赤にして中を窺っている。
「二人とも!何恥ずかしがってるの?私たちだけなんだから、入ってこようよ!」
「そうですよ、いつまで恥ずかしがっているのです?はい!」
「ちょっ!」「きゃっ!」
後ろからやってきた玉露に押し出され、フレミーとナターシャが強制的に大浴場へと入る。
なぜ彼女たちが、こんなにも恥ずかしがっているのか?
それは、ほんの十数分前まで遡る。
脱衣場まできたフェリシアたちは、各々入浴準備を始めていた時だ。
「あ~・・・皆さん。残念ですが湯浴み着は、着ちゃダメですよ~」
「「「「「え?」」」」」
冬華からの注意に、フェリシアたちルーン王国出身メンバーは湯浴み着を手にして固まり、冬華の方を凝視する。
「?・・・・皆行かぬのか?なら、妾が一番乗りじゃ!!」
固まるフェリシアたちを横目に、ポンポンと音がしそうな勢いで服を脱ぎ、ルールーが大浴場へと走っていく。
ルーン王国では、豊富な水源のおかげで王族や貴族だけでなく、一般庶民にも風呂に入る習慣が根付いている。
しかし風呂に入る際は、基本的には湯浴み着と呼ばれる薄い下着のような物を、身に付けて入るのがマナーとされ、素肌を晒すと言うのはタブーだった。
「ここにも書いていますが、湯船に手ぬぐいやそれに準ずるものをつけてはいけません。なので、湯浴み着もご法度です」
玉露の指さす先には、温泉に入る際の注意事項が記された看板が在り、掲げられていた内容は、日本人なら常識であることばかりだったのだ。
「で、ではどうするのですか?!」
「湯船の中では何も身に付けてはいけませんが、入る前なら手ぬぐいなどで隠すのはいいですよ」
狼狽するフレミーに、玉露は手ぬぐいを渡す。
「諦めるしか、ないね」
踏ん切りの付かない従者たちの尻目に、フェリシアは先陣を切って服を脱ぎ、ルールーを追って大浴場へと向かったのだった。
「大体、二人とも恥ずかしくない身体をしているのです。もう少し、自信を持ったらどうです?」
ため息交じりの玉露に、フレミーとナターシャが憤慨する。
「それとこれとは!・・・」
「ちが・・・」
反論しようと、玉露の方へ振り返った二人は、そこで言葉に詰まらせた。
「・・・・なんです?」
言いたいことが分かったのか、不機嫌に目を細める玉露。
「いえ、あの・・・すみません」
「ごめんなさい」
頭を下げずにはいられなくなった二人は、申し訳ないと言った面持ちで頭を下げた。
「あはは、玉露ちゃん鉄板のやり取りだね。フレミーさん、ナターシャさん。私たちの世界には”郷に入っては郷に従え”ってことわざがあるの。無用な諍いを起こさないために、その土地のしきたりや決まりを護ろうって考えだね。それに、ここに居るのは全員女の子で顔見知りだから、恥ずかしがっても仕方ないよ」
玉露同様、準備を終えた冬華が浴場へと入ってきた。
その姿に、フェリシアも含めた少女三人が息を飲んだ。
手ぬぐいで隠してはいるが、”美の女神”と例えても差し支えない、均整のとれた肢体を晒す冬華。
同性であるフェリシアたちでさえ、その神々しさに頬を染めている。
「相変わらず、服を脱いだら無駄にフェロモン漂う身体ですね」
入ってきた冬華の前に立ちはだかる玉露。
「そうかな?玉露ちゃんは、脱いでも慎ましやかな身体だね」
そんな玉露を、冬華は笑顔で迎え撃つ。
片や取っ掛かりがないのでは?と思わせる絶壁の様な胸。そして片や、芸術のような上向きの双山を誇る胸。
そんな相反する胸を突き合わせ、二回戦が勃発しそうな勢いで、二人の間では火花が散る。
「湯浴み着を着れないのは抵抗がありますが、嫁いだ後ではこのような体験出来ないでしょうからね」
「そうね、これはいい土産話が出来たわ」
遅れて入ってきたカトリーヌとシャンテは、フレミーとナターシャとは対照的に、実に堂々とした風格で大浴場に入ってきた。
二人も、冬華に負けず劣らずの身体つきで、少女たちは自分たちとの身体と見比べ、ため息が漏れる。
「大丈夫、三人もこれからだから!」
「まぁしかし、あまり期待をしない方が傷は浅いですけどね」
先ほどまで争っていた冬華と玉露がフェリシアたちにフォロー(?)を入れる。
「・・・?それはそうと、カナリアさんが来ませんね」
気を持ち直したフェリシアが、姿の見えない金糸雀を心配し、入口の方を見つめる。
「すみません!ブラのホックが外れなくて!」
慌てて入ってきた金糸雀。
その姿に、全員が釘付けとなる。
「ど、どうしました?」
その視線が怖くなり、たじろぐ金糸雀。
「金糸雀、やっぱり大きくなった?」
恐る恐る、問いかける冬華。
「えぇ?!」
何処が、という言葉を聞かずとも分かった金糸雀は、自身の胸を押さえるように隠す。そのせいで胸の形が歪み、どこか卑猥さが浮き出る。
「ぐは・・・・・」
玉露が血反吐を吐きながら倒れる。
「ギョクロさん?!」
突然のことに、フェリシアたちが慌てて駆け寄る。
「お、おのれ・・・・歩く生物兵器め」
恨めしそうに、金糸雀の胸を指さす玉露。
「わたしの胸は、大量殺りく兵器じゃないよ?!」
「人類の半分以上を死に至らしめるモノなら、立派な兵器なのじゃ!!」
ルールーのようなしゃべり方をする玉露に、冬華が少し呆れながらもうなずく。
「そうだね・・・前に昊斗君が、「女の子の胸の大きさなんて、その人に合っていれば関係ないだろ?」って言ってたけど、一般的に男の人って大きい方が好きって言うしね」
「え?」
どこか嬉しそうにする金糸雀に、恨めしさを増す玉露。
「くしゅん」
そんな空気を壊すように、フェリシアがくしゃみをする。
「あ、ごめんねフェリちゃん!身体洗って、温泉に入ろうか!ほら、玉露ちゃんも立って」
傍から見れば馬鹿らしいやり取りを経て、全員が石造りの特徴的な温泉へと浸かる。
「は~・・・・いい気持ち」
「やはり、温泉はこうじゃないと」
「生き返ります~・・・・」
冬華たち温泉経験組は、たまった疲れを癒すように背伸びをする。
「これがオンセン・・・・・」
「お湯の感じが、少し違いますね」
「肌にまとわりつくというか、チクチクしないというか」
「効能?・・・・浸かるだけで、このような効果があるのですか?」
「美肌?!それに婦人病にも効くとは・・・・オンセン、恐るべしですね」
フェリシアたちルーン王国組は、初めての温泉にあーでもないこーでもない、と思い思いの意見を出していた。
「ふむ・・・・・微量だが、”あ奴”の気配が混じっておるの・・・・・」
ルールーは、先ほどの燥ぎっぷりが嘘のように、神妙な顔つきでブツブツと呟いていた。
「温泉は、性質によって効能が変わりますから、明日は自分の気になる部分に効く温泉を回ってみるのもいいですよ」
冬華の言葉に、特にカトリーヌとシャンテが反応した。
彼女たちは、今回の公務が終われば婚約者の下へ嫁ぐことになっている。
結婚相手を待たせた分、自分を磨いて嫁ぎたいと思っていた二人は、色々と聞き出している。
「・・・トーカ殿のような、魅力的な女性になれるオンセンなんて言うのも、あるのでしょうか?」
聞き取れるかどうかの声でつぶやくフレミー。
「どうなんだろうね。でも、あんな風になりたいって、憧れるよね」
「はい・・・・」
数歳しか変わらないのに、自分たちとは違う”大人”の女性たちをみて、少女たちはため息をつく。
「気にしなくても、数年もすればすぐなれますよ」
「そうだね。それに、皆様が思っているより、我が主も含めて私たちは子供っぽいですし。皆様の方が大人な女性になれると思いますよ」
いいことを言ったと、内心自画自賛していた金糸雀だったが、フェリシアたちが別のことに気を取られていたことに気が付く。
「すごい・・・・・あんなに大きいのに浮いてる・・・・」
「あの、カナリア殿。少し、触らせていただいても?」
「へ?!」
まさかの申し出に、金糸雀が素っ頓狂な声を上げた。
「そういえば・・・・昔、別の世界で金糸雀の胸を触った女性が、大きくなったと言っていましたね」
「「「え?」」」
少女三人の目の色が変わる。
「玉露ちゃん!?そんな話、わたし初めて聞いたよ?!」
慌てて玉露に詰め寄る金糸雀だったが、フッと背中に寒気が走る。
振り向くと、フェリシアにフレミー、そしてナターシャがワシャワシャと両手を前に出し、閉じたり開いたりしていた。
「少しだけ、少しだけですから・・・・・」
「触れば大きくなる・・・・」
「大きくなったら、男の人に・・・」
虚ろな目をした三人が、ゆっくりと近づいてくる。
「あ、あの皆様・・・・待ってください。そんなの迷信ですから・・・待って・・・」
わひゃぁーーーーーー!!
金糸雀の悲鳴が響く中、冬華たちは夕飯まで温泉を楽しんだのだった。




