(2) 旅行は、計画的に
聖都ミヤコから、裂火大陸の各地方都市へ続く街道。
普段なら、大陸中の特産物や、他の大陸から輸入された品物を満載したキャラバン隊が行き来しているが、未だ先の事件の影響からか、行き来する馬車や人の姿はそう多くない。
そして、そんな街道を一台の幌馬車が進んでいる。
御者席には、旅人の格好をした昊斗が座っている。
その隣には、冬華・・・・ではなく、彼女と同じ黒髪となったフェリシアが座っていた。
服装も、旅人風になっており、どこか昊斗と兄妹のようにも見える。
そして、その隣には再び栗色の髪に変わっているルールーが座っていた。
「いいですね、馬車の旅も!基本的に船での移動しか経験が無いですから、こういうのは本当に新鮮です!」
御者席で嬉しそうに足をバタつかせるフェリシア。
「妾としては、水から離れるのは好きになれんが、悪くはないの!」
言葉とは裏腹に、ルールーも同じように足をバタつかせている。
「二人とも、あんま暴れるなよ?馬がびっくりして大惨事、なんてのはゴメンだからな。それから・・・・人の目が少ないとはいえ、フェリシアはもう少し”大人”の女性としての恥じらいを持った方がいいぞ?」
足をバタつかせたためか、短いスカート丈がさらに上へとずれている。
「!?す、すみません、ソラトさん。ついはしゃいでしまって・・・・」
恥ずかしさのあまり、顔を赤くしてスカートを直すフェリシア。
「それにしても、馬車の手綱さばきとか、本業の方より運転がお上手じゃないですか?」
「ん?あぁ、上手いかどうかは分からないが、仕事柄必要な技術だからな。俺だけじゃなくて冬華たちも、一通り乗り物の操縦は出来るぞ」
「呼んだ?」
幌の覗き見から冬華が顔を出す。
とりあえず、御者席の三人は呼んでないことを伝える。
「そっか。昊斗君、様子はどう?」
「どうもこうも、平和なもんだよ。で、そっちは?」
「う~ん・・・・頑張ってるよ?」
質問を疑問符つきで返す冬華。
道の先が安全だと確認し、昊斗とフェリシアは幌の中を覗く。
「何度言えばわかるのですか?そうではありません」
「そんなに気負うことはないんですよ、えっとですね・・・」
幌の中は、異様なまでの熱気が充満していた。
「フェ、フェ・・・・・無理です!!姫様をお名前で・・・しかも呼び捨てで呼ぶなんて!!」
「恐れ多いです!こんなの不敬罪です!!」
学園用の変装状態のフレミーと、いつもは一つに纏めている髪をツインテールにしているナターシャが悲鳴を上げる。
彼女たちの前には、御者席に座るフェリシアと同じ姿の”フェリシア”が座っている。
「何を情けないことを言っているのです、二人とも!ここにいる”フェリ”さんは幻影なのですよ?これを克服できなければ、貴女方は役立たずですよ!」
少々お怒り気味のシャンテが、声を荒げる。
「2人とも、”フェリ”さんは気にしないと言われているのです。彼女に気を遣わせて、恥ずかしくはないのですか?」
カトリーヌも、優しいながらもチクチクと二人を攻め立てる。
遡ること少し前。
「あたしの知り合いが経営する宿に連絡してあげたから、そこに泊まるといいわ。あ!心配しなくても、宿泊費なんかは気にしなくていいからね!」
姫巫女シオンの計らい(計略?)により、大陸屈指の湯治場であるミナミノ自治区へと小旅行へ行くこととなった、フェリシアたちルーン王国一行。
すぐさま準備に取り掛かろうとした面々は、シオンに止められた。
「あぁ、特に荷物はいらないわよ。そこの宿、手ぶらで楽しむ温泉宿って触れ込みで人気の場所だから。まぁ、気になるなら、下着ぐらい持参すれば大丈夫よ~」
何故か下着の部分を強調するシオン。その際、女性陣を見た後に昊斗を見て笑みを作ったのは、間違いなく意図的だ、と昊斗は思った。
一部(主にフレミー)のメンバーが顔を赤くする中、ハタッと昊斗が何かに気が付く。
「あの、マダムのお知り合いって、姫巫女としてのお知り合いですか?それとも、占い師マダム・ヴァイオレットとして?」
「もちろん後者よ。あたしが姫巫女であることは公になってないし、外にいる知り合いには、あたしは流しの占い師だとか言ってあるから」
先の事件の説明の際、シオンは顔を隠して国民の前に姿を現した。
元々、姫巫女が国民の前に出ることなど歴史上一度もなく、今回の件がどれほど異例だったかを物語っている。
なので、顔を隠していた姫巫女が、シオンであると国民たちの中では結びついてはいないのだ。
「・・・あぁ、そういうことか。よく気が付くわね、お兄さん」
一体何の話をしているのか分からず、フェリシアたちが首を傾げている。
「えっとね、簡単に言うと一般の占い師として通しているシオンさんが、一国の王女と知り合いって言うのはちょっと無理があるよね?勘の鋭い人なら、只の占い師って言ってるシオンさんの正体に疑問を感じると思うの」
冬華が疑問解決と言わんばかりに説明する。
「気を使ってもらえるのは嬉しいけど、あたしは気にしないわよ?あたしの正体を知ったぐらいで、狼狽えるような精神の軟な知り合いはいないし」
「兄さん!姫巫女の正体は本来なら国家機密扱いなのですよ!?オクゾノ様たちのお気遣いを無下にしないで下さい!!」
すっかりダメ兄の保護者立ち位置に配置させられたマーナが、声を上げる。
「ま、そう言った諸々を含めて、フェリシアの身分を隠す必要があるわけさ」
「しかし、そこまでして気を遣う必要があるのでしょうか?」
昊斗の〆に、フレミーは主であるフェリシアが、迷惑を掛けられた国に配慮して身分を隠すと言う部分が納得出来ず、不機嫌になる。後ろに控えるナターシャも同じ考えらしく、似たような表情を浮かべていた。
そんな中、玉露は人差し指を立てる。
「一つ、想像してみてください。知り合いの紹介で突然やってきたお客さんが、大国の王女様だった・・・準備不足の従業員一同は上へ下への大騒ぎ。粗相してはならないと気負うせいで、いつもの様に接客が出来ず失敗の連続。その影響で他の宿泊客にも迷惑が掛け、苦情の山。他の宿からは、なぜ王女がお前の宿に泊まっているのだ?とやっかみを受け、最後は、数々の王女様への粗相を従者たちから、従業員全員が追及される・・・・・まともな宿の主がそのような状況に陥ったら、どうなるでしょうか?」
「・・・・普通なら、自殺モノ。それに、下手をしたら、自治区全体で責任を取る羽目になるかしらね?」
玉露のたとえ話に、シオンが乗っかるように思いつめた声で呟く。
「フレミー、君はフェリシアの正体と、他国の自治区に住む全員の命を天秤にかけることが出来るのか?」
昊斗の言葉に、フレミーとナターシャは顔を真っ青にして軽く引いていた。
「つまりは王族であっても、相手への配慮を忘れてはいけないと言う訳です。フェリシア様も、ゆっくりしたいのにお宿の方々に気を使われたら、落ち着けないですよね?」
「は、はい!もちろんです!!」
金糸雀の問いに、ブンブンと勢い良く首を縦に振るフェリシア。
フレミー、ナターシャも同じように首を振る。
「解って貰えたのなら重畳だ」
貴族として思慮に欠ける、と昏々とカトリーヌとシャンテに注意を受けるフレミーとナターシャを尻目に、昊斗たちは宿の人たちに、自分たちをどう説明するかを話し合っていた。
「下級貴族とかでも、やっぱり気を使われるよね?」
「だけど、メンツの半分が貴族出だからな~」
最初、カトリーヌたち侍女の面々は同行することに消極的だった。
フェリシアの身の回りの世話は?と思われるが、彼女は木漏れ日の森で自立した生活をしていたため、基本的なことは全く必要としなかった。
だが、この公務が侍女としての仕事が最後である、カトリーヌとシャンテとの思い出を作りたい。
そう望んだフェリシアの意思を汲んで、聖都を訪れているメンバー全員で温泉へ行くこととなったのだ。
「あの!私、旅芸人一座とかいいと思います!王家の人間が身分を隠す手として、よく物語で出てきますし!」
元気よく手を上げるフェリシア。
「フェリシアさん、何か芸が出来るのですか?旅芸人などと言ったら、向こうで一席お願いしますと言われる可能性は大きいですよ?温泉街ですし」
玉露の的確な指摘に、フェリシアの上げた手がシナシナと下がっていく。
「お姉さんたちの力でどうにか出来ないの?」
「やろうと思えば出来ますよ、いくらでも。しかし!何事も甘やかすのは良くないですよね?」
冬華の言葉に、フェリシアやシオンたちが首を傾げる。
「万が一、フェリシアが身分を隠さないといけない事態が、今後起きないとも限りません。予行演習も兼ねて、今の内に練習しておくのも悪くないと思うんですよ」
そんなことまで想定しているのか、とシオンは昊斗たちの考え方に呆れてしまう。
「では、こういうのはどうですか?豪商の娘と友達の旅行に、保護者として姉たちと父親が用意した護衛の一行が同行している、というのは?意外と一般的だと思いますよ」
フレミーとナターシャの説教を終えたカトリーヌが、提案を上げる。
「内訳を聞いてもいいですか?」
「そうですね・・・・・豪商の娘には姫様、友人はフレミーさんにナターシャ。姉は私とシャンテ、それにカナリア様。ルールー様は妹というのは如何ですか?」
「マスターに冬華さん、私が護衛役ですか・・・・悪くはないのではないですか?」
順当な配役だ、と賛同の声が上がる。
「異議ありです!!」
だが配役に不満があるのか、フェリシアが手を上げる。
「私、護衛役をやりたいです!」
フレミー達が驚いて噴き出す。
「ひ、姫様!何を仰っているのですか?!」
「だって、私が豪商の娘じゃ面白くないじゃない?それなら、フレミーが豪商の娘、ナターシャとカナリアさんがその友人。カトリーヌさんとシャンテさん、それにギョクロさんが姉役。ルーちゃんが、フレミーの妹役でソラトさんトウカさん、そして私が護衛役です!まさか、王女が護衛役をやるなんて思ってもみないでしょ?」
呆気に取られる面々。
「ダメでしょうか?」
不安な表情とは裏腹に、その眼差しは強い意志が宿っている。
「・・・ふふふ、あはははは!本当に、貴女はジェラード様にそっくりだわ、殿下!」
耐えられなくなったシオンが大声で笑い出した。
「いいじゃない!誰も、王女様が自分の従者の護衛をするなんて考えないわよ!」
いい考えよ!とシオンが太鼓判を押す。
「フレミーさん、こうと決めた姫様がテコでも動かないのは、知っていますよね?」
フェリシアを援護するように、マーナも続く。なんだかんだで、”孫”に弱いマーナだった。
結局、最終的には昊斗たちが対処すればOK!ということで、フレミーは押し切られ、話がまとまった。
そして、目的地に到着するまでに、馬車の中で始まったのが、各配役の役作りだった。
そんな中、一番苦労していたのが、先ほどのフレミーとシャンテだったのだ。
「まぁ、目的地まではまだまだ掛かるし、気長にやるしかないだろうな」
顔を前へ戻し、昊斗が馬車の運転に意識を戻す。
「・・・・・・・」
フッと、フェリシアが昊斗の握る手綱を見ていることに気が付いた。
「やってみるか?」
「え?いいのですか?!」
嬉しそうな顔をするフェリシア。
「護衛役、やるんだろ?なら、馬車の一つも扱えないとな」
フェリシアに手綱を渡し、席を替わる。
「あまり緩く持ちすぎないように、かと言って強く握るなよ?相手は生き物だ。物じゃないからな」
「はい!」
先ほどの笑顔が一遍、フェリシアは緊張した面持ちになる。
「馬はな、人間の気持ちを理解してくれる頼もしいパートナーだ。だから、操るんじゃなくて寄り添うようにすればいい。これは、乗馬にも通じる考え方だぞ」
昊斗の言葉に、フェリシアの表情が少し和らぐ。
出発から三時間。
道程は半分程度が過ぎていた。
「上手くなったな」
「そうですか?えへへ・・・」
褒められたフェリシアは、上機嫌に手綱を握る。
「む~ソラト、フェリシアよ、暇じゃぞ!妾もやらせてはくれぬか?」
さすがに、御者席に座ったままでは暇らしく、ルールーから我儘が噴出する。
「ダメだ」
「ぶー!ソラトのケチ!!」
だが、昊斗に窘められ、ルールーが不満そうに座りなおす。
「全く・・・・フェリシア!!」
「え?きゃ!!」
突然、フェリシアの握る手綱を昊斗が引き、馬車を急停車させる。
後ろから、悲鳴と物が倒れる音が上がる。
「な、何?!」
冬華が何事かと、顔を出す。
「あれだ」
昊斗に促され、冬華が視線を動かす。
「ミテミロヨ。エモノガ、マタキタゾ」
昊斗たちの視線の先には、小さなキャラバンを襲う、モンスターたちの姿があった。
「ゴブリンか・・・・・数は、十匹程度か」
「金糸雀、あれ以外に脅威になりそうなの、いる?」
「・・・・いいえ、いませんね」
金糸雀の報告を聞き、昊斗と冬華、そしてフェリシアが馬車から降りる。
「ひ、姫様!私がもががが・・・・」
「フレミー?あなたは”豪商の娘”なのをお忘れかしら?荒事は護衛の彼らに任せましょう。お姉様方も、顔を出してはいけませんよ」
役になりきった玉露に口を塞がれながら、馬車の中へ引きづり込まれるフレミー。
冬華が馬車に結界を張り、安全を確保する。
「ルールー。お前もそこから動くなよ?」
「分かっておる!」
御者席のルールーは、ふんぞり返って成り行きを見守る。
「オンナノニオイガ、タクサンスルゾ」
「アタルダ!アタリ!」
キャラバン隊を襲うゴブリン達が、目標を切り替え次々と隊の馬車の中から現れる。
「冬華、あいつらは俺と”フェリ”が受け持つ。キャラバンの人たちを見てきてくれ」
「了解。フェリちゃん、モンスター相手に手加減する必要はないからね」
「はい、解っています」
昊斗と冬華の姿が、マスクド・フォームへと変わる。
さらに、律儀にもフェリシアの姿も彼らに準じた物へと変わる。
デザインは、冬華の物に近く、全体的に水色で統一されていた。
「さぁ、モンスター退治だ!」
昊斗の掛け声と共に三人は各々の武器を構え、ゴブリン達と対峙するだった。




