(3) 力の片鱗
「フェリシア。もし、道中戦闘になった場合、君を中心に戦闘を組み立てるからな」
聖都を出る前。フェリシアはそんなことを昊斗から言われた。
「え?私をですか?でも、何故?」
「簡単に言えば、現状の把握だな」
「?現状の把握、ですか?」
一体何の?とフェリシアが首をかしげる。
「ルールーと契約した後、師匠である王妃様に精霊術の訓練を手伝ってもらってただろ?それに、冬華相手に、何度も模擬戦してたが、実戦はしてないからな。ここらで、今の自分の実力を知っておくのも悪くないはずだ。まぁ、心配しなくてもヤバイ相手が出てくれば、俺や冬華が相手をするが、基本的にはフェリシアのサポートへまわる」
「ですが・・・・私で大丈夫でしょうか?実戦らしい実戦を、あまり経験していませんが・・・・・」
フェリシアは、自信なく顔を伏せる。
「実戦なら木漏れ日の森で、ポンタさんと一騎打ちをしたじゃないか」
「あ・・・・・・・」
失念していたのか、フェリシアから声が漏れる。
「フェリシアは成人の儀式を受けるために、様々な試練をクリアしてきてるんだ。それは、誇るべき”経験”だぞ」
「そうですね・・・・はい!私、頑張ります!!」
そんな出発前の話を思い出しながら、目の前の現実を見据えるフェリシア。
「ソラトさん。時間稼ぎ、お願いします」
「任せろ・・・おい!そこのフニャ〇ンども!!相手をしてやる、纏めてかかってこい!!」
フェリシアたちから距離をとるため走りながら、乙女には聞かせられない言葉でゴブリンたちを挑発をする昊斗。
ゴブリンたちは激昂し、一斉に昊斗へと襲い掛かる。
「フェリちゃん、頑張ってね」
ゴブリンたちが、昊斗へと向かったことを確認し、冬華は襲われたキャラバンの馬車へと走っていく。
自分たちの馬車を背にし、フェリシアは一つ、息を吐く。
「・・・・ルーちゃん」
「解っておる。フェリシア、ドンとやるのじゃ!」
御者席に立ち、堂々と胸を張り、前方を指さすルールー。
背中からの頼もしい声に、フェリシアから笑みがこぼれる。
「・・吹雪き、生きとし生けるものを凍らせる、氷の女王よ・・・・」
フェリシアが静かに、だが、はっきりとした言葉で”呪文”を紡ぎだす。
すると、彼女の背に、巨大な術式が出現した。
それを合図に、玉露と金糸雀の目の前に、仮想ディスプレイが浮かぶ。
「金糸雀、フェリシアさんのデータ収拾忘れずに。この後の精霊術の訓練に、今回のデータを反映させますから」
「分かってるよ。玉露ちゃんこそ、周囲の警戒怠らないでね」
「・・・・・・」
そんな二人のやり取りを尻目に、フレミーは絶句していた。
「まさか、これほどの才能がお持ちとは・・・シャンテ、信じられる?」
「俄かには信じられないけど・・・・さすがは、と言った所ね。凄いわ」
カトリーヌとシャンテも、フェリシアのしようとしていることに、驚きを隠せないでいた。
「あの・・・・・一体何が凄いのでしょうか?」
ただ一人、ナターシャのみが状況が把握できず取り残されていた。
「あなたはまだ精霊との契約はしていないけど、学園で精霊術の授業は受けているわよね?それなのに、解らない?」
「その・・・・実は、精霊術の授業はあまり得意では・・・」
あはは、と笑ってごまかすナターシャに、シャンテは額に青筋を浮かべる。
「言い訳しない!!」
「は、はい!!!」
シャンテに一喝され、ナターシャは涙目で身体を硬くする。
「まぁまぁシャンテ。誰にだって得意不得意があるわ」
「カトリーヌ様」
この時ナターシャには、カトリーヌが救いの女神に見えた。
「ナターシャ、帰りの船でみっちりお勉強ね」
だが、女神は即座に鬼へと豹変し、ナターシャは肩を落とす。
「は、はい・・・・・・」
「さて、そんな駄目なナターシャに常識問題よ。精霊術において、他の術式体系と違い呪文が無いのはなぜ?」
「え、えっと・・・・・基本的に精霊術は、まず契約した精霊から属性の付与された霊力を得ます。そして、自身の霊力と混ぜ、術を行使します。このとき、発動に必要な術式などは術者の中に”刻み込まれて”おり、他の術式体系のように、呪文なども用いる必要は無く、術名を述べるだけで行使できるからです」
教科書の内容を思い出す様に、ナターシャはモタつきながらカトリーヌの質問に答える。
「じゃ、精霊術において呪文が必要な状況とは?」
「え?!・・・・・・・・」
次の問いに、ナターシャは思い出そうと顔をあっちこっちに向けて、考え込む。
「複数人の術者で行使する大規模精霊術の際。一人で発動できない術を、術式を分割し複数人に分散させて行使するの。この際、呪文は発動のタイミングを合わせる為と、威力や精度を高めるのに用いるの」
見かねたフレミーが、助け舟を出す。
「はぁ~・・・そうなんですね」
「ナターシャ。これって、二年の精霊術の試験で、最初の試験範囲だったはずだけど?」
感心していたナターシャだったが、フレミーの言葉に凍りつく。
彼女の後ろには、死刑執行人が二人立っていた。
「・・・・それにしても、あの方が使おうとしている術ってたしか・・・」
ナターシャへの極々短い説教が終わり、カトリーヌがシャンテに恐る恐る伺う。
「対師団級殲滅型精霊術「凍る世界」・・・・最低でも、騎士団の術士二十人は必要な術よ」
「それって、たしか一個師団に匹敵する戦力を壊滅できる威力を持つ術ですよね?」
フレミーの問いに、シャンテが無言で首を縦に振り、肯定する。
「え?そんなのここで使ったら、不味くないですか?」
ナターシャの疑問に従者たちは、顔を真っ青にしながら、馬車の外へ視線を戻した。
「どうした!さっきから掠りもしないぞ!下半身同様、武器も役立たずか?!」
十数匹のゴブリンに囲まれ、剣や槍、斧と言った攻撃に晒される昊斗だが、まるで酔拳のようにのらりくらりとかわし続けていた。
昊斗が相手にしているゴブリンは、実のところ上級個体の集団であり、その動きは連携が取れている。
それでも、昊斗から見れば、穴だらけの連携だった。
「・・・時をも凍る場所、吹き荒べ!凍る世界!!」
フェリシアの術が完成し、音も無く発動する。
瞬間、世界は”白”一色へと変わった。
轟音とまばゆい光に、従者全員は目を覆い、何が起きているのか必死に確かめようとする。
音が止み、目が慣れてくる頃、目の前の光景に、フレミーたちは言葉を失っていた。
裂火大陸において比較的涼しい北側だが、それでも亜熱帯程の暑さはあった。
だが今現在、辺り一体は白銀の世界へと変わっていたのだ。
昊斗たちが戦っていた場所には、幾つもの氷柱が立ち並び、氷柱の間には何事も無かったように昊斗が立っていた。
「砕けよ、世界」
フェリシアの鳴らした指の音にあわせて、白銀の世界は砕け散り、氷は幻のように消え去る。
そこに、ゴブリンたちの姿はなくなっていた。
「やったね、フェリちゃん」
一息つくフェリシアに、キャラバンの様子を伺いに行っていた冬華が帰って来た。
「トーカさん、キャラバンの方々は?!」
「大丈夫、全員助けたよ。襲われて間もなかったみたいだから、大怪我していた人はいたけど命に別状は無いよ」
「そうでしたか・・・・」
よかったと、胸を撫で下ろすフェリシア。
「きちんと”敵味方識別”して術を使えてたしな。上出来上出来」
ゴブリンたちを引き付けていた昊斗も、褒めながら歩いてきた。
”兄”と”姉”に褒められ、嬉しそうに照れるフェリシア。
「あの・・・・・」
三人のやり取りを伺っていたのか、話の途切れたタイミングで声を掛けられた。
そこには、四十代の男性と男性より少し若い女性が立っていた。
「この度は、危ない所を救っていただき、ありがとうございます」
未だに、襲われたショックを引きずっているらしく、二人とも顔面蒼白で頭を下げた。
「いいえ、お気なさらずに。困ったときはお互い様ですし、雇い主の希望でもありますから」
早速、演技を再開する昊斗。
それに習い、冬華とぎこちないながらフェリシアも笑顔を作る。
「そうでしたか。ぜひ、お礼を申し上げたいのですが」
「では、呼んでまいりますのでお待ちいただけますか?フェリちゃん、カトリーヌさんたちを呼んできてもらえる?」
「はい、”お姉ちゃん”」
フェリシアに呼ばれ、カトリーヌとシャンテ、それに玉露が馬車から出てくる。
「お話しは伺いました。どなたも命に別状無く、本当によかった」
”姉妹”を代表し、カトリーヌが男性に声を掛けた。
「本当に、ありがとうございます。ぜひお礼をしたいのですが」
「そんな、お気使い無く。それに、我々もただ見ていただけですし、どうしてもと仰るのであれば、今回の功労者である彼らに」
カトリーヌは、やんわりとした口調で昊斗たちへ丸投げしてきた。
「では、我々はこれで」
キャラバンは聖都へ向かっていたそうで、昊斗たち一行と逆へと去っていった。
再び襲われる心配もあるが、彼らの使っていたモンスター避けの護符を、目を盗んで冬華が強力なものへ作り変えたので、襲われる心配は無くなった。
「それで、何を頂いたのですか?」
再出発してすぐに、フェリシアが興味深げに昊斗へ問いかけた。
「ん?これ」
昊斗は懐から、キャラバンの男性から貰ったものを取り出す。
「?」
それは、小さな木片に文字が書かれ、白と赤の紐が結ばれているものだった。
「ミナミノ自治区の温泉街で使える手形。これから、そこに行くって話したらくれたんだ。温泉によっては、この手形が無いと入れない場所もあるらしい。お金を払えば貰えるものでもないってさ」
「そんな入手困難なもの頂いたなんて、少し心苦しいですね」
「本当は、もっと高価なものも進められたんだけどな」
あんまり貰っても仕方ないからさ、と昊斗は手形だけを貰うことにしたのだった。
「さぁ、遅れた分取り返さないと、今日中に辿り着けなくなる。さすがにこの人数の女性に野宿させるわけにもいかないしな」
手綱を握りなおし、馬車のペース配分を計算しなおす昊斗。
「私は、してみたいです。野宿」
「なかなかチャレンジャーだな、フェリ」
「何言ってるのですか”お兄ちゃん”。「何事も経験!」っていつも言ってるじゃないですか?」
兄妹設定であるため、呼ぶタイミングを見計らっていたフェリシアは、ここぞとばかりに、昊斗をお兄ちゃんと呼ぶ。
「まぁ、その方がいい面々もいるみたいだがな」
ため息をつきながら、後ろに意識を持っていくと、先ほどと同じ特訓が再び始まっているらしく、良く聞くと、前以上に苛烈になっているようだった。
「むぅ~、「お兄ちゃん」と呼んでもソラトさん、あまり反応がないです。トーカさんを「お姉ちゃん」って呼んだときは、物凄く喜んでくれたのに」
後ろのことより、お兄ちゃん呼びに反応しなかった昊斗に、不満だったフェリシアがへそを曲げる。
「冬華と違って、実の妹がいる身だしな。それに、ヴィルヘルミナも俺のこと「お兄様」って呼んでるし、単に慣れだよ、慣れ」
「ん~・・・・それなら呼び方を変えれば?お兄ちゃん・・・兄さん・・・兄様・・・・・」
納得できず、色々な「兄」の呼び方を模索し始めるフェリシアを、昊斗は微笑ましく思い、そっとしてあげることにする。
「そういや、さっきからルールーが静かだな」
御者席にいるもう一人に意識を向ける昊斗。
フェリシアの陰に隠れて、ルールーがモゾモゾと動いていた。
「・・・ルールー、その食べ物どうした?」
「!?・・・・これは、拾ったのじゃ」
バツが悪そうに、後ろへ食べていた物を隠すルールー。
「拾い食いするなって、冬華に言われなかったか?・・・本当のことを言えば、罪は軽いぞ?」
自供を迫る刑事のように、ルールーを問い詰める昊斗。
「・・・・・先ほど助けた者たちに貰ったのじゃ。今から行く場所の名物で、マンジュウと言うそうじゃぞ?」
白状した彼女の手の中にあったのは、つぶあんの饅頭だった。
「ルールー・・・人から何か貰ったら、フェリシアや冬華に報告すること。それから、ちゃんとお礼言ったんだろうな?」
「当然じゃ!妾は食べ物をくれる者に、礼は欠かさんぞ!」
失敬な!と憤慨するルールーに、昊斗は分かった、と宥める。
そんなやり取りを繰り広げながら、一行はトラブルに見舞われながらも、無事予定通りにミナミノ自治区へ入る事が出来たのだった。




